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私とお姫様

 教室にたどり着くと何人かが私の様子を見て寄ってきたが、タイミングよく先生が入って来た為、各々散らばって席に着いた。

 私も中村君に肩を借りたまま自分(姉)の席まで運んでもらって席に着く。

 さらに先生がどうしたのかと聞いて来たので全員の前で怪我の事を話し、いちいち説明する手間が省けた。

 それからは特に話しかけられる事もなく、授業の合間に入る休憩は寝たフリでゴマ化して昼まで乗り切ったのだが、その間の授業はまったく頭に入って来なかった。

 理由は二つ。

 一つは授業がすべてうちの学校よりかなり進んでいる為、断片的にしか理解出来なかった事。けして私がバカだからじゃないよ?

 一応板書はしたので姉にはノートを渡して復習してもらおう。復習? 自宅学習、かな?

 もう一つは、左斜め後ろの席から気まずい視線が刺さって来て、どうにも集中できなかった事だ。

 昼休憩に入るチャイムが鳴るのとほぼ同時、担当の数学教諭が教室を出るより早く動いた視線の主が私に声をかけてきた。


「篠宮、ちょっといいか?」


 振り返るとそこには精悍な顔をした長身の男、麗しの青の王子様(笑)こと、武山君が立っていた。

 うん、クラスメイトだったんだ。

 考えてみれば入学して三ヶ月しか経っていないのだし、部活もしてない姉が別のクラスの人と仲良くなってるわけはないもんね。学校で会ったらどうしようかと考えてはいたのだけれど、こんな身近にいるのは予想外だったよ。

 まあ良い。丁度私も学食へ行こうと思っていたところだ。少しうるさいかもしれないが、食事でもしながらゆっくり話そうじゃまいか。

 私はそう考えて武山君に首肯して返すと、なるべく優雅に見えるような仕草で彼の前に手を差し出した。

 ほほほ。学食がどこかにあるかわからんのじゃ。あない致せ。

 すると武山君は何を勘違いしたのか、その手をとって甲に口付けするような仕草をしやがったので慌てて手を引っ込めた。

 バ、バカじゃないのっ! 連れてけって意味だよ!

 私は手を隠すように体を縮こまらせて抗議の声を上げた。武山君は思い出したように「ああ」と声を上げると、


「そうか。怪我してたんだったな。そんじゃ……」


 と言って私のすぐそばで膝を付いた。

 一瞬、なにしてんだコイツと思ったが、起用に椅子と机の間に手をすべり込ませた武山君の腕が背中と膝裏に添えられるのを感じて閃く。

 おまいひゃ…………っ!

 直後に私は自分の体が浮き上がるのを感じて、抗議しようと上げた声は途中で悲鳴に変わってしまった。

 クラス中の視線が集中するのを感じながら、私は武山君の腕の中で阿呆みたいに口をパクパクさせるしか出来なくなった。頭に血が上って顔が熱くなる。

 武山君は対照的に涼しい顔で、クラスメイトの視線をそよ風ほどにも気にせず、私をお姫様抱っこしたまま悠々と歩いて廊下へ向かう。

 途中、中村君と目が合ったので手を伸ばして助けを求めたのだが、何故か敬礼で返された。私ゃ戦地に赴く兵隊さんかっ。


 廊下に出ると他のクラスからも人がちらほら出て来ていたので、私は子供のように暴れてなんとか武山君の腕から脱出を計った。

 正直全力で暴れてもビクともしなかったのだけど、本気で嫌がっているのだけは伝わったらしく、落ち着けるだけの間を空けてからゆっくりとおろしてくれた。

 お姫様抱っことかちょっと憧れてたけど、なにこれ。トラウマになりそうなくら恥ずかしかったぞ。


「中学の時に女子にやった事あるが、周りはすごい羨ましがってたぞ?」


 いや、それ本人の意見じゃないし。あと、今の私は男子だしね?

 頭の中でツッコミを入れつつも、視線から逃れるように早足で歩いて階段への角を曲がる。目撃者の視線を切って一息ついた私は隣についてきた武山君を睨み上げた。


「そんな睨むなよ。悪かったって。まなっちゃんはこういう方が好みかと思ったんだよ」


 そんなわけあるかーっ! いや確かに嫌いじゃない……ってか憧れはあったけど、最初はもっとムードのある感じがいいに決まっ……まなっちゃんって誰の事でせう?

 聞きなれないその呼び方に一瞬脳の処理が遅れたのか、私は喋っている最中に自ら『まなっちゃん』だと認めるような発言をしている事に気づいて明後日の方向に目を逸らせた。


「いや遅いだろ。ペコちゃんみたいな顔してもゴマ化せないよ?」


 なぜバレたし!

