私とオカルトマニア
自称とは言ったが、実際秋生はその方面に明るい。
占いに始まり、こっくりさんだの交霊術だのと様々な儀式を定期的に行っては自らの信奉者を増やしている。
私はそういうオカルト的なものは信じていないし儀式に参加した事もないのでどんなものかもわからないけれど、相談事をすると的確にアドバイスをくれるので信奉する気持ちはわからないでもない。
ただ親友を紹介する時に魔術師ですとは言いたくないので自称という事にしているのだ。
「急な予定変更なんて真夏にしては珍しいと思っていたけれど、彼がその原因という事かしら?」
これさえなければなーとか考えていた私に、いつのまにか自分の世界から帰って来ていた秋生がふいに話しかけてくる。
うん。まあ、そういう事だ。
昨日彼が目の前から姿を消した時、私は神隠しのようだと思った。けれど同時にマジシャンのようだとも思ったのだ。
もちろんマジシャンの使うマジックと秋生の言う魔術は違うものなのだろうけれど、人間の心理を巧みに利用するという意味では似たところがあるのではないだろうか?
そう考えて本人に確認するべく朝早くから秋生を呼び出したというわけなのだ。
「なるほどね。真夏の直感を讃えるべきか、はたまた神の悪戯か……ともかく貴方の人選は間違ってないわ」
うむ。厨二病モードから抜け切っていないようである。
したり顔で言われるのはイラッとするが、まあ褒めてくれているのだろうと気を取り直し、私は昨夜の出来事をかいつまんで秋生に話した。
大体の内容をまとめて一気に話す間、秋生はほとんど相槌を打つだけで聞いていたが、話し終わって彼女を見るとその表情はかなり険しいものになっていた。
「真夏が私に嘘を吐くとは思わないけれど、俄かには信じがたい話ね」
眉間にしわを寄せた秋生が考えるように視線を伏せながら言う。
真面目な顔してるけど、これは突っ込み待ちなのだろうか。秋生の好きなオカルトの方がよっぽど信じられないと思うのだけど。
と、口に出しそうになって慌てて口をつぐんだ。誰だって自分の趣味を理解してもらえないのは悲しいものだ。
けれど他人の心理を読む事に長けた彼女にはわかってしまったようである。自嘲混じりに笑いながら、どこか遠くを見るように視線を投げて彼女は言う。
「オカルト好きといっても私が信奉しているのはやっぱり科学よ。私は誰にも解明されていない不思議な現象に科学のメスを入れて思考するのが好きなの」
例えば……と例を挙げて始まった説明は私には理解できない内容だった。
「予知とか予言といった未来の出来事を予め知る現象があるでしょ。あれって本当なんだとしたら時間を越えて情報を伝える物質があるという事になるのだけど、私の知る限りだと魂がそれに該当するわ。魂の存在は誰も証明出来ていないけれど、同じく否定も出来ていない。魂が存在する根拠として前世の記憶というのがあるけれど、前世の記憶を持つ人の中には先の時代を生きていたりとか同時代に前世と現世が存在している場合もあるの。つまりそういう人達が生まれる前の記憶を他人に伝えて実際にその通りになった時、予知とか予言と呼ばれるようになったと、こういう考え方も出来る。そうして思考を重ねて世界の真理に辿り着こうとするのが楽しいのよ」
はぁ…………。
一気に捲くし立てて話す秋生に、私は相槌ともため息ともつかない音を漏らす。
人は何故好きな事だとこんなにも饒舌になるのでしょうか。
普段知識を蓄えるばかりで話す機会がないから寂しいの? 私で良かったら話し相手になるから今は私の相談にのってくれないかな?
