表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/11

第6話

 ~不滅の魂キョクトウ本部会議室~


 一席を除き、主のいない円卓が置かれた広間は、静寂を装いながらも、えも言われぬ威圧感によって包まれていた。

 薄暗い広間に並ぶ円卓の一番奥にある、一際目を引く立派な造りの椅子に座る男は、目の前で膝を着いてうなだれる満身創痍のピエロを、入室以来、かれこれ10分近くも見据えていた。


 やがて鼻で溜め息をつくと、椅子に座る男が口を開いた。


「手酷くやられたようだね、道化のツァーリ…

 我が組織においてS級超人という称号が、どれほど重く強大で崇高な意味を有しているかなど、いまさらお前に語る必要はないだろう。

 今回のこの失態、全てお前の慢心から出たものだ。違うか?」


「は、はい。申し訳ございません。

 不肖、道化のツァーリは、自らの力を過信して傷を負い、本来の目的を達成できず、S級超人の名に傷をつける大きな罪を犯しました。

 この上は、今の地位を返上し、敵総本部に特攻をかけて死に…」


「愚か者!」


 道化のツァーリの口上が言い終わらぬうちに、椅子に座る男の怒声があがる。あまりの激しさにツァーリは硬直し、頑丈な造りであるはずの本部が揺れた。


「貴様の失態を貴様が償うのは当然のことだろうが!貴様はS級超人の存在する意味を真に理解しているのか?

 S級超人…それは、我が組織にとって絶大なる力の象徴。それがいるだけで我組織に敵対するものは、畏怖し、絶望し、服従する。

 故にS級超人に失敗は許されぬのだ。だったら、やることは一つ、さっさとその怪我を治して、その失敗を何倍にもして取り戻せ。」


「はいっ」


 道化のツァーリは、全身全霊を込めて返事をすると、傷ついた体を震わせながら立ち上がった。動作が痛々しかったが、その様子を眉一つ動かさず見た男は大きく頷き言葉を続ける。


「いいか?終わり良ければ全て良しだ。失敗しても、最終的に成功すれば、その失敗は成功への布石だったと説明できる。貴様がS級超人に相応しいかは、その時が来てから判断しよう。」


「かしこまりました」


 いつもの丁寧なお辞儀をして、足を引きずりながら退出しようとし、扉まできたところで振り返り、再び椅子に座ったままの男を見る。

 それを待っていたかのように、男の表情は先程とはうって変わったかのような満面の笑みで声をかけてきた。


「ツァーリ、祝ってくれるのだろう?私の副総帥の就任を」


「も、もちろんです」


「お前はまだ若いし、真力の保有量だけでなら今のS級超人のなかでもトップクラスだ。もしその潜在能力を遺憾なく発揮できるようになれば、いずれは私をも上回るかもしれん。期待しているぞ」


 男の励ましに、返事することなく、深々とお辞儀をして道化のツァーリは退出した。床には、血以外に点々と濡れた跡があった。




 -フゥー-


 不滅の魂副総帥・タシローはピエロを見送り、再び溜息をついた。今回の作戦の失敗は、元はといえば自分の作戦立案に問題があったと自責の念がある中で、部下の失敗を咎めなければならなかったからだ。全権を委任されている以上、作戦が完了するまで自分を責めることができる者は、ここにはいない。何度も味わってきたはずの孤独感だが、久しぶりだとやはり堪える。苦笑いを浮かべ、しかし、いつまでも気落ちしている訳にも行かないと自分に言い聞かせて、モニターのスイッチを入れて今後の作戦を練ることにした。

 それにしても、世界政府の思惑がわからない。試しにシィーの移送車両を強襲させてみたが、大した戦力は配置されておらず、Aクラスの戦力で壊滅できた。伏兵を警戒したがそのような報告もない。正体不明の男が、シィーを連れ去らなければ、きっと今頃奪還できていたに違いない。シィーを囮にした陽動かと疑い、世界全体を見ても、大きな動きは無いようであった。

 しばらく悩んだタシローは現況を聞くために手元のダイヤルを入力し通信回路を繋いだ。

 モニターには背が高く細身で貴族のような雰囲気を纏う男が映し出される。

 その顔は、するどい目にチェーン付きの片眼鏡をかけ、高い鼻に自慢の口ひげをさすりながらこちらを見ている。服装は青を基調としたスーツに片マントを着用していて、金色の髪は古代の宮廷音楽家のような特徴的な巻きのようにセットされており、極めてハイセンスであった。まさしくS級超人・溶解のフリードリヒその人である。


「これはこれは、副総帥、いかがなされましたか?」


「うむ。何か進展はないかと思ってね」


 そう言って、タシローは顔をニヤリとさせる。対して、相手もニヤリと返してきた。


「とくにはございませんが…不確かな情報が入っております。シィーは地下に逃げたのではないかと」


「ほう、シィーを見失った周辺に大きな陥没が見られたからかな?」


「お気づきでしたか。ルクレティアの言では、この都市には今は使われていない地下道が通っているそうで、シィーを連れて逃げた男がそれを把握していれば利用するだろうと申しております。」


 おや、とタスローの顔に疑問が浮かぶ。世界政府は、人民に実学以外の知識を極力与えないようにしており、それは、内部にも徹底されているはずである。もし、シィーと行動を共にしている男が維持軍に所属しているのならば、今は使われていない地下道の知識を持っていることなどありえないのだ。


「なるほど、ルクレティアの古代知識もたまには役に立つのだな…真偽はともかく、他に手がかりがない以上、その地下道とやらを捜索するしかないな。地下道の出入口を抑えた上で、オーランとB級超人たちをつかって内部を捜索させてくれ。」


