私と信用
あの時、フードコートで秋生は、本物かどうかはっきりするまで姉の事は信用するな、と言った。
どういう事だってばよ?
私は意味がわからず聞き返していた。
いや、意味はわかる。昨夜私も同じ事で悩んだのだ。わかるのだけど、それを改めて秋生から言われるのって何かおかしくない?
仲が悪かったとはいえ一応私は一番近しい家族なのだよ。その私が本物だと認めているのにどうして秋生がその前提を覆そうとするのか、それがわからない。
「そういう手段があるのよ。貴方はそれを知らないけれど、私は知っている。だから忠告しているの」
そう、彼女は説明してくれた。
なるほど、理屈はわからないでもない。魔術か手品か知らないけれど、私より博識な秋生なればこそわかる事というのはあるだろう。
けれど納得はいかなかった。いかなかったので私は質問を重ねる。
その手段ってのは具体的にどういうもの?
「いくつかあるわね。例えば……話が戻ってしまうけれど、悪魔憑きのように被害者の精神に別のものを植えつけた場合。これは擬似的な多重人格症のようなもので、記憶を本人と共有する事になるから確認するのが難しいわね」
ふむ。それは厄介。
けれど残念ながら私は記憶を頼りに姉を識別したわけではない。他の人には決して分かり得ない共有感覚によってだ。
この話をすると興味本位に色々聞かれるから人に話した事はほとんどないのだが、今は姉の容疑を晴らす為でもあるし相手は秋生だ。友人のプライベートに土足で踏み入るような真似はしないだろうと信頼し正直に話す。
「へぇ。そういう能力を持った双子もいるとは聞いていたけど、こんな身近にいたなんて驚きね」
ちっとも驚いていない表情で感想を述べて彼女は考え込む。
他の双子がどうかは知らないけど、私と姉にとっては割と当たり前の事なので能力とか言われるとこそばゆい。
特別な能力だったらもっと実用的なのが良かったなー。右手に鬼を宿すとか、体がゴムみたいに伸びるとか。
「どこの少年漫画よ。他にも認識を阻害するとか思いつく方法はいくつかあるけれど、問題は中身が本物かどうかをどうやって見分けるのかという事ね」
真剣な顔で私を見る秋生。けれども私はまだ納得できていない。
というか、そもそもなんでお姉ちゃんが偽者っていう前提で話しているのかな?
「違うわ。前提としているのははあくまでも結社の儀式とお姉さんの変化に関係があるという仮説よ。私はそこから推測される事象の中で貴方が注意しておくべき事柄を忠告として……」
わー、やめろやめろ。むつかしい言葉を並べ立てるんじゃないっ。
尚も何かを伝えようとする秋生を手で制して黙らせる。
仮説とか前提とか学校以外の場所ではなるべく聞きたくない単語だ。
要するに少しでも可能性があるなら疑うべきという事でしょ?
「まとめられると何か釈然としないものを感じるけれど、まあそういう事よ。特に貴方は自信家なところがあるから余計に心配だわ」
心配してくれるのは嬉しいのだが、自信家とは心外だ。慎ましく生きているつもりなんですが。
言ってみただけの私の言葉は一瞥すらされる事無く黙殺された。スルーともいう。
私は渋々納得して、少なくとも姉の中身がどういう状況にあるかは探ると約束して買い物に戻ったのだが、もやもやとしたものは晴れず、その後秋生ともぎくしゃくとした空気になったのであまり会話する事なく駅まで辿り着いたのだが、別れ際に釘を刺されたというわけだ。
でもこれって結局のところ私の判断が信用出来ないという事じゃないか?
私は憮然とした気持ちで目の前で船を漕ぐ姉を見つめる。姉は人の気も知らないで気持ち良さそうに揺れていた。
晴れない気持ちが今の天気のように薄暗く湿って私の心を沈めてゆく。
ふと窓に目をやるとミシン目のような雨雫の跡が斜めに数本走っていた。
あちゃー……降ってきちゃったか。
駅から家までの道のりを考えて憂鬱感が増す。
そのまましばらくボーっと外を眺めていると、やがて電車は駅に近付いてゆっくりと速度を落とした。
社内アナウンスが家の最寄り駅の名前を告げる。
私は人が見ていないのを良い事に姉のワンピースをめくって、重い気を晴らすように思いっきりくすぐり起こした。
やめろやめろと騒ぐ姉の口調は今も男の子の時のまま変わらず、いつもはムカつくその口調に今だけは少し安堵した。
駅につくと改札を出たところで私達は二手に別れた。
家まで距離があるとはいえ、何しろここは地元だ。いつ知り合いに見られるとも限らない。私は普段通りだから良いけど、二人並んで歩いていればどちらかが兄と誤認される事は想像に難くない。そうなると姉も嫌だろうが、私だって女装癖のある兄を持っているなどと噂されるのは御免なのだ。
そんなわけで事前に打ち合わせて私が先に帰り、暗くなる頃を見計らって姉を迎え入れる手筈になっている。
どうするかというと、まず私が普通に玄関から帰宅し、自室にて待機。姉が帰って来たら家の前から携帯で私に連絡し、出掛けるフリをして入れ替わりに姉を帰宅させ、私はいつものルートで侵入を果たすという流れだ。
本当は私が後から帰る方が手間がかからなくて良いのだが、暗くなってから帰らせるわけにはいかないと姉が譲らなかったのだ。いい加減自分も女の子だという自覚を持ってほしいものである。
二手に別れた後、ポツポツと降り始めている雨を避けるように小走りに家路を急ぎ、私は四時半過ぎには家に辿り着いた。
玄関を入ってただいまと声をかけると台所の方から母の声が返ってきた。
「おかえりなさーい。マカ、ちょっとこっち来てくれる?」
夕食の準備の際に母に呼び出されるのはいつもの事なので、私ははいはいと適当に返事をしてから階段を上がると指に食い込んだ荷物をベッドに放り投げて再び階下へと下りた。
その足で先に洗面所へ寄って手洗いうがいを済ませてから台所へと顔を出す。
な~に~?
けれど母から出てきたのは不意打ちの一言だった。
「マトは一緒じゃなかったの?」
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