第一章 Desert Rose 一
一
見渡す限り砂と岩ばかりの、風も乾いた大地。舞い上がる砂煙の中、湿った音を立てて腐肉が落ちる。放射状にスパイクを埋め込まれた鉄球が、棍棒を携えた亡者の群れをなぎ払った。それぞれが腐りかけ、或いは乾ききってミイラ化した亡者達は、頭を破壊された者から順に地面へと倒れ伏す。
そこに悲鳴はない。聞こえるのは腐りかけた体と鉄球が衝突する、鈍い打撃音。大きな質量が風を切る低い音が、熱い空気に溶けるのみ。
裾の擦り切れた長いコートが翻る。その裏から現れた太い腕が、鉄柄の先に一抱えはある鉄球のついた巨大な武器を振るう。メイスと呼ばれる、殴打専用の武器だ。本来聖職者が護身用に使うものだが、異様に大きな武器を繰る大柄な男は、とてもそうは見えなかった。
殴る為だけのものとはいえ、この大きさの鉄塊で殴打されれば、化け物といえど一たまりもない。鉄球が通り過ぎたそばから亡者達の頭が弾け、元の死体に戻って行く。彼らの頭からはすでに溶け落ちた脳髄の代わりに、丸まると太った蛆虫がこぼれた。ぱらぱらと落ちた幼虫達は灼熱の砂に熱され、宿主を失ってなす術もなくのたうつ。
コートの男は顔を上げたまま視線だけを落とし、暗いグレーの目をわずかに細める。頭から肩までを覆う布の下から覗く視線は汚らわしいものを見るそれではなく、哀れむようなものだった。
アルカナと呼ばれる亡者が求めるものは、生あるものの瑞々しい肉だけだ。生きて動くものあらば人であろうと獣であろうと見境なく襲いかかり、食らう。それは命あるものへの羨望が故でも、食への欲求が故でもなく、空になった腹を満たす為だけの行為だった。己が生き永らえるために、ただただ食べる。
しかしどんなに食らおうとも、彼らが満たされる事は永遠になかった。食べても食べても、感覚を失った彼らに満腹感を得る事は出来ない。物理的に胃袋が満ちれば、破れた腹からこぼれ落ちるだけだ。またそれが糧となるわけでもない。
感情も自我もない亡者達にあるのは、命を奪い取るために生あるものを食べるという行為のみ。それは人間だった頃の本能や欲求とは何ら関係がなく、彼らには目的も感情も存在しない。人だった頃の尊厳など、彼らはとうに失っている。ただただ、失ったはずの命を取り戻そうとあがくだけだ。そういうふうに、作り変えられてしまっている。
人に仇なす為だけに蘇らされ、腐りかけの醜い姿を晒して尚、血の通ったものを追う。彼らは、それだけの存在だった。
餓鬼のように膨れた亡者の腹に、黒い鉄球が食い込む。所々錆びたスパイクに張りの失せた皮膚が引っかかって裂け、溜まった腐敗ガスで膨張していた腹が弾けた。腐りきって茶褐色に変わった内臓がぞろりと零れ、ちぎれた腸から赤い色が覗く。獣を食ったのだろう。未消化の肉塊には、短い毛や骨までもが一緒くたに混じっていた。
生ける屍たちが流す腐った血と同じ色をしたコートに、新しい染みが点々と付いた。それも熱い空気に晒され、すぐに乾いて元の色と判別出来なくなる。
分厚いハーフブーツが倒れた亡者の頭を踏み潰し、黄ばんだ腐汁を飛ばす。血と腐った肉の入り混じった悪臭が立ち込めたが、男は眉ひとつ動かさなかった。彼の鼻は、とうの昔に利かなくなっている。
邪悪に蝕まれた死神の手で蘇らされた屍達は、血の通った生者を羨むかのように、完全に血の気の失せた顔を向ける。ぽっかりと空いた二つの穴に眼球はなく、腐肉を掻き分けて這い出した蛆虫だけが、男を見つめていた。
