私と二次被害
試着室から出ると、少し離れた場所で秋生が知らない人と話をしていた。
「ハルネ先輩も色々やっていらして大変なんですね」
「やー、うちは便乗するだけだからオカ研ほどじゃねッスけどね~」
声と口調から相手はどうやら先ほどの店員さんのようだ。
二人の関係がわからなかったので声をかけるべきか迷った私は試着室を出たところで靴を履きつつ様子を窺う。
どうやら店員さんはうちの学校の先輩で、ハルネさんというらしい。
先輩なのになんで秋生に対して敬語なのかと思って話を聞いていると、会話の端々に胡散臭い単語が混ざっているのが聞こえて察した。
ああ、秋生の信者か……
秋生には彼女の魔術師としての顔に魅せられた同胞が少なからず存在する。
以前そのうちの一人と秋生の会話に巻き込まれた事があるのだが、その場で話を聞いていても何の話をしているのか私にはちんぷんかんぷんだった。
ただ、漫画に出てくるような印象的な単語が多かったのは覚えていて、今話している二人の会話の中にもそれらが含まれていたのだ。
使い魔がどうとか魔方陣がこうとか。
あの会話に巻き込まれてもろくな事はあるまい。
私は彼女らの視界に入らないよう、間にある商品棚の陰に隠れるようにしゃがんで隠れた。
飾られている服の中から姉に似合いそうな服を探しつつボンヤリと二人の会話に耳を傾ける。
「そういえば最近、銀の結社が大規模な儀式をやったらしいッスけど、アキオさん何かつかんでないッスか?」
「さぁ? あちらには知り合いも少ないですから。先輩はどこでその話を聞かれたんですか?」
「イェソドの汚泥ってブログからッス。管理人が結社のメンバーなんすけど、着眼点がすげー庶民的で面白いッスよ。アキオさんにもぜひ見てほしいッス」
「ハルネ先輩が言うなら間違いありませんね。今度拝見してみます」
なんか、案外普通の会話だなぁ。
オカルトマニア同士の会話というともっと秘密めいてたり陰謀の匂いが漂っていたりするものだと思っていたのだが、聞こえてきたのはただのオススメブログの紹介だった。まあブログの内容が普通と違うんだろうけど。
期待していたのとは違う会話内容にがっかりしつつも、私はちょっとほっとしていた。
秋生もTPOをわきまえて話せるようになったんだなぁ。
知り合った頃のただひたすらに痛い子だった秋生を思い出し、苦笑する。あの頃は田舎に似つかわしくないゴスロリ服で平気な顔して闊歩してたりしたものである。
そんな友人の成長にほっこりとしていた私だったが、すぐ後に続けて聞こえて来た会話に心穏やかではいられなくなった。
「まあでもなんか邪魔が入ったらしいッスけどね」
「邪魔?」
「例の異端児ッスよ」
「ああ、青の王子様ですか。確か武山さんでしたかしら」
唐突に出てきた聞き覚えのある名前に、私は思わず立ち上がる。
武山? 今、武山って言った?
