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私と誓い

 白い頬を桜色に染めて彼女は小さく、確かに頷いた。

 面食らって口をポカリと開け、ただただ見つめる私にほんの一瞥チラリと視線を寄越したかと思うと、なにやら不安に陥ったらしく視線が床を泳ぎ出す。胸を隠すように背を向けているので自分の意思表示が私に伝わらなかったのではないかとでも思ったのだろう。

 私は彼女の不安を取り除くように優しくその背から手を回して細い身体を抱きしめた。手には彼女を締め上げる為の白いサラシを下げて。


 うむ。どういう言い方してもサラシって出てくると色っぽくならないな。今後の課題としよう。

 ともあれワクテカしながら姉にサラシを巻く私だったが、思ったよりも面白くならなかった。姉が真剣な表情で何かを考えている風だったのであまり弄くり回す事が出来なかったのだ。それでも手をすべらせて柔らかさを堪能したりはしたのだが、そんな私のお茶目ないたずらにも姉は無反応だった。

 まあ姉の気持ちはわからないではない。自業自得とはいえ妹にちゅーしようとした変態兄貴の汚名を被っているのだ。事実は逆なのだけどそれを話せない事も理解している。どう言い繕ったところで疑惑の残る状況で切り札となる真実のカードを切れないのだから悩んで当然というものだ。

 そんな姉の心情を察し、私もいたずらをやめてサラシを巻くのに専念した。しゅるしゅると巻かれていくサラシの布ズレの音だけが部屋に響く。

 陽光は真っ白い雲に遮られ、明かりも点けていない部屋は暗たんとして知らず気分が落ちていく。

 なんか、なんだろう。妙に空気が重い。

 これから母に嘘を吐くという罪悪感なのか、それとも雰囲気がそうさせるのかはわからないが、とにかく私と姉の間に気まずい沈黙が流れていた。

 その沈黙は結局サラシを巻き終えるまでずっと続いた。

 最後に私が終わったよと背中を叩いて伝えると、姉は力なく「ありがと」と言って再び黒いTシャツに袖を通した。


 姉の着替えが終わると、私は姉に二つの注意を与えた。

 まず、女の子になったというのは絶対に伏せる事。これは姉もわかっているとは思うが、罪悪感から暴露してしまわないよう念を押した。

 そして発言する時は母には聞こえないよう、私に向かって小声で話す事。耳打ちまで露骨にはしなくて良いけれど、基本的に私を通して会話してもらうという事だ。これは声バレ対策である。先ほどは電話越しだったからバレなかったのだろうが、流石に直接話すと女の子である事がバレてしまう。

 少し難しい注文だとは思うが、これくらいはやってもらいたい。本当ならもう一つ『なるべく私に近寄らない』というのも付け加えたいくらいなのだ。物理的に無理があるので加えないけれど。

 ちなみに母の妙な誤解については姉には話していない。恥ずかしいし、誤解を解く為に今後距離をとろうとか言われたら私が立ち直れない。

 今回の優先順位は、まず女の子だとバレない事、次に兄として家に居られるようにする事、それ以外は二の次である。


 一通り話し終わったところで階下から兄を呼ぶ母の声が聞こえて来た。どうやら待たせ過ぎてしまったようだ。

 私達はお互いに神妙な顔をして頷き合うと、私を先頭にして母の待つ一階のリビングへと下りていった。

 ところがリビングのドアを開いて中に入ると待っていたのは母だけではなかった。食事をとる時に使うダイニングテーブルにポロシャツ姿の身長の高い男の人が座っていた。出かけているとばかり思っていた父だ。夫婦で仲良く並ぶように座って私達が来るのを待ち構えていたのである。


「マカ、マト、座りなさい」


 愕然とする私達は父に促されるまま両親と向かい合う席に座る。

 そして父は私達が席につくのを確認すると、開口一番こう言ったのである。


「お前達、付き合ってるのか?」


 母の誤解はわかっていたので予想出来た言葉ではあったが、あまりの直球に私は側頭部をハンマーで殴られたような衝撃を受けた。

 なんっでそうなるのっ!

 思わず抗議の声を上げる。昭和時代の古いギャグのような言い回しになってしまった。


「ああ、父さんも聞いたばかりで信じられないんだが、昨日の夜、父さん達がいない間に……あー、なんだ。キスとか、してたんだろ?」


 キスとかってなんだ、とかって。

 逆セクハラ気味に小一時間父を問い詰めたい。四十過ぎのおっさんいびっても面白くも何ともないけどなー!

