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第十七話 カードの使い方

 五回裏、四対二。二点を追う俺達の攻撃。

 さて、この回も点差を詰めさせてもらうとしよう。

 俺はベンチ前でチナと柚希と共に三人円陣を組みながら告げる。

「この回の打順は二、三、四番。四番の水無月の前にランナーを貯められるかが鍵だ」

 俺の言葉に柚希は、うんうんと頷き。チナは訝しげに眉を顰める。

 そこで俺は朗らかに笑って言ってやる。

「つーわけでお前ら二、三番はストレートを狙って積極的に打ってこい」

 おー、と柚希が拳を握りしめて答える。

 しかしチナはイマイチ納得しきれてない顔だ。

 俺は柚希の背中を叩いてやる。

「さっ、行って来い」

 柚希はそんな俺にウィンクと共に言葉を返す。

「うん、頑張るねー幸平君」

 そして気合の入った様子でネクストサークルに向かう。

 その場に残ったチナは苦笑交じりの顔で俺を見る。

「ストレートを狙って、ねえ」

 な、なんだよ。その反応は。

 ヤツは嫌味ったらしい笑みを浮かべながら言う。

「あんなアドバイスで打てるような気はしないんだけど、っていうか幸平は正直ウチラが打とうが打てまいがどっちでもいいって思ってる気がする」

 くっくく。相変わらず鋭い狐だねえ。

 俺は言葉を返す。

「何のことかな」

 その返事にチナも、ニンマリとした顔を作る。

「まっ、いいや。幸平にはちゃんと考えがあるんだろうし、今は道化として踊ってきてあげる」

 言って彼女もバットを担いで打席に向かう。

 その背中に、頑張ってくださーいチナさーん、とサンタクロースが声援を送っていた。

 さて、お次は。

「行くぞ、サンタクロース」

 俺はベンチの中へと戻る。

 あっ、待ってくださいこーへーさん。と彼女が小走りでついてくる。

 彼女は俺の隣に並ぶと両拳を握り締めながら口を開く。

『打てるといいですね柚希さんと千夏さん』

 んー、そうね。

 俺は正直に答えてやる。

「いや、あの二人はまず打てないよ。ストレート狙いがバレて、高速系の変化球に釣られて凡打ってところだろうな」

 えっ、とサンタクロースが表情を固まらせる。

『じゃ、じゃあ何であんな風に言ったんですか』

 彼女の抗議に俺は言葉を返す。

「敵を騙すにはまず味方から。あいつらには最高の演技でむこうのバッテリーを騙して欲しいんだよ」

 言いながら俺はベンチの中を見回し目当ての人物を呼ぶ。

「おーい、蜜柑」

 俺が手招きすると、栗色のロングヘアーを赤いリボンで飾った少女が、はい?と返事をする。

「なんでしょうか?」

 彼女が俺の前に歩いてくると俺はその顔を見つめながら言う。

「お前さ、前の打席で外に逃げてくスライダーを無理に引っ張ってレフトフライになったよな」

 え、ええそうですね、と彼女は申し訳無さそうに頷く。

 俺は言葉を続ける。

「一打席目も外のボール球に手を出してのヒットだ。むこうのバッテリーはお前のこと選球眼が悪いバッターってイメージを持ってるかもしれねー」

 実際にボール球に手を出しているのだからそう考えても間違いではない。

 だが俺は知っている、彼女はやみくもにボール球に手を出すバッターではない。

 正確にボールの軌道を予測し、打てると踏んだからこそあえてボール球にもバットを出すのだ。

 俺は彼女に言葉を向ける。

「次にお前の打席が回ってくるときは恐らく水無月が敬遠されて塁に出てる状況だと思う。だから得意の流し打ちで外の変化球をライト線に落としてくれ」

 蜜柑の目を真っ直ぐに見つめながら念を押す。

「出来るな?」

 そう問うと、彼女は不安げな顔を浮かべる。

「外への変化球が来るなら、ですね」

 自分の狙ったボールが一打席の間に来るのか。バッターなら誰もが思い浮かべる不安だ。

 だが俺は断言する。

「来るさ。必ず」

 そしてグラウンドの方へ視線を向ける。

「お前の打席の時には、やつらは絶対の自信を持って外角ボールゾーンに逃げるスライダーを投げてくる。その状況を俺が作り出してやる」

 仕込みはこれからだ。



 バッターボックスに立つ千夏は未だ一度もバットを振っていなかった。

 ここまで低めの変化球を見送り、ツーボールノーストライク。

 バットを握り締めながら彼女は思う。

 むこうはそろそろストライクが欲しいところ。次は直球が来る。

 源が振りかぶって体を捻る。そしてその右腕から白球が吐き出された。

 真っ直ぐ飛んでくる白い弾丸に彼女はバットを振る。

 鋭いスイングが空気を切り裂き振り抜かれる。

 ボールがキャッチャーミットに収まったところで審判が声高にコールした。

「ストラーイック」

 見事に空振った千夏は苦々しく口元を歪める。

 はっやいなあ。もう。

 自分で言うのものなんだが千夏は非力だ。こんな速い球外野まで飛ばせる気はまるでしない。

 今だって完全に振り遅れていた。



 そしてそんな千夏の姿を見ながら捕手の西園も一つの結論を出していた。

 ボール球のストレートなのに手を出してきた。

 前の二球を余裕を持って見送ったことといいストレート狙いなのか。

 西園は試すつもりで源にサインを送る。

 本当に相手がストレート狙いならこの球にも手を出す筈。

 四球目、ワインドアップから源が白球を投じる。

 投げられた瞬間、速い球なのがわかった。

 反射的にチナもスイングにいく。

 左打者の体に近い内角のコースだ。

 バットがボールを追う途中、白球は彼女の予想に反して膝元に曲がり落ちる。

 内角低めのボールへ逃げていくスライダー、その球をバットの下で引っ掛けてしまう。

 力のない打球がピッチャー前の地面に転がる。

 千夏は、げえっと口元を歪めながら一塁へ向けて地面を蹴るが、源がボールを拾って一塁に送球するスピード勝てるわけもない。

 白球は一塁手月城のミットに収まりアウトが宣告される。

 ちゃー、やっちゃったーと頭を掻きながら千夏はベンチに帰っていく。

 そして入れ替わりに柚希が左打席に入る。

 おーっし、来いと気合を入れて彼女はバットを構える。

 こいつもストレート狙いか?

