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私と友達

 さて、そんなわけで私は家を出て隣り街の駅前にあるファーストフード店で人を待っていた。

 もちろん待っているのは姉である。

 朝七時を回って活動を開始した母に見つからないよう姉か私のどちらかが裏ルートを通って先に出る必要があったのだが、例によって高所恐怖症とやらで拒否られたのだ。

 なぜ隣り街まで来ているかというと近所の人に見つかると面倒な事になるというのが一つ。姉は一人で出るのは嫌だと泣きながら私を引き止めようとしたけれど、私達二人が並んで歩いていたら目立って仕方がない。

 もう一つは私の友達がこの街に住んでいるからだ。つまり私は姉と友達の2人を待っているのである。

 友達といっても別に遊びに誘ったわけではない。元々学祭のための買出しに付き合ってもらうようになっていたのだ。


 朝メニューのセットをパクつきながら待つ事五分強。先に来たのは友達の方だった。

「おはよう。相変わらず早いのね」

 そう言って目の前に座ったのはこの暑いのに黒のワンピースに身を包んだ不健康そうな女の子。名前を小野田秋生という。最初に聞いた時はその『アキオ』という読みが男の子みたいだと思ったものだが、彼女の前でそういう事を言うと酷く陰湿な仕返しを受けるので絶対に言わないようにしている。

 彼女とは中学時代に通っていた塾で知り合った。ちょっと変わった趣味を持っていて周囲から孤立しているのを見兼ねた私が声を掛けたのがきっかけだ。

 どこか超然とした雰囲気を持っていて表情もあまり変わらないので近寄り難いのは間違いないが、話してみると頭の回転は速いし心の機微を汲んでくれるのでとても話し易い。

 美人だしもっと積極的に話せば友達も増えると思うのだが、親しい友人は一人いれば十分だそうである。


 私はひとまず朝早くに予定を変更してもらった事を謝った。買い出しは本来昼過ぎの予定だったのだ。

 けれど秋生は何でもないという風にさらっと流して、その代わりとばかりに私のトレイから勝手にポテトをつまんで食べた。

 その身勝手ともとれる態度に私は苦笑してしまう。

 気の置けない友達とはいえ少なからず申し訳ないと思っていた私の気勢は一気に削がれてしまった。

 肩の力が抜けた私はしばらく秋生と雑談しながら朝食を平らげた。


「それで? 私に相談って何なの?」

 朝食を食べ終わり、セットでついてきたアイスティーをストローで啜っていると、秋生が少し声を落として聞いてくる。

 実は予定を早めてもらうよう電話した際、私は秋生に相談したい事があるからと伝えていた。

 まあ朝早く来てもらったのは単に、姉が家で朝食を食べている間私が暇しないようにという理由なのだけど、もちろんそんな事は言わない。

 実際彼女に相談したい重要な案件があるのだ。

 と、その前に確認なんだけど、秋生ってうちの兄貴の事知ってたっけ?


「真夏のお兄さん? 確か真冬さんというのよね。直接会った事はないけれど噂は色々聞いてるってとこかしら」


 ああ、会った事なかったっけか。うん? 噂?

 私は秋生の言った噂という言葉が気になって聞き返した。つい最近同じ言葉を聞いたばかりで、その内容がずっと気になっているのだ。

 つまりそれは、私の兄の噂。私達双子の噂。


「噂って言っても大した事じゃないわ。街を歩いてる時に真夏を見つけて声を掛けたら声と腰の低い別人だったとか、あなたの家で勉強会した時にお兄さんに会って見分けがつかなかったとか、双子なんだから当たり前でしょって内容ばかり」


 半ば予想はしていた事だったけど、私は秋生の語る噂の内容を愕然たる気持ちで聞いていた。

 やっぱりか…………やっぱり世の目腐れ共には私と兄の区別がつかないのか…………

 苦々しい思いが抑えきれず表情を曇らせた私はそれがバレないように両手で顔を覆った。

 確かに小学生の頃いたずら心に入れ替わった時は両親以外の誰にも気付かれなかったりもしたが、第二次性徴前の話だ。

 それに中学時代は同じ学校に通っていたのだ。クラスこそ同じにはならなかったがそんな噂があったら私の耳に入っているはずじゃないか。

 そんな私の思いを知ってか知らずか、秋生が噂話の最後に付け足した言葉は妙に説得力のあるものだった。


「お兄さんの話をすると真夏がものすっごい不機嫌になるから言えなかったって子もいたわよ」


 つまりそういう事なのだ。

 兄を嫌うあまり外見が似ている事が嫌で嫌で仕方なかった私は、他人から見ればとるに足らない些細な違いを砂粒を集めるように積み重ねては似てない似てないと自分に言い聞かせ、ついには他人にまでその考えを強要するようになっていたのだ。

