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第2話

 不滅堂新都新店の正面に、一台の高級車が停まる。

 ドアが開き、中からは黒いコートを羽織り、凛々しくも美しい顔立ちの女が現れた。腰まで伸びる金髪の後ろ髪の乱れを整えようと、左手でかきあげたことで美しいサラサラのその髪は宙に舞い、陽光と相まって煌めく。辺りにはほのかに甘い香りが広がり、やがて重力に従い、腰の高さに落ち着いたそれには、もう乱れはなかった。右手には大きな黒い鞄を持ち、ハイヒールのコツ、コツ、という地面を打つ小気味良い音を立てながら素早く正面玄関に近づき、自動扉が開くのを待って中に入った。

 女の入店により、店内の空気が変わる。店員たちは女が入店する前から玄関の通路をはさんで列を作っており、入店とともに「いらっしゃいませ」と深々と礼をする。それを受けても女は、一瞬立ち止まって頷くだけで、誰に声をかけることもなく店の奥へ入っていく。その後ろを、この店の店主が付き従い、女が見えなくなったことで店員たちも自らの仕事に戻るべく散っていった。


「タシロー様は本店にいらっしゃいますか?」


 後ろを歩く店主に、入店してからはじめて声をかける。優しく澄んだその声は耳に心地いい。


「ハイ、別棟におられます」


 店主の返答を聞き、女はさらに足を早める。それでも付いて来ようとした店主に向って


「ありがとう、もういいわ」


 と、女が労いを述べたので、店主はその場で軽く会釈をしてから下がった。


 店舗奥の細い通路を抜けると、別棟となる新都本店がある。元はここだけの店舗だったが、新店を隣に増築したことでその存在を薄くしてしまっている。その本店の店主・タシローに珍しく、しかも、とびきり美人の来客があることに、事情を知らない本店の店員たちは互いに目を見張っていた。


「副総帥、お久しぶりでございます。」


 カウンター内にある座椅子に座りパイプを吹かしていたタシローに向かって、女は軽やかにお辞儀をする。それを視認したタシローは口の中の煙を静かに吹き出し、パイプを置いて立ち上がった。


「久しぶりだねぇ、セリア君、今日は何の御用かな?」


 タシローの眼鏡が怪しく光る。

 女は着ていたコートを脱ぎ裏を表にして軽くたたむ、コートの下にはライトブルー色のジャケットとスカートからなるスーツを着ていて、ジャケットの間からは、純白のワイシャツに包まれ窮屈そうな胸の膨らみがあり。襟から下がる赤のネクタイの両側からその存在感を見せつけていた。

その持ち主は微かに笑みをたたえながら口を開く。


「ここでは…内密の事案がございますので」


「よろしい。主室に案内しましょう」


 セリアと呼ばれた女の、周りを気にするその素振りをみてタシローは頷き、離れたところから固まってこちらを伺っている店員たちを一瞥して解散させると、店主室がある方向を手で差し示した。そこから二人は沈黙のまま店主室までの短い距離を歩き中に入ると、来客用の肘掛がついた椅子に座るようセリアに勧め、彼女は椅子の側に持っていた鞄を置いて、一礼してからその椅子に座る。タシローはそれを見届けてから店主用の簡素な椅子に腰掛けた。


「シィーの行方がわかったそうだね」


 徐ろに、タシローが口を開く。セリアの顔に驚きが現れたがそれも少しのことで、また微かな笑みをたたえながら、自身の着ていたコートをとなりの椅子に置いたあと、膝の上に手を重ねてタシローを見つめて応える。


「はい、2日前に当(エリア)に移送されてきたことが分かりました。キョクトウ(エリア)を経由して、総本部のあるネオワシントンに向かうようです」


「カイホウ本部を奇襲され、シィーが奴らに囚われてから3年が経つのにまだアジア域にいたとはな、当時は隈なく調べたつもりだったのが…」


 タシローの手には力が込められ、それはミシミシと音を立てた。それを見たセリアだがとくに言葉をかけるでもなく、淡々と報告を続ける。


「そのことにつきましては、どうやら彼女は彼らに長期間拘束を受けていたわけではなく、人里離れたところで匿われていたとの報告を受けております。見つからなかったのは、このためかと…」


 3年前、アジア域カイホウ本部が何者かによって襲撃された。当時、副総帥の立場にあったタシローは、襲撃後、行方不明となった組織の最重要保護対象であるシィーの捜索の総指揮を任せられたが、手がかりが全くない状況での捜査は困難を極め、結局彼はその任務を全うすることができず、結果として副総帥の立場を追われ、シィーと呼ばれる少女は2日前まで行方不明のままであった。

