第1話
俺の名はソウガ、遥か昔から続く武門の家の血を引く男だ。
物心つく前から爺さんに鍛えられて、体力には人並み以上の自信があるんだけど、あまり考える事は得意じゃない。そのせいで、いっぱい失敗して周りに迷惑をかけてしまっているんだ。でも、いつか必ず大切な人を守りきれる男になる…それが俺の夢だ!
明日からは、学生生活最後の冬季連休に入るため、俺は年末年始に備えて趣味の古本漁りをするべく、自宅から20分程離れた街路を歩いている。
爺さんから、耳が悲鳴をあげるくらい何度も聞かされた、第3次大戦、世界紛争、そして地球統一へと続いた「統一戦争」から50年が経ち、俺の住む町は大戦や紛争が起こった事を感じさせないまでに復興しているらしい。
まあ、戦前の町を知らない以上、どこまで戻ってきているのかは、わずかに残っている当時の画像を見るくらいでしかわからないけど、しかし、人里離れれば、未だに兵器の残骸や廃墟が緑に侵食されつつもあちこちに散らばっているから、まだまだ途上なんだろう。そんな、復興の手が着けられていない広大な土地が近くにあるこの街は、それでも俺たちの住むエリアでは一番大きく、物も集まる所だ。
そして、俺の目当ての古本を扱っている店は、この街では、大通りから1本外れた通りにあり、その名も「不滅堂」新都本店という。実は大通りにも、大きな書店があるんだけど、そっちは大戦後に出された本や雑誌しか置いてないし、なんてったって、この不滅堂は、統一戦争以前から今現在をとおして、書物を一切も消失しなかったという神懸かりの運を宿した店で、本当に格が違うんだ。
外観は全面にトタンを採用し、扉はグリップが効いた鉄製の引き戸だ、トタンが良い塩梅に錆びていて独特の風格を醸し出している。俺はその頑強な扉を、敢えて人差し指一本で開ける事をこだわりとしているため、今日も指でズズッと開けた。生憎と予想を裏切り、実は店内は気密性があって暖かかったりする。
「いらっしゃい…
おや、これはソウガさん、ようこそいらっしゃいました。」
中に入ると、髭を生やし、分厚いレンズの色眼鏡をかけた中年の男がいつも通り声をかけてくる。店主のタシローだ。
「タシローさん、こんにちは。なんか面白いの入ってる?」
挨拶もそのままに、こちらの要件を伝える。
「ええ、実に面白いものが入りましたよ」
ほぼ毎週来ているから、タシローも勿論だと言わんばかりの笑みで、暗く青い色で装丁された一冊の本を差し出してきた。
『THE魂、限界突破』
「こ、これは!?」
表紙にでかでかと怪しい題名を刻んでいる本を手に取り、俺の目はカッと開き、鼓動はそのリズミカルなテンポを早くする。そのまま本に引き込まれ中を開きそうになり、ハッと我に返る。どうにか対象から視線を外して頭を上げると、そこには若干俯き加減でカウンターの上で両肘を突き、顔の前で指を交差して組みつつ、こちらを見つめるタシローの姿があった。顔には影が差し、色眼鏡だけが不気味に光るそれは、すこし怖い。
いままで、散々嘘デタラメな本ばかり紹介されてきたが、今回ばかりはひょっとして、と期待も膨らむというものだ。生唾を飲み、タシローの言葉を待つ。
………。
「そ、それはねぇ、あまり古くはないのですが、
ちょちゅと危ない筋から入手したもので、く、詳しいことは言えないんですよぉ!」
なぜか、自分から奨めてきたくせに、詰まって、噛んで、たどたどしい口調だった。
どうやら、またゴミの中から拾ったんだろうと推測し、軽く落胆する。そういえば、以前、タシローが古本回収場によく出入りしていることを、店員たちが噂しているのを聴いたことがあるし、これは、間違いないかもしれない。古いか古くないかなんて見た目からも多少わかるし、奥付があったので、確認したら47年前のものだった。
「確かにそんなに古くはないね。でも、あんまり持ち合わせないからなあ~1000円でどう?」
とりあえず、冗談半分でふっかけてみる。学生である以上、高い買い物はできないし、所持金も3000円を切っている。それはもう凄く気になる本でも、流石に所持金が足りなければあきらめるしかない。幸い中身を見ていないのが救いかな。そう思いつつも、わずかな期待を胸にタシローを見た。
「いいえ、いつもお世話になってますから、タダでいいですよ」
「え!?、いいの?」
「もちろんです。今後ともご贔屓に。」
ニコッと白い歯を出して、はにかまれてしまった。いつもなら、値段をめぐって一悶着あるのに、なんか変だ。一瞬、疑問が生じちゃったけど、別に損はしてないし、それより無料で手に入った事がうれしい。「ま、いっか」と思考するのを止めて、他にも品を選ぶべく所定の棚に向う。
「いらっしゃいませ〜」
と、店員の声がする。珍しく客が入ってきたようだ。しかし正面扉が空いていないのにどういうわけだろう?
