私とタレコミ
お姉ちゃん、ちょっと私の部屋に来てくれるかな。
帰宅後、遅れて帰ってきた姉に開口一番そう伝えると私は自分の部屋へと入った。家に誰もいない事は確認済みなので今は水玉のYシャツにフレアスカートという格好だ。
続いて入ってきた姉にドアの鍵を閉めさせ、ベッドの前に立って床を指差す。
まずはここに座っておくれ。
訝しげな表情になりながらも、特に嫌がる事なく従う姉。私が指差した通りの場所に移動し、足を交差させて床にお尻をつこうとしたので私は一喝した。
違う! 正座!
突然の大声に姉はびくっと体を震わせて跳ねるように正座した。
その目の前にあるベッドに私は腰を下ろす。
「なんなんだよ、一体……」
姉が不満気な声を上げた。帰宅直後からの私の態度が気に入らないのだろう。が、私がギロリと一瞥すると身体を縮こまらせて黙り込んだ。
私はふんっと鼻から息を吐くと、足を上げて姉の頭の上に置いた。最初届かなくて腰の位置をずらしたのは秘密だ。
屈辱に耐えているのか、姉は俯いて頭に血を登らせている。
ふん、なぜこんな扱いを受けるのかわからないと言った様子だなぁ? 先ほど私の携帯に一本の電話があったのだよ。なんと言ったかな。そう、所謂タレコミという奴だ。おっと、情報源については秘匿させてもらうぜ? あたしにも守秘義務ってもんがあるからな。
姉の頭を足の裏でペチペチと叩きながら芝居がかった口調と仕草で話す。
私怒っているんですけど、なんだか楽しくなって参りました。
電話の相手というのは秋生の事である。電話があったなんて言い方をしているが、実は姉の様子が気になってこちらから電話した。直接姉にかけても良かったのだが、真夏Bが出たらと思うと怖くて出来なかった。秋生いわく電話を受ける側でも姉だけは魔術を仕掛けられるらしいし。
そんなわけで今朝から入れ替わっている事を説明し、姉の様子がどうだったかを聞いたのだが、説明を聞いた秋生は、
「なるほど。それで納得したわ」
と言った。
その言葉にとてつもなく嫌な予感を覚えつつ、先を促すとその予感が想像以上に的中していた事を知った。
「様子がおかしいのは気づいてたんだけど、授業中はなんとかゴマ化してたみたいよ。まあ、問題はその後だったのだけど……」
放課後、普通に帰ろうとしている姉を捕まえた秋生は姉を統括部の部室へ送り届けたらしい。余計な事をと思ったが、この時点で知らないのだから仕方がない。サボると部長に何されるかわからないし、まあこれは良しとしよう。
移動する間中ずっと上の空といった様子だったのが気になったらしく、部活動が終わった後に統括部の先輩にそれとなく話を聞いてくれたようなのだが、私はその内容を聞いて愕然とした。
今日の統括部の活動は……というか最近はほぼずっとそうなのだけど各クラブ、同好会の進捗状況と予算、備品の調整だ。その中で問題になったのが、やはりというか当然というか、写真部のミスコンだった。参加希望者の人数が足りていないのだ。当然だろう。このミスコン、立候補と推薦の両方で受け付けてはいるが、推薦枠は拒否権があるのだ。しかも大学のミスコンなどと違って特に勝者自身にメリットがあるというわけでもない。ただ勝者が参加している模擬店だか展示会だかの評価ポイントが加算されるだけだ。そんな事の為にこれから先の学園生活を黒歴史に変えるリスクを犯す人間が果たしてどれだけいるだろうか。
そんなわけで人数が集まらず、テコ入れをしなければという雰囲気だったのは確かなのだが……どうやらそのテコ入れの話し合いが今日あったらしいのだ。
私は当然この事態を予測していたし、それは他の部員も同じで打開策はある程度用意されたものだった。それは統括部の息のかかったクラブから各一名の生贄を差し出す事。
基本的に私たち統括部は、各部の要望を聞いてそれに沿ったイベントをプランニングするのが主な活動内容だ。これによって大規模なイベントも行えるようになるし、より完成度の高いものが出来上がる。その為、学祭に限らず統括部に企画を持ち込むクラブは多いし、イベント後は感謝され、次回以降のイベントで協力を申し出てくれるクラブも多い。
今回はそこに付け込もうという事だ。
では何故これまでこの打開策を実施しなかったのか、という話なのだが…………考えてみて欲しい。これだけ忌避されているイベントに強制参加させようというのだ。自分たちが安全な場所にいたままで通るわけがないではないか。必要なのだよ、生贄が。統括部内に。
ここまでくれば、もうお分かりだろう。
引き受けたのだ。こいつは。私の預かり知らぬところで。わけもわからないくせに。
ええい、腹立たしい。ほんとにもう……なんというか…………腹立たしいわっ!
