私と朝電
翌朝早く、私は秋生に電話をした。
寝ぼけ眼で舌足らずに喋る秋生を想像してときめく私の乙女心はいつも通りの無愛想な第一声によって脆くも崩れ去った。何でも毎朝5時には自然と目が覚めるのだそうだ。なんて健康的な病気だろう。
『朝からそんな失礼な事を言いに電話してきたの? 何か聞きたい事があったのではなくて?』
若干の不機嫌さを滲ませて電話越しに秋生が急かす。
こちらとしても非常識な時間なのはわかっているので手短に話す事にしよう。
昨日言ってた事なんだけど、電話には気をつけろとか言ってたでしょ。あれってどういう意味なのかもうちょっと詳しく聞きたいと思って。
『何かあったの?』
あったと言えばあったようなそうでもないような…………
私は昨日秋生と別れた後にあった事を思い出せる限り細かく説明する。
母に武山君から電話があった事、私が兄と会っていたという情報を流された事、その直後の奇怪な電話。
秋生は先程までの不機嫌さを好奇心に変えて興味深そうにふむふむと相槌を打って聞いていた。
最終的に姉は兄として受け入れられ、元通り男の子として家に帰って来た形となった事まで話して私は秋生に意見を求めた。
結果として電話してきた女の声が言った通りになったわけだけど、これってどう思う?
『そうね。私も真夏と同意見よ。電話をしてきたのはお姉さんの中にいる何者か。何かはわからないから結果については偶然か必然か判断つかないけれど、少なくとも私達の知らない事を知っているのでしょうね』
うむ。やっぱそうだよね。
信頼する友人と意見が一致してより一層強く確信する。やはり姉の中には別の何者かが潜んでいるのだ。
自分の考えが肯定されたようで安心を覚えるが、それは元々わかっていた事だ。秋生に聞きたいのはここからである。
あの時、掛かってきた電話をとった瞬間から私は世界が変わったような奇妙な感覚に襲われた。あれは一体なんだったのか。
『真夏がそう感じたのならその通りでしょうね』
なにやら謎掛けみたいな言葉が返って来た。意味がわからず聞き返す。
というと?
『詳しい説明をすると日が暮れるから省くけれど、つまりは実際に世界が変わっていたという事よ』
あれ、おかしいな。説明を求めたらより意味不明な言葉になって返って来たぞ?
私の理解力が足りないのかそれとも秋生の説明が下手くそなのだろうか。多分後者だな。
あのさ、秋生。私バカだからまだ理解出来ないんだけど、もっとわかり易く言ってくれないかな?
一応下手に出て教えを請おうという姿勢を見せる。人間関係を円滑に進める為には時にこういう事も必要なのである。
『チッ』
と思ったら舌打ちしやがったよ、この人。親友ってなんだっけ?
『打算と建前ではなく本音で話せる友達の事だと記憶しているわ』
まるで私達の事のよう。
白々しい言葉が虚しく部屋に響く。気のせいか部屋の内装まで白々して見えて来た。
おお、これはまさしく別世界に迷い込んだ感覚。秋生はこれを伝えたかったんだねっ。
『違うわ』
一蹴されました。
『いえ、違わないのかしら』
ん?
何か考えておられるご様子が電話越しに伝わってくる。
なんだろう。ひょっとして秋生もよくわかってないんじゃ?
『う~ん、そうね。わかっているつもりだったけれど案外わかっていないのかも。人に教えるというのは難しいものなのね』
新米教師かと突っ込みたくなるような事を言っているが、こうなると明確な答えは期待できそうになくなってきた。
まあ理解出来ないような事なら考えるだけ無駄というものだ。世の中すべてが理解された上で利用されているわけではない。半導体とか全身麻酔とか。
そう、つまり利用できればそれで良いのだ。
そこに気付いた私はひとまず今の質問を置いといて別の質問をぶつける事にした。
ね、秋生。別の世界に変わったとかって言ってたけど、例えばそれって秋生にも出来るの?
『無理よ。私は変えるべき世界を知らないもの』
ふ……む? 変えるべき世界って何の事だろう。わからないけど、そこ突っ込むとまたややこしい話になりそうだ。
それはそれで興味なくもないのだけれど、貴重な朝の時間帯に長話はするべきではない。そんなわけでもったいぶらずに先を続けよう。
じゃあ、武山君ならどうかな?
『彼は出来ると思うわよ。そう思って忠告したんだもの』
だよね~。そうだろうと思ってました。でだ。
それはどうやれば防ぐ事が出来るの?
そう、私がこんな朝早くに秋生に電話をしたのはこれを聞くためである。理由はもちろん、武山君と電話で話したいが為だ。
なんだかんだで引き伸ばしてしまったが、これだけは絶対言っておかなければならない事がある。
『ああ、わかったわ。これも私の説明が悪かったせいね』
何の話?
『真夏が武山さんに電話するという話よ。別に何を身構える事もないわ。普通に電話すれば大丈夫』
え、そうなの?
あんまりもったいぶった言い方をされたから警戒して昨日も電話しなかったのに。
ちなみにわかり易く説明すると?
『本来は掛けて来る側の仕掛けであって、電話を受け取る側には何も出来ないのよ。お姉さんが関わるとその限りではなくなるというだけ。だから真夏が掛ける分には問題ないわ』
お姉さんが関わると、の部分が気になるんだけど……いや、いかんいかん。話が長くなる部類の質問は今は後回しだ。
そういう事なら善は急げだ。今からでも早速掛けてみよう。
私は朝早くにも関わらず電話に応じてくれた親友に感謝を述べて電話を切る。
ありがとうね、秋生。
『どういたしまして。けど、会話内容はまた別の話なのだから言いくるめられないように気をつけなさい』
電話を切る直前、おせっかいな親友は最後にそんな事を言った。
大丈夫さ。今回のイニシアチブは私にある。だからこそこんな早朝に掛けるのもためらわないのだ。
私は昨日のうちに姉の携帯から移しておいた武山君の電話番号を呼び出すと、深呼吸で一度心を落ち着けてから通話のボタンを押した。
本編に戻りまして三日目突入でございます。
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