そんなどうでもいいことを気にしながら俺は、この店に来た時は、まず最初に訪れる「禁書」と見出しのある書棚についた。今の御時世では発禁となっている、思想や宗教、そしてオカルトチックな内容を扱った書棚だ。値段が張るので今は手出しできないけど、なんとしても手に入れたい本がかなりある。俺は、その棚の中でも目の高さという最上の位置に置かれてある『秘めたる力の胎動』シリーズに狙いを定めた。古代からの様々な超能力者達の解説がされていて、モゼーやゴータマンに始まり、ユリー・ゲディラーやエスパー尾藤、ドーン・タイツなど、俺からすれば夢のような偉人たちが名を連ねているんだ。気になるお値段は、なんと1冊10万円!!!大丈夫さ、必ず手にいれてみせる!
「ちょっと、どいて頂けないかしら?」
気配がしたので振り向くと、俺とそう年も変わらなそうな、女の子から声をかけられた。どっかのお嬢様だろうか、美しい金髪の巻き髪に、真っ赤なドレスを着ていて、後ろには畏まった様子の店員が控えている。
「あ、はい」
俺は、素直に場所を譲った。
「すみません、ありがとうございます」
礼を述べてきたのは何故か店員で、その子はさも当然のように書棚に立ち、これ全部と言って、『秘めたる力の胎動』シリーズを指差した。
『え、ちょっと待って』
俺は、居ても立ってもいられず声を上げた。そりゃそうだ、ずっと狙ってたんだから。もう、俺の部屋の本棚もこれ専用に空けてあるんだ。
『あら、あなたもこれが欲しかったの?でも残念、私が先に選んだのだから私のものよ』
そう言うと、鼻で笑ってさっさと行ってしまった。
『失礼致します。』
そう言って店員が俺の『秘めたる力の胎動』シリーズを重そうに抱えて持っていった。
「ありがとうございました」
タシローではなく、従業員の女の声を背後にして俺は店を出た。
この店は、規模の割に、意外と人員が多かったりする。しかも、居るときと居ないときの差が激しいため、一体、どうなっているのか凄く謎だ。まあ、ここでは、そんなことを詮索するより、本を選ぶのに気を取られてしまうんだけどね。
それにしても、入店から60分は居ただろうか。何千年も前の政治家に現代政治の行方を問う内容の本や、統一戦争が、宇宙人によって仕掛けられたという本など、怪しげなタイトルはいくらかあったけど、これといった物は見当たらなかった。ライトノヴェルという一時代前の創作物語を扱ったジャンルも、ほとんど読んだし、そうそう、まだ見ぬ作が補充されるわけもない。
結局、他に俺の心を動かす本はもうなかったということだ。
さて、本を入手してからの帰途は、もちろん読書と決まっている。かけがえのないものを失った喪失感は別のもので補うしかない、たとえそれが、得体の知れないものだとしても。
包装袋から目当てのモノを取り出し、背嚢に財布と包装袋をしまう。これでも俺は、自分のゴミは家に持ち帰る主義なんだ。
そして、駆け出す。
そう難しいことではないけれど、俺は走りながら本を読むことかできる。まあ、爺さんからの修行の賜物なんだけど、こっちは命の危険が全くないから、修行に比べたら楽できている。なにせ、背中に背負った時限爆弾の取説を読み解きながら、俺が全力で走ってギリギリ間に合う場所にある、解除装置まで行って解除するっていう修行だったからな…。始めの頃は、解除方法が理解できなかったり、単純に間に合わなかったりでよく爆発していたっけ。そういえば、一度、力ずくで爆弾を引き剥がした時の爺さんの驚き様は傑作だったな。空いた口が塞がらないとは、あのことを言うのだろう。
と、しまった。
今は過去を振り返る時じゃない。早く読まないと。
一応、人の迷惑になるので、街を離れてから走るようにしている。あと、やっぱり走りながら読書するよりは、自宅でゆっくりと読むほうが良いに決まっているから、道を通るよりは、なるべく自宅まで、直線的に進めるように工夫して時間の短縮をしている。道を通らずに、山野を読書しながら走り抜けることは意外と難しいんだ。昔話に出てくる伝説の男キンジローは余裕でできていたらしいけど、俺はまだまだそこまで到達していない。もちろん、いつかそう遠くない未来に出来るようになってみせるけどな。
そんなわけで、今俺は送電線の上を走っている。風は強いけど、どうってことはないな。ここなら障害物もないからと漸く本を開いた。といっても両手で本を支えているため、左側から1ページ分だけ指を外して風圧を受けさせ、右側に送ることでめくるようにしているんだけどね。これも会得するのにずいぶん苦労したなあ〜なんてったって…
が、そこでドキっとした。
開いたところに、おそらく著者であろうおっさんのとびきりのスマイル写真があったからだ。ってか、こいつタシローじゃないか!