いたたまれないくなった感情を吐き出すように姉の頭を叩く足を加速する。ペシペシペシペシ。
はぁ……はぁ……あ、足を加速するって軽く言ったけど、すげぇ疲れるぜぃ……
ちなみにこれだけのことをされているにも関わらず姉はちらちらと視線を泳がせながらも耐えるように押し黙っている。
いつまで黙っているつもりだ。私は怒っているのだよ。何か弁解なり言い訳なりしたらどうかね?
「いやあの……そんな事より……」
そんな事より!? そんな事よりってなんだ! お姉ちゃん、自分が何したかわかってるの?
飛び出した予想外の暴言に思わず食ってかかる。
「いや、ごめん。そんな事じゃない。軽々しく引き受けてしまったのは悪かった。ごめんなさい。反省してます」
反省じゃすまないんだよ……はぁ……どうしよ。
陰鬱な気持ちで頭を抱え、ひとりごちる。あの空気の中、一度引き受けたものを断る勇気は私にはない。もうやるしかないわけだが、現状のままやったとしたら勝っても負けても黒歴史は確定。そうなると何か参加した事で被る事になるデメリットを緩和させるよう手を打たなければならない。
簡単なのは強制参加イベントとして告知してしまう事だけど、そうなると人数の問題が出てくる。統括部の息のかかったクラブと言っても、運動部から文化部までほぼすべての部活に息がかかってると言って良い。全クラブから一名となると三十人以上になってしまうので時間的に厳しいし、そうなると何かの条件で限定しなければならない。そしてそれは全校生徒にわかるように発表されなければ意味がないのだが、そうすると少ないながらもこれまでエントリーしてくれた方々が誤解を受けかねない。
しかもこれを取り仕切っているのは私の天敵と言っても差し支えない、あの部長である。
頭の痛い問題だ。なんでよりにもよってこんな日にそんな大事な事決めてんだよぅ……
再び黙り込んでしまった姉を恨みがましく睨む。
いや、わかっているのだ。秋生から聞いた話では極短い話し合いだったという事だし、きっと部長辺りがさしたる説明もしないまま勝手に決めてしまったのだろう。姉が進んで引き受けるとは思えない。それでもその場にいたのが私だったならどうとでも逃げる事が出来ただろうと思うと言わずにはいられないのだ。
とはいえ、姉も反省しているようだし、このくらいにしておくか。
私は足蹴にされ顔を真っ赤にしながらもずっと下を向いて耐えているいじらしい姉を見てそう思った。
ため息を一つ吐き、姉に笑顔を向ける。あまり上手く笑えなかったので苦笑だったかもしれない。
そんな私の変化に気づいたのか、姉が顔を上げて視線を合わせた。相変わらず顔は赤く瞳は潤んでいて今にも泣き出してしまいそうだ。
気持ちの落ち着いた私は、そんな姉の姿を見ると急に悪い事をしている気がして、少しだけ目を逸らせつつ、姉の頭に置いた足を下ろそうと腰に力を入れて持ち上げた。
すると姉は慌てたように再び顔を俯かせ、もじもじしながら言ったのである。
「だから、さ。そやって足あげると、その……パンツ、見える、ぞ」
屈辱に耐えてたんじゃないんかーいっ。
私は下ろしかけた足を大きく振りかぶって姉の頭に三度叩きつけた。
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