 恥ずかしいを通り越して自己嫌悪になる。


「まあ、そんなに落ち込まないで。学園のアイドル篠宮真夏に瓜二つのお兄さんがいるなんて広まったらお兄さんも只では済まないのだから」


 フォローのつもりなのか、そう言って私の肩に手を置く秋生の口元はほんの少しニヤケていた。

 良い友達を持って私は幸せだよ…………

 とにかく、最悪の形ではあってもこれで謎は一つ解けた。

 武山君の言った通り兄と私の外見がそっくりだというなら私にそっくりな姉も兄に生き写しのはずだ。ならば今は打てる手が増えたと喜ぶべきだろう。

 私は気持ちを切り替えるため、氷の溶けて薄まったアイスティーを一気に飲み干した。


 ところで、だ。

 気を取り直した私はちょっと話しを戻して秋生の言った聞き捨てならない単語について言及する。

 学園のアイドルってなんやねん。


「あら、知らないの? 最近二、三年の先輩方を中心に貴方のファンクラブが出来たそうよ。実行委員でもないのに学祭を盛り上げようと奔走するけなげな後輩というのがうけたみたいね」


 マジか。本人の知らないところで何してくれてるんだ先輩方。

 というか実行委員でもないのに学祭を盛り上げようとしてるのは私ではなくうちの部長なのですが。


 私の所属している部活は名前すら決まっておらず、広報部だの統括部だのと企業の部署みたいな呼ばれ方をしている謎の部活である。

 活動内容は主にイベントの運営だろうか。

 普通は生徒会が運営するのだろうけど、やたらとイベントが多くて生徒会だけではすべてに対処しきれないらしいのだ。

 まあ自由な校風のせいか昼休みにゲリラライブを開く軽音部だの休日に即売会を開く漫研だのが蔓延っているのだから無理もない。

 そういう生徒側の要望として上がってくるイベントをなるべく穏便に済ませるよう奔走するのがうちの部の活動だ。

 当然、学祭のような全校規模のイベントは生徒会に任せておけば良いはずなのだが、生徒会書記の先輩と付き合っているという噂のうちの部長が彼女に泣きつかれて手伝う事にしてしまったそうだ。

 そりゃあ学期末の収支決算で忙しい時期に学祭と壮行会と終了式が重なるのだから泣きたくもなるだろう。

 普段生徒側の要望を通すべく生徒会にへいこらしている部長は初めて彼女に頼られて必要以上に張り切り、部員である私達がその割りをくっているというわけなのだ。

 爆ぜろ。


 思い出してだんだんと腹が立ってきた私はいつのまにか秋生に一方的に愚痴をこぼしていた。

 いつもは遣り甲斐のある楽しい部活なんだよ~。この前の演劇鑑賞会とかも文芸部に脚本お願いしたりとかさあ…………


 けれど普段なら相槌くらいは返してくれる秋生から何の反応も返って来ない。

 不審に思って秋生の顔を見ると、彼女にしては珍しく驚いたような表情で私の背後にある階段へ視線を向けていた。

 ああ、姉が来たのか。

 私はすぐに納得した。

 私そっくりの外見とどう見ても女の子にしか見えないあの格好である。驚くのも無理はない。

 先ほど言われた嫌味に意趣返しをしたような心持ちがして、私は気分良く振り返るとそこにいる姉を呼ぼうとした。

 けれど振り返った瞬間、私は秋生と同じように驚きの表情のまま凍りつく事になった。 


「あ、いたいた。まなっちゃーん」


 怖気が走るほど気安く私の名を呼びながら上機嫌に近寄ってくるその人物。

 それは昨夜目の前で神隠しのように忽然と消えた変態――――――武山君だったのだ。


一応調べたのですけど生徒会の仕事というのは学校毎にかなり違いがあるのですね。

苦情、クレーム、ご指摘、不平、不満、要望等々ご意見いただけると幸いです。


お読みいただきありがとうございました!

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