私と『私』
微百合&ナルシスト注意。苦手な方は逃げて! 今すぐブラウザバク!
それは土曜の夜の事だった。
両親が結婚記念日で出かけてしまったので出前をとって適当に食べてお風呂に入って自室でトレーニングをやっていた時の事だった。
隣の部屋から突然、甲高い悲鳴と重いものが落ちるような音が聞こえてきた。
続いてトトトというやけに軽い足音が聞こえたかと思うとそれはだんだんと近づいてきて私の部屋のドアを勢い良く開いた。
「真夏-っ! お願いっ、助けてくれ!」
突然の事に私の頭はついていっていない。ネットで見たお尻フリフリ体操のサビのポーズで固まったまま、首だけ侵入者の方に向けている。
そこには驚くほどの美少女が立っていた。
肌は透けるように白く滑らかで、モチ食感のアイスクリームのよう。
体型もシュッと細い印象の割りにふわっとした柔らかさが損なわれていない。
地球に向かって真っ直ぐ落ちるショートの黒髪は思わず使っているトリートメントを聞きたくなる程細くてサラサラ。
目はパッチリとして瞳の色は日本人にしては薄く、逆に睫毛は長くてメラニンの代わりに陽光を遮ってくれそうだ。
何より彼女の浮かべる表情は母性や保護欲、人によっては嗜虐心を刺激されるであろう可愛さに満ち溢れていた。
それはまさに私が理想とする女の子の姿。
というか、それは『私』だった。
毎日鏡で見ているのだから間違いない。
その中でもとびきり体調が良くてとびきり寝起きが良かった時の私の姿だった。
ああ、やっぱ私って可愛いなぁ
このところ学祭の準備があって生活が乱れに乱れたせいで脂肪がつきまくったり肌が荒れたり隈が出来たりしていたのに、それがまるで悪夢だったかのような可愛らしさだ。
思わず抱きしめてあげたくなる。
「ちょっ、真夏、やめろ。ぬぎぎ……おま、いつの間にこんな力を…………!」
なんだろう、『私』が聞いた事のあるクズ臭い喋り方で話してる。
そういえばこれはなんだろうか?
あまりにも見慣れた顔だったので普通に受け入れてしまったけれど、鏡に映っているわけでもないのにこんなに似ているのは不気味かもしれない。
当然、触れてみると柔らかい感触が確かにある。
その時私の脳裏に浮かんだのはドッペルゲンガーという単語だった。
自分にそっくりな人物が目の前に現れて、それを見た者は死んでしまうという現象だ。
普通は友人知人の噂から始まるものなのだが、どうしていきなり本丸に来ちゃったの?
「I'll never die...」
気が付くと『私』は死にかけていた。死因は窒息死だ。
胸に埋まって呼吸が出来なくて死ぬというのは男の子なら本望なのだろうが、自分自身だとどうなのだろうか?
いや、ダメでしょ。貴方が死んで私の部屋に死体が転がってたらどう考えても私が疑われる。
この歳で殺人犯として追われる人生なんて冗談じゃない。
我に返ると同時に私は『私』を抱き締める手を緩めた。
抗おうとしていた『私』の手が重力に従ってダラリと落ちる。
そのままズルズルと身体ごと床に落ちそうになったので慌てて支え直した。
意識はあるかな? 大丈夫?
