表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/89

私と道案内

 今朝の状況を思い出して欲しい。

 可愛らしいパンツ一枚で下半身を晒した姉と、その内股に顔を寄せるパジャマ姿の私。

 母は私達に雷を落としながら近付くと姉を抱き上げて私の部屋へ持っていった。去り際に、


「マトも早く着替えて降りてきなさい?」


 そう言い捨てられ、そこで初めて兄と間違われている事に気づいたのだが、もう後の祭りだった。

 姉の近くには母の監視がつき、入れ替わるタイミングはなし。姉には一応、アザを確認していた事を説明するように伝えたけれどそれが精一杯だった。

 家を出た後もどこかで制服を取り替えようと姉を待っていたのだが、私の学校の方が始業時間が早くて遅刻寸前だったからなのか、それとも別の理由があるのか、姉は父の車で学校の方向へ送られていった。

 その様子を真っ白になった頭で見送り、茫然自失になりながらも携帯のマップを頼りに何とかここまで辿り着いているのだから我ながら律儀というか融通が利かないというか……


 はぁ………………

 二度目のため息。隣ではそんな私の様子をおろおろと見守る男の子。彼は姉のクラスメイトか何かだろうか。

 とにかくこうしていても埒が明かない。

 私は顔を上げ眼前に立ち並ぶ校舎を睨みつけて覚悟を決めると、人生初の男子校という空間の中に足を踏み入れた。


 さて、足を踏み入れたのは良いけれど、目の前には並び立つ三棟の校舎。

 姉の教室があるのはどの建物だろうか。


「しのみー、どした?」


 足を止めた私を不審に思ったのか、隣を歩いていた男の子が顔を覗き込むようにして聞いてくる。

 うう、やめてくれ。あんまり近くで見られるとバレてしまいそうで怖い。

 目を逸らして俯くと、彼は何を思ったのか「ああ!」と声を上げて私の手を引き一番手近にある建物の正面玄関へと向かった。

 成すがままに連れられて行くと、校舎に入ってすぐのところにある小さな部屋の前へたどり着いた。ドア上のプレートに目をやるとそこには保険室と書いてある。その時になってようやくさっき男の子にタックルされて転んだ時に膝を打ち付けた事を思い出した。

 男の子は一瞬中の様子を窺うような仕草をしてからそっとドアを開いて首だけ突っ込み、


「一年七組、中村卯月入りまーっす」


 と言って繋いだ手はそのままに中へと入っていった。連られて私も保険室へと入る。仄かに消毒薬の匂いが香った。

 男子校ということで幾らか緊張していた私だったが、中には他の生徒はおろか先生もおらず、当たり前だけど保険室の内装もうちの高校とそう変わるものではなかったので少しだけ安堵した。


「ありゃ、先生いないのか。朝礼中かな?」


 男の子は少し大きめの独り言を呟きながら私を丸椅子に座らせると目の前に跪いてそっと足に触れ、玄関で履き替えたスリッパを足から抜いてズボンの裾を捲る。

 薄手のスラックスは何の抵抗もなくスルリと捲り上げられて、素足が顔を覗かせた。その膝には思った通り鮮やかな赤色の血が滲んでいる。

 ってか、あれ? 流されて素足まで触られちゃってるけど、治療の一環って事でオッケーだよね?

 普段と違う環境と対応に、私はどこまで許して良いかわからず困惑する。

 そんな内心を知ってか知らずか、傷の具合を確かめた男の子は、私の足を一旦スリッパの上に置いて立ち上がると壁際の棚を漁り、中から救急箱を取り出して戻ってくる。スポーツの大会とかで引率の先生が持ち運ぶような大きめのやつだ。彼はその中から市販品と思われる消毒液を取り出して再び私の足を持ち上げ、今度は自分の太股の上に置いた。

 いや、だから、その、そういうの、慣れなくて恥ずかしいのだけど!

 涼しい顔で膝の裏に手を添え、垂れないように気をつけながら消毒液を吹きかける男の子……えと、中村くん、だっけ? その慣れた手付きを眺めながら私は顔が火照っていくのを自覚した。

 やばい。ただのチャラ男かと思ったら予想外にイケメンだったでござる。いーやー、面の良い男の子になら兄や部長で耐性があるのに、こんなのは反則だ~。

 慣れない待遇と優しく触れられる指の感触に微動だに出来ず、内心でのた打ち回る私。けれどそんな私の落ち着かない心とは裏腹に中村君の表情はどこか暗い影を帯びていた。


「ごめんな、先週から謝ってばっかだな、オレ」


 手は休める事無く自嘲気味に笑う彼の言葉に、頭の中で警報が鳴り響く。あかん、コレはあかんやつや。

 私には何の事かさっぱりわからないが、きっと先週姉と何かあったのだろう。声のトーンから察するにかなり深刻な何かが。けれど今彼の目の前にいるのはその時とはまったく違う別人だ。謝られる義理もなければ許してあげる権利もない。話しだけ聞かされても曖昧にゴマ化して逃げるしか出来ない私がそれ以上聞くのは悪いような気がして、私は先手を打つ。

 こっちもお願いしていい?