何百対もの小さな視線から逃れるように、男は亡者達の頭をまとめて薙ぎ払う。彼を囲んでいたアルカナ達の頭が一撃で砕け、糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。男は暫くその場で身構えたまま屍達を注視していたが、動かないと見るや肩の力を抜く。
「終わりか」
気がつけば、動く屍は一つもなくなっていた。辺りに立ち込める胸の悪くなるような腐臭を厭い、ヴォルフ・カーティスは左右に首を振って上を向く。砂に霞む空で燃える太陽が染みて、一度きつく目を閉じた。乾いた空気を大きく吸い込んでからゆっくりと吐き、改めて辺りを見回す。
辺りに散らばる死体は、ミイラ化したものより腐りかけたものの方が多かった。遺体を砂漠に埋めれば砂に水分を吸われて乾くものだから、この地域は乾季に入ったばかりなのだろう。
間の悪い事だ。考えながら一歩で死体を二体乗り越えた彼の足下には、屍に埋もれた墓穴があった。
荒野には、時折このような屍の巣が存在する。墓地に遺体を埋めないのは、アルカナとして復活してきた時、町が危険に晒されないようにするためだ。彼らに襲われないよう、遺体は出来る限り町から離れた場所に葬る。
骨になるまで遺体を焼けば、死者が復活することはなくなる。骨にして粉々に砕いてしまえば済むのだが、人一人を丸ごと焼くには金がかかる。誰もが貧しいこの時代、火葬が出来るのは一部の富裕層だけだ。アルカナ化を防ぐには頭を潰す方法もあるが、死者に鞭打つような真似が遺族に出来るはずもない。
ヴォルフは屍を足で避け、何かを確認するように墓穴を覗く。深い穴は底へ近付くにつれて色が濃くなっており、どこまでも続いているように錯覚させた。砂に遺体の体液が染み込んで、嗅覚の衰えた彼でも胸が悪くなるほど生臭い。
息を止めつつ穴の縁に屈み、底にぽつんと残されていた小さな袋を拾い上げた。身を起こした彼のほてった頬を、穴に溜まっていた冷たい空気が撫でて行く。その悪臭がゆえに心地いいとも思えず、臭いが移るのを嫌って頭を振った。
女性の掌にもすっぽり収まるであろうほど小さな袋の中には、銀貨が詰まっている。銀は古来より邪悪が嫌うものとされ、つまりこの銀貨は遺体が生き返らないようにする為のまじないだ。それが全くの無意味である事を、人々は知らない。だがこれのお陰で、彼は今日も生きている。
ヴォルフは銀貨の詰まった小さな袋を大事そうに懐へしまい、立ち上がって屍の山を乗り越える。背筋を伸ばして歩き出した彼は、担いだ星型のメイスが小さく見えるほど大柄な男だった。
濃い眉と刃物で断ち切ったような切れ長の目の間には隙間が殆どなく、常にどこかを睨んでいるように見えた。手入れを怠った黒髪は半端に伸びて肩に着き、日に焼けて毛先の色が変わっている。えらの張った頬はわずかに痩けて見えたが、体付きはコートの上からでも容易に見てとれるほど筋肉質なものだった。
ひび割れた大地を踏みしめる彼の足取りは、ひどく重たい。売られた妹を捜す。その目的の為だけに、気が遠くなるほどの月日をこうして過ごしてきた。けれど、手掛かりは一向に掴めないままだ。
このまま何一つ遂げられず死んで行くのではないか。乾いた大地のひびに挟まった白い骨を見るたび、そんな不安に襲われる。もしあの亡者達に寝込みを襲われたらと思うと、遮蔽物もないこんな荒野でのんきに眠れるはずもない。この砂漠地帯に足を踏み入れてからというもの、彼はひどく疲弊していた。
彼のような旅人の行く手を阻むのは、生き返った死体であるアルカナ達だけではない。道に迷えば飢え、泉がなければ渇く。特にこの灼熱の砂漠地帯では、ほんの少し備えが足りないだけでも命取りになる。またここに限らず、腕に覚えがなければただの人にさえ出し抜かれる。