名は、ソウル・フォーエバー?ひどいペンネームだなあ…
大抵、大仰なペンネームを持つ奴の著書は、外れが多い。傲慢かつ独善的で読んでて腹が立ってきて、終いには破り捨てることになる。だけれど、どんなにクソな著者だとしても、そこに俺の求める重要な記録があるかもしれない。そう、記録者が名文家とは限らないんだ。まず、家に帰るまでに粗読して大要をつかみ、家に帰ってからじっくり精読するのだけど、この本はそこで終わりかもしれない。熟読に値する本だけが俺の書棚にその座を与えられるのだが・・・
どうやら、この本は俺の書棚に相応しいようだ。しばらく読んで俺はそう判断した。
内容は、著者の自伝なんだけど、著者を含めた真力使いたちについても語られており、そして俺が探し求めている「光の真力の使い手」についても記述があった。
真力使いっていうのは、本来は普通の人間だったんだけど、六感・技能・特技・感情など、自分の特長や得意とする事を追求し、限界を超えることで覚醒し、眠っている人間の真の力=真力に目覚めた者のことを指す。例えば、足の速い者がその限界を超えると、絶大な脚力を手にするという感じかな。理論的には、誰でもなれそうなんだけど、限界を超えるっていうのは並大抵のことではできないことで、先天的に恵まれていなければ、頑張って修行しても、覚醒できるかは万に一つくらいらしい。そのかわり覚醒するだけで、身体能力は大幅に上昇し、さらに自身の長所の塊である真力は、その分野において他の追随を許さないんだ。
ちなみに、俺も爺さんのキビシイ修行により真力を手にしている。
おっと、話がそれてしまったな。
「光の真力の使い手」なんだけど、こいつは俺の父さんの行方を知る唯一の手がかりなんだ。
俺には両親がいない、母さんは俺を産んですぐに他界し、父さんは俺が3歳の時に俺の目の前で眩い光に包まれて失踪したんだ。その時のことはそれ以上覚えていないけど、それから俺は爺さんに引き取られて育てられた。時間の経過とともに父さんのことは諦めていたんだけど、それでも何か分かるかと、神隠しや、異世界ワープを解説しているオカルト本を読み漁り、偶然3年前に、不滅堂で真力と「光の真力の使い手」がいることを知って、以来、そいつの手がかりを追っているんだ。
爺さんは、俺が父さんを探していることに気づいているだろう。父さんについて聞いても沈黙しているから、なにか知っているんだろうけど、だからってもうこれ以上頼ることはしない。ここまで立派に育ててきてくれたんだ。もう少しで学業ともさよならするし、これからは俺ひとりで頑張らなければいけないんだ。
本を持つソウガの手に、少し力が入った。
ー少年ソウガはこの日、その人生の転換期を迎える。幼くして両親をなくした少年は、それでも尚、僅かな可能性を信じて父を追い、且つ、自分の様な存在をなくすために、自身を鍛え、大切なものを守れる存在になることを誓った。彼に待ち受ける試練と選択は、やがて世界を巻き込み、世界を変えることとなる。
-ドガーン!!-
すっかり本に夢中になっていると、走っている送電線の行く先にある大きな街で爆発が起こった。離れたここからでも聞こえる爆音が街の中で起こるとは只事ではない。俺は背嚢を取り、丁寧に本をしまうと、全力で駆け出した。送電線から近くの民家の屋根に飛び移り、そこからはなるべく高い建物を足場に使って跳躍しながら現場に接近していく。、
爆発は街の上を走る高速路で起こっていた。モクモクと数条の黒くて濃い煙が上がっており、激しい銃声も聞こえてきた。
ようやく、高速路に辿りつき事件現場を観ると、道路が分断され炎を上げる大破した車と軍の車両が数台と、ひと際目立つ横転した大きな装甲車両があった。その周囲では武装した集団と、赤いネクタイにスーツでほぼ統一された集団が戦闘しているようで、見た感じ、スーツ集団が武装集団を圧倒しているようだった。何人かは光を体に纏っているために真力を使っているように見受けられる。装甲車両についているWのロゴを見て、武装集団は世界平和維持軍で間違いない。では、相手はなんだ。世界政府に反抗するのは、なにも「不滅の魂」だけではない。そんなことを考えながら静観していると、道路が音を立てはじめ、徐々に傾き始めた。このままでは崩壊するのは時間の問題だろう。
「キャッ、」
その時、装甲車両から微かに短い悲鳴がした。
俺は咄嗟に足に力を込め地面を蹴り、瞬時に装甲車に近いて空いているドアから中を確認した。
「えっ!」
そこには手錠のような金属で手足を拘束された少女がいた。
「ち、近づかないでっ」
少女がこちらを見て怯えながらも気丈に声を発する。
「まって、いま助けるから!」
そう言って手を差し伸べた瞬間、今まで踏みとどまっていた道路の土台が崩壊をはじめた。