 そう言って反対側の裾を引っ張り上げ、同じように血の滲んでいる膝を露わにした。

 やっておいてなんだけど、これもすげぃ恥ずかしいっ。

 素足を見せるくらい普段から慣れているはずなのに至近距離で見られながら自分の手でゆっくり晒してゆく感覚は知られたくない秘密を暴露するような背徳感を感じて背筋がぞくぞくした。スラックスをスカートに置き換えるとちょっと想像し易いかもしれない。

 中村君は血の滲む両膝越しに私の顔を見上げ、一瞬何かを考えるように目を細めた。私はといえば目を合わせるのが恥ずかしかったので、今や真っ赤になっているであろう顔を膝に押し付けるようにうずくまった。

 あー、もうっ! なんだこれ。

 なんだかどうにも変な空気だった。男子校の保険室に二人きりという状況がそうさせるのか、それとも中村君の持つ空気がもともとそうなのかはわからないが、とにかく私は常ならざる雰囲気に包まれた小さな保険室の中でいつものように茶化す事の出来ない自分自身に混乱していた。

 私は目蓋を強く閉じて真っ暗になった視界の中、混乱する頭を沈めようと深く息を吸う。

 極力ゆっくり吸い込むよう心がけ、肺がこれ以上膨らまないというところまで吸い込んでから、同じようにゆっくりと息を吐き出す。そうやって呼吸に集中するとくしゃっと潰れた思考が一度消え去って、また一から思考を重ねる事が出来るようになるのである。

 が、吐き出す息がまだまだ残っているうちに、私は膝にヌメついた気持ちの悪い感触を覚えて思わず声を上げた。

 ふゃっ!?

 見ると半開きの口から舌先だけを出した中村君が、私の膝を舐めようとでもしているかのように顔を近づけて驚きの表情を浮かべていた。

 いや、違う。実際に舐められたのだ。

 え、でもなんで? 民間療法? 確かに唾つけとけば治るとかって話はよく聞くけど、他人の足だよ? 普通舐める? いくら友達が自分の責任で怪我をしたからって舐める? 私だったら絶対……………………

 と、混乱する思考がそこまで一気にまくし立てたところでふと冷静になる。

 うん、舐めるな。私だったら絶対に舐める。というかやった記憶がある。

 中学の体育祭のときの話だけど、騎馬戦のどさくさで怪我をした友達の肘をしゃぶる様に舐めた事がある。ちなみにドン引きされた。

 そうか、あの時の彼女の気持ちはこんな感じだったのか。

 私は思わぬところで過去の自分の過ちに気付かされ、反省を得る。同時に先ほどまで沸騰していた頭も冷静になっていた。

 そんなとこ舐めたら汚いよ。消毒液で頼む。急がないとHRに遅れるしね。


「ああ、うん。ごめんごめん、あんまり可愛い足してるから悪い癖が出ちゃったよ。すぐ済ませるからちょっと待っててな」


 私が深く突っ込まなかった事に安心したのか、中村君は薄く笑ってから手早く消毒し、ガーゼを当てて包帯を巻いてくれた。その手付きはこれまた慣れたもので、おそらく何かの運動部に所属しているのだろう事を窺わせた。

 怪我の処置が終わると、中村君が使った道具を片付け、私達は保険室を出る。

 元々血が出てるだろう事が気になっていただけで歩くのに支障が出るほどの怪我ではなかったので私も中村君の後を普通に付いて出たのだけど、保険室を出たところで自分の向かうべき教室がわからない事を思い出した。

 答えのわからない問題があるとき、回答を得る為には答えを知っている者に聞くのが一番てっとり早い。

 目の前にはちょうど教室の場所を知っている人の良さそうなカモが一匹。これを利用しない手はないだろう。

 私はわざとらしくうめき声を上げるとふらついた振りをして片方の膝を床に落とす。


「っと、大丈夫?」


 すると予想した通り、カモが罠にかかった。

 中村君が心配そうに私を見る。たぶん『大丈夫?』というのは膝の事を言っているのだろう。そんな事はわかっている。

 けど、どうだろう。中村君は『大丈夫?』と聞いてきただけであって、主語が何かは言っていないわけで……たとえば主語が『教室までの道は』である可能性もないとは言い切れないのではないだろうか。

 何しろ相手はイケメンだ。面ではなく内面のイケメン君なのだ。その洞察力は天網恢々疎にして漏らさずと聞く。だとすれば彼は私が教室の場所がわからず迷っている事もすでに察しているのではないだろうか。いや、そうに違いない。けれどこの歳で迷子だなどとは言えない友人の小さなプライドを尊重して、敢えて主語をつけない『大丈夫?』という言葉で遠まわしに助け舟を出そうとしてくれているのだろう。

 ならば、その親切心を汲み取るのが友の務めというものである。

 少し長くなってしまったが、そんなわけで私は中村君の親切心を無駄にしない為に仕方なく肩を借り、そのまま引きずられるようにして何とか目的の教室まで案内してもらう事に成功したのだった。


これくらいの描写は注意事項とかつけなくても大丈夫ですよね?


今後より深い描写もあるかもしれませんが、その時は前書きに警告入れるので苦手な方は飛ばしてくださいね~。


ご覧いただきありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