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第4話

 目の前で起こった事が、信じられなかった。


 警官がピエロを職質していたら急に拳銃を使って自殺したんだ。自殺願望があったにしても、いくら何でも職務中に、しかも不審者の前でするなんて唐突過ぎるし、聞いたこともない。世も末か…なんて諦観で世界をみるほど俺は終わっちゃいない。


「どうした、大丈夫か?」


 目前にいる少年の異常事態を見てジェットが訝しげながら声をかけてくる。少女の方は、相変わらずこちらを見ているが、テーブルより上の上半身が濡れていて、眼差しに少し険が入っている…ゴメン。


 だが、今は謝るよりも、外で起こった事を二人に教えなくちゃならない。俺は外を指差し叫んだ。


「そ、外にピピ、ピエロが現れて、警官殺してみーつけたって!」


 そう、あの状況で、警官が自殺する訳がない。何をしたのかは分からないけど、俺はピエロの仕業だと断定する。そして、最重要な事として、ピエロの目的は、あの倒れている警官ではなく、こちらなんだ。

 我ながらなんと幼稚な説明だと思うし、本当に情けない。しかし、悔恨する余裕などない。自己弁護になるけど、いくら厳しい修行を受けても、初めて人が殺される様を見てしまったら動揺するのは当然じゃないか。

 幸い、ジェットは俺の言葉に素早く反応してくれて、横に座っておしぼりで顔を拭いている少女をテーブルの下に押し込み、外を伺う。


「…人は倒れているが、そのピエロとやらはいないぞ?」


 当然の答えを、ジェットは俺に返してきた。

 俺の情報と外の状況を把握して分析し、瞬時に最良の方法を導き出すその情報処理能力の高さは凄まじい。おそらく彼は世界平和維持軍内ではかなりのエリートであろうことが伝わってくる。

 そんなジェットは、今の俺の行動を見て、初めてそのポーカーフェイスを崩し、後ろを振り向く。


 俺の視線と指差した先には、喫茶店の入口に一人佇むピエロがいた。


「んふふ、かくれんぼは、もう、おしまいですよ?」




「エレレレレレレレレレッ」


 酷く嫌悪感を覚える不気味な笑い声を出しながら、前傾姿勢で両手を力無くだらりと垂らした状態のピエロが近づいてくる。


「S級超人、ど、道化のツァーリ!!?」


 ジェットが驚愕の表情を浮かべて、そのピエロの名を叫んだ。体中からは一気に汗が出吹き出している。


「エレレッ、いかにも。抵抗しなければ命は取らないで差し上げます。テーブルの下にいる女の子…引き渡していただけますよねぇ?」


 道化の顔がクシャっと歪んだかと思うと、次にはなんとも悍ましい表情で凄んできた。しかも、言葉の最後の方だけ、それまで高かった声が、一転してドスの効いた低い声に変わった事で、さらに不気味さが増幅された。


 S級超人…それは、秘密結社・不滅の魂において、常に10名しかその存在を許されていない超絶なる能力者達。その戦力は、個々にバラつきは有るものの、集えば世界政府の駆動兵如きは、例え万を揃えようとも、たちどころに壊滅させるだろう。

 それを理解しているジェットのそこから行動は早かった。可変銃を切り替え、狙いもつけずに外に向けて放つ。すると、


 -バリンッ-


 と、窓ガラスが割れ、忽ちのうちにその場は可変銃によって発射され窓ガラスを割った正体から出た煙幕によって覆われていった。


「ソウガ、彼女を…フェイを頼む!救援が来るまでとにかく逃げろ!」


 ソウガは頷き、机の下に押し込まれていた少女の手を取ると、先ほど出来たばかりの2つ目の出入り口から出た。ジェットの指示である為か、少女は、嫌がる素振りを見せず、出る間際にジェットに対して


「ジェット、無事に帰ってきて!」


 と、声をかけた。


 一般民を当てにするのは、軍人としてのプライドが抵抗を示すが、この状況が彼を頼るしかないと理性が告げる。あの崩落する道路からフェイを連れて脱出し、自分と対峙した時には、平然と真力を行使してきたあの少年ならば、救援まで彼女を守り抜いてくれるはず…

