私と結社
関係ないが、私が王子様と聞いて真っ先に思い浮かべたのは白いタイツである。
先ほど秋生とハルネ先輩が話していた中に青の王子様という単語があった。どうやら武山君の事らしいのだが、青のという事は青いタイツを履いているという事だろうか。想像してみると食欲が失せた。おのれ武山君。どこまで私に害を及ぼせば気が済むんだ。
「それよりどうして王子と聞いてタイツが浮かぶのかが知りたいわ」
え……? 王子様と言えば白タイツだよね? 気になるよね、あの……もっこり?
当たり前の事実確認として周囲に同意を求めるも、意外な事に誰一人名乗りを挙げる者はいなかった。それどころか残飯にたかるハエでも見るような視線を向けられた。
「真夏……残念な子」
「ああ、これは渡会が気に入るわけだ」
各々好き勝手な事を言ってくれる。
ってーか、今は私の事なんていいんだよ。武山君の話でしょ?
私がその名前を出すと、小さな口でカツサンドを頬張ろうとしていた姉がきょとんとした表情になってこちらを見てきた。
そういえば姉はあの時の会話を聞いていなかったんだっけ。
とはいえ私もよくわかっていないので秋生に色々と聞いてみる事にした。
まず、なんで武山君が王子なんて呼ばれてるの?
「呼ばれているというか、自分で名乗っているという話よ」
うへ。痛い子確定だなぁ。厨二病こじらせてんのかしらん。
「そうかもね。何とかの王子だの天使だのという二つ名をつけたがるのがあの病気の症状らしいから」
うむ。確かに厨二病といえば二つ名だ。む? 天使? あれ、なんだろう。何故だか急に武山君に親近感が湧いてきたぞ。
この話題を掘り下げるのはマズい。本能的にそう感じた私はゴマ化すように次の質問に移る事にした。君子危うきに近寄らず、である。
武山君は秋生が言うところの魔術師なの?
「ええ。直接見たわけではないけれど、話を聞く限りではかなり強力な魔術師らしいわ」
「たった一人で銀の結社を出し抜いたって話っスからね」
秋生の答えに続けて横からハルネ先輩の補足が入る。
そういえばさっき盗み聞きした時にそんな感じの怪しげな単語が出ていた気がする。
その銀の結社というのは何ですか?
「この辺りじゃ一番デカい魔術結社だよ。つっても二十人くらいだけどな」
私の問いにハルネ先輩が答える。
二十人って……秋生の信者の方が多いんじゃない?
「信者とか言わないの。私のはタロットとかウィジャ盤みたいな遊びの延長に付き合ってもらっているだけだもの。大人数の魔術儀式なんてやらないし、やらせられないわ」
ウィジャ盤てのは確か西洋版のこっくりさんだっけ。それもどうかと思う。
けどそうか。ここで言う魔術儀式というのは覆面をつけた人たちが生贄を囲んで呪文を唱えながら練り歩いたりする映画で見るような怪しい儀式の事だ。秋生があんな事を始めたら友人としては全力で止めざるを得ない。
というかそもそもあんな事してるグループが実際にある事に驚きだ。
「別に不思議な事ではないわ。あの手のものは元を正せば宗教儀式だもの。結婚式やお葬式と一緒よ」
そうなの? 鶏の生き血で盃を交わす結婚式とか聞いた事もないけど。
「真夏は生贄という言葉に囚われ過ぎね。結婚式の場合に捧げるのは誓いの言葉とその後の人生よ」
「なんか台詞がバツイチ子持ちの未亡人みたいになってるっスよ、秋生さん」
ハルネ先輩の突っ込みに自らの言動を省みたのか、秋生は少し凹んだようだった。
ふむ。それで、その銀の結社とやらと武山君は何か関係があるんですか?