ならば誰とも関わり合わなければいいのだと、ヴォルフは単身終わりの見えない旅を続けている。幸い強面の彼にわざわざ話しかけてくるような物好きは滅多にいないが、それはそれで、寂しくもあった。
アルカナの巣があったという事は、目指す町はそう遠くないだろう。先に滞在した町を出てから六日は経っており、もう水が底を尽きかけていた。
動植物も育たないこの地で、水場の存在は期待出来ない。見る限り周囲にはサボテンの一つも生えていないから、今日中に町に着かなければ渇いてこちらが死神の世話になる羽目になる。
ヴォルフは歩きながら腰に提げた小さな袋の口を開け、中から干し肉を取り出す。かじってみても唾液でふやけて獣の臭いが口内に広がるばかりで、塩気しか感じられなかった。それでも、ほんの少しでも、腹は満たされる。
腹にものを入れたお陰か、重かった足取りが変化する。歩みは目に見えて速くなったが、ヴォルフの顔はしかめられていた。ただでさえ強面の彼のその表情を子供が見たら、泣いて逃げ出していただろう。
「……ひもじい」
唸るように呟いた声は顔付きに違わず低かったが、その響きは険しい表情には到底そぐわぬ情けないものだった。食べながらする発言ではない。
空きすぎてへこんだような気のする腹を撫で、ヴォルフは町を目指す。今の彼が進む目的は、飯をたらふく食う事だった。
燃費が悪いのか動くせいなのかヴォルフは人よりよく食うので、荒野で拾った小銭は殆ど食糧に変わってしまう。次の町まで行くのに必要なものを買ったら、残るのは宿代だけという有り様だ。残さず全て使い切るのは、罪悪感があるせいだった。
死神に手先として蘇らされてアルカナと呼ばれる怪異になってしまっても、元は誰かの親族、或いは友人であった者の遺体だ。それを更に打ちのめす事には抵抗もあった。しかし罪悪感に駆られて悩んでいては、こちらが命を奪われる。逃げたとしても、ヴォルフではない他の誰かが襲われるだけだ。対抗しうる力がある限り、倒さないという選択肢はない。
尚且つ彼が食い扶持としているのは、死者の安寧を願った心善き人の金だ。ヴォルフも食わなければ生きて行かれないし、慈善事業でアルカナを倒しているわけでもない。流浪の身である彼に稼ぐ術は他になく、何より金を返そうにも、縁者を見つけるのは至難の業だろう。
だからせめて還元してやろうと、巣の近くの町で稼いだだけ使うのが常となっている。元々物取りに遭う事を危惧して余計な金は持たない事にしているし、道中で金が必要になる事も滅多にないから、それで困る事はない。町への被害を防いだ手間賃、と言うのも勝手に倒しておいて妙な話ではあるが、そうして自分を納得させている。
少なくなった干し肉を未練がましくかじりながら、ヴォルフは舞い上がった熱砂に目を細める。熱いとは思えど、コートと頭に被ったストールがないと直射日光にやられてしまう。脱ぐ事は出来ない。
あと、どれほどかかるだろうか。落としていた視線を上げた時、遠くに人影が見えた。
ヴォルフは目を細くして、人影を注視する。その全身を覆う外套から、大きめのブーツを緩いまま履いたような足が覗いているのが見えた。鼻が悪い代わりに、彼の目は十軒先の家の屋根にいる子供の顔さえ見分ける事が出来る。
砂煙に隠れてよく見えないが、格好からして少年と思われた。人がいるという事は、町はすぐそこなのだろう。
しかし、こんな所に子供が一人でいるものだろうか。賞金稼ぎの類なら集団でいるはずだし、服装を見る限りただの町人だ。