「私めはいかがいたしましょうか?」


「うむ。貴殿には世界政府に対応してもらおうと思う。ツァーリが逃した男がきっと救援を呼ぶだろうから、それまでの指揮とそれの対応を任せたい。おそらくだが、世界政府の本部は今回の件を知らないのだろう。しばらくはキョクトウ域だけの戦力に限定されるであろうから、そのつもりで動いてくれ。」


「かしこまりました、お任せ下さい。それにしても、あのツァーリが逃したですか…信じられませんね。」


「うむ。油断はするなよ?」


「はっ」


 溶解のフリードリヒが、お辞儀をするとともにモニターの画面は切り替わり、そこには不滅の魂のロゴが映し出された。簡略化された世界地図の上に人魂のような青い炎が揺らめき、さらにその上にデカデカと【不滅】とロストワードの一つである漢字で記されている。


 現場への指示を伝えたタシローは、椅子に座ったまま腕を組み、今後の思索に入った。フリードリヒからの情報で、シィー追跡の手がかりを得たのはいいが、その逃亡を手助けしている男は一体何者なのか?世界政府の目論見は一体何か?人材育成は?今後の戦略は?晩御飯のおかずは?最近少し気になりだした下腹部の緩みは?

 …新副総帥の悩みは尽きることがなく。そして、いつしか深い眠りへと誘われていくのであった。


「副総帥、ただいま戻りました」


 しばらくして、タシローの副官に任命されて総本部から戻ってきたセリアが入室してきた。

 目の前には、腕を組みつつ居眠りするタシローの姿が有り、セリアは起こそうかと息を吸い込み腹に力を入れようとしたが、気が変わってタシローに近づき、その椅子にかけてある【盟のマント】を取るとタシローの肩にそっとかけた。

 その瞳は慈母のように優しく彼を見つめていた。






 道化のツァーリから逃れた俺は、多少奴の凶器をその身に受けたが、幸い重要器官は無事だったため、そのままビルを駆け上がり、屋上にたどり着いた。急いで通信機を用い極東基地と連絡を取ろうとするが、なぜか作動しなかった。先ほどの衝撃くらいではビクともしないはずだが、電波の送受ができないようだった。予め妨害電波を仕掛けていたのだろうか?


 このままここにいても、あのピエロに見つかってしまうと判断し、俺は俺の出せる全速力で直接基地に向かうことにした。ピエロだけならフェイたちと合流してからでもなんとかなるだろうが、流石にS級3体は想定外だった。これに見つかったら、もうどうすることもできない。それまでフェイたちが逃げ通せることを願い。一刻も早く救援を呼ぶべく俺は行動する。

 俺の足は生身ではなくブースターがついている。単純な速力では俺に追いつける者はそういないはずだ。空機雷のために空は飛べないが、10分もあれば、基地に着くだろう。

 一足ごとにビルを飛び越えながら加速していき、しばらく進むと、後方で凄まじい衝撃音がした。振り返り見ると、先ほどいたところが木っ端微塵に吹き飛んでいる。すべてが塵芥となってドーム状に舞い上がり、俺は思わず息を飲んだ。

 まさに、S級超人おそるべしだな。一刻も早く駆けつけたいが、今の俺では力不足で何の役にも立たない。ただフェイたちの無事を祈るしかない。

 悔しい、情けない。

 自然と力が入りその速度は一気に最高速に達する。

 6年前に唯一の肉親だった妹が失踪してからというもの、喪失感でいっぱいだった俺の前に、突然、彼女は現れた。

 知り合って間は無い。だが、彼女は監視役としてその任務についた俺に、最初こそ怯えを見せていたが、そのうち親しげに話しかけてくるようになった。きっかけは、些細なことだった。出した食事を彼女が残したのでそれを叱っただけだ。少し感情に乏しい気もするが純粋で、まるで大きくなった妹と会話しているかのようだった。

 妹を守るために強くなろうと励んできた俺だが、結局妹は守れなかった。

 上が何故フェイを保護しているのかはわからない。時と場合によってはその場で殺しても良いという許可すら与えられている。だが、そんなことは絶対にさせない。妹の分も含めて必ずフェイを守り抜く。


「おおおおおおおおおおおおお!?」


 急に体中が熱くなる。空気との摩擦故か?いや、そうじゃない。全身の血の流れがわかるかのような感覚と、血管がドクン、ドクンと膨張していく感覚に囚われる。全身の筋肉が震え、骨が音を立てていく。気がつくと最高速の限界はとうに超えていた。

 意志の力と今までの限界を超えたことで俺は真なる力の目覚めを体感した。


「力が漲る!これが…真力なのか!」


 俺の速度はさらに増し、真力の覚醒から僅か3分でキョクトウ基地にたどり着いた。想像以上の速力のために勢い余って壁面に激突し、普通なら自らの死は免れないほどの衝撃を壁面に与えて止まった。真力に覚醒したことで無傷だったのは自分でも驚くべきことだった。しかし、そこで力が尽き倒れてしまう。薄れていきそうな意識の中で必死に我を保ち、なかに運び込まれてキョクトウ基地長官・ラゴスに面会を求めた。するとどうやら、こちらが求めずとも向こうから来てくれていたようで、すぐに会うことができた。

 現状をつたえたことで、2m以上の長身で筋骨たくましい褐色の肌を持つこの長官は、その分厚い手で俺の手をがっしりと握ると、


「了解した。ゆっくり休め」


 とだけ言葉を発して、すぐに周りに指示を出した。

 この長官なら大丈夫だ。俺は疲れと安堵感からしばらくの休息のために意識を断った。




お読みいただき、ありがとうございます。

いつもより少し短いですがキリがいいのでここまでにしました。

ご意見、ご感想等ありましたら、よろしくお願いいたします。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