第三章 Phantom Pain 四
四
逃げるように廃村を出て、早一週間。二人は街道沿いに広がる森で小動物を狩りながら進んでいたが、そろそろ飽きてきていた。少し森の奥に入れば川がある事が唯一の救いだろうか。しかし釣り道具はないので、魚は獲れない。
ヴォルフは塩辛い干し肉をかじりながら、重い足取りで進む。前の町で、どうしてもっと魚を食っておかなかったのだろう。つい肉ばかり食べてしまう自分を恨みたい。
「ヴォルフ、リスがいる」
袖を引くジゼラの視線を追うと、木の上にリスがいた。丸まった尻尾がパンに見えて、ヴォルフは喉を鳴らす。
「……あれでは流石に足りんな」
「リスは可愛いな。ウサギは旨そうだと思うようになってしまったが」
一方今のヴォルフには、あの愛らしい小動物さえ美味そうに見える。ソーセージが食いたかった。更にビールがあれば言う事はない。
「昔姉とこっそり犬を飼っていたのだが、すぐ逃げてしまってな。悲しかった」
それは飼っていたとは言わないのだが、指摘するだけの脳の許容量がない今のヴォルフは、全く別の事を考えていた。温かい食事をする事を考えて、食った気分になるのに忙しいのだ。
食わなくて平気でいられるのは、精々半日だ。半日以上何も口に入れないと、彼は歩くのも嫌になって立ち止まってしまう。腹が減っていても戦う事は出来るので、自分でも不思議に思う。
「犬か……犬は食えるだろうか」
会話が噛み合っていなかった。ジゼラの目が呆れているが、ヴォルフは気付かず腹を撫でる。
行き当たりばったりで歩いているからこんな事になるのだ。分かってはいるが無計画でもなんとかなってきたから、蓄えを少なくして荷物を減らす癖がついてしまっている。
大陸ならそれで問題なかったが、こちらの森で目につくのは小動物ばかりだ。腹を満たせるほどの大物は、そうそうお目にかかれない。
「しまったな、あなたに空腹で死なれたら困るぞ」
縁起でもない事を口走りながら、ジゼラは行く手に視線を移す。目を細くして前方を注視する彼女とは対照的に、ヴォルフは下を向いていた。口を利く気力さえないのだ。ただ黙々と、干し肉を平らげるのみだった。
顔をしかめたままのヴォルフを見上げて、ジゼラは困ったように眉尻を下げた。いつもなら、下らない事を言っていれば彼は反応してくれる。怒って元気になるから彼女はそれを期待していたのだが、今日は何も言ってくれなかった。
ヴォルフは重症だ。大食いという病気があるなら、きっとそれに違いない。
肩を落として、ジゼラは彼の腕を軽く叩く。特に意味はないが、何かせずにはいられなかった。
構ってもらえず気落ちするジゼラを見て、ヴォルフは己を奮い立たせる。もう呑気な一人旅とは違うのだ。自分だけ腐ってはいられない。
干し肉の最後の一切れを口に放り込んで顔を上げると、遠くに城壁が見えた。険しかったヴォルフの表情が、一気に緩む。
「……町だ」
呟くと同時、ヴォルフの足取りが軽くなる。現金なものだ。
「まともな町だといいな」
「城壁が見える。あれはまともだろう」
ヴォルフの言う事もまともになっていた。足早に町へと進みながら、着いたら何を食おうかと考える。
城壁の門前には、甲冑を着た兵士が二人立っていた。二人とも妙に背が低いのが気になったが、ヴォルフはとにかく飯が食いたかった。逸る気持ちを抑えて、兵士が開けた扉から中へ入る。
しかし入った所で、二人は立ち止まった。よく整備された町だが、人が妙に少ないのだ。更に、見る限り女性の姿しか目につかない。
「これは……」
「妙だな。とにかく飯だ」
違和感も覚えたが空腹には勝てず、ヴォルフは飯屋を探そうと歩き出す。ジゼラは怪訝に眉をひそめたまま、周囲を見回していた。
