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私と功徳学園

 はあぁぁぁぁぁぁ……………………

 私は学校近くの遊歩道で深い深いため息を吐いた。

 気が重い。足取りも重い。頭が重い。体も重い。体重の話じゃないぜ?

 傍から見たら病人に見えるのじゃないかと思うほど足元をふらつかせながら、それでも前に進まないわけにもいかず私は歩いていた。

 時折見かける同じ制服を来た人々に見つからないよう、なるべく目立ちたくはないのだが、精神的ダメージとプレッシャーから普通に歩く事もままならないのだ。

 どうしてこうなった。

 今朝の事を思い出し、自己嫌悪で頭を掻き毟る。

 あんな状況を見れば母が誤解するのは当たり前だ。そうならないように姉を起こしに行ったというのに自らより悪い形で実現してしまったのである。己の注意不足に嫌気がさす。

 いや、もう過ぎた事はどうでもいい。それよりも今直面している問題をどうするか…………

 私は空を見上げて無遠慮に照りつける太陽を睨むとYシャツの胸のところをつまんでバサバサと風を送る。今日は昨日の雨の影響か、朝から蒸し暑い日だった。

 普段は天下の往来でこんなはしたない事はしないのだけど、今日はいいよね。蒸し暑いし。

 自分に言い訳をしながらYシャツが起こす風に一時の涼感を得る。

 けれどYシャツを引っ張った時に襟からふと自分の胸が覗き見え、私は慌ててYシャツを押さえつけた。すぐに周囲を見回し、人がいない事を確認して安堵する。

 いけない、いけない。油断するとすぐにボロが出てしまいそうだ。

 緩んでいる気を引き締めて姿勢を正し、気力を振り絞りって嫌がる足を無理やり前に進める。

 私が直面している問題。それは――――――


「シノミーっ!」


 うぉぅっ!?

 突如後ろからすごい勢いで衝撃を受け、私は前のめりに倒れこんだ。

 ベタン。という音を立てて両手を突き、なんとか顔面からの着地だけは免れるも、ひざ小僧に嫌な痛みが走る。スラックス越しなので見えないがこれはたぶん擦りむいたな。

 どこか冷静にそんな事を考える私。けれど頭の大部分は焦ってパニックを起こしかけていた。

 後ろからぶつかって来て未だ私の腰に巻きついているのは私と同じく学校指定の制服に身を包んだ同年代の男の子。その力は姉とは比べものにならないほど強力で、私がいくら抜け出そうともがいてもびくともしない。


「シノミーごめんよ。誤解なんだよシノミー。やわらかいよシノミー。なんかいい匂いするよシノミー。うわーん」


 相手の方もパニックというか興奮状態にあるようで言っている事が支離滅裂だ。

 って、ああっ!? 通りの向こうからジョギング中の主婦が汚い物を見るような視線でこっちを見てる! 違うんです、違うんです。私は被害者なんです。警察は呼ばなくていいからそんな蔑んだ目でこっちを見ないでー。

 男の子の手から逃れる事も出来ず、ただ軽蔑の視線に晒されるのに耐えられなかった私は倒れこんだまま両手で顔を覆って伏せた。

 するとしばらく騒いでいた男の子も主婦の視線に気づいたのか、騒ぐのを止めて何事もなかったかのように「よいしょっ」という掛け声と共に立ち上がる。その際、腕の拘束を解いてくれなかったので私の身体は腰から持ち上げられ、男の子の腕に抱えられて洗濯物のようにだらりとぶら下がった。

 はわわわ。なんという腕力。

 驚きつつ一瞬遅れて私も体勢を立て直すと、男の子はようやく私を解放して地面にそっと下ろしてくれた。

 振り返り、改めて私を突き飛ばしてくれた男の子を見る。

 学校指定のYシャツにスラックス、髪はゆるふわのショートといった感じにさりげなくセットされていてほんのり色を抜いてあるチャラい感じの人だ。そんな外見にも関わらず体は鍛えてあるようでマッチョというほどではないにしてもがっしりとした体つきには余分な脂肪が見当たらない。身長は私よりも二十cmは高いだろうか。そりゃこんなのにぶつかられたら成す術もなく倒れるわ。


「いやー、ごめんごめん。なんか触り心地いいもんだからつい調子にのっちゃったぜ」


 テヘとか言って舌を出さんばかりに軽い口調でのたまう男の子。なんだろう。喧嘩をしても絶対勝てないのに殺意が湧くわ。

 本来なら痴漢現行犯で警察に突き出しても良いのだが、今はそういうわけにもいかない。私はとりあえず無視して学校へ急ぐ事にした。

 男の子に背を向けて歩き出す私。けれど歩くために振り上げた手首をつかまれ、それだけで私の歩みは完全に止められてしまった。


「無視するなよ」


 ほんの少し、男の子の声音が剣呑な雰囲気に変わる。やば、怒らせたかな?

 恐る恐る後ろを振り返ると、目と鼻の先に険しい表情を浮かべた男の子の顔が近付いていた。咄嗟にカバンを間に入れて顔を隠す。

 男の子はそれをかわして私の顔を覗き見ようと首を動かすが、私も負けじとカバンを動かして応戦した。

 そのまま十秒は攻防が続いただろうか、彼はう~んとため息混じりに唸ると、


「なんか今日のシノミーはいつにも増して女っぽいな」


 そう言って私を青ざめさせると、先導するように前に立っておもむろに歩き始めた。

 手をつかまれたままだったので必然的に私も引っ張られて歩き始める。

 私としては一緒に登校などしたくないのだけど、あまりそうしていると変な目で見られかねないので少し早足で追いついて、つかまれている手を振り払う。引き止められた時と違って力がこもっていなかったらしく男の子の手はあっさり離れて、二人肩を並べて歩く形になった。

 こうなったらもう、覚悟を決めるしかないのか…………

 妙な沈黙が流れる中、私は道の先に見えてきた校門を複雑な気持ちで睨み、心の準備を始めた。

 男の子は何か言いたそうにこちらを時々窺っているけれど、よほど言い難い事なのか声を出そうとしては周りに人がいないか確認し、人を見つけては明後日の方向を向いて唸り声を上げるという挙動不審な動作を繰り返している。

 なんなんだろう?

 というか話さないんだったらいっそ先に行って欲しい。こっちはそれどころじゃないんだよぉ~っ。

 私は心の中で叫びながらも余計なツッコミを入れられないように黙々と歩みを進める。


 そうこうしているうちにあっという間に校門の前にたどり着いた。

 レンガ造りの頑丈そうな校門は見る者に必要以上の威圧感を与える。

 私は帰りたくなる気持ちを何とか抑え、黒字の看板に金色の文字で大仰に書かれた学校名を目でなぞる。

 そこにはこう書かれていた。


『功徳学園男子部高等科』


 そう、私の直面している問題――――それは向かう学校が違う事。

 何の因果か私は今日一日姉の通う男子校で過ごさなければならなくなったのである。


ご覧いただき誠にありがとうございます!

今回は珍しく予定してた展開に辿り着けたっ!


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