オレとガールズトーク
手にはパスタの皿が乗ったトレイを捧げ……と思ったら振り返ったオレの頭にそれを乗せてきた。
おおぅ、それをされると身動きがとれない。パスタをこぼしたら大騒ぎだ。ここは口先だけで何とかするしかない。
やあ、小野田さん。今日もお美しいですね。私が男だったら絶対放っておかないのに。
男の時は絶対口にできない台詞だが、今ならこんな冗談も真顔で言えるぜ。
「んん? 女の子なのに放っておかれていない気がするのだけど、そういう趣味なのかしら」
どういう趣味の事でせう? 人の妹を捕まえて随分気になる事を言う。ああ、頭の上にトレイがなければ襟首つかんで問い詰めるのにっ。
振り返れないのでわからないがサッチーと第一女子がドン引きしている気配が伝わってくる。よく知らない人に言われると思わず信じてしまう法則だな。うちの妹はオレの目から見ても異常なくらい女子が好きだから無理もないと思うが。
しかしそれで気が晴れたのか、小野田さんはそれ以上は特に突っ込んで来ず「また放課後ね」と言って去っていった。
ようやくトレイから開放され自由になった頭を戻して三人の様子を見ると、三人とも口をポカリと開けて小野田さんの背中を見送っていた。
「なんかすごいな。雰囲気に圧倒されるというか」
「私、小野田さんが話してるの初めて聞いた」
我に返ったサッチーと第一女子がそんな言葉を漏らした。動物園でちょっと珍しい動物を見た時のような感想だな。
ちなみに引っ込み思案ちゃんは何故か顔を赤くして俯いている。何を考えているかは想像したくない。
当の小野田さんは隅の方の席で待っていたと思しき一名の女子とお食事中である。距離があるので二人の呟きは聞こえなかっただろう。
それにしてもようやく話せる話題だと思って食いついた直後に釘を刺されるとは思わなかった。やはり下手なことはしない方がいいという事かもしれない。ここは話の矛先を別の人に向けさせてやり過ごすとしよう。
まあ、色々すごい人なのは確かだよ。ところでサッチーは軽音部のレギュラーなの?
「いや、軽音部のレギュラーっておかしいでしょ。ウチはそれぞれが独自にメンバー集めて練習してるだけのただのバンドマンの集まりだよ」
多少強引かとも思ったが、特に気にした様子もなくサッチーが話題について来てくれる。口調が男っぽいからか、この子は他二人より多少話し易い。
へー、そういうもんなのか。てっきりメインのバンドがあって部員はその補欠メンバーとかなのかと思ってた。
今や軽音部といえば大人気だろうから、部員が増えてそういうシステムに変わったとかだろうか。
「以前がどうだったかは知らないけど、今の軽音部は人数少ないよ。バンドもやっとふた組しかないし。本気の人達は学校外でバンド組んじゃうからね」
「ご、ごめんね、サツキちゃん」
「や、コユキのせいじゃないし、もういいんだって」
ん? なんで引っ込み思案ちゃんが謝るんだ? ていうか、コユキって名前なのか。サッチーはサツキちゃんなんだな。
もしかしてコユキちゃんもバンドをやってる……の?
思いつきで言ってみたが、自分で言ってて有り得ないと思った。案の定、否定の言葉がサツキちゃんから返ってくる。
「あははは。なにそれ、そんなわけないじゃん。いや、そんなわけあって欲しかったけどさ」
「軽音楽部に誘われて、断った事があった、から」
ああ、納得。コユキちゃんの「ごめんね」は"学校外"じゃなくて"やっとふた組"にかかってるわけね。一瞬素顔がわからないほど濃ゆいメイクで舌とか出しながらシャウトするコユキちゃんの姿が思い浮かんだが、そんな面白生物ではないらしい。残念。
ってことはサツキちゃんが部員集めというか、メンバー集めをしてたって事?
「そだね。篠宮さんにも声かけようか迷ったんだよ? もう統括に入ってたから最初は遠慮してたんだけど切羽詰まってね。結局その前にメンバー決まったから声かけそびれちゃったね」
「ちなみに私も声かけられたよー」
少し居心地悪そうに言うサツキちゃんの言葉に第一女子のウザカワいい声が続く。いい加減に誰か彼女の名前を教えてくれないだろうか。
真夏には余り聞かせたくない内容ではあるが、サツキちゃんの判断は理に適っている。統括がどんなものかはわからないが一応部活動扱いらしいので声を掛けなかったのも当然だろう。それよりもオレには気になったところがあった。
それっていつ頃の話?
「ん? そりゃ部活勧誘期間中だから四月だよ。結構あせってたから中旬は過ぎてたと思う」
てことは真夏は割と早い段階で統括に入っていたんだな。何するんだかわからない上に雑用ばっかりやらされてるあの部活動に。妹の事をよく知る身としては何か違和感を感じた。真夏の性格からすると特に入りたい部活でもないように思うのだが、そんな早い段階で決めているという事は何か理由があるのだろうか。
けど、まあとにかく今は目先の問題に集中しよう。
オレは沸き起こった疑問を一旦振り払って、慣れないガールズトークに花を咲かせようとがんばった。
精神力を限界まですり減らしつつも女子達の猛攻を凌ぎ切り、オレは何とか授業開始五分前のチャイムまで耐える事が出来た。
まさか最後まで学食に居座って喋る続けるとは思わなかったよ……。
チャイムが鳴ってから四人揃って駆け足気味に教室へ戻ると、まだ先生は来ておらず休憩時間特有の雑然とした雰囲気がまだ残っていた。
次の授業ってなんだっけな。
「古典だよ。私今日当てられる気がするんだよねー」
そう言ってさっさと自分の席に戻って行ったのは第一女子である。
他二人もじゃあねと手を振って自分の席に戻ろうとしたが、サツキちゃんの方は最後に念を押すようにイベントの事について頼まれた。帰宅したら真夏に言っておかねばなるまい。
それからは特に問題もなく、すでに習った内容を復習するように授業を受けて放課後になった。
若干短め。
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