賞金稼ぎとは、アルカナの出現以降爆発的に増えた職とも呼べない職だ。死者の群れを倒し、彼らが持っていた剣や棍棒を売って生計を立てている。町の用心棒のような役割も果たしているらしい。彼らが集団を形成しているのは、よほど鍛えていないと一人で群れとなったアルカナを倒す事が出来ないからだ。
倒すだけならいいが、中には葬送銀貨目当てに無作為に墓穴を掘り返す泥棒もいる。ヴォルフもアルカナが持っていた剣は売る為に拾っておくが、最近は墓荒らしが増えたせいかしばしば泥棒扱いされるようになっており、甚だ迷惑していた。
とはいえ死者から物を奪うという点では大して変わりなく、街への脅威を防いでいるからいいという話でもない。自分を正当化して盗人を非難する気もない。悪い事とは分かっていながら、仕方のない事と呑み込む以外何が出来よう。
そうでもしなければ、この貧しい世は生きて行けない。あの亡者達のために滅びた町がいくつあるだろう。そこから逃げ出した人々が別の町に落ち着いたはいいが、職がないために墓荒らしに走るケースも多いと聞く。そんな状態だからヴォルフも日雇いの仕事さえ見付けられないまま、戦っては戦利品を売って稼ぐ事を続けている。
今日の食い扶持の為には死人を更に殺し、副葬品を取り上げて売らなければならない。そんな世界になってしまった事を、彼は憂う。とはいえこうなる以前、ヴォルフはまだ幼かった。ろくに覚えてはいない。
遠くにぽつんと佇む少年は、何かを掘っているように見えた。賞金稼ぎではなく、墓荒らしの類だろう。注意してやる義理はないものの、掘り起こした途端に死者が蘇る事もある。全くの無関係だが、未来ある若者をみすみす死なせるような事もしたくない。
町で暮らす人々には、危機感がないのだ。今がどんな世であるか分かっているはずなのに、それを自らが生きる世界の事と認識していない。ヴォルフは脅威と隣り合わせに安穏と生きる人々を羨ましく思うが、愚かだとも思う。
だいぶ近付いたが、少年がヴォルフに気付く様子はなかった。ただ黙々と、片手で持った大きなスコップで地面を掘り起こしている。その姿に違和感を覚え、ヴォルフは怪訝に眉を寄せた。
「おい、墓泥棒は……」
声をかけた瞬間、フードを目深に被った少年がスコップの先をヴォルフに向ける。思わず黙り込むと、彼は小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
少年の頭はヴォルフの胸の位置にあり、フードに隠れて顔が見えない。わずかに覗く唇はバラの花弁のようにふっくらとして、少女のようでもあった。驚いて黙り込んでいる内に、引き結ばれていたその唇が、ゆっくりと開く。
「死ねと言うのか」
変声期前なのだろう鈴の鳴るような声は、冷えきっていた。ヴォルフは痛ましげに眉をひそめ、スコップの先に注いでいた視線を少年に向ける。
「稼ぐにしても、こんな事はするな。危険だぞ」
「好きでこんな事をしている訳ではない。愚劣に身を落とさねば食い扶持すら稼げない事を、旅人は知らぬのか」
子供の割に、居丈高な口調だった。最近の子供はこんなものなのだろうかと、ヴォルフはぼんやりと思う。
貧しい子供が一人で生きて行くには、大きな店で下働きをするか、自給自足の生活をするしかない。こんな荒れ地では作物は育たないだろうし、砂漠の小さな町では子供を雇えるような店もないだろう。周囲の同情に甘えようにも誰もが貧しく、子供一人に構っていられるような余裕はない。結果、子供は自ら身をひさぐか、このように物取りに走る。
どちらも、辛いのだろう。辛いが生き抜く為にはそれしかない。ヴォルフも分かってはいるが、肯定したくはなかった。死者への冒涜などと最もらしい綺麗事は、彼には言えない。立場はそう変わらないのだ。
