私と少女
※2014 7/9 誤字脱字を修正
私には真冬という名の双子の兄がいる。
二卵性だし性別も違うので似ていない。少なくとも私は似ていないと思う。
私はこの兄の事が大嫌いである。理由は沢山あるが、とにかく嫌いなものは嫌いだ。生理的嫌悪すら感じる。
まず顔が嫌いだ。顔立ちが男らしくないし、いつもニヤけた笑顔を浮かべているのが気持ち悪い。
髪も嫌いだ。男のくせに細く綺麗な髪質をしていて、しかも手入れをしている様子がない。出かける時は寝癖くらい直して欲しい。
身長が私より少し高いのもムカつく。ほんの少し、追いつけそうで追いつけないミリ単位の差なのがまた。
頭が良いのも腹立たしい。大した差じゃないのに全教科負けてるせいで比べられる私の立つ瀬がない。
あと兄の友人もムカつくのが多い。遊びに来ると大抵、私を変な目で見て、その後必ず兄を見るのだ。
私の友達に人気があるのも腹が立つ。いない時にまでなんで兄の話をしないといけないのか。
以上のように私がいかに兄を嫌っているかという話を滔々と少女に語って聞かせた。
三十分ほど話して気がつくと少女は俯いて何やら凹んでいた。
「そんなに嫌われてたなんて…………知らなかった……」
うむ。知ってもらえたようで何よりだ。
これで私の前で兄を名乗る愚かさをわかってもらえた事だろう。
「いや、愚かさとか言われても本当の事だし……他に頼れる奴もいないし…………」
消えそうな声で言って体育座りに丸まってしまう少女。
やっぱりかあいいんだけど。なにこれ、食べていいの?
とりあえずチューしてみようと思って匍匐前進で少女の太股の横に近づいて顔を覗き込むと、彼女は存外深刻な表情でこちらを見下ろしていた。
そういえば頼れる奴がいないとか言ってたような? 部屋に入ってきた時にも助けてとか言ってなかったっけ?
何か、悩み事でもあるのか……な?
「うん、話聞いてなかったんだな」
自称兄の少女はハアと大きくため息をついて座りなおし、その外見には似合わない胡坐をかいた。
今はTシャツ短パンだからいいけど、スカートの時にやってないだろうな。
今度是非スカートを履いて見せてください。
「他の誰にもわからなくても真夏にだけはわかるだろ? オレが本当にお兄ちゃんだってのがさ」
自信満々にそんな事を言う少女。
なるほど。そういう事か。
私は少女の言いたい事がわかってその理由に納得した。
双子だからなのか、私と兄には感覚的な繋がりがある。
隣の部屋にいても兄が何をしているかは何となくわかるし、兄が強い感情を抱いている時は私もそれに影響される。
変な事してる時もわかるのは勘弁して欲しい。切実に。
そうだ。そういえばそうだった。
今日は朝から情緒不安定だったから外出を控えたのに、あれは兄のせいだったのか。
色々考えてみると確かに少女と兄が同一人物のように思えてきた。
「わかってくれたか?」
黙り込んで考え始めた私に、希望に満ちた表情で少女が聞いてくる。
まあ、目の前の存在が兄だというのは感覚的には納得できた。
ただ、感覚と感情は別モノだ。
認められるものか。
認められるわけがない。
兄の方が私より可愛いなんてっ!
「ふぇっ!? お、オレって可愛い……のか?」
あ、いかん、声に出てた。
自覚のないまま漏れていた私の言葉に、目の前で少女が顔を赤くしてくねくねと踊り始める。
なんだろうこの反応。いくら外見が可愛くても兄だと思うと気持ち悪いな。
外見も兄だったら入って来る前に叩き出してるけど。
いつまでもフラワーロックみたいにウネウネ踊っている兄の頭を叩いて止めると恨みがましい目で睨まれた。
前言撤回。やっぱ可愛くない。
話が逸れて来たな。修正しよう。
私はまだ目の前の少女が兄だなどと認めてはいない。
断固として認める訳にはいかないのだ。女のプライドにかけて!
しかし次に彼女の発した一言が私の心を大きく動かした。
「でも胸はやっぱお前の方が大きいな」
自分の胸と私の胸を交互に見て呟く少女。
真似して私も見比べてみる。
例えるなら、私→お茶碗、少女→おたま。
オーケー。認めよう。お前が兄だ。
少女の言葉に気分を良くした私は彼女が兄である事実を断腸の思いで受け入れた。
大差ないとか言うな! 気持ち程度でも勝ちは勝ちなんだいっ!
私に認められた事に安心したのか、兄はその小さな胸をホッと撫で下ろす。
見た目に騙されてその様子を微笑ましく眺める私。
しかし兄は仕返しとばかりに話を蒸し返してきた。
「つかお前、ドッペルゲンガーは信じられるのに女性化は信じないってどういう事だよ」
いつものにやけた笑いを浮かべながら、咎めるように私を見てくる。
違うよ! 本気でそう思ってたわけじゃないよ!
両親が連れ帰ってきた親戚の子だと思ってたんだよ! 本当だよっ!
というか、考えてみれば私が普通にそう考えてしまったのも彼女に兄と同じものを感じていたからかもしれない。
まあ可愛いから全部すっ飛んだというのが一番の理由だけど。
ちなみにどちらが信じられるかといえば女性化よりはドッペルゲンガーだ。
ドッペルゲンガーは芥川さん家の龍ちゃんや暗殺された米大統領だって見たと言われているけど、女性化は完全に妄想の産物だからだ。漫画や小説以外では見た事がない。
そういえばああいう娯楽作品って必ずエッチい描写が入るけど、兄も自分の身体をまさぐったりしたんだろうか…………
変な事をしている時はわかると言っても百パーセントじゃないし、まさか……まさか…………っ!
って、今はそんな事はどーっでもよろしい!
不穏な事を考えそうになった頭をぶんぶんと振って切り替えると、ニヤニヤ気持ち悪い笑みを浮かべる兄を叩いて話を戻す。
で、結局なんで私の部屋に来たのさ?
「いやだから、お前だったらこの外見でもわかってくれるだろうし、他に頼れる奴もいなくて…………」
いやだから、わかるからこそ叩き出したいのだが。
じゃなくて、頼られたところでどうしろというのか。
ネットで調べてわからない事を私に聞かれても困る。数だけ多い友人にでも聞いたらどうだね。
その単語を出した時、兄の身体がビクリと震えた。
同時に私の中にも恐怖の感情が入って来る。
って、恐怖?
見ると兄は頭を抱えて震えていた。
彼女が反応した単語は『友人』だ。つまり友達が怖いということ?
私が聞くと兄はコクンと首を縦に振る。
しかし何があったのかと聞いてもそれ以上は何も答えてくれなかった。
まあいい。友達との関係が崩れて学校でいじめられていようと私には関係のない事だ。
そんな事より今は聞きたい事がある。
どうして私を頼って来たのかという事だ。
頭は兄の方が良いのだし、自分で調べてわからないからって私を頼ってくるのは不自然な気がする。
「いや、お前に頼みたいのはそういう事じゃなくて…………」
一瞬言い淀んで少し俯く兄。
何だろう? 言い難い事なんだろうか?
疑問に思いつつもこれ以上脱線しないように黙って次の言葉を待つ私。
やがて意を決したように顔を上げると、兄は顔を真っ赤にしてこう言った。
「お、女の子の事…………教えてくれ!」
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