表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/89

私と姉

出百合注意。すぐ終わります。

 真っ赤な顔をして涙すら浮かべながら熱い眼差しで私を見つめる彼女。

 艶やかで長い睫毛が涙に濡れて蛍光灯の白い光をキラキラと反射している。

 羞恥に染まる頬は柔らかそうで思わず触ってその感触を味わいたくなる。

 指先をすべらせて触れるとビクッと身体を震わせて縮こまり、私の指に不思議そうな視線を送ってきた。


 性急だっただろうか。内心でほぞを噛む私。

 その心情を知ってか知らずか、彼女は疑問符の浮かんだ顔を再び私に向けて「んぅっ?」と首を傾ける。

 あどけない瞳が私の瞳を覗き込む。

 その様子にいけると核心した私は、今度は優しく包み込むように彼女の柔らかなホッペに手を這わせた。

 すると彼女は私の手に五回、スリスリと頬ずりして甘えてくる。

 ア・イ・シ・テ・ルのサインだ。


 私はベッドに腰掛ける彼女に顔を近づけるように身をかがめた。

 すぐ近く、吐息がかかるほど近くで彼女の茶色い瞳が私を見つめている。

 その瞳を誘うように私はゆっくりと視線を下げて行き、鼻骨、鼻の頭、人中を舐めて唇へと下ろしてゆく。

 ぷっくりとして赤いトマトのような唇が物言いたげに薄く開けられて、触れられるのを待っているようだった。

 何の戸惑いもなく、吸い寄せられるように私の唇と彼女の唇が近づいて行く。

 あと数センチ、あと数ミリ、もはや空気を通してもお互いの熱が感じられるほど唇と唇が近づきあってその感触を互いに伝え合おうとした時――――――


 ガッという衝撃と共に私の頭が左右からつかまれた。


 聞きかじった知識のままに閉じていた目蓋を開くと、先ほどよりも赤くなって口をパクパクとさせる彼女=兄の顔があった。

 あるぇ~?


「お、おま、おま、おまえ…………いまま、今、き、ききキ…………」


 声を震わせ要領を得ない言葉を紡ぐ兄。もちつけ。

 狼狽する兄を落ち着かせるため舌を出して唇を舐めてやると、一瞬間を置いて私の頭を投げ捨てるように離し、ベッドに倒れこんで枕をかぶってしまった。

 どうしたの、おに……兄貴。女の子を知りたいんじゃなかったのかい?


「ぼうゆうびびふぁんぇ!」


 いや、何言ってるかわかんないよ…………


「そういう意味じゃねえって言ったんだよ! なんてことするんだ!」


 頭を抱えるように両手で被った枕の片側を上げて、兄の抗議の声が届く。

 うむ、知ってた。

 兄が…………いや、彼女があまりにも可愛い事になっていたのでからかってみただけだ。


 どうでもいいけど、兄だと思うと色々抵抗があるな~。

 私自身まだ受け入れ切れてないって事か。いや、目の前の少女が兄なのはもう間違いない。さっき唇を舐めた瞬間に確信した。まあ見た目が兄だったら死んでもやらなかったけど。

 けれど私はその確信を持っても尚、目の前の美少女を兄と呼ぶのには抵抗があるのだ。もうこれは乙女心としか言いようがないね!

 もう面倒だから姉でいいや。女の子でいるうちは姉と呼ぼう。


「姉…………お姉ちゃんか。いいな…………」


 どうやらその呼び方がお気に召したらしく、嬉しそうに呟いて枕の下から起き上がってくる。

 気に入ってもらえたようで何よりだよ、お姉ちゃん。


 でだ。そろそろ本題に入ろう。

 もうここまでの反応で姉の気持ちはわかったけど、デリケートな問題も含むので一応確認しておきたい。

 女の子の事を教えて欲しいってのはさ、男の子としてじゃなく女の子として聞きたいって事でいいのかな?


 弱冠上から目線になってしまった私の言葉に、姉は小さく、しかし確かに頷いた。

 やっぱそっかー。

 予想通りの答えに、私は視線を天井へ投げて呟く。


「やっぱりってなんだよ…………」


 私の態度が気に入らなかったのか、単に気になっただけか、姉は険しい表情を向けてきた。

 ん~、あんまり兄妹でする話じゃない気がするんだけど……今は姉妹だし、いいかなぁ…………。

 そんな風にゆるく決意して私はずっと以前から感じていた疑問を姉に尋ねてみる事にした。


 ベッドに座り込んでいる姉の前に向き合うように座ってその視線を合わせる。

 まだるっこしいのは嫌いだ。ズバリ聞こう。

 お姉ちゃん、女の子になりたかったんでしょ?


「…………っ! なゎ………………んでっ!」


 やだ、この子わかり易い。

 ずっとずっと抱えていながら今まで聞けなかった私の疑問に、姉ははっきりうろたえて後ずさり、そのまま後ろ向きに倒れて行った。

 覆いかぶさってちゅっちゅっしたくなる気持ちをあれは兄だあれは兄だと自分に言い聞かせて抑制し、代わりに手を引いて起き上がるのを手伝ってあげる。


「…………なんでわかったんだ?」


 起き上がって尚、驚きの目で私を見つめつつ今度は姉が私に問う。

 感覚共有してんだから気付いててもおかしくはないと思うんだけどなぁ。


「けど! お、オレはそこまで詳しいとこは分からないよ!」


 いや、それは私だって同じだ。

 相手の感情に影響を受けるといっても、例えば私の場合、兄が友達と喧嘩して落ち込んでいる時に食欲がなくなったり、受験でナーバスになっている時にイライラしたりするといった程度のものだ。

