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第十一話 ORANGE(後編)

 中学に入った私は和希さんを追って野球部に入るようなことも無く、ときたま草野球をしながら日々を過ごしていた。

 柚希は野球部に入ろうとして女子だからという理由で門前払いを喰らったという。

 その時、同学年の(みなもと)というピッチャーと一悶着あったらしく、一時期随分機嫌が悪かった。

 和希さんへの片想いを胸に秘めたまま二年に進級したある日、それは起こった。

「えっと、その、ごめんね。蜜柑」

 申し訳なさそうな顔で柚希がそう吐き出す。

 私としては複雑な心境だが、それでも言葉を返す。

「そんな、別に柚希が悪いわけじゃないよ」

 改まった様子で大事な話があるなんて言うから、どんな深刻な内容なのかと身構えていたが。

 簡単に言えば、柚希は同学年の女の子から和希さんに手紙を渡すのを頼まれたらしい。

 その子が柚希に手紙を渡したときの様子から内容は容易に想像できる。古風な言い方をすればラブレターだろう(と柚希は推測したらしい)。

 柚希は私が和希さんが好きだということを知りながら、他の子から手紙を渡してしまったことに友人として罪悪感を感じているらしい。

 それは私としても胸中穏やかではいられないが、たかが手紙を渡すくらいの頼まれごとを強く拒絶することはできないし仕方ないと思う。

 告白の手伝いをするわけでもない。手紙の内容もその後どうなるかも全て柚希に手紙を預けたその子の責任だ。

 やっぱり和希さんは人気があるんだなと思う反面、そう呑気でもいられないと思った。

 これまで和希さんに恋人がいたなんて話は聞いたことが無い。だから安心していたのだが実際は逆かもしれない。

 特定の好きな人がいないからこそ、誰かに告白されたらころっとそっちへ気持ちが傾いてしまうかもしれない。

 私は焦りを感じ始めていた。こんなことならもっと早く私が告白しておくべきだったんじゃないかと。

 無論、そんな勇気は無かったわけだが。

 恐らく相手は中学に入ってから和希さんと出会ったのだろう。

 私より和希さんとの付き合いが短いはずなのに、私より先を行かれた。そのことに焦燥感を覚えずにはいられない。

 その数日後のことだった。

「蜜柑、校舎裏にゴー!」

 休み時間に突然教室に駆け込んできてそんなことを言う柚希に、私は咄嗟にどう反応すべきか決められなかった。

「何?」

 とりあえずそれだけ聞き返す。

 対照的に彼女は興奮した様子で捲くし立てる。

「校舎裏だよ。前に話したっしょ? カズ君に手紙を渡してきた子。今日の昼休みにカズ君がそこに呼び出されたんだよ」

 前後の文脈が滅茶苦茶だったが言いたいことは理解できた。

 私は即座に席から立ち上がり、

「柚希、ありがと」

 それだけ言って教室を飛び出した。



 今の自分は馬に蹴られても文句は言えないだろうことは自覚している。

 しかしそれでも和希さんがどんな返事をするのかが気になって仕方がなかった。

 校舎裏まで来て、和希さんと見知らぬ女生徒が向かい合って話している姿を見たとき、私は反射的に物陰に隠れた。

 女生徒は今まで野球部の応援団をしてきた中で少しずつ和希さんに惹かれていった思い出話を語っている。

 それが佳境に入ると彼女は和希さんを真っ直ぐ見つめ、遂にその言葉を吐き出す。

「ずっと好きでした。高原先輩、私と付き合ってください」

 胸が詰まった。

 彼女の必死な様子は客観的に見れば応援したくなるが、その相手が和希さんとなれば私はフラれることを願わなければならない。

 心のどこかで私は安心していたのかもしれない。

 和希さんが女の子と付き合ってる姿なんて想像できないと。

「実は私も、支倉さんのことがずっと気になっていたんです」

 だから彼のその言葉に息が止まりそうになった。

「試合で負けそうになったときも貴女の応援に何度も力を貰いました。ですから私からも貴女とお付き合いさせていただきたいと思います」

 和希さんの優しい笑顔が見ていられなかった認めたくなかった。

 私以外の相手にそんな顔を向けるなんて現実は。