 ならば自分は、彼らの為に少しでもこのS級超人を引き付けて少年への危険を減らせばいいと、覚悟を決めたジェットは


 フェイの声にただ握り拳から親指を立てて応じると、その姿は煙幕に飲み込まれ消えていった。


 室内は煙が充満し、警報機がうるさく鳴り響いていた。


 - パチ パチ パチ パチ -


 そこに、一定間隔で高く弾ける音が聞こえてくる。

 やがて煙が薄まり、道化のツァーリが拍手をこちらに贈っていることがわかった。


「素晴らしい。流石は維持軍の精鋭、我々に遭った際の対応がなんと早いことでしょう。この手際の良さは、あの間抜け共にも見習って頂きたいものです。いや、実にお見事でした…ここまでは…」


 再び高い声でしゃべっていた道化のツァーリだったが、語尾がまた低くなり、姿勢も正した状態から、再び前傾姿勢で腕を力無く垂らしている。


「エレレ、本当に私たちからターゲットを逃せられると思っているのですか?エレレレレレレ!」


 嫌悪感を湧き出させる奇っ怪な笑い声が、それほど広くない店内に響き渡る。音響設備など無いはずなのにこだまし、ジェットの頭の中を駆け巡る。


 エレレレレレレ〜エレレレレレレ〜エレレレレレレ〜エレレレレレレ〜エレレレレレレ〜エレレレレレレ~エレレレレレレ~エレレレレレレ~エレレレレレレ~エレレレレレレ~エレレレレレレ~


 この笑い声が、なにか自分にとってとてつもない悪影響を及ぼしている…そうジェットが気づくのにそう時間はかからなかったが、それは遅すぎた。


「!?、う、動かない!」


 何故と思うよりも前に、背筋が一気に凍り、冷や汗が吹き出して止まらない。腕を動かそうとして、実際に動くのだが、数mmもせずにすぐまた元の位置に戻る。いや、戻される。

 戸惑うジェットの様子を楽しんでいるかのような、喜悦に満ちた表情で道化のツァーリは語りかけてくる。


「私を前にして怯えることなく、毅然と挑もうとするその態度は賞賛に値しますが、いけませんねぇ、こんな簡単に私の術中に嵌るとは、本当にガッカリですよ。あなたを瞬殺してあの娘を追うことなど容易です。ですが、無策ながらもこうして立ち向かってきたあなたに敬意を表し、その旅立ちを、滑稽なる死を以てお見送り致しましょう。」


 勝手に誉めて呆れて、一方的な死刑宣告を突きつけてきた道化のツァーリは、右手を顔の高さまで上げると指先を小刻みに動かした。すると、その動きと連動するようにジェットの腕も動き出し、可変銃を持った腕が徐々に上へ上がっていく。


「いい表情ですねぇ」


 ジェットは必死に腕を下げようと抵抗するも、それは道化のツァーリを喜ばすだけで、まるでその腕で綱引きの攻防が行われているかのように上、下、上、上、下、上、上と、傍から見たらまるでピクピクと痙攣しているかのように小刻みに上下しながらも最終的に上昇していく。そしてそれは、肩の位置まで上がり曲げられて、銃口がジェットのこめかみに向けられるまで続けられ、そこでようやく停止した。


「エレレ、警官と維持軍の兵卒がこの世を憂い、銃による心中自殺ってところですかね。遺体は身ぐるみ剥いで並べて置きましょう。エレレ」


 道化のツァーリは、満足そうに独りでそう呟くと、ジェットから距離をとって姿勢を正す。帽子を右手で取ってそれを胸に添え、右足を引き、左手を横方向へ水平に差し出して頭を垂れるという丁寧なお辞儀をした。


「ごきげんよう」


 -ダァンッ-


 道化のツァーリの言葉を引き金に、先ほどの警官が放った銃声よりもはるかに威力のありそうな重い音が狭い店内に響いた。





 ジェットの機転により、喫茶店から逃げ出したソウガとフェイの二人だったが、喫茶店の周囲は黒スーツ集団によって封鎖されていた。

 煙幕が晴れてしまえば、気付かれるのも時間の問題で、強行するには敵を知らなさ過ぎて危険が大きい。勿論、何も打つ手がなければ強行するしかないが、今は冷静にこの死地から脱する方法を思案する。