 当時の直属の部下であったセリアにとって、タシローが味わった苦渋は十分に理解していて、せめて慰めの言葉をかけようかと迷うが、いま自分が抱えている重要案件をすすめる方がタシローの気も紛れるし、なにより優先するべきことであると判断し、あえて触れないようにしていた。そんな様子を感じてタシローも気づき、恥じて頭を下げ、それからは表情を明るくする。


「すまない。のっけから辛気臭くしてしまった。」


「いえ、お気になさらないでください。それに副総帥は明るくされていた方が素敵です。」


 そういってとびきりの笑顔を見せた。それを目の前で見せられたタシローは、思わず目を上に逸らした。色気も何もないぶっきらぼうだった、あの子娘が、わずか数年でここまで変わるのかと天を仰いだ。

 その時、ふと先ほどの報告に違和感を覚えた。


「それにしても人里離れたところで匿われていたと?妙だな…奴らがそんな悠長なことをするとは思えないな。奴らにとってシィーは排除するべき存在のはず、ヴァルドバロンが何ら手を打たずに放っておくはずがない」


 腕を組んで釈然としない様子のタシローにセリアは頷き、この報告の矛盾に気づき始めているタシローを見つめ、長く現場から離れているのに、相変わらずの冴えをみせてくれる元上司の姿に惹かれつつも話を続ける。


「はい、それにつきましては、G3の1人を持つカイホウ本部が厳戒態勢を敷いていたことと、内部に裏切りがあったため、彼らも迂闊に動けなかったのだろうと分析報告を受けています」


「なるほど、要はシィーを確保できた事までは良かったものの、何らかの理由で動かすことができなくなってしまった。だが3年後の今、その問題を解決したため、行動に出たという訳か…」


 言葉を言い終えたあと、タシローがニヤリと顔を歪ませた。


「ふん、なかなか都合のいい解釈だな、おそらくこの分析をした者は奴らの内部を全く理解していない。」


「はい、彼ら…いえ、世界政府の内部統制は徹底していますから、私もそう思い、ご相談に参りました。」


「うむ、間違いなく我が組織の中に裏切り者がいるな。世界政府の仕業に見せかけシィーを攫い、かつ3年間も隠し通したのだからまったく大したものだ」


「裏切り者を褒めるのですか?」


 タシローの発言に思わずセリアは目を見張る。この裏切り者のせいでタシロー自身が辛い目にあったのだから普通は悔しがったり相手を憎んだりするはずだ。しかし、その張本人は意に介せずといった感じで飄々としている。


「シィーが我が組織のために使われるのはまだ先のことだ。その間、危害も加えず守ってくれたのだから感謝はせねばなるまい。どのみち、あのまま我らのもとにいてもロクなことがない。実によくやってくれたよ。だが、詰めが甘かったなあ、経緯はどうであれ、よりにもよって世界政府に奪われちゃあいけないよ。」


 顎髭を片手で触りながら、まるで他人事のように組織に仇なした者を評価するタシローの様子に、セリアは半ば呆れながらも、経緯はどうであれシィーが無事だったことで、彼が本来の調子を取り戻しつつあるのかもしれないと安堵した。そして、時が来るまではシィーに人間らしく生きて欲しいと願っていた上司だった頃のタシローを思い出した。


『命の真力』という絶大なる力を有する生命体として造られたシィーは、組織にとってはその力を保持する器に過ぎない。よって、その知能には十分過ぎる教育が施されてきたが、その人格と感性については無視されていた。彼女をまるで人形のように扱うそんな組織内で、タシローは彼女に歩み寄り声をかけ、年相応の子に対する態度をとっていた。彼女の体調を管理する者からすれば、悪以外の何物でもないお菓子を与えたり、組織内の娯楽施設に連れ出して遊ばせたために、転んで膝を擦りかせて管理者を失神させたり、もし彼が副総帥という地位でなかったら即処刑されていただろうことを平然と行い、それによって、徐々にシィーは自然に笑ったり、泣いたり、怒ったりできるようになった。彼女が感情を有したことは組織内部で大きな問題となり、組織の高等査問会議である『魂の審判』まで開かれ喧々諤々の議論を呼んだが、結局、総帥の「まあ、いいんじゃない」の発言でお開きとなった。