 すぐに私はその場から離れる。

 とりあえず教室に帰ろうと玄関に足を向ける。

 歩きながら思う。

 まだ、現実味が感じられない。

 今あった出来事が受け入れられない。

「危ねえ」

 そう思っていたとき、近くから男の子の声が飛んできた。

 それが自分に向けたものだと気付いたのは、その男の子と目が合ったときだ。

 彼は切迫した様子で私の方へ駆け寄る。

 咄嗟のことで私はまったく反応できなかった。

 彼が私の肩を掴んだと思った瞬間、地面に押し倒されていた。

「いってー」

 上から彼の苦痛の声が聞こえる。

 かくいう私も少々後頭部が痛い。

 一体何が。

 彼が私の上から体をどけると、焦った顔を見せる。

「だ、大丈夫か! どこか怪我したのか? 待ってろ、今保健室に連れてってやるから」

 そこで気付く。いつの間にか自分の頬が濡れていた事に。

 こんな、泣くつもりなんかじゃ。

「あっ! ち、違うんです!」

 私はそう言って彼の誤解を解こうとする。

 少なくともこの涙の原因は彼とは無関係だ。

 近くの地面に野球のボールが転がっているのを見る。

 そっか、この人はこのボールから私を庇ってくれたのか。

 私は地面に手をついて立ち上がる。

「助けていただいたんですね。ありがとうございます」

 なんとか涙の跡を隠したくて、自分の顔を擦りながら言葉を吐き出す。

「でも、これは違うんです。その、気にしないでください」

 眼鏡の男の子から顔を逸らしながらそう返す。

 不意に彼が心配そうな声で言った。

「やっぱり保健室に連れてこうか?」

 顔を背けてるから彼の表情は見えない。

 でも彼は心配げな、それでいてどこか優しい声音で言う。

「何かあったの?」

 私は、悲しかった。

 私は和希さんのことが大好きだった。

 でも和希さんは別の女の子のことが好きで、彼にとって私は全く眼中になくて。

 そのことがとてつもなく悲しくて惨めで情けなかった。

 そんなことを初対面の、目の前の男の子に言えるわけはないけど。

 でも、そんな風に優しい言葉をかけられると言いたくなってしまう。誰かに甘えたくなってしまう。

 私が何も答えられないでいると彼は言う。

「まっ、俺みたいな他人に簡単に事情を話せはしないだろうけどさ。なんか悲しいことがあったんなら友達とかに慰めてもらえ」

 よかった。これならお開きになりそうな流れだ。

 私は彼から顔を背けたままゆっくり頷く。

「ええ、そうですね」

 涙声しか出せない自分が嫌だった。

 冗談っぽく笑いながら彼は言う。

「そういうのがいないってんなら、俺が友達になってもいいけどな」

 それは不意打ちだった。

 驚いて私は彼の顔を見る。

 眼鏡をかけた背の高い男子生徒。だけど和希さんとは全然似てない。

 穏和で穏やかな和希さんとは対照的に、彼は悪戯っぽい笑みを顔に張り付かせた賑やかそうな人だった。

「あっ、髪の毛に土がついてるぜ」

 そう言って彼は自然な動作で、高い位置から私の頭に手を伸ばす。

 最初は土を払うかのような手つきだったが、やがてそれは私の頭を優しく撫でるのに変わっていた。

 そしてその手がすぐに離される。

 彼は、私が次の言葉を吐き出すまでじっくり待ってくれた。

 私は動揺を隠しながら言葉を返す。

「あ、ありがとうございます。お気持ちだけ受け取っておきます」

 社交儀礼的にそう言って彼から離れる。

 それでも内心の驚きは抑えられない。

 なんで、どうして。初対面なのに。

 あの人にもっと頭を撫でて欲しいと思ってしまった。

 彼のインパクトに私は一時の間、失恋のショックを忘れていた。



 それから数日の間、私は和希さんの事で頭がいっぱいだった。

 彼のことを思い出しては涙を流す。そんな日々の繰り返し。

 ある日のことだった。

 教室にて柚希が言った。

「蜜柑、私はチームを抜けるね」

 そう告げた彼女の表情には強い意志が感じられた。

 およそ一ヵ月後に町内草野球大会が開かれる。

 私と柚希は和希さんと一緒のチームでそれに出場する約束をしていたのだが、和希さんに失恋して以来の私はその日が来るのを憂鬱に思っていた。