 地上が包囲を受けている以上、上か下か、或いはこの周辺に潜むかであるが、上はフェイがいる以上、登ることが出来ないし、この周辺に潜むということは、いつ来るかもわからない救援を待つということであり、囲まれているという状況的に見て隠れきることは不可能と判断する。残る下であるが、ソウガは以前、古文書から知り得たこととして、かつて地下を通っていた鉄道がこの街の地下にもあったことを知っている。そして、ソウガには下へゆく手段があった。しかし、ここで重大な問題が生じる。ソウガの使う手段…つまり地面を穿ち抜く技は、どんなに加減しても例えば土煙や爆音、或いは振動によって周囲に知れてしまうのだ。煙幕が発生してから既に1分が経過している。風がないのが救いだが、それでも時間はもう無い。


「なにか忘れていないか?何のために今まで修行してきたんだ!後悔なんてあとでするさ、何か、何かあるはず!!」


 ソウガは過去を振り返り、自分に何かできないか必死に模索する。


 その隣でフェイは、自分の為に必死に現状を打開しようと思考するそんなソウガを静かに見つめ、疑問と喜びと、頼もしさを感じ、それでもある一抹の不安から、彼に握られている手にもう片方の手を添えた。すると青く淡い光がその周りを包み、それはソウガに希望を見せた。


「あったー!」


 声を出していたらきっとそう言っただろう明るい表情でフェイを指差すソウガ、


「え?」


 突然、自分を指差してきた行動に訳も分からず戸惑うフェイ、それを見てもその表情のままソウガは希望を口に出す。


「なあ、さっき俺に向けて放った青い玉ってもう少し大きく作れないか?」


「うん、出来るけど…どうして?」


 ソウガが何をひらめいたのかさっぱりわからないフェイは首をかしげる。彼女ははこの街に地下道があることを知らない。ソウガは知ってはいるが周囲に気づかれず逃げ道を確保する方法を持っていない。出会ったばかりの二人に、それを強いるのは酷であるが、結局は、お互いのコミュニケーション不足が死地を作り出してしまっていたにすぎなかった。

 ソウガはフェイに地下道の存在を説明し、自らの知る地下道の方角を教え、音もなく対象を消滅させるフェイの力があれば、地上を包囲封鎖している黒スーツ集団を避けて逃げることができることを伝える。


「わかった…」


 彼女は小さく頷くと。ソウガから手を離して、深呼吸した沈黙したあと両手を重ね、先ほど放った20cm程の青く暗い玉を作り、その膨張にあわせて包むよう徐々に両手を開いていった。10秒ほどで直径2m~3mはあるだろう大きさとなり、地面対して30度の角度からその巨大な玉が入るようにゆっくりと放った。

 それを受けた地面は、暗球の通った後が、すぅーっと消滅していき、瞬く間に細長いトンネルを作り出した。


「対象、貫通したよ。向こう側に広い空間があるみたいだけど…これでいいよね?」


 任された依頼を完璧にこなしたフェイが穴の先を覗きながらソウガに問う。


「あ、ああ。」


 あるていど予想出来ていたとは言え、おそらく真力であろうその力の制御能力の高さに内心驚く。ソウガは、真力のコントロールが下手だった。修行の大半がその調節に回されていたにも関わらず、今でも完全には御しきれていない。フェイという同年代の天才を目にして畏敬と若干の嫉妬を抱いてしまった。


 しかし


「!!、うおおおおおお、ええい!」


 -バチン-


 このままではいけない。強さに貪欲なることは大切だが、そのために大切なものを守れなくなっては、俺は俺の意味がない。嫌な思念に絡まれつつあると判断したソウガは、雑念を振り払い、自分に喝を入れた。