 西園はそう仮説を立て、試してみることにした。

 初球、源が振りかぶってボールを投げ抜く。

 スピードの乗ったストレートがホームに迫る。

 それに対し、柚希もスイングを開始する。

 鋭い風切り音と共にバットが振り抜かれる。

 白球はそのバットの上を通って、西園のミットに収まった。

「ストライーック」

 高め、ボール球のストレートに手を出してきた。

 悔しげに口元を歪ませながらバットを構え直す柚希を見つめながら西園は確信を深める。

 やはりむこうはチーム全体がストレートに狙いを絞っている可能性が高そうだ。

 マウンドへと返球した後、西園は再び座ってサインを出す。

 そのサインに源が頷いた後、彼は振りかぶって投球モーションに入る。

 一連の動作を柚希は真剣な顔で見つめながらボールを待つ。

 そして源の手から鋭い閃光が放たれた。

 速い。柚希の脳は一瞬でそれを直球だと判断しスイングを開始する。

 しかしボールはホームベース付近で左打者の内角へと鋭く曲がり落ちた。

 柚希のバットがその球を叩く。

 手応えの悪さを感じ柚希は表情を歪めた。

 バットの芯を外した当たりは力なくファーストの正面に転がる。

 月城がボールを拾い、ベースカバーに入った源に送球する。

 ボールを受け取った源が一塁キャンバスを踏んだところで二つ目のアウトが宣告された。



「うわーん、くっやしー。また変化球引っ掛けちゃったー」

 心底悔しそうに吐き出しながら柚希がベンチに足を踏み入れる。

 それを見ながら俺は思う。

「悔しがるだけで改善の様子はなし。アイツはいつも何も考えずバット振ってるだけだ。だから成長しないんだよ」

『いえ、ストレートを狙えって指示したのはこーへーさんなんですがね』

 サンタクロースが呆れ気味にツッコム。まあ今回はアイツの単純さを利用したんだけどさ。

「柚希は素材はいいんだがな。あとはちゃんと球種やコースを予測できる能力さえ身につけば化ける筈なんだよな」

 心の中でそんな風に会話しながら、俺はベンチに置いてあったノートを手に取り、彼女に声をかける。

「おい柚希、今の打席の配球教えてくれるか」

 あっ、うんと彼女は頷いて話し出す。

 それを俺がノートに書き込んでるとサンタクロースが背伸びしながらそれを覗き込もうとしていた。

『なんだか沢山書いてありますね』

「まあね。この試合が始まってから相手バッテリーの全ての配球を記録してるからな。試合前のデータと合わせて、そろそろ完全にパターンを掴めると思うぜ」



 ツーアウトランナーなし。

 この場面で四番の麻白を打席に迎えたが、西園・源バッテリーは慎重だった。

 徹底的に外角の遠いところをつき、結局一度もストライクは入らないまま麻白はバットを置いて一塁に歩いていくことになる。

 そして五番の蜜柑がお辞儀をして、右打席に入る。

 西園は一塁キャンバスからリードを広げる麻白を眺めながら考える。

 アイツ足も速いんだよな。盗塁は警戒しとかないと。

 打ってよし、走ってよし、守ってよしの万能型プレイヤー。間違いなく彼女はチーム・スプリングの柱だった。

 さて、と蜜柑に視線を戻し、西園は配球を考える。

