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私と店員さん

 姉が試着室から出るのと同時にハルネ先輩の黄色い声が聞こえてくる。


「お~、いいね! やっぱ何着ても似合うね、しの……」


 続いてすぐに私が出て見ると先輩は喋っている途中の口のまま目を真ん丸にして驚いていた。

 うむ。してやったり。

 どうですか、先輩。私としては赤の方が好みなんですが、青の方が大人っぽいでしょうか?

 私は内心の愉悦を表情に出さないように苦労しながら姉の手を引いて先輩の前に立ち、わざとらしく問い掛ける。ちなみに私が赤、姉が青のワンピースを着ている。

 いやー、こういう悪戯をする時だけは双子で良かったって思うわ~。

 先輩の傍らでは秋生が呆れた表情を向けていた。

 言いたい事は察しがつくが、私の至福の時だ。大目に見てもらいたい。


 ハルネ先輩は口を開けたまましばらく私と姉を交互に見ていたが、やがて夢から覚める時のようにパチパチと目蓋を瞬かせ、おもむろに私の方に手を伸ばした。

 直後、胸に感じる圧迫感。

 視線を落としてみると下からカチ上げるような手つきでハルネ先輩の手が私の胸をつかんでいた。

 おぷぁっ!?

 反射的に叫び声を上げて仰け反る私。


「質量がある……だと。まさか、これが伝説の多重影分身か」


 私が後ろに逃れると、空をつかんだ手の平を見つめながら感触を思い出すようにワキワキさせてハルネ先輩が呟いた。

 いや、今日一番の真面目な表情でそんな事言われましても。

 なかなかノリの良い先輩である。


 早々と気を取り直した先輩に、私は改めて姉を紹介した。

 秋生と違って出会ったばかりのハルネ先輩にはどっちがどっちか分かりにくいだろうから、赤が後輩の真夏、青が別の学校の真冬という紹介だ。もちろん男子校なのは伏せている。


「へ~、あの篠宮ちゃんにこんなお姉さんがいたとはね。学校の連中が知ったら面白い事になりそうだな」


 何故か意地悪い表情で私の方を見るハルネ先輩。おのれ、さっきの報復のつもりか。

 私は警告の意味を込めてその目を見返すが、先輩は別の事を考えているようだった。


「ねーねー、真冬ちゃん」

「真冬……ちゃん?」


 突如猫なで声になって距離を詰めてきたハルネ先輩に、姉がどぎまぎとしながら驚きの声を上げる。

 顔が赤いのは間近にハルネ先輩の顔が迫っているからか、胸を強調するような前かがみのポーズ故か。

 これこれ、君達。女同士で何をしておるのか。


「真夏がそれを言うの?」


 うっさいよ、秋生。私はちゃんと線引きしてるからいいの!

 日ごろの私を知っている秋生は懐疑的な反応だが、姉に対してだって着替えの時とか気を遣ってるんだ。友人知人なら尚の事である。

 ところ構わずちゅーしようとするより、同姓を色香で惑わそうとする方が不健全でしょ?


「……きっとその線は曲がっているのね」


 同意は得られなかったようだ。むぅ。

 と私達が話している間にも不健全な人たちの攻防は進んでいた。いつの間にかハルネ先輩がジーパン片手に姉を追い詰めている。


「さあ、お着替えしような~。大丈夫、ハルネお姉さんがちゃんと着付けてやっから」

「ちょ、ま、真夏助けて……」


 下手れた声で助けを求められた。格好悪いよ、お姉ちゃん……

 というかハルネ先輩のテンションが明らかにさっきまでと違うんだが、どういう事だろうか?


「おそらくスイッチが入ったのね。彼女、写真部だから」


 ああ、それでさっき私と秋生を撮ってたのか。

 私の方に来ないのはなんでだろうね?


「本能的に組し易いと思ったんじゃない? お姉さんはどこか小動物を彷彿とさせるもの」


 ふむ。それはわかる気がする。

 で、姉が小動物だとして、私は?