 この一連の流れを部下として、傍で見届けていたセリアは、初めこそ規律を守らないダメ上司と反感を持っていたものの、次第にタシローのやり方に感化され敬服するようになってしまっていた。

 そんなことを考えていると、


「さて、とにかくだ。裏切り者の探り出しも必要だが、その前に一刻も早くシィーを奪還しなくてはならないな。本土に連れ出されては手を出すことが難しくなってしまう。総帥からは、どのような指示を仰いでいるのかな」


 タシローは眼鏡の位置を直しながらその表情を引締め総帥の指示を仰ぐ。セリアは瞬く間に気持ちを切り替え、いままで微かな笑をたたえていた顔を、一切の造形を排除してただ氷のように美しい無表情にすると、総帥から預かった言葉を伝えるために、懐から指令書を取り出し開く。


「総帥より預かりましたお言葉をお伝えします。不滅の魂、副総帥タシロー、貴方に今回の奪還作戦の全権を与える。見事任務を完遂し前回の恥を雪げ。」


 セリアによって明朗に読み上げられたその指令に、タシローは座っていた椅子から離れ、片膝を地面について俯き、左胸に手を当てながら応える。


「不滅なる魂に誓って、このタシロー、謹んでその任をお受けいたします」


 それを聞き頷いたセリアは、持ってきた鞄の中から血のように緋いマントを取り出すと、タシローの背後に回わりその背に赤いマントをかけた。赤いマントはその名を「(ちかい)のマント」といい、不滅の魂においては幹部クラスのみがその着用を許される代物である。久しぶりにそのマントを羽織ったタシローは、俯いたままにその端を握り締め、それを額の位置に持ってきて、黙祷をした。


 3年前の事件で副総帥の地位を失い運営側から外された自分に対し、まだ結果を示していないにもかかわらず、副総帥の地位と作戦の全権を与えるという破格の処遇。さらに、組織にとって重大な失態をおかした者に対して、ただ、前回の恥を雪げという言葉。感動せずにはいられなかった。再び身につけることができた「盟いのマント」を握り締め、必ずこの任務を全うすると誓う。


 セリアはタシローが黙祷している間、彼をずっと感慨深く見つめていて、その目は涙で潤んでいた。


 それから暫くの黙祷を終え、立ち上がり自分の椅子に座ったタシローは、セリアに向かって一言、


「ありがとう」


 と感謝を述べ、さっと手を差し出した。セリアは両手でそれを受け二人は固い握手を交わした。


「これからもよろしくたのむ」


「はい」


 たったこれだけの会話だが、そこにはかつての上司と部下のこれまでの様々な思いが凝縮されていた。出逢い、ともに経験した苦難、上司の理不尽な左遷、何もできなかった部下、不遇の時、再会、そして生まれた希望、むしろ言葉など必要なかったかもしれない。




 握手を終えたあと、全権を任された男が早速、現状を確認するため口を開く。


「現在のシィーの位置と、敵戦力、そしてこちらの戦力はどうなっているのかな?」


「はい。まずシィーの居場所ですが2日前にアジア域を出てから海路を使ってツルガに上陸し、現在はキョクトウ第6支部に入り、今後、中山高速路を通ってキョクトウ本部に向かうと予測しています」


「ほう、あえて我々の勢力圏が近いキョクトウ本部に向かうとは舐められたものだ」


 ふん、と鼻で笑いつつもタシローは顎髭をさすりながら受けた報告の分析を続けている。


「敵戦力はツルガから第6支部まではわずか装甲車両1台だった様です。装甲車両に常備されている駆動兵士は10体を切るかと思われますが、第6支部で補強されることも考えられます」


「距離が短いとは言え少ないな…その装甲車両とやらにシィーが乗っていたことは間違いないのだろうね?」


 タシローの問いに、セリアは確信を持った様子で肯首した。


「間違いありません。」


「理由は?」


「シィーがアジア域を出た時点でその情報を掴んでおりまして、予め世界政府の支部が近い主要港に配置していた偵察班がシィーを目撃しています。また総帥も覗かれたようで、ダミーの可能性は低いと思われます。」


「総帥自からお認めになられたのであるならば疑う余地はないな。よろしい。奴らはおそらく機動性を重視してそこまで大戦力は投入しないに違いあるまい。幅が制限された通路で大戦力を展開しても意味がない。必ずその装甲車両を前後1台ずつで固めた形で移送するだろう。精々駆動兵20前後というところか…」