 確かにずっと見られているとは思っていたけど、話をしたのは先程交わした二、三言だけだ。

 しかも変装は完璧だったはず。他の人ならいざ知らず、自分でも鏡と間違えるくらいそっくりな姉に変装しているのだ。少なくとも外見でバレるはずはない。


「愛の力かな」


 うわぁ…………マジヒクワー。

 私は心境を表すように若干体を引いて武山君から距離を置こうとした。けれど階段を駆け下りてきた男子生徒にぶつかりそうになって、いち早く察知していた武山君に手をつかまれ、再び彼の方へと引き寄せられた。

 いや、これは抱き寄せられたと言うべきか。だからぁ…………

 それをやめろっちゅうとんじゃあっ!

 私は学習しない武山君に半ば切れ気味に叫んで突き放す。体格差で離れたのは私の方だったけど、丁度良いのでそのまま踵を返して歩き始めた。これ以上付き合ってたら体がもたぬ。今朝から血が上がったり下がったりで比喩じゃなく血管が切れてしまいそうだ。


「今のは不可抗力だろ。からかったのは悪かったけど、本当にまなっちゃんかどうか反応を見て確かめたかったんだよ」


 さっき廊下を通り抜けた時よりも更に速度を上げて歩いているにも関わらず、余裕で追いついて来た武山君が釈明する。その身体能力にいらだちを覚えた私は小走りと言って良いくらいに回転を上げて速度を速めた。

 歩調を合わせようとしていた武山君は一瞬遅れはしたものの、やはり余裕の表情で追いすがってくる。


「おい、足怪我してたんじゃないのかよ。そっちだって人の事は言えないじゃないか」


 違いまっすぅー。怪我はしてるけど歩けないほどじゃないだけでっすぅー。

 証拠を見せてやりたいところだが、自らの手で捲るのは今朝の経験で懲りたのでムカつかせる口調で言い返すだけに留める。


「子供か。今朝電話してきたのはこういう事だったのかよ」


 違うよっ! 姉のフリして自分を守ってって、そんなお姫様願望ないから!

 もしかしてそんな痛い子だと思ったからお姫様抱っことかしてきたのだろうか? だとしたら酷い言いがかりだ。


「姉?」


 忘れろ。

 いかんいかん、油断するとポロッと口をついちゃうぜ。

 そうこうしているうちに言い争いはエスカレートして、気づくと私達はお互いを罵りながらどこへともなく走っていた。

 一年棟を駆け下り、学食らしき建物の前を過ぎてテニスコート、運動場、体育館、購買、三年棟。

 私が全力疾走になっても武山君の余裕の表情は崩れず、それが益々腹立たしくて季節柄も考えず走り続けた。大体校内を一周して校門の辺りを通りかかる頃には私はもう汗だくになって歩くようなペースになっていたのだけど、それでも意地になって走っていた。

 そんなフラフラな状態だったのである意味必然的に、私は何もない地面に蹴っつまづいて隣を走っていた武山君の腕に、三度抱き入れられた。

 疲れきった私は抵抗する力も残っておらず、自分では起きられないほどだったのだが、武山君は今度はお姫様抱っこではなく背負って保健室へと向かった。

 まあ怪我はしてないので治療のためというわけじゃないのだけど、少し横になりたいので良しとする。

 何か重要な事を失念しているような気がしないでもないが、まあ武山君だし大丈夫だろう。それより汗臭さの方が心配だ。私の方が大量に汗を掻いているので下手をすると臭っているかもしれない。うう……せめて正体さえばれてなければ。消毒液で消臭って出来るのかしら。

 色々思い悩みながら武山君の背に揺られているとほんの数十秒で保健室の前にたどり着いた。正門前にある二年棟の一階だからね。お姫様抱っこよりマシとはいえおんぶだってあまり他人に見られたくはないのでありがたい。


「ちょっと一回下りてもらっていいか?」


 扉の前、もう手の届く場所まで近づいてから、武山君が何かを思い出したようにそう言うので素直に従う。

 すると何を思ったのか、武山君はドアに耳を寄せて中の音を探り始めたのである。

 そういえば今朝、中村君も中の様子を探ってから名前まで名乗って入ってたけど、なんなんだろう。保険の先生が怖い人なのかな。

 何の疑問も抱かずそんな間の抜けた事を考えていた純真無垢な私の耳は、次の瞬間、あまりにも場違いな音を捉えて私を混乱させた。


「……………………っぁ………ぅ……………」


 たぶん聞き違いではない。怪我の治療をする場所と言ってもそんな重傷者が来るような場所ではないのだから、寝言でないならうめき声ではないはずだ。何より、思春期真っ只中の私の蓄えた知識が全力で言っている。

 今のは、喘ぎ声だ。

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