 和希さんに会うのが辛い。

 しかも一緒のチームなんて顔を合わせる時間も長くなるだろう。

 それを柚希は。

「ね、蜜柑も一緒に抜けようよ」

 笑顔でそう誘ってきた。

 それが私に気を遣っての提案であることは言わなくてもわかった。

 でも、と私は言葉を返す。

「いいのそれで? 柚希はあの大会を楽しみにしてたでしょ」

 そう訊くと、彼女は一瞬の迷いもなく答えた。

「いいのいいの。ウチはカズ君より蜜柑の方が大事だから」

 ありがたい言葉だった。

 つくづく友達って大事だなと思う。

「それに大会に出ないってわけじゃないしね。

 蜜柑覚えてる? 前に隣のクラスの近江さんから一緒のチームに入らないかって誘われたでしょ」

 そう言えばそんなこともあった。

 あの時は断ってしまったけど、その事を謝って改めてチームに入れてもらおう。

 野球に打ち込むことで和希さんのことを忘れられるかもしれない。

 今の私にとってはありがたい提案だった。

 その日の放課後、私は近江さんのところへ赴き彼女のチームに入れてもらうことを打診した。

 柚希は用事があるらしく別行動をとることになった。

 近江さんは大喜びで歓迎してくれた。

 そしてグラウンドへ行き、他のチームメイト達と顔を合わせる。

 私を含め女の子五人。ここならやっていけそうだと安心した。

 そのメンバーでしばらく練習していたところに、一人の男の子が姿を現した。

「よーっす。お前ら、俺がいなくて寂しかったかー」

 その言葉に全員がそちらに視線を向ける。

 彼はチームメンバーを順に見回しながら、私のところで視線を止めた。

 四角い黒縁眼鏡をかけた長身の男の子。毛先がハネ気味の髪型。

 どこかで見たような。そう思ったのは一瞬だった。

「幸平! 新メンバーよ。二年の方條蜜柑ちゃん。仲良くしたげてね」

 チームメイトの一人、千夏さんがそう言って私の背中を叩く。

 あっ、そうだ。この人、この前私にボールがぶつかりそうになったとき助けてくれた人だ。

 すごい、こんな偶然ってあるんだな。

 見えない何かが私を手助けしてくれているような気がした。

 彼は人懐っこい笑みと共に口を開く。

はじめまして(・・・・・・)。世界一のイケメンと名高いナイスガイ、相馬幸平です。守備位置は地球。未だ一度も滅びたことがないのが自慢です」

 そう挨拶され、私は内心戸惑う。

 あれ? ひょっとして私のこと覚えてないのかな。

「あの、相馬さん? 私達、以前お会いしたことがありますよね? 何日か前に学校で、野球のボールが当たりそうになったとき相馬さんが助けてくれましたよね」

 そう訊くと彼は、にっと意地悪な笑みを浮かべる。

「なんだよ。泣き顔見たのをなかったことにしてやろうと思ったのに」

「えっ、あっ、すいません。私、そんなお気遣いにも気付かなくて」

 指摘されて恥ずかしくなった。

 そういえば、彼から見た私って道端で泣いてた変な人ってだけの認識なんじゃ。

 そんな私に彼は陽気に笑いかける。

「謝らなくていいさ。お前あれだろ? 数日前に俺が弾丸ライナーから助けた鶴だろ? 人間の女の子の姿をして恩返しに来てくれたんだな」

「い、いえ、元から人間の女の子ですから」

 なんだか、不思議な人だ。

 発言のひとつひとつが予測不能で、私を振り回す。

 それが相馬さんの印象だった。

 その日の練習後、私がベンチで一休みしていると隣に相馬さんが来た。

「よっ」

 片手を挙げて彼は挨拶してくれる。

 どうも、と私も会釈を返す。

 彼は立ったまま私の方を見下ろしながら口を開く。

「方條さ、もう大丈夫なのか? 前に会ったときは家族が皆殺しにされた悲しみでずっと泣き続けてたじゃん」

「いえいえ皆殺しにされてませんから。両親共に健在ですから」

 私は慌てて否定する。相変わらず突拍子もないことを言い出す人だ。

 まーそうなんだけど、と笑みを浮かべながら彼は言う。

「そこまではいかなくても、なんか悲しいことがあったみたいだからさ。

 もう悲しみは去ったのかな、って」

 言って彼は私の隣に座る。

 もう悲しみは去ったのか?

