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私と夜会話

 咄嗟におかえりーと返し、母の足音が台所の方へ向かうのを確認して、私は安堵の吐息を吐いた。

 こんな事なら先に姉に着替えさせるべきだった。まあ後悔しても仕方がない。それはそれで問題あるし。

 私は騒がないように念を押してから口元を押さえる手を放して再度、背中側から姉の身体を抱きしめた。


「なんなんだよ……」


 姉が呆れたように小声でそう言った。

 気持ちはわかるけど、私だって言いたいよ。なんなんだろね、本当に。

 背中側から姉を抱きしめたままその身体を膝に乗せ、ベッドに腰掛けるように座りなおす。姉の肩に頭を乗せて背中に体重を預けると、姉の匂いと体温が感じられた。

 ねえ、お姉ちゃん。もし……もしだよ。元の身体がどっか別のところにあって、お姉ちゃんが戻るまでずっと眠ってるとしたらどうする?


「もしそうならいつでも入れ替われて便利そうだな」


 他人事のように軽く答える姉。ifの話だし無理もないけど、もう少し真剣に考えて欲しい。

 戻ったらそれっきりだよ。その身体は泡になって消えちゃうの。そんで何もかも元通りになっちゃうとしたら、どうする?

 しつこく言い縋る私に姉は眉根を寄せた。


「なんでそんな事聞くんだ?」


 さあ、なんでだろう。

 自分でもよくわからない。姉の希望は何度も聞いたはずで、わかっている事のはずなのに、なんでデメリットをつけてまで聞きなおすのか。

 それはたぶん姉の言葉に嘘を感じているからだ。

 姉が女の子になりたいと思っていたのは多分本当の事だろう。本人にも説明した通り、私もそういう兆候を感じ取っていたし、彼女自身も認めているのだから。

 ただ、私にはそれが何か別のものをゴマ化す為のように思えてならない。それは私自身がゴマ化してしまった事と同じように思われて――――


「同じだよ」


 思考の闇に落ちて行く私の疑問に、姉の声で答えが返ってきて、私はびくりと身体を震わせた。

 心臓が鼓動を早め、背中に冷たい汗の流れるのを感じる。

 冷たくなった私の手を柔らかく包み込むように姉の暖かな手が重ねられた。


「戻れなくなったとしても答えは変わらない。折角真夏と話せるようになったんだし、もう戻りたくないよ」


 私を安心させるような優しい声音で言う姉の横顔を盗み見ると、その表情は薄く笑っているようだった。

 その表情と答えに、私はようやく理解する。

 ああ、本当に同じなんだ。ずっと変わらず私たち兄弟は同じように成長して、同じように考えて、同じように否定していたんだ。

 その理解は私の心の抜けた部分にすっぽりと嵌って、こそばゆいような暖かいような、幸せな気分になった。

 そっか。そうだったんだ。

 私は一人納得して漏れ出るニヤニヤ笑いを抑えられず、姉に本気で気持ち悪がられた。




 その夜。家族が皆寝静まる頃を見計らって台所へ向かうと二人分の紅茶を入れて姉の部屋へと向かった。

 盆を片手にそっと扉を開いて中へ滑り込む。

 それからサイドチェストに盆ごと紅茶を置くと、香りが姉に向かうように手団扇であおいだ。


 真夏Bと話すには彼女を表出させなければならないのだけど、姉が起きている間は彼女の支配力が及ばない為、姉が眠った時を見計らう必要がある。

 けれど姉が起きている間も彼女の意識が起きている事からもわかるように、姉と真夏Bの生活リズムは同じになっている。つまり姉が寝ている時は真夏Bも眠っている。故に彼女を表出させるには姉が眠っている時に真夏Bだけを起こす必要があるのだが、その手段として武山君に言われたのが香りの変化だった。

 なんでも魔術師というのはお香やアロマ、ハーブなどを多様する為、匂いに関しては敏感なのだそうだ。

 紅茶の香りを仰ぎ続けること一分弱。本当にこれで大丈夫なのかと疑い始めた頃、暗闇に慣れてきた私の視界にこちらを睨むように見つめる姉の瞳が映った。こわい。

 いや、怖がっている場合ではない。どうやら成功したみたいだ。私に向けられたその瞳には普段の姉からは考えられない敵意が篭っている。

 私は暗闇の中、別の世界とかいう得体の知れない場所からやってきた自分そっくりの身体を持った生命体に話しかける恐怖を押し殺し、素知らぬ振りをして話しかける。

 あ、ごめんね、起こしちゃった?


「よく言うよ。起こすつもりで来たんでしょうに」


 うむ。その通り。自分でも白々しくて笑いそうになったくらいだ。

 ともあれ暗いまま話すのも何なので許可をもらってからチェストの上のスタンドランプを点ける。

 一瞬まぶしそうに手をかざす真夏Bを見ながらベッド脇に正座で座り、私は持ってきた紅茶を差し出した。飲むが良い。


「ありがとう」


 起き上がり紅茶を受け取ると、彼女は顔をしかめてカップをチェストの上の盆に戻す。


「この暑いのに熱い紅茶を入れてくるとか、何の嫌がらせ?」


 仕方ないじゃないか。冷たくしたら香りなんて飛ばないんだから。むしろわざわざ湯を沸かしてまで煎れてきた事を褒めてもらいたい。

 沸かしただけで汗だくになるのに、その上素麺を茹でたり卵を焼いたりしなきゃいけない世のお母さん方は本当に尊敬する。

 ちなみに今日のお夕飯は冷やし中華風の素麺でした。


「で、何か用なの?」


 鋭い眼光を向け、真夏Bが聞いてくる。

 察しはついてるけど私の立ち位置がわからず警戒してるって顔だな。気持ちは私も同じだ。

 さて、どう切り出すか。こういう時は結論から聞くべきだな。よし。

 単刀直入に聞くけど、姉を元に戻す方法はあるの?


「あるよ」


 なんか不安になるくらい即答で返ってきた。大丈夫かしら。

 具体的には?


「それを聞いたとしてどうするつもり? 言っておくけど貴方には何も出来ないよ?」


 ぐむ……そうか。魔術に関する事だと私が聞いても意味はないし、彼女にしてみれば仲違いしている武山君に情報が漏れる危険性を高めるだけ。リスクを産むだけなのに説明する理由はないという事か。

 そもそも私がその方法を聞いたのは武山君に知らせる為じゃないのだけど、本当の理由を聞けば余計に話してもらえないだろう。

 ならば、少し攻めるか。

 まあ、そうかもしれないけど、言いたくないのは武山君と喧嘩してるからかな?


「…………そうよ。わかってるなら首突っ込まないでもらえる?」


 そう言って彼女は顔を背けた。

 そうはいくか。真夏Bと武山君が喧嘩しようがしまいが私の知った事じゃないけど、私の目的の為には聞いておかなければ支障が出るかもしれないのだ。


 なら少し私の話というか推理を聞いてもらえるかな。その内容次第で答えるか否か決めてもらっていいから。


 私がそう言っても真夏Bは顔を背けたまま何も答えなかったが、拒否しない以上聞く気はあるという事だろう。

 んじゃま、始めますかね。

ご覧いただきありがとうございました!

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