憐憫を込めて顔を覗き込む私に対し、秋生は潰れたカエルでも見るような視線を返してきた。
そういう視線を向けられて喜ぶ趣味はないので止めていただきたい。
「ふん。これも魔の道を逝く者の運命ね」
口でそう言いながらちょっと涙目になっている秋生はちょっと可愛いかった。
秋生のこういう反応は滅多にないのでついついいじり倒してしまいたくなるのだが、残念ながらそっぽを向いた頬をツンツンつついている間に後ろから声を掛けられて中断せざるを得なかった。
「ごめん、遅くなった」
振り返るとそこには太めのジーパンを履いてキャミソールに白いYシャツを羽織った姿の姉が息を切らせて立っていた。
って、ちょっと待って。なんだその格好。
振り返ったと同時に予定と違う姉の格好に批難の声を上げる。
だってキャミソールこそ私の貸したやつだし、ジーパンも裾をくるぶしの上まで捲し上げて捲し上げて可愛く見せているが、Yシャツもジーパンも明らかに兄の使ってた服でしわや黄ばみがいたる所に入っているのだ。
私の選んだ服はどうしたんだよ~?
思わず立ち上がって詰め寄る私に姉は逃げ腰になりつつ応える。
「いや、最初はあの服で出たんだよ! そしたら目立ち過ぎて駅に着く前に変な男にからまれるわ知らない人に写真とられそうになるわ、大変だったんだぞ? 仕方ないから一度家に戻って着替えて出直してきたんだよ……」
なんてこったい。
つまり女の子として人に注目されるのが恥ずかしくてチキったという事か。
とてつもなく似合っていたので見せびらかして歩きたかったのだが、帰ってもう一度着替えて来いというほど私も鬼ではない。いやいや、私は生まれてこのかた鬼になった事など一度もない。常に自愛溢れる天使である。姉のエロ可愛い格好を自慢出来ないのは残念だが、広い心で許してあげるのが天使というものだ。
私は後ずさる姉にニッコリ笑いかけると後ろに回ってその細腰に抱きつき、そのまま抱えて元の席に戻った。
姉の肩越しに前を見るとちょっと驚いたような表情の秋生が見える。
彼女は私と目が合うとすぐに気を取り直して、ここがファーストフード店である事を一瞬忘れるほど優雅な仕草で一礼し自己紹介をする。
「初めまして。小野田秋生と申します。真夏さんとは友人付き合いをさせていただいております。お兄さんの真冬さん、でよろしいんですよね?」
「あ、どうも。真夏のあにおあふひゅでふ……」
二人が挨拶している間に暇を持て余した私が膝の上に乗せた姉の頬を引っ張って至福の時を過ごしていると、どういうわけか器用に腕を折り曲げた姉の平手に頭を叩かれた。
むきーっ! 私の選んだ服着てこなかったくせにぃっ!
私は腹立ち紛れに姉を持ち上げると隣の席に叩きつけるように捨ててフンと息を吐いた。
姉は勢い余って椅子ごとコケて床に這いつくばるが、ふーんっだ。知った事じゃないもんねー。
女の子に対しては絶対にやらない事だが、兄は普段からもっと酷い扱いをしているので問題ない。
けれどそんな私達の普段を知らない秋生は少し慌てた様子で席を立つと床に手をついている姉に寄り添って助け起こすのだった。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ、ごめん。ありがとう」
秋生は姉を起こした後、ジーパンについた埃を払って、くずれたYシャツを直すところまでやってあげている。
私はそれを見ながらちょっとやり過ぎだったかなーと反省していた。
姉は姉で、息のかかる距離に秋生の顔が近付いて目のやり場に困ったらしく視線を泳がせながら私の方を見てくる。計らずも目が合ってしまい、私は思わずそっぽを向いた。
その時、囁くような潜めた声で秋生が言うのが聞こえてくる。
「へぇ……なるほど。これは私好みだわ」
驚いた私が秋生を見ると、もう大丈夫と言うように姉の肩をぽんと叩いて自分の席に戻るところだった。
な、なんだろう、今の意味深な発言……
ものすごく気になって答えを求めるように秋生を見るものの、秋生は普段見せない綺麗な微笑を浮かべてこちらを真っ直ぐ見つめている。
こ、こわひ…………
結局私は今の秋生の発言に対して言及はせず、改めて秋生に姉を紹介する事にした。
そう、チキったのである。
最近兄視点も書いてみたいと思っているのですが、視点移動ってどうなんでしょ? 一人称も難しいですねぇ……
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