 けれど相手が楽しい時はこちらも楽しくなるし、喜んでいる時には私も嬉しくなる。

 つまり、兄がいつも脱衣所で悲しい気持ちになっていたり、私の買ったファッション誌を見てわくわくしているのもわかる。

 そういう小さな感情の動きと状況を照らし合わせた結果、中学の半ばくらいから兄にそういう願望があるのではないかと疑っていたわけなのだ。


 どや顔で私がそう説明すると、姉は安心したような何かを憂えているようなちょっと判断がつかない微妙な表情を浮かべた。

 けれど私が疑問に思うよりも前にその表情は消えて、一度大きく息を吸うと、姉は急にがばっと頭を下げて言った。


「仰るとおりです。師匠! どうかこの成り立ての哀れなお姉ちゃんに女の子のいろはを教えてください!」


 おお、なんだコレ、気分いいな。

 中身はともかく美少女から三つ指ついてお願いされ、私のテンションは一気に上がった。

 そうだ。兄に協力するのは嫌だけど、考えてみれば私が嫌っていた女の子みたいな外見は今となっては長所だ。

 しかも女の子のいろはという事は着せ替えたりお化粧したりして遊べるではないかっ!

 私は先の事を考えて上がりっぱなしのテンションを何とか表情に出ないようゴマ化して、姉に頭を上げるように言う。


 苦しうない、面を上げい。

 世にも嫌そうな表情をした姉が頭を上げた。自分がふってきた癖にっ!

 それから姉にベッドから下りて床に立つよう命令すると、勉強机の脇にあるスタンドミラーを持ってきて姉が映るように置いた。


 鏡の中にはだらしない格好をした残念な美少女が映っている。

 意味がわからないといった様子で私に説明を求める姉に対し、私はいくつか指示を出してまずは姿勢を正させる。

 両足を揃えて膝は前向きに! 腰は少し引く! 左右の肩甲骨をくっつけるイメージで胸張って! アゴはやり過ぎと思うくらい引け!

 指示し終わるとそこにはまるでハトの物真似をする芸人のような珍妙なオブジェが出来上がっていた。

 最後に頭の高さを変えないように意識して力を抜くよう伝えると、先ほどよりかなりマシな立ち姿になった。


「普通に姿勢を正せって言えばいいのに…………」


 そこは師匠と呼ばれて悪ノリしてしまったのだ。姉が悪い。

 さて、立ち姿が美しくなったところで、私は狭いスタンドミラーの中に自分も映るよう、姉の隣に立つ。

 そうして改めて見るといくつか気付く事があった。


 まず、少しだけ私が負けていた身長は女の子になって縮んだらしく、姉の方が少し低くなっている。

 肩幅なんかも変わっているみたいで、姉の着ている男物のTシャツがちょっとセクシーな着崩れ方をしていた。

 念のため後ろに回って前習えしてみたが、やはり私とほとんど同じくらいの幅になっている。

 うむ。これなら私の服を着せても良さそうだ。


「え…………お前の、服?」


 そう、私の服だ。まずはそれを着て女の子としての自覚を持ってもらう必要がある。

 これは私の持論なのだが、人間は服装によって変わるようにできている。

 パジャマを着ればリラックスするし、ドレスを着れば背筋が伸びるだろう。


 そもそも男性と女性というのは外見に対する意識のレベルがまるで違う。

 街中を歩いていても姿勢の良い男性を探すのと姿勢の悪い女性を探すのは同じくらい難しい。

 女性は当たり前のように化粧をするのに対して男性は髪のセットすらしない人も多いだろう。

 それはもちろん、外見を気にするのが女々しいという風潮がそうさせるのだろうが、何より問題なのはそれが許されるという事実だ。

 どんなに姿勢が悪かろうと髪がボサボサだろうと、営業職やタレントでもない限り男性ならばある程度許容される。

 しかし女性はそうはいかない。

 どれほど疲れていようと、どれほど肌が荒れていようと、常に外見には気を使っていなければならない。

 女性にとってそれは自衛の手段でもあるのだ。


 などとまた熱くなって語ってしまったけど、今度は姉も最後までちゃんと聞いていてくれたみたいだ。

 それどころか目を輝かせて私の言葉に一々頷いている。

 やー、もう姉というより妹みたい。かわゆいなぁ。


 ともかく、良い姿勢を維持するのは突然言われて出来るようなものじゃないので、意識改革の意味でも女物の服を着るというのは良いと思うの。

 着せ替えを楽しみたいという下心は隠したまま、もっともらしい理由をつけて姉を諭す。

 姉も元々興味があるのだろう。もじもじと恥ずかしがる素振りは見せるものの、その口からは肯定的な相槌が返ってくるばかりだ。

 うひひ、これはもう落ちたも同然ね!

 内心でほくそ笑む私。

 しかし一つ問題があった。


「ま、まあ、女の子の服を着るのが大事なのはわかった。けど…………下はどうするの?」


 そうなのだ。さすがに下着まで貸すのは姉妹といえどちょっと気持ち悪い気がする。

 私は別に良いのだけど、構わんと言い切れるほどの女気はないチキン。

 いっそノーパンノーブラで! というのも私としてはオススメなのだけれど、これは姉が嫌がりそう。

 考えた末、私がコンビニで買ってくるという案に落ち着いた。

 姉は自分で行くと男気を見せて言ってくれたが、服装の問題もあるし、何よりコンビニとはいえ昨日まで男の子だった姉が女性用の下着を買って帰って来るのはハードルが高いだろうという事で私が却下した。

 まあ、本音を言えば初めての下着購入に身悶えする姿を見逃したくないだけなのだけど。

 そんな私の下心など露知らず、姉はせめてものお礼にと代金を少し多めに出してくれたのだった。わーい。


男女の意識差についてはあくまで持論です。

ご不快になられた方は申し訳ございません。

お読みいただきありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