凹んだ秋生に代わって話の矛先をハルネ先輩へと向ける。この話を秋生に振ってきたのはハルネ先輩なのだし、丁度良い。
「ないよ。王子は銀の結社……中でも教主からは異端児と呼ばれてるけど、異端児の英訳のmaverickは一匹狼というような意味合いなんだ。つまり独り者の魔術師って事さ」
へー、そうなんですか。マーベリックって人の名前かと思ってました。
私がそう応えるとハルネ先輩に苦笑された。
「マーベリックなんて名乗る人がいたら親に嫌われてたのかと疑われるだろうな。あんま良い意味では使われない。教主も取るに足らない相手として揶揄してるんだろう」
「そこは強がりというか排他主義的な妄執もあると思いますけどね」
いつのまにか復活した秋生が話に加わる。
ただでさえ理解に苦しんでいるのだからむつかしい言葉を使わないで欲しい。
「貴方に分かり易く言うと『あ、あんたに実力があるなんて私達は認めないんだからね!』という事よ」
おお、なるほど。分かり易い。
秋生の説明に、私は両者の関係を正確に把握した。
つまりツンデレな銀の結社……銀子ちゃんは武山君の事が気になりつつも素直になれず、ついつい暴言を吐いて機嫌を損ねてしまう不器用さんという事だね。
「ん~、そうね、間違ってない。というか割と正確かも。さすが秋生さんの説明っスね」
「付き合い長いですから。理解が及んだところで続きをお願いします」
先を促す秋生に「了解っス~」と敬礼すら返してハルネ先輩が話を続ける。
「と言ってもあたしもイェソドの汚泥に書いてある以上の事は知らないんスけど」
「内容は?」
「えーと、なんだっけ」
目線で宙を仰いだハルネ先輩は思い出すのを諦めたのか携帯を操作して問題のサイトを開いて私達に差し出した。
そこには短い文章で意味深な事が書かれている。
『我等戒めを解きて愛を知り、新しき歌を歌わんとす。されど孤高の獣現れ出でて此れを攫わん』
正直に言おう。意味がわからん。私にわかるのはせいぜい孤高の獣というのが武山君の事かな~というくらいだ。
けれど文章を見た秋生は難しい表情をして考え込む。
魔術師同士にしかわからない符号のようなものでもあるのだろうか。
「これが……庶民的な着眼点?」
どうやら違う事を考えていたようである。紛らわしい。
あまりにズレた言葉にハルネ先輩が慌てて否定する。
「いやいやいやいや、教主の言葉っスよ! あたしが言ったのはもっと下のブログっス!」
そう言って画面を操作し、見せてくれたのは先ほどよりもずっと砕けた文章の、日記になっている部分だった。
7月13日(晴)
リーダーに呼び出されていつものところに集まった。お茶会のつもりで行ったのにいきなり儀式を始めますとか言われた。メールに書いておけと小一時間。
いつもなら囲んで説教するところだけど、今日のリーダーは格が違った。なんと聖書を読み解き新たな秘儀を得たというのだ。眉唾。
「先輩、落差についていけないのですけれど……」
「なはは。面白いっしょ」
面白い……のか? まあ確かに親近感の湧く文章だとは思うけど。
その日記は日常パートがほとんどで儀式の内容についてはほとんど触れていなかった。
ただ、儀式が一通り終わりその成果が現れた時、唐突に武山君らしい人物が現れたようだ。
見るとそこから文章の雰囲気ががらっと変わっていた。
儀式も終盤に差し掛かって後はアストラル体を固定するだけとなった時、突然彼が現れた。
そう、私の『王子様』だ。
はぅぅ~ん、今日もお美しいですわ~。
リーダーはなんか憤ってたけど、このサプライズは私にはご褒美でした。
言いたかないけど彼に会えたのは儀式のおかげ。今回ばかりはグッジョブだよ、リーダー。
感動的なのは現れた直後。彼が腕を一振りするとまるで本当の魔法のようにアストラル体を定着させるための人形が消えたのだ。
そして彼は口汚く罵るリーダーと一言二言と言葉を交わして現れた時と同じように忽然と姿を消したのでした。
いやホント王子様カッコ良過ぎですぅっ!