 タシローの読みを聞きたセリアは頷き、こちらの戦力を伝える。


「こちらの戦力についてですが、現在キョクトウ域に滞在しているS級3名、A級2名、B級7名、C級28名が今回の作戦に間に合う戦力となります。」


 不滅の魂の構成員は、真力の強さで5段階に評価されており、まだ覚醒に至っていないか、まだ扱いきれていないC級能力者、真力を有するB級能力者からA級、S級、G級の順にその能力は強大になっていく。特に絶大な力を有するG級とS級はそぞれ3人と10人に制限されており、独立した権限が与えられるが力の強弱によりその席の主は入れ替わっている。ちなみに幹部であるタシローには級は無く、セリアはA級である。


「それにしてもS10のうち、3人もキョクトウ域にいたとは奇遇だな。」


 何か特別な任務があったとは聞いていないタシローは、偶然にしては出来すぎた事態に納得がいかない様子だった。キョクトウ域は他所と比べて世界政府の統制が強く反政府組織は不滅の魂しか表立って存在していないことから武力衝突が少ない、よって、絶大な戦力となるSクラス以上は常駐していない。だが今回、S級が3名もいるのだ。シィーの行方が判明したのが2日前、それから召集をかけられたとしても、空でも飛ばない限り間に合うはずがない。やはり、2日以上前から極東域に滞在していたのだ。では何故か…戦力の充実を素直に喜べず、思考の迷宮に入ろうとする男を目の前にして、そこに理由を知る女が笑いをこらえつつ助けを出す。


「現在、キョクトウ域にいるS級能力者は熔解のフリードリヒ、原始のオーラン、道化のツァーリの3名なのですが、ここ10日前から当域に滞在しています。表向きはバカンスを楽しむためですが、真の理由は、副総帥を祝うためです。」


「私を、だと?」


「はい、実は副総帥が復帰されることは既に決まっていたのです。3年前のカイホウ本部にいて、副総帥のご活躍をその目で見ている彼らは、今回の復帰を祝福しようと遠路はるばる当域に来ていたのですよ。結果的には、シィー奪還のためということになってしまいましたが、副総帥はずっと皆から慕われています。」


「そうか、今回の件が解決したら、皆で一杯やろう。ふふ、それにしても、私は良き友を持ったものだ」


 そういってタシローは眼鏡を外し、目頭に手をあてる。「おっと、いかんな、年を取るとどうも涙もろくていかん」


 そんな彼にセリアはそっとハンカチを差し出した。



 その後、二人はシィー奪還の作戦を練ったあとも、裏切り者への対応や、今後の行動、世界情勢、組織の将来、プライベートのことなど、幅広く談議するのだった。

 そいて、セリアが来店から3時間が過ぎた。




「それでは、そろそろ失礼させていただきます。」


「うむ、次は本部で会おう」


 店主室から出たセリアは深く一礼すると、本店側から出ようと扉へ向かう。それを見たタシローは


「セ、セリア君、新店側から出てはどうかね?」


 と、慌てて制止したので、セリアはその行動を訝しみ、


「大丈夫です。用もないのに大袈裟に送迎されるのはバカバカしいのでこちらから出させてください。」


 そう言って扉に近づいたが、動かなかった。


「あれ?」


 壊れているのかしらと思い、そこで自ら扉に手をかけて開けようするが、全く動かなかった。


「な、なんで動かないの!?」


 驚くセリアにバツが悪そうに頭を書きながらタシローが告げる。


「すまん、その自動扉は少し前からどうも中が壊れているらしくて…ね」


「ね、じゃないでしょ!副総帥、あなたはまた真面目に働いてなかったんですね」


 セリアは久々に怒鳴った。根が真面目なので上司の不正を見過ごすようなことは絶対に出来ない。

 修理を申請しても、通らなかったという事情を説明したら、さらに憤ってしまったセリアをなだめるのにタシローは心を砕き、セリアは新店の店主を呼びつけ修理を約束させたあと、ようやく、店から去った。


 嵐が去って一息つき、ふと店内を見渡したタシローは、


「また、しばらくここには戻れないかな」


 そう呟き、店主室へ戻っていった。




 翌朝、タシローのもとにセリアから世界政府に動きがあったと報告が入り、彼はシィー奪還作戦の決行を指示し、その日の午後、指揮をとるために不滅の魂キョクトウ本部に向かおうとした。

 その矢先の出来事である。不意に店の扉が開き、いつもの怪力少年が声をかけてきた。

 もう、会うことはないかもしれない。そう考えたタシローはこの将来有望な少年へ贈り物をしようと思い立ったのだった。









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