すれ違う人は皆、女性か子供ばかりだった。時折見かける男性は道端に座り込む老人か旅人らしき者ばかりで、皆一様に放心している。露店を広げた行商人も女性なら、武器屋の中で店番しているのも女性。明らかに異様な光景だったが、ヴォルフは構わず飯屋の戸をくぐった。
飯屋には、何人か若い男性の姿もあった。しかしやっぱり働いているのは女性ばかりで、男性達は皆、舐めるように酒を飲んでいる。ジゼラは顔をしかめたが、ヴォルフは真っ直ぐ空いた席に着いた。
「ヴォルフ、変だぞここは」
「変だな」
事も無げに返し、ヴォルフは片手を軽く挙げて店員を呼び止める。彼の様子も妙だったが、腹が減っているせいだろうと、ジゼラはそう解釈する。
ふと気付くと、店員達の視線がヴォルフに集まっていた。ジゼラは益々渋面を作って、何かを訴えかけるように彼を見上げる。
空腹のせいで人が変わったように何事にも無関心だったヴォルフも、流石に気付いていたようだ。視線から逃れるように背中を丸めていた。
「……居心地が悪いな」
言いながら身じろぎして、ヴォルフは運ばれてきた皿を引き寄せる。パンを一口かじると、少し落ち着いた。
ジゼラは周囲に視線を巡らせ、困った顔をした。店内の女性達の視線は、一様にヴォルフを向いている。彼女達の表情は怪訝なものだったが、ジゼラは内心焦った。
「ヴォルフ……」
テーブルに手を着き、ジゼラはヴォルフの顔を覗き込む。不安げな表情を浮かべて上目遣いに見上げる彼女に、ヴォルフは見向きもしない。
「この町は変だぞ、皆あなたを見ている。あなたは私にだけ好かれていれば良いのだ」
「変なのはお前の頭の中身だ」
「あなたが不特定多数の女性に好かれる事などまず有り得ぬ。タロットがいるに違いない」
「お前は隙あらば俺を貶したいようだな」
ヴォルフが無反応だったのは、何が起きているのか分かっているからだ。一度だけだが、こんな町を見た事がある。緩やかに町を壊して行くタロットの仕業だろうが、見る限り焦らなければならないほどひどい状況ではない。
黙々と食べ続けるヴォルフを複雑な表情で見ていたジゼラは、彼が何も言わないと分かるとようやく諦め、皿に手を伸ばした。丸パンを取って器用に片手でちぎり、口に運ぶ。彼女はいつでもパンばかり食っている。
「焼きたてのパンはいいな」
何がどういいのか分からなかったが、ヴォルフは頷いておいた。幸せそうにパンを頬張る彼女は、もう町の様子がおかしい事など忘れているだろう。
目の前の皿を空にする事に没頭していたヴォルフは、誰かに肩を叩かれてフォークを持った手を止めた。振り返ると、表情を曇らせた女性が立っている。前掛けとスカーフをしているから、店員だろう。
「お客さん、大丈夫ですか?」
表情と同様に、声も案じているようなものだった。心配される謂れはない。何を心配されているかも分かっているが、ヴォルフには多少なりともタロットへの抵抗力がある。町に入ってすぐ影響される事はない。
ヴォルフが頷くと、店員は困ったような顔をした。パンばかり食べていたジゼラが身を乗り出し、彼女を見上げる。
「食べすぎだが大丈夫だ。この人は多少ならカビが生えたものを食っても腹を壊さぬ。腹が鉄で出来ているのだ」
「え? いいえ、そうじゃなくて……」
店員はそっと左右を見回して、身を屈めた。二人に耳打ちするように掌を口元に当てる彼女の方へ、ジゼラだけが体を傾ける。ヴォルフはひたすら食べ続けていた。
「変でしょう、ここ。男の人は皆、この町に入ると段々あんなふうになって行くんです」
