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私と別世界

「証拠も証言も得て、あとは然るべき機関に持ち込むだけという段階になって、真夏Bが暴走したんだ」


 彼女は夜中、問題の病院に単身乗り込んで、白金徹に集めた証拠を突きつけた。そして取引を持ちかけたのだが、返り討ちにあったのである。


「証言してくれるって約束してた元看護師のおばさんからその事を聞いてオレが駆けつけた時には、離れにある目立たない病棟の屋上に誰かがぶら下がってた。あっと思う間もなくその身体は落ちて茂みの影に見えなくなった。自分の感情を自覚したのはその時だよ」


 失って初めて気付く想い……というやつなのだろうか。私にはよくわからない。

 武山君は一縷の望みを掛けてその身体が落ちた場所まで走ったそうだ。

 そして彼がそこで見たのは、面影こそあるけれど筋肉も脂肪も削げ落ちた、真夏Bに似た誰かだった。

 ほっとした反面、その人物が何者なのかわからなくて……いや、ある人物である可能性に思い至って、武山君はその場に立ち尽くす。


「その直後にパトカーの音が近づいて来て、屋上の辺りが騒がしくなった。オレは目の前の事に頭が一杯で、何が起きてるのかもわからないまま警察に保護されたよ。それから事情聴取とか捜査協力とか色々あって数日が過ぎた後、篠宮真夏……Bね。彼女と再会した。再開した彼女は憎たらしいくらい元通りで、ちょっとイラっとしたね」


 そう言って自嘲気味に笑う武山君の表情はどこか憂いを帯びていた。

 好きになった子が無事だったのだから素直に喜ぶところじゃないのかと思ったが、そうじゃなかったのだ。

 彼女は元通りより更に元の通りだったのだ。


「説明しろって言ったら、わからないって言われた。六月入ってからずっと記憶がなくて、気がついたらあの病院にいたんだって」


 真夏Bが誰もいない真っ暗な病室で目覚めて混乱していると上の方から人の声が聞こえてきたらしい。言う事を聞かない身体を引きずるようにそちらへ向かうと屋上へ出て、そこで言い争いをしている二人の人物を発見。止めに入ろうとしたが、そのうちの片方に突き飛ばされて落ちそうになる。幸いにも言い争っていたもう片方の人物が落ちていく彼女の手を引いて助けてくれたが、真夏Bはその人物の顔を見た瞬間、再び意識を失ったそうだ。


「自分と同じ顔をしていた、と彼女は言った。それで気付いたんだ。六月以降、オレが一緒にいたのは屋上から落ちたやつだったんだって」


 その後の調べによって、その人物が白金真冬という名で、調べていた医者の一人息子だという事がわかり、同時に武山君にはそれが私の双子の兄、篠宮真冬のベータバージョンである事がわかった。

 つまり、武山君が好きになったのは真夏Bの身体で白金真冬の魂を持った期間限定の特殊生物だったという事だ。

 

「気付いた時には何もかも手遅れ。真夏Bは元の身体へと戻り、おそらく白金真冬も元に戻ったんだろう。そして……あいつの身体は屋上から落ちて即死だった」


 重い空気が私達を包む。日陰の中とはいえ炎天下の屋外だというのに私は肌があわ立つのを感じた。別世界とはいえ私は今、兄の死を聞かされているのだ。

 その後、元看護師さんの証言を元に加担していた病院関係者もろとも白金徹は逮捕され、事件は幕を閉じた。


 武山君は白金真冬の事を思い出すのが嫌で、真夏Bともこっちの世界の真冬とも距離を置いて過ごしたという。

 そんな、ある日の事だった。


「篠宮真夏Bが話を持ちかけてきたんだ。『白金真冬を蘇らせるのに協力してくれないか』ってね」


 真夏Bが提案してきたのは二つの世界を股にかける、とても複雑で面倒な魔術だという。

 興味本位でどんな魔術なのか説明を求めると小馬鹿にしたように鼻で笑われた。おのれ、武山。


「そう怒るなって。オレだって本当に成功するかわからない新しい魔術なんだ」


 けど、と彼は言う。それでも協力する気になったのは真夏Bが確信していたからだ、と。

 ってか、ちょっと待って。成功するかわからない? まだやったわけじゃないの? その魔術だか儀式だかは。


「ん? そうだよ。その為に銀の結社の儀式に細工をして真夏Bを呼び寄せたんだからね」


 ふと、疑問が過ぎる。

 武山君は向こうの世界では魔術師のコミュニティにも入って活動している腕の良い魔術師だ。銀の結社がどういう立ち位置の組織なのかはわからないが、昨日のブログを見た限りではかなりユルい印象だし、実際に多対一で対立しているような事も書いてあったから実力的には武山君の方が上なんじゃないだろうか。だとしたら自分でやった方が早いのじゃないかと思える。儀式に人数が必要なのであれば向こうのコミュニティに頼るという手もあるのだし。


「いや、それは無理。向こうの世界とこっちの世界で別々の人格を持った人物が行わないと不可能なんだよ」


 別々の人格? それはつまり私と真夏Bみたいなこと?


「そう。ああ、でも真夏Bも無理だよ。こちらの世界から引っ張ってやる必要があるからね。君が魔術師なら話は別だったんだけどね」


 私なら……?

 てことは、銀の結社が召喚しようとしていたのってメンバーの誰かのベータバージョン……向こうの世界にいる自分を召喚しようとしてたって事?

 いや、それだと結局物質の移動になるか。武山君は概念化するって言ってたんだっけ。てことは魔術師が召喚するような悪魔とか魔物の中で、向こうの世界の一般人でもこちらの世界に来たらそう成り得るモノ……?


「そうだよ。そろそろオレの言ってる向こうの世界の正体がわかってきたんじゃないかな。君だって真夏Bを見た時にその概念にたどり着いたはずだ。アレはそういうモノなんだからね」


 人差し指を立ててそう説明する武山君の瞳が不思議な色に輝いて見えた。秋生が魔術について語るときと同じ色だ。

 その瞳に嫌なものを覚えながらも、私は思い出していた。土曜の夜、姉を初めて目にした時の事を。私は無自覚に言い当てていたのだ。自分と同じ姿形をしていて、自分と入れ替わろうとすると言われる此岸ならざる世界の住人。その存在を、私はこう言った。


 ドッペルゲンガー………………


「正解」


 私の呟いた概念に、武山君は出来の悪い生徒にヒントを出せるだけ出しつくした教師のようにやれやれといった調子で笑った。

ぬわー、曜日勘違いしてたーっ!

遅れまして申し訳ございませんっ

ご覧いただきありがとうございました~

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