 その問いにどう答えるべきだろう。

 今は、和希さんのことを忘れようと必死に野球に打ち込んでるだけだ。

 私は彼の顔を見返しながら告げる。

「実はまだちょっと時間がかかりそうです。その、相馬さんが慰めてくだされば助かります」

 言ってて内心ドキドキだった。

 相手は会って間もない人なのに。胸の内を明かせるような間柄ではないのに。

 それでもこんな素直な気持ちが言えてしまったのは、彼がこうしてきっかけを与えてくれたお陰だろう。

 彼は優しく笑みを浮かべながら私の頭に手を伸ばす。

 髪を撫でられるのを、私は甘んじて受け入れた。

「いーぜ、俺が受け止めてやる。

 悲しいことは俺が忘れさせてやる。

 方條は俺の魅力にメロメロになってればいいからよ」

 私が何故泣いていたのか事情は一切話してないのに、それでもこうして気を遣ってくれる。

 本当に包容力に満ちた人だった。

 そうして彼と一緒のチームで練習をする内に一ヶ月が経ち、草野球大会も一回戦を終えた。

 その中で私は彼にメロメロになったかというとそうでもない。

 確かに気になる男の子ではあるけど、和希さんのことを大好きだった頃の気持ちに比べればまだまだだ。

 この気持ちに、今は名前を付けなくていいかな。そう思う。



 音楽室にピアノの音が響き渡る。

 私の心はその音色を楽しむのが半分、鍵盤を叩くのに集中するのが半分。

 今日の休み時間は人気のない音楽室でお気に入りの曲を弾きたい気分だった。

 だから曲を弾き終えたとき、聞こえてきた拍手の音に驚いた。

「アンコール、アンコール」

 陽気な声でそう吐き出す彼を見て、私は言葉を返す。

「相馬さん、びっくりしました」

 彼は笑いながら言う。

「ごめんねー。いやー、方條集中しているみたいだから声かけちゃ悪いかなーと思ってさ」

 私は椅子から立ち上がって彼のところ行こうとする。

 そこで彼は不思議そうな顔をして言う。

「あれ、やめちゃうの? アンコールしてるのにー」

 うーん、そう言われると断れない。

「仕方ありませんね。わかりました」

 そう言って私は座りなおす。

 新しい曲を弾き始めると、相馬さんは近くの椅子に座って静聴する。

 そしてその演奏が終わると、彼が賑やかに手を叩く。

 私は立ち上がってそちらにお辞儀する。

「方條上手いねー。こんな特技があるなんて知らなかったわ」

「ありがとうございます」

 私はピアノを離れて彼の方へ近づく。

 彼は話を振ってくる。

「ピアノ初めて長いの?」

「ええ、まあ小学校の高学年くらいからですね。今みたいに暗譜で弾ける曲なんて片手の指ほどもないんですが」

 そう返すと彼は何気なく言う。

「へー、方條はピアノが好きなんだな」

 その言葉に、私は素直に頷くことができなかった。

「どうでしょう」私は言葉を返す。「ピアノは元々親に言われて習わされていただけですから。好きなのかどうかよくわからないです」

 本音を言えば私は塾やピアノ教室に時間を奪われてるのが嫌だった。その時間をもっと友達と遊ぶことに使いたかった。

 そんな私の気持ちを一言も漏らしてないのに、彼は優しい顔で言った。

「でもよ、お前のそのピアノの腕は誇るべきだと思うぜ。

 周りのみんなが遊んでるときに、一人努力して身につけた技術。それもお前の立派な財産なんだから」

 そう言われると、なんとも困る。

 彼は人懐っこい笑みを浮かべて言う。

「なっ、方條。今度他の曲も聴かせてくれよ。楽譜持ってくれば弾けるんだろ」