言いながら、店員は店の隅で舟を漕ぐ男性客を指差した。ジゼラは示された方を見て、首を傾げる。
「早く出た方がいいですよ。お連れ様も、ああなってしまうかも知れませんから」
「何故皆ああなのだ? 女性は平気なのか?」
「どうしてなんだか、私にもさっぱり……女の人はいつも通りです。代わりに皆、働かなきゃいけなくなりましたけど」
疲れた溜息を吐き、店員はテーブルの脇にしゃがみこんだ。若い女だが、彼女の顔からは疲労が明白に見てとれる。
男性が働かなくなるという事は、単純に労働力が半分減るというだけの話ではない。飯屋の店員ならまだしも、見る限り衛兵も女性だった。体力的に劣る女性が就くには難しい職のはずだ。
「みんな、領主様が代わってからこんなふうになって……本当、何が起きてるのか」
力なく首を横に振り、店員はゆっくりと立ち上がった。疲れているのだろう、彼女の表情は暗い。
ヴォルフも少々疲れてはいるが、彼女達を放ってはおけなかった。早めに対処して悪い事はないだろう。
「領主はどこにいる?」
空にした皿を重ねながら、ヴォルフは店員を見上げる。彼女は不思議そうに目を丸くした後、ドアを指差した。
「町の真ん中のお屋敷です。そこの大通りを真っ直ぐ行けば、すぐですよ」
「分かった」
店員は怪訝な表情を浮かべていたが、ヴォルフは構わず席を立った。ジゼラはパンの残りを口に詰め込み、彼を追う。
支払いを済ませて外へ出た矢先、ジゼラが腕の横から顔を覗き込むようにヴォルフを見上げた。歩きながらそれを見下ろすと、彼女は首を捻る。
「何がいるか分かるのか?」
「恐らく『女帝』だ。あれは領主に取って代わって町を統治し、男だけ怠惰にする。何故だか知らんが」
怠けたいという心は、誰にでもあるものだ。それを悪心というならそうなのだろうし、付け込むのは容易いだろう。男が怠惰なだけなら配偶者や親に尻を叩かれれば働く事もあるから、あのタロットの真に恐ろしきはそこではない。
「あなたは平気なのか?」
「私には抵抗力がある。砂が落ちきるまでなら、問題ない」
「抵抗力? 何故だ?」
しまったと、ヴォルフは己の発言を後悔する。この所、ジゼラに気を許しすぎていた。
誰にも言うつもりはなかった。言う必要がない訳ではなく、言いたくないだけだ。知られたくもない事だったから、どう返すか考えあぐねる。
「……砂時計が、あるからな」
結局、そんな何の根拠にもならない返答をした。ジゼラは暫くヴォルフを見つめていたが、やがて視線を落とす。伏せた目に睫毛の淡い影が落ち、瞳の色を濃くした。
「そうか」
感情の読めない声だったが、その様子から気落ちしている事は見て取れる。落ち込まれても、それだけは言いたくなかった。
何より彼女にも、ヴォルフに話していないであろう事が山ほどあるはずだ。お互い様だと思う反面、罪悪感は拭えない。ジゼラを騙しているようで、心苦しくもあった。
大通りを真っ直ぐ行くと、鉄柵に囲まれた白亜の邸宅が見えた。あれが領主の屋敷だろうが、妙なのは柵の周りに男性達が屯している事だ。
奇妙な光景だった。門から庭を覗き込む者もあれば、柵の周囲をいったり来たりする者もある。男性達の格好や年齢は様々だったが、皆一様にそわそわと落ち着かない。
あれこそが、「女帝」が緩やかに町を荒廃させる原因だ。完全に人間の女性の形をしたあのタロットを一目でも見ると、誰でも虜にされてしまう。結果時が経つにつれて夫婦者がいなくなり、町から子供が消え、愛想を尽かした女性が出て行き、最後には誰もが死を待つばかりとなる。
子供という希望を町から奪って未来を断ち、段々と疲弊して行く人の心をゆっくりと食らう。それが、女帝というタロットだ。