「子供、しかしな……」
言いかけたところで唐突に表情を硬くし、ヴォルフは少年の肩を掴んでその場から退かした。彼も気付いたようで、手ずから掘り起こした墓穴に視線を落とす。
真っ暗な穴の縁に、骨と皮ばかりの指がかけられた。ヴォルフが反射的に背負っていたメイスを掴んで構えると同時、穴から人の形をしたものが飛び出す。崩れかけた体はもう人と呼べるものではないし、その跳躍力も人間のものではない。
穴の傍から退いた少年は二三歩後ずさったが、逃げようとはしなかった。フードに隠れた顔は、アルカナ達に向けられている。怯えないところを見る限り、見慣れているのだろう。よく無事でいられたものだ。
亡者の溶けた肉から、吐き気を催す腐敗臭が漂う。襤褸をまとった彼らが一歩踏み出す度に二つの眼窩から白い蛆虫がこぼれ、乾いた地面に落ちた。次々穴から這い出す亡者達は、それぞれ手にした棍棒を高く掲げる。
しかしその腐りかけた、或いは木の棒のようになった手が振り下ろされる事は、なかった。棘のついた鉄球にまとめて頭を飛ばされ、アルカナ達は元の死体に戻る。相手は屍とはいえ、一振りで幾つもの頭を飛ばすヴォルフの腕力は並大抵のものではない。
少年は何を思うのか黙り込んだまま、今度はヴォルフを見つめていた。スコップを掴んだ華奢な手には、力がこもっている。
ヴォルフは群れとなった亡者達に向かって一振りしたメイスを、遠心力で勢い付けたまま頭上へと持って行く。少年へ迫ろうとした一体の頭上に振り下ろすと、亡者ごと鉄球が砂地に深くめり込んだ。再び片手で振り上げられた鉄球の後を追うように、こびりついた腐肉と蛆が飛ぶ。地面には、ぼろきれのようになった死体だけが残される。
アルカナが手にした棍棒が、ヴォルフに向かって振り下ろされる。彼はそれを厚手のグローブをはめた手で難なく掴み、一瞥もくれないまま奪い取って、穴から出てくる亡者達に投げつけた。膨張した腹が弾け、頭が背中を向いて曲がり、アルカナ達は動かなくなる。何も体ごと叩き潰さなくとも頭さえ壊してしまえばいいのだが、ヴォルフにそんな器用な真似は出来ない。
最後の一体の頭を鉄球で殴りつけ、動くものがないのを確認してから、ヴォルフは掘り起こされた墓穴に手を入れた。指先に硬い感触があったので、摘んで拾い上げる。
改めて少年に向き直ると、彼は顔を隠すように俯いていた。ヴォルフは何も言わずに拾った小袋を差し出す。少年は、微動だにしない。
「これが目当てだったのだろう」
少年の顔が、僅かに上げられた。ヴォルフの位置からは、噛みしめられた唇しか見えない。
「何が目的だ」
「何?」
問い返すと、少年は逃げるように一歩後ずさってヴォルフから離れる。離れた分近付こうとすれば、彼は勢い良く顔を上げてヴォルフを睨んだ。
「近付くな!」
噛みつかんばかりの形相で叫んだ彼は、彼ではなかった。怒りの為か白い面に朱を上らせたその顔は、少なくとも少年のものではない。若い女の顔だったが、フードの下から覗く前髪は真っ白だった。
荒野で墓荒らしをさせておくにはもったいないほど、端整な顔立ちだった。ヴォルフはその美貌に一瞬目を奪われ、息を呑む。
「お前……」
「男は信用ならぬ。私に構うな」
忌々しげに吐き捨ててフードを深く被り直し、彼女はヴォルフに背を向けて駆け出した。ヴォルフは遠ざかる背を呆然と眺めながら、ゆっくりと瞬きする。
「……女だったのか」
気の抜けた声で独り言ち、ヴォルフはしばしその場で立ち尽くす。やがて手の中の小袋を見た後、溜息を吐いて、それを懐にしまった。