というわけで今回も彼とお話し出来たのはリーダーだけ。私達はあまりのお美しさにやられっぱなしでしたとさ! リーダーいつしか呪い殺してやる(笑)
文章はそこで終わっていた。
えーと、なんだろう、コメントが出てこないぞ。えーと……
「なんというか、最初だけで止めておけば良かったです」
「あ、あれ? お気に召さなかったっスか」
ハルネ先輩はよほど自身があったのだろう。携帯の画面を開いた時のドヤ顔から一転、見るも無残にキョドっている。
すみません、先輩。私も秋生と同意見ですわ。
まあハルネ先輩はそっとしておくとして。私は日記の中に見た知らない単語について秋生に聞く。
アストラル体ってなんぞ?
「精神体の事よ。厳密には違うのだけど、魂のようなものと思えばいいわ」
「秋生さん、これ。この日の日記なら爆笑間違いなしっス」
なるほど。単純に置き換えて魂を定着させるための人形が奪われたという事か。
人形って普通にデパートで売ってるようなのかな。それとも市松人形みたいなの?
「それはヒトガタと読むのよ。陰陽道のヒトガタと同じね。類感魔術と言って人の形を模していれば何でも良いのよ。呪いのワラ人形とか有名でしょう? 大事なのは術者がそれを人に見立てられるかどうか」
「あ、その辺の説明をしたページもあるっスよ! 真夏ちゃんは興味あるよね?」
ございません。何でも良いって、指人形とか、自由の女神とかでも?
「自由の女神はどうかしら。あれは莫大な人数の思念が集まる場所でもあるから難しいでしょうね。模造品なら大小問わず大丈夫よ」
「真冬ちゃんは興味あるよな!」
「へ? あ、はい……」
ハルネ先輩、姉を脅迫するのやめてください。
「ぐぅ……いぢめっこ共め」
ふふふ。示し合わせたわけでもない私と秋生のコンビプレーにハルネ先輩が根をあげる。
ちょっと不良っぽいハルネ先輩がいじける姿というのもまた良いものであった。
「冗談はさておき。そろそろいい時間ね」
腕時計に目をやり、時間を確認して秋生が呟く。
細い皮ひもを何重にも手首に巻きつける腕飾りのようなタイプのオシャレな腕時計だ。時計の針は午後二時の少し前を指していた。
まだ気にするような時間でもないと思うのだけど、まさか何か約束でもあるのだろうか。
「先輩にお願いがあるのですけど、よろしいですか?」
「なんですか! 秋生さんのお願いならなんなりと!」
ようやく話しかけてもらえたハルネ先輩が目を輝かせて秋生に迫る。
その様は子犬のようでほっこりした。
けれど秋生のお願いを聞くとその気分は一気に吹き飛んでしまう。
「私と真夏はこの後、学祭の買物があるのですが、その間お姉さんに服を見立ててあげていただけませんか?」
え…………
秋生の言った言葉に一瞬思考が停止する。それくらい全く予想外の言葉だったのだ。
ちょちょちょ、お姉ちゃんの服は私が選ぶよ! 何言ってんのさ。
「けれど買出しもしなければいけないでしょう。夕方から雨の予報だから振り出す前に帰らないと荷物を濡らして帰る事になるわよ」
マジか。
そういえば今日は部屋から直接出掛けたのでテレビを見る余裕はなかった。当然傘など持って来ていない。
あ、でも知ってたなら秋生は傘持って来てるんだよね?
「画用紙や色紙を抱えて傘で帰るなんて嫌よ?」
ごもっとも。たいした量ではないけれど今回の買出しリストの中には濡れて困るものがいくつか含まれている。物によっては湿気でダメになる場合もあるのでなるべくなら振り出す前に帰るのが良いだろう。
うぬぁ~、お姉ちゃんの着せ替え楽しみにしてたのに~。
「そういう訳なのでハルネ先輩、よろしくお願いします」
「了解っス! そういう事ならあたしとしても願ったり叶ったりですよ~」
嬉しそうに応えるハルネ先輩の輝く瞳が今は恨めしい。
話しながらも昼ごはんを終えていたハルネ先輩と姉は、先輩の食事休憩が終わる事もあって、そのままお店へ戻る事になった。
意気揚々としたハルネ先輩に手を引かれて連れられていく姉の背中を見送りながら、私は頭の中でドナドナを歌っていた。
四人会話は無理でした……
今回も遅くなり申し訳ございません。
ご覧いただきありがとうございました!