人が希望を失う事。それは金遣いが荒くなるよりも、犯罪が蔓延するよりも、ずっと恐ろしい事だとヴォルフは思っている。未来のない町で、誰が暮らして行けるだろう。希望なくして、どうして生きて行けるだろう。
タロットに対して抵抗力のあるヴォルフにとっても、「女帝」は脅威だ。それでも黙って見過ごす訳には行かない。町に安寧をもたらしてやる事が彼にとっての贖罪で、希望である限り。
「ジゼラ、外套を被れ」
人々の隙間から門に手をかけながら言うと、ジゼラは問い返しもせずに黙って従った。彼女にも、この屋敷が異常である事は分かるだろう。
門を開けても、誰も咎めなかった。虚ろな目をした男達は不思議そうにヴォルフを見上げるが、中へ入ろうとはしない。ただただ、外から敷地内を覗くだけだ。それで満足してしまっているのか、入らないように言われているのかは定かではない。しかし彼らが自我を失くしているであろう事は、容易に見て取れた。
「勝手に入って平気なのか?」
邸宅を見据えたまま頷き、ヴォルフは懐から砂時計を取り出す。熱を帯びたそれは、既に瞬き始めていた。
「いるのはタロットと取り巻きだけだ。誰も咎めはせん」
広い庭はよく手入れされたバラ園となっており、真っ赤な花が深緑の葉に埋もれるように咲いている。手前に置かれた白大理石のアーチにも蔓バラが巻き付いて、色鮮やかなコントラストを描いていた。
見事な庭園だが、別段タロットがこうした訳ではない。以前の持ち主が庭師に造らせたものを、そのまま残してあるのだろう。あの異形は、必ず領主か町一番の金持ちの屋敷を乗っ取る。
「ここの男性は働いているのだな」
ジゼラの視線の先には、熱心にバラの剪定をする庭師の姿があった。確かに働いてはいるが、手付きが覚束ない。あれも操られているだけなのだろう。
扉の前に立つと、ジゼラは黙り込んだ。彼女も流石に弁えてはいるようで、普段ならどこへ行くにも握ったままの袖を離している。顔を隠すように俯いた彼女の表情は見えないが、肩が強張っているのは分かった。
ドアノブに手を掛けて回しながら扉を押すと、呆気なく開いた。拍子抜けしつつも慎重に開けたドアの先に、人影が見える。中にいた若い男は扉が開いても何の反応も見せず、ぼんやりと立ち尽くしているだけだった。心神喪失状態にあるのだろう。
ゆっくりと開けた扉の先、広々とした玄関ホールには、五六人の青年がいた。それぞれ整った顔立ちをしているが、屋敷の外にいた男性達と同じように、服装も年齢も様々だ。中には汚れたコートを着た、旅人らしき者までいる。
屋敷の中にいるのは、大抵「女帝」が気に入った男性だ。ヴォルフは取り巻きと呼んでいるが、別段彼らも好きでここにいる訳ではない。
袖を引かれて視線を落とすと、ジゼラが首を傾げていた。何をしているのかと聞きたいのだろう。声を出したら気付かれると思っているのか、口を利こうとはしない。
「皆操られているが、無害だ。おい、男」
青年達は一斉にヴォルフを振り返った。ジゼラは身構えたが、彼は動じない。
「主人の下へ案内しろ」
言いながら、ヴォルフは彼らに見えるように砂時計をひっくり返し、掌に乗せる。タロット相手では呼ばないと効果はないが、人間相手なら見せるだけで問題ない。彼らが邪魔になって戦えない事もあるから、先に動きを封じておきたかった。
青年達は虚ろな目をしたまま、ぞろぞろと階段を上って行く。「女帝」に支配されて正常な判断能力を失っている為、誰に命じられても言う事を聞いてしまうのだ。ここまで支配されてしまえば働く事もするが、一挙一動を命令しなければ動けない。結局、どうにもならずに女性達も諦める。