 今日はスライダーの調子がいい。ストレート狙いのバッターが悉く引っかかってくれる。

 こいつも前の打席、外のスライダーを打ち損じてるわけだし同じ手でいける。

 結論をまとめ、サインを送る。



 蜜柑は打席の中で心を落ち着かせていた。

 さっき幸平に言われたことを思い出す。

 狙いはたった一つ。

 源がセットポジションからボールを投じる。

 鋭い弾丸が唸りをあげて迫り、ホームを通過していく。

 西園が立ち上がってそのボールを受け止めた。

「ボール」

 初球は高め、ボールの直球。

 蜜柑はその球に全く反応できなかった。

 彼女は内心苦笑する。変化球キラーだの何だの言われてるが、自分はただ単に狙い打ちに強いだけなのだ。

 狙い球以外が来ると手も足も出ない。

 それが自分の弱点だとは自覚している。

 柚希のように、何も考えずとも反射神経だけで来た球に対応できるのが羨ましいとも思う。

 でも今は幸平の言われた通りのバッティングをすればいい。

 二球目が源の手から放たれる。

 緩いボールが真ん中に入ってくる。

 それを蜜柑は見送った。

 カーブでワンストライク。

 西園がボールを投げ返すのを見ながら、彼女はバットのグリップを握り直す。

 このまま他の球種でカウントを取られたら見逃し三振だな。

 果たして狙いの球は来るのだろうか?

 まあ、待つことしか出来ないんだけど。

 そんな風に思いながら源の投球動作に注目する。

 三球目、源の右手がボールを投げ放つ。

 投げた瞬間、速い球だと言うのがわかった。

 それが曲がり始めたのを見て自分の待っていた通りのボールだと気付いた。

 外角低め、ボールへと逃げていくスライダーに彼女は踏み込んでバットを伸ばす。

 普通のバッターにとっては見逃すのが正解のボール球も、彼女にとっては一度球筋を見切ったボール。

 どのタイミングで、どこを通るのかわかっているのだからヒットを打つことなど簡単なことだ。

 蜜柑のバットが外に逃げていくスライダーを捉える。

 コースに逆らわない流し打ちで、ボールはライト方向のライン際に高く上がった。

 それを見てチーム・スプリングのベンチも期待にどよめく。

 ツーアウトなので麻白も迷わずスタートを切っていた。

 ライトの鬼川原がボールを追うその視線の先で、白球はゆっくりと地面に吸い寄せられていく。

 そしてその球はギリギリでラインの内側に落ちた。

 フェアの判定が出た後ボールは逃げるようにファールゾーンへ転がっていく。

 鬼川原は歯を食いしばってファールゾーンの深くまでボールを追っていく。

 フェンス手前まで追いかけて、ようやく彼はその球を拾えた。

 そして内野を見る。既に麻白が三塁手前まで来ていた。

 バックホームの指示を受け、彼はボールを投げる。

 麻白は躊躇うことなく三塁を回り、ホームを目指す。

 セカンドの紫苑が中継に入り、西園へと返球する。

 西園がホームベース前でボールを受け取ると同時に、麻白は本塁に滑り込んでいた。

 これで四対三。

 ついに一点差へと迫った。

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