「ネコ科の肉食動物かしらね」


 ……ふむ。そう言われればそんな気がしないでもない。しないでもないのだが……

 秋生さん? 私の事がお嫌いなのですか?


「大好きよ? たった一人の親友ですもの」


 満面の笑みで言われても説得力がないんだよっ!

 私は怒りにまかせて秋生の両の頬を引っ張った。


「こら~っ、秋生さんに何してるんだ! 頬が垂れておばあちゃんみたいになったらどうする」


 秋生に手を出した途端、姉をいじっていたはずのハルネ先輩が目ざとく見咎めてこちらに寄ってくる。

 って、あれ? 姉はどこ行った?


「ハルネ先輩、私の代謝はまだ活発なので引っ張られたくらいで垂れたりはしないのですが」

「ぅぇあっ!? そ、そんなつもりで言ったわけではっ!」


 額にうっすらと青筋を浮かべた秋生の言葉に狼狽するハルネ先輩。

 その後ろ、先ほどまで姉が追い詰められていた壁際の辺りを見ても姉の姿は見当たらなかった。

 あの~、ハルネ先輩。お姉ちゃんは……

 言い終わるより早く、ハルネ先輩に手を取って引き寄せられる。


「と、とりあえず着替えがあるんで真夏ちゃん借りて行くっス!」


 早口にそう言うとハルネ先輩は秋生から逃げるように背を向けて歩き出した。

 着替えというので試着室に入るのかと思ったら、その前を素通りしてさらに奥へと向かう。レジのある方向だなぁと不思議に思っていると、驚いた事にレジの中に入ってその奥のスタッフルームと思しき部屋まで連れて行かれた。


「ハク兄、撮影場所使うよ」


 入るなり中にいた人に声をかけ、返事も待たずにずんずんと奥へ進むハルネ先輩。

 スタッフルームは鏡台やテーブル、ロッカーなどがところ狭しと配置された四畳半程度の狭い部屋だった。

 そこに二人の人物がいて、一人はうちのお姉ちゃん。奥の方の物陰から所在なさそうにこちらを覗き見る様子は若干怖いものがある。

 もう一人、ハク兄と呼ばれているらしいその人は大人の男の人だった。気だるい様子のその人はテーブルについてコーヒーを飲んでいる。

 少し垂れ目勝ちだし骨ばってはいるものの整ったお顔立ちの男性で、黒い細身のスラックスと白いワイシャツの上にストライプのチョッキを重ねたバーテンダーのような格好が大人の雰囲気をかもし出していた。


「あ、おい、店番は?」

「だーから、ハク兄が出ろっつってんだよ」

「おまえなぁ……」


 ハルネ先輩は男の人と短い会話を交わして姉のいる奥の物陰へ向かう。

 交わした言葉は少なかったが二人はずいぶん気安い関係のように思えた。

 バイトというのをした事がないのでわからないが、同じお店の店員さん同士というのはそんなに仲良くなるものなんだろうか? なんだか羨ましい。

 そんな憧憬を込めて見ていた私の視線が熱すぎたのか、ハク兄さんが気づいてこちらに視線を向けてきたので慌てて頭を下げる。

 ハク兄さんは何か得心がいったというような表情をして頷いた後、同じように会釈を返してくれた。


 狭いスタッフルームの奥、ハンガーラックやらダンボールやらが散乱する場所を抜けると少し整理されて開けた場所に出た。

 部屋自体は一つになっているので店の備品を積み上げて仕切りを作っているのだろう。手前が休憩室で、奥は更衣室という感じだった。

 とするとここが女性店員さん用の更衣室ですか。


「女性っていうか、男はハク兄しかいないからスタッフの更衣室だよ」


 へー、それはハク兄さんの肩身が狭そうですな~。

 質問したものの答えを聞いてから大して興味がない事に気付いた。

 気もそぞろというのだろうか。なぜこんなところまで連れて来られたのかわからなくてそわそわしていたのだ。

 あの~、そろそろなんで連れて来られたのか教えていただけませんかね?