「真夏……もう、わけわからん」
わからないのは私の方だと言いたい。
とりあえずデッドアラートは消えたようなので私は自分のベッドに『私』を投げ捨てて寝かせると、台所に降りて紅茶を入れてきた。
何か混乱しているようなので落ち着かせて話を聞きつつ私の犯行をうやむやにする作戦だ。
部屋に戻るとベッドに腰掛けて『私』が待っていた。涙を浮かべつつ私を上目遣いに睨んでくる表情がまた可愛らしい。
「ありがと…………」
私から紅茶を受け取ると『私』が控えめに言った。
ドッペルゲンガーというのは礼儀正しいらしい。
いや、本人そっくりという話だからこれは私が礼儀正しいという事か。
どうりで飲み方にも気品があると思った。
紅茶を一口だけ啜ると落ち着いたのか『私』はポツポツと話をし始めた。
「今朝目が覚めたらこうなってたんだ。なんでかはわからない。今日一日ネットで色々調べてみたけど、こんなの漫画かアニメでしかあり得ないよな」
ふむ。今朝から発生してたのか。
まあ私も今日はほとんど部屋に篭ってたから会わなかったのも無理ないか。
むしろ驚くべきはネットが使えたという事実だ。
やはり元が優秀だとドッペルゲンガーも優秀になってしまうという事だろうか。
きっと『私』は今朝家のどこかで発生してしまったのだろう。
本来ならば両親の前に姿を現したり、ちらちらとその存在をアピールしながらじわじわと私を追い詰めて取り殺してしまう予定だったはずだ。
ところが私がそうであるように『私』も聖女の如く心が優しかったために、また両親が出掛けて留守にしていたために予定は大幅に狂ってしまう。
『私』は自分の存在が罪悪であると感じて自分を消すための手段を探し始めたわけだ。
そう、私の身代わりになるために。
嗚呼……なんて健気なんだろう『私』って。
感極まった私が『私』を抱き締めるため再び手を伸ばすと、どういうわけか『私』は怯えたように後ずさってベッドの隅に逃げていった。
そんな恐怖に歪んだ顔も可愛いよドッペルたん、はぁ、はぁ…………。
「ま、待て待て。真夏。さっきからお前おかしいぞ? というか手つきがヤラしい!」
胸の前で両手をワキワキさせてただけなのにダメ出しされてしまった。
しかたないんじゃよー。可愛いものを見るとネジが一本から五本くらいまで飛んでしまうんじゃよー。
ちなみに今は二本目までしか飛んでない。私は後三回の変身を残しているという事だ。
ふふふ。これ以上私の理性が飛ばないうちに観念した方が安全と思うよー? なに、先っちょだけ、先っちょだけだからぁっ!
「ひっ……や、やめ…………ろって!」
ド突かれました。脳天に肘打ち直撃。
痛いッス。
「おまえには自業自得って言葉を送ってあげるよ」
んぅ? さっきからちょこちょこ気になってはいたのだけれど……ねぇ、ドッペルたん。
「ど、どっぺるたん……?」
貴方、私のドッペルゲンガーにしてはちょっと言葉遣いがよろしくないのじゃなくて?
「いつも通りだと思うが…………ドッペルゲンガー?」
いつも通り?
貴方と会うのは今が初めてだと思うのだけれど……もっと以前から発生していたのかな?
「むむ? なんか話が噛み合ってないような…………?」
どうやら『私』は私との会話の中で何か違和感を感じたようだった。
いやまあ、私もなんか変だなぁとは思っているのだけどね。
二人の間にある違和感に対して宙に視線を巡らせて考える『私』はちょっと足りない子っぽくてやっぱり可愛いかった。
私も私で違和感の正体を突き止めようと考えてはみるけど目の前にこんな可愛いモノがあったら集中できないじゃまいかっ!
私が鼻息を荒くして愛でている間にも『私』は考えをまとめていて、やがてわかったと言って手をポムと叩いた。
っかわいーっ!
「そういえばちゃんと説明してなかったな。だからドッペルゲンガーとかわけのわからない事言ってたのか」
仕草は可愛いのにギャップがありすぎて萌える事も出来ないほどムカつくクズ言葉で話す『私』。
うう、うちのクズ兄貴を思い出すからその喋り方は勘弁して…………。
けれど私の切実な思いは最悪の形で裏切られる事になった。
私の理想を具現化した存在。
誰がどう見ても天使にしか見えないほど可愛らしいその生物が話してくれたのは、私にとって最も受け入れがたい彼女の正体だった。
「オレはお前のお兄ちゃん。どういうわけか女の子になっちゃったんだよ」
連載にしておいて何ですが、息抜きなのでいつ更新するかはわかりません。
楽しんでいただけたら幸いです。