「フェイ、ありがとう!それじゃあ、行こうか!」


「なにやってるの?」


「ごめん、君の力があまりにすごくて驚いてたんだ。」


「そ、そうなの?」


 一人で盛り上がっている少年に、若干引きつつも、少女は内心で面白い人だと感じておりその表情に険はなかった。そして、勇み足で穴に入るその背を追いかけながらも、自分たちを逃がすために残った男のことを思う。


 トンネルに入って暫くするとソウガは立ち止まり、振り返る。


「先に行ってて、ここを封鎖するから!」


 そう言うやいなや右手に真力を込め真力剣を作り出す。ジェットと対峙した時よりはかなり弱々しい光だったが、それでも十分だと判断したのだろう。フェイが地下道までたどり着くと、真力剣を斬り上げるように一閃し、穴の入口付近に斬撃を飛ばした。


 直後に穴に入口付近が落盤し土砂でふさがった。おそらく地上では地盤沈下が起こっているに違いない。


 地下道から振り返ってこちらを見ていたフェイは、入口が崩落するのを見届けた後、両手をその大きな胸の前で結んで祈る。


「ジェット、どうか無事でいて!」


 その願いは、青い光となって天井を突き抜け飛んでいった。






「ジェット!」


「!!?」


 追い詰められ、混濁した意識の中に突然フェイの声が聞こえた。ハッとして目が覚めたような感覚になる。体の自由は相変わらず効かないが、冷静に現状を見ることができるようになった。

 間違いなく、あの声によって俺の体は操られている。俺に意識があり、僅かにその動作に抵抗することもできることから、完全に操りにかけられているわけではない。おそらく、あのピエロは声で相手の意識に干渉して混濁させ、指を動かすという暗示で操っているのだろう。態とかどうかは知らないが、完全に意識を奪わないところがなんとも陰湿で悪趣味だと思う。しかし、種さえ推測できれば、もう終わりだ。おれは、瞬時に自らその意識を断ち、そして覚ました。誤作動を起こした機械の荒治療としてよく使われる手法だが、どうやら今回は成功したようだ。


 俺は右手に持っている可変銃の銃口を自らのこめかみに突付けると、目の前のピエロは、妙に姿勢を正して


「ごきげんよう」


 と、お辞儀をしてきたので、俺は銃口をピエロに向け、すぐさま引き金を引いた。


 -ダァンッ-


 装甲車もたやすく貫通する、可変銃で最も強力な弾はピエロに向かって回転しながら一直線に進んでいく。


 殺った。このタイミングなら間違いないだろう。


 そう思ったが、結果は違った。


 ピエロはすぐさま上体を起すと、左の人差し指と中指でいとも簡単に弾をキャッチした。


「エレレ、驚きましたよ!まさか、私の術を解くなんて…」


 その言葉の割に落ち着き払ったピエロは、左指で挟んでいる可変銃の弾を力づくでへしゃげてしまった。


 まあいい。どうせそう簡単に倒せるとは思っていない。それに好都合だ、俺は先ほどから気になっていたピエロの言葉の真意を聞くためカマをかけることにする。


「さっき、私たちからターゲットを逃せられるとでも思っているのかと聞いてきたな?残念だが、お前をここで封じている限り、お前らに勝算は立たないぞ?」


 少し小馬鹿にしたような態度でそう挑発する。それを受けてピエロはその顔を歪ませて、笑う。


「エレレ、馬鹿はこれだから面白い…いいですか?私が逃れられないと言ったら、絶対に逃れられないんですよ。いちいち、貴方に教えてやるのも面倒ですが、より絶望的な状況で死んでいただくのも一興でしょうからお答えします。今回の我々の作戦行動にはあと2人S級が携わっています。分かりましたかぁ?」


「!!!!!!」


 これは予想外の情報が得られてしまった。目を見開き固まる俺の素の反応が大変気に入ったようでピエロは欣喜雀躍している。こんな化物は放っておいて一刻も早くここを切り抜け、救援を呼び、フェイたちのもとに向かわなくてはならない。そう判断した俺は次の一手に、全力をかけることを決意した。


いつもお読みいただき、ありがとうございます。

ご意見、ご感想等ありましたら、是非お聞かせください。


次回は、2月第一週に更新予定です。

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