動揺のあまりつい声が出てしまって慌てて口を押さえたが、時すでに遅しである。
私の方に背を向けて秋生と話していた店員さんが突然割って入った私の声に驚いた顔でこちらを振り返る。それに向かい合う形で話していた秋生は、まるで知っていたといわんばかりの不気味な笑顔を私に向けていた。
ええい、こうなったら仕方ない。今話していた事について訳知り顔の秋生に問い沙汰してやる。
問い詰めようと足を踏み出す私。それを見てどういう訳かファイティングポーズをとったハルネ先輩が割って入る。
剣呑な目で睨まれて私は足を止めるが、元よりハルネ先輩は眼中にない。
うっすらと口元を開いて優雅に笑う秋生を睨みつけ、先ほどの会話について問う。
ちょっと秋生、今のはどういう…………
ところがそこにタイミング悪く先ほどまで心待ちにしていた姉の声が掛けられた。
「真夏~、終わったよ~」
むぐ……姉が私を呼んでいる。可愛くもセクシーな下着姿の美少女がカーテン一枚隔てた向こう側で私を誘っている。
そう考えるととても魅力的な誘惑を受けている気分だったが、今この場の状況は捨て置けるものではなかった。
ごめん、お姉ちゃん、ちょっと待ってて。
私は強力に引かれる後ろ髪を引き剥がし、姉に応えると返事も聞かずに秋生の方へと詰め寄った。
「あらあら。だめよ、真夏。これ以上待たせたらお姉さんが気の毒よ」
悪びれもせずそんな事を言う秋生。
楽しそうな声出しおって、コンニャロウ。
その様子に私の苛立ちは益々募っていく。
「こちら、どちらさんッスか、アキオさん」
肩をいからせて秋生へと近付く私を牽制するようにこちらに一歩踏み出して、未だファイティングポーズを解いていないハルネ先輩が秋生に尋ねる。
秋生はそれすらも楽しそうに見ながら、私と先輩、それぞれにそれぞれを紹介した。
「そっちは私の友人で篠宮真夏さんです。真夏、こちらは二年の先輩で光野春寧さんよ」
紹介され、私は条件反射的に会釈をした。
気持ちとしてはそんな場合じゃないと思うのだけど一応先輩らしいし、敬意は払わねばなるまい。
けれどハルネ先輩は私に挨拶を返すでもなくキョトンとした表情を浮かべたかと思うと、
「え、この子があの篠宮ちゃん?」
さも意外そうな声でそう呟いたのだった。
ってか「あの」ってなんだ「あの」って。
「あれ、知らない? あんた校内にファンクラブがあるんだよ」
あ~、そういえば秋生がそんな事言ってたっけ。
嫌な事を思い出させられ、私は苦い物を食べているような気分になる。
滅多に言わない秋生のシュールな冗談だと思いたかったのに、見知ったばかりの先輩からも聞かされるなんて……。
どうやらその恥知らずな組織は本当にあるもののようだった。
「そんな嫌そうにすんなって。篠宮ちゃんがどうこうというより渡会が有名だから出来たようなもんだからさ」
む? 渡会が有名だから?
ハルネ先輩の言った意味がわからず聞き返す。
渡会というのはうちの部長の名前だったような気がする。部長としか呼ばないから忘れかけているが確かそんな風味の名前だった。
けど、部長の名前だったと仮定して部長が有名だから私にファンクラブが出来るというのはどういう理屈だろうか。
「いや、仮定じゃなくてあいつの本名だから。忘れたい気持ちはわかるけどな~」
ハルネ先輩によれば部長はもともと校内では有名な変人なんだそうだ。その部分に異論はない。確かにあの人は変人だ。
去年までは部長の思いつきに付き合わされて酷い目に合う生徒が後を絶たなかったらしい。
それが今年に入ってからは被害に合う人間が激減して二、三年の間では天変地異の前触れかとすら言われていたとか。
ところが学祭間近のこの季節になって、ようやくその謎は解かれた。
部長が三年になって以降、被害が一人の人間に集中していた事が判明したのだ。つまり、私に。
先輩方はその感謝と後ろめたさから少しでも支えになろうという消極的な覚悟の元にファンクラブを結成したのだそうな。
部長のせいだったのか……本当にあの人はろくでもない。にしてもファンクラブなんてややこしい名前にしなくてもいいのに。
「それはま~、実際あんたのファンも混ざってるから仕方ないだろ」
ああ、やっぱいるんだ。私のファン……
諦めるようにため息と共に吐き出した『私のファン』という言葉がやけに陳腐に聞こえる。
まあ、いっか。悪目立ちしているのでなければとりあえずファンクラブとやらも容認出来る。同情票的なのは我ながら情けないけど。
おーけー、とりあえずその話は部長に直接抗議するとしよう。
気勢を削がれる形になってしまったが、おかげでハルネ先輩の警戒とファイティングポーズはとかれている。
気を取り直した私は先ほど二人が話題にしていた人物について改めて秋生に問う事にした。
投稿時間が遅くなってしまいました。申し訳ございませんm(_ _)m
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