「うん、実はうちのお店ってブランドの直営店なんだよ。ナーブズっての。知ってる?」


 まあ、よく利用する店ですし、知ってます。

 と社交辞令で言ってはみたものの、雑誌などで見た事はないのでどういう立ち位置のブランドかはよく知らない。新興の和製ブランドかな? っていう程度だ。

 姉に至っては全く知らないのが一目瞭然に表情に出ていた。


「まあ、そうだろな。一応本社が東京にあって、そこで広報担当とかが経営企画を立てるんだけど、さ」


 話しながらもハルネ先輩はテキパキと動いて何かの準備をしている。

 私達は先ほどハルネ先輩の持っていたジーパンと、あといくつかの小物を渡されて着替え始めた。


「その一環で各店舗でお客さんをモデルにスチールを撮影して応募する企画があんのさ。それをお願いしようと思ってね」


 スチール? って何ですか?

 なんか乙女ゲームをやる友達がそういう単語を使っていた気がするが、関係あるのだろうか。


「スチールっていうのは……写真とか静止画って意味かな。要は宣材……宣伝材料用の写真の事だよ」


 ハルネ先輩の話を聞きながらワンピースの下にジーパンを履こうとしていた私だったが、説明された内容を聞いて手が止まってしまった。

 ちょちょちょ、ちょっと待ってください。 それって私達の写真が宣伝材料に使われるって事ですか!?


「いやいや、真夏ちゃん気が早過ぎ。応募すんのは色んなお客さんに頼んでとらせてもらった中から一枚だけだから」


 む。そうか。店舗単位でも選別されるのか。私達の写真をそのまま本社とやらに送るのかと思ってしまった。

 あははー。ちょっと自意識過剰でしたね。ちなみに他何人くらいにお願いしたんですか?


「秋生さんとか~」


 あいつは引き受けないですよね。何人くらい撮影したんですか?


「お、真冬ちゃん着替え終わったね! それじゃこっちに来て撮影しよっか~」


 ハルネ先輩~?

 無理矢理話を反らそうとする先輩の顔を両手で挟んで逃げないよう固定する。

 まさか私達が最初じゃないでしょうね?


「あ~、まあ、それはそのぉ……」


 視線を逸らし、言葉でゴマ化そうとするハルネ先輩。

 最初じゃないでしょうねぇ?


「お、俺達の戦いはこれからだっ!」


 先輩は拳を握って高らかに白状した。

 はい。じゃあ打ち切りという事で。行くよ、お姉ちゃん。

 素気無く言い捨ててジーパンを脱ぎ始める私。それを阻止する目的か、ハルネ先輩は私の腰にすがりついてわざとらしい泣き声を上げ始めた。


「待っで~、ごれがら。ごれがらだんだよ~。つい最近通達がぎたばっがりで~」


 ちょ、おま……半分脱いでるのに体重かけられたらバランスがっ!

 腰を両腕で固定され、膝をジーパンで固定された私は体重を受け止める事が出来ず、二度、三度と跳ねるように後ずさって何とか壁に手をつき体を支える。

 あ、危なかった……片付けられたスペースだったから良かったようなものの、向こうの雑然とした休憩室だったら怪我するところ…………


 安堵の息を吐きながらふと気づくと、私が手をついたのは更衣室に入る側の壁だった。

 左手には特にドアもカーテンもなく休憩室があり、先ほどハク兄さんと呼ばれていた男の人が何事かとこちらに視線を向けている。

 こちらに視線を向けている。

 こちらに視線を向けてい…………ぎゃっふ!


 ハク兄さんが視線を逸らすのと同時、私は壁を叩いて跳ねると先輩に被さるように前のめりに倒れこんだ。

またしても遅くなってしまいました。すみません。

水曜投稿だけは死守したいと思います。


ご覧いただきましてありがとうございました!

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