覚束ない足取りの青年達の後に続いて階段を上りながら、ヴォルフは砂時計を確認する。砂が落ちる速度は、「戦車」の時より少し速いくらいだろうか。複数でも二三人程度ならもう少し速いはずだが、人数が多いせいか「女帝」の影響下にあるからか、普通より遅い。
先頭を歩いていた青年が、一つの部屋の前で立ち止まった。ここに「女帝」がいるのだろう。待てと言おうとしたのだが、ヴォルフが口を開く前に、青年達は扉を開けて中へ入って行った。
開いた扉の隙間から廊下へと、香水の強い匂いが流れ出す。しかし甘い香りの中に嗅ぎ慣れた臭いを感じ、ヴォルフは思わず顔をしかめた。
「……臭い」
ジゼラがぽつりと呟いた。ヴォルフは彼女を隠すように片手で背後へ移動させ、部屋に入る。
真っ赤な絨毯が敷き詰められた、広い部屋だった。調度品は全てがロココ調の白家具で統一されており、元の持ち主が大陸から渡って来た者であった事を推測させる。乱反射するシャンデリアの灯りと大きな窓からの陽光で、室内は明るく照らされていた。
クラックの入った化粧台の上には、色とりどりの香水瓶が並んでいた。香水の匂いの元は分かったが、それに紛れた生臭さはこんな見事な部屋から漂ってきていいようなものではない。
青年達は、ふらふらと部屋の奥へ歩み寄って行く。彼らが向かう窓際には天蓋付きのベッドがあり、中で人影が動いているのが見えた。真っ白な紗の天蓋は中で人が動く度に揺れ、優美なドレープを作る。
ヴォルフはベッドには近付かず、背中の留め具を外してメイスを握った。それとほぼ同時に、天蓋の合わせ目から白い指が覗く。整えられた爪も華奢な指も、美しいラインを描いていた。
やがてもったいぶるように、天蓋がそっと開く。ベッドの上に横座りしていたのは、タロットとは到底思えない美貌の女だった。
真っ赤な唇は弧を描き、白玉の歯を見せて微笑んでいる。切れ長の目は透き通るように青く、弓なりの眉と下がった目尻からは柔和な印象を受ける。レースのあしらわれたネグリジェにガウンを羽織っただけの彼女の胸元からは、蝋のように白くはちきれんばかりに豊かな乳房が覗いていた。
しなやかな細い足をベッドから下ろし、「女帝」はゆっくりと立ち上がる。艶やかな曲線を描く豊かなプラチナブロンドが、肩から胸元へと滑り落ちた。
ベッドの外周を囲む青年達は微動だにしない。全員一様に畏まったまま、「女帝」を見つめている。
「女帝」がベッドから離れると、異様な生臭さの源がようやく見えた。絹のシーツの上に、血溜まりがある。天蓋に隠れているが、鮮血に濡れた人の腕が僅かに見えた。ぴくりとも動かない所を見る限り、生きてはいないのだろう。
「女の臭いがする」
ぞっとするほど冷たく、けれど流麗な声だった。その声に促されるように、青年達が歩み寄ってくる。よろめきながら近付いて来るそのさまは、さながらアルカナのようだった。
ヴォルフは彼らに見せつけるように、手にした砂時計を掲げる。砂は既に全て落ちており、金色に輝いていた。「女帝」は笑みを崩さなかったが、周囲にいた青年達は僅かに目を見張る。
「大人しくしていろ」
ヴォルフの声に反応したかのように、青年達の体が宙に浮かぶ。その場でひっくり返った彼らは、成す術もなく床へと叩き付けられた。それでも、「女帝」は表情を変えない。
青年達が崩れ落ちると、「女帝」は白い掌を上に向ける。先端に鷲の装飾がついた黄金の王笏が、その手の上に現れた。
「愚者よ。妾のものにしてやろう」
背後でジゼラが身を硬くしたのが分かったが、ヴォルフは構わず砂時計をひっくり返した。「女帝」はそれでも、ただただ、微笑んでいた。