 冷静に。冷静になれ、私。

 自分に言い聞かせて心を落ち着かせる。

 予想とは全然違うが、ある意味これで話が単純化したとも言える。そもそも姉の声を聞かれないように私が間に入りつつ、ちゅーしようとした云々の言い訳をしようとしていたから面倒臭いことになっていたわけで、話の矛先が私にも向いてくれればわざわざ姉に喋らせる必要はなくなるのだ。

 私は瞬時にそう結論付けると、姉を押しのけるように身を乗り出して父と対峙した。

 してないよ。されそうになったって言っただけじゃん。未遂だよ。

 応えながらも次に来るであろう問いにどう答えるべきか、必死で考える。次に来るであろう問い。それはなぜ兄のトランクスが私の部屋にあったかという事だ。そこに合理的で説得力のある答えを見出せればこの勝負、私の勝ちだ。

 女子高生の部屋にトランクスが落ちている合理性…………ってそんなもんあるかー。

 自問自答する私。

 一方で応えを聞いた父は母の方を見る。目を合わせると母は頷いて肯定した。

 今度は母の攻撃だ。


「けど、されても別に良かったとも言っていたわよね~?」


 初耳です。え、そんな事言いやがったの、私。

 私が姉の方を見ると、姉は頷いて肯定した。テーブルの下で姉の足を踏んづける。うん、じゃねーよ。

 なるほど、こういう小さな疑惑の積み重ねが大きな誤解へと発展したのか。ならば今こそひとつずつ誤解を解いて身の潔白を証明する時。

 そりゃあ、キスくらいお兄ちゃ……兄貴とは昔よくやってたし。今更嫌がる方が変でしょ。


「ああ、それはそうかもな。元々キスされそうになったのはマカから聞いたんだろう? 意識してない証拠じゃないか」

「そうよ~。でもあんまり嬉しそうに言うんだもの。心配になるじゃない」


 父が母を諌める形で二人が会議を始める。

 これはもしかして父さえ上手く丸め込めれば私の無罪は証明されるのではないだろうか?

 元より娘という生き物に対して幻想を抱いている父の事。母を真正面から相手にするよりは組し易いはず。ならばこれを利用しない手はない。私はこの思わぬ味方の出現を好機と見て、ここぞとばかりに攻勢に出た。

 ちょっと色々あってまたお兄……兄貴と仲良く出来そうだったから私もテンション上がってたんだよ。まさかあんな事で兄貴が家出しちゃうなんて思わなかったしさ。

 我ながら悪寒が走るほどの嘘八百である。しかし効果はバツグンだった。


「そうか。マカがそう言うならお父さん達も嬉しいよ。二人の仲が悪いのは心配の種だったからな」

「そうねぇ。私もマカの態度が急に変わったからとまどっちゃったのよ。仲が悪いより良い方がいいわよね~」


 父の言葉に母が崩れた。なんだよう、兄の家出より私の態度の方が問題だったって事かよう。

 釈然としないものはあったが、あまり蒸し返して話を姉に振られるとまずいのでそれ以上は突っ込まなかった。

 けれど場の空気が少し和らぎ、このままなし崩し的に終わるんじゃないかと気を緩めたその瞬間である。例の質問が飛んできた。


「でもそれならマカの部屋にマトのパンツがあったのはどういう事なの?」


 うむ。やはりそこはスルーされないか。結局合理的な理由は見つからなかったが、仕方ない。私は昨日姉が使った手でゴマ化す事にした。

 学祭で半ズボンを作る事になってね、私のショートパンツよりはトランクスに近いデザインだったから兄貴のを参考にさせてもらったの。

 秘技・学祭隠れの術である。もしかしたら後々面倒な事になるかもしれないのであまり使いたくはないのだが、もう思いつくのがこれしかなかったのだ。


「ああ、昔のアイドルが穿いてたようなやつか。今時あんなのは見ないもんな」


 ごめんなさい、昔のアイドルと言われても基準が違うんですが何時代の話ですかね?

 父の話には同意出来ず乾いた笑いを提供する事しか出来なかったが、納得はしてもらえたようである。

 兄の家出についてもさほど言及はされず、姉が頭を下げて事なきを得た。父曰く――――


「マトは気が小さいからな。父さんなんて家出したって聞いて見直したくらいだ。男ならそのくらいの気概をもたないとな」


 だそうである。

 拍子抜けしたけれど、とにかくこれで姉が私のフリをする必要はなくなった。


 その後は家族四人そろって笑いながら夕食を食べた。

 姉はあまり声を聞かれないように控えめにしていたが、それでも昨日までのような険悪な夕食よりずっと楽しかったと思う。

 私がその空気を作っていたのかと思うと申し訳なくて、私は早く姉が心の底から笑えるように自分に出来る事はすべてしてあげようと心に誓うのだった。


二週間ぶりでございます。変なところで空けてしまってすみませんでした。

今回もご覧いただきありがとうございました!

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