 そんな嬉しそうな顔で頼まれると、ピアノをやってたのも悪くなかったかなと思えてしまう。

「いいですよ。相馬さんのご期待に沿える演奏ができるかわかりませんが」

 相馬さんは間髪いれず両拳を握り締める。

「よっしゃ、じゃあ明日な」

「明日って、学校休みじゃないですか」

 私は困り笑いを返す。

「そんなに私の演奏が聴きたいんですか?」

 一介の素人に過ぎない同級生の演奏を、こんな風に楽しみにされると恐縮してしまう。

「私より上手い人なんて星の数ほど居ますよ」

 その言葉に、相馬さんは椅子から立ち上がり私の目を真っ直ぐに見つめる。

「俺はお前の弾く曲が聴きたいんだよ。お前の頑張ってる姿が見たいのさ。なっ、蜜柑」

 微笑を浮かべながらそう告げる彼に、私はドキドキして言葉を失ってしまう。

 彼は、にっと口の端を持ち上げると私の髪を軽く撫でて歩き始める。

「さっ、そろそろ時間だし教室戻ろうぜ」

「あっ、はい」

 本当にこの人は、私のことをちゃんと見ててくれる。そう思わせる。

 私は彼と共に音楽室を出て廊下を歩きながら話しかける。

「相馬さん。明日は何の日か忘れてませんよね?」

 あー、もちろもちろんと彼は返す。

「俺とお前が出会って丁度一年の記念日だろ? そんな大事な日を俺が忘れるわけないじゃないか」

 すいません、相馬さんと出会ってからまだ二ヶ月くらいなんですけど。

 私がそう指摘すると、彼はあっははと笑って誤魔化す。

「えー、なんだったかな。今の俺は蜜柑のことで頭がいっぱいだから他の事とか思い出せないんだよなあ」

 そんな軽口に私も自然と笑ってしまう。

「なら思い出させてあげます。草野球大会の二回戦です。相手は柚希のお兄さん達のチームです」

 和希さんのチームとの試合、本来なら私もあちらのチームに居るはずだった。

 だからこそ、この相手だけは負けたくない。

 失恋のショックから和希さんと距離を置いた事が間違っていたとは思わない。

 けど、もし彼と違うチームになった事が原因で負けたりしたらきっと後悔してしまう。

 明日の試合で勝つことは、私の未練を断ち切るために絶対に必要なことだと思う。

「私は明日の試合、絶対に勝ちたいんです」

 隣を歩き前を見据えながらそう吐き出す。

「そっか、頑張れー」

「ってなんで相馬さんは他人事なんですか」

 あくまで軽い調子の彼の言葉に私は抗議する。

 彼は深刻そうな顔を作りながら言う。

「でもな、正直な話野球部チームは強いぜ。チームとしての統率がとれてる。

 それに比べてウチときたら、未だに守備のフォーメーションは覚束ないし、ミーティング中に寝るヤツは居るわ」

「そ、それはすいません」

 私も練習後のミーティングで何度かウトウトしていたこともあり申し訳なくなる。

 そうこうしている内に私の教室に辿り着いた。相馬さんの教室はその隣。

「では、私はここまでですね」

 私はそう言って彼と別れを告げる。

 彼は、ああと頷いた後、寂しげな表情で言葉を漏らす。

「野球は一人では勝てない。つくづくそう思うよ」

 それは、野球をやってる者なら誰もが知ってる当たり前のことだと思った。

 そのときの私はその言葉の本当の意味を理解できていなかった。

 私だけじゃなく他のチームメイトも気付いていない。

 相馬さんだけが気付いていたのだろう。

 野球部と私達の決定的な力の差に。

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