一周 :約2500文字 :コメディー
ある日の午後の遊園地。休日で賑わう園内で、一組の男女が観覧車のゴンドラに乗り込んだ。
男は「足元、気をつけて」と自然な仕草で彼女の手を取り、彼女も「うん」と小さく頷いた。二人は向かい合う形で座席に腰を下ろし、扉が閉まるのを待った。ふと視線が重なった瞬間、どちらからともなく笑みをこぼした。
係員が扉を閉めると、軽い振動とともにゴンドラはゆっくりと地上を離れ始めた。わずかに揺れた拍子に彼女は思わず「あっ」と小さく声を漏らし、すぐに照れたような笑みを浮かべた。
「ふふ、ちょっと揺れたね」
「好きです。付き合ってください」
「えっ」
「え?」
しばし、沈黙が二人の間に落ちた。互いに見つめ合ったまま、時が止まったかのように身動き一つしない。外からは地上ではしゃぐ子供たちの声が聞こえていたが、彼女にはどこか遠い世界の出来事のように感じられた。
やがて彼女は呆気に取られた表情のまま、ようやく口を開いた。
「いや……」彼女は一度息を呑んだ。
「早くない?」
「早い……? いや、全然早くなんかないよ。今日でもう三回目のデートだし、仮に早かったとしても、これ以上この気持ちを抑えられないんだ。そもそも、こういう気持ちって抑えるものじゃないと思うんだよね。大事な気持ちだからね」
「早い、怖い。早口やめて」
彼女は背中がぴたりと背もたれにつくほど体を引いた。
「そうじゃなくて、告白のタイミングが早くない? 普通こういうのって頂上で言うものでしょ。乗ってからまだ三秒くらいだったよ。係員さんにも聞こえただろうし……」
彼女はそう言いながら窓の下を覗き込んだ。地上では、さっきの係員が口を半開きにしてこちらを見上げていた。
「ほら、あんなにびっくりしてる」
「いや、時間なんて関係ないよ。だって大事なのは気持ちだからね。僕は自分の気持ちに従って、君にこの気持ちを伝えたかったんだ」
「気持ち気持ちって、気持ち悪いんだけど」
「それで……返事は?」
男は真剣な表情で彼女をまっすぐ見つめ、訊ねた。
「いやあ、ちょっと……」
「ちょっと……?」
「あなたとは……お付き合いできません」
彼女は小さく頭を下げた。
「あああ……あーあ」
男はのけ反り、天井を見上げた。
「あああーあっ! ああーああああっ! あああああっ!」
「うるさ……いや、ほんとにごめんなさい」
「はあーあああっ! だめかあー! じゃあ、なんで二人で遊園地に来たのかなあ! なあ!」
「まあ、それは単純に遊びに来たかっただけだから……」
「なんなんだよ。はーあ! クソが!」
「本性が出るのも早くない?」
「ねえ、本当に無理? どうしても? ねえ、無理? ねえ、ねえ」
「無理……」
「はああーあっ! クソッ! 死にてえな!」
「……あ、ほら、だんだん高くなってきたよ」
彼女は引きつった表情で窓の外を指さした。なんとか空気を和ませようと声の調子だけは無理やり明るくしていた。
「わー、景色きれ――」
「この高さじゃ、まだ死ねないか!」
「……景色きれい。ほら、人がどんどん小さくなっていくよ」
「ダニみてえだな!」
「時間の流れがゆっくりに感じるねー……」
「あーあ、クソッ! 三回もデートしたのによお!」
「それ、さっきも言ってたけど、たぶん二回じゃない……?」
「三回だよ。初めて会った夜と、映画と、今日ので三回」
「初めて会った夜……? それって、みんなで居酒屋に行ったときのこと?」
「その帰りに一緒にクレーンゲームしただろうが! 君が欲しがってたぬいぐるみも取ってやっただろ!」
「あれをデートに数えてるの……? 帰り道にちょっと寄っただけなのに。映画のときだって普通に見て、そのまま解散しただけだったと思うんだけど……」
「はあああーあ! ちくしょう!」
男は頭を抱え、そのまま指でがしがしと掻いた。
「……あ、ほら頂上に着きそうだよ。わー、高い。やっとだあ」
「好きです」
「はっ!?」
男はぐっと身を乗り出し、改めて彼女をまっすぐ見つめた。
「初めて会ったときからずっと好きでした。付き合ってください」
「いや、無理無理無理。なんで? あ、頂上だから? いや、無理でしょ」
「はーああああ!」
「せめて、その感情だけは抑えてほしい」
「ああああーああああああ!」
「ちょ、揺らさないでよ! 座って、座って!」
「好きです好きです好きです好きです好きです、好きだろ!」
「いや、吊り橋効果を狙ってる……? 絶対無理だから」
「はあああー……!」
男は電池が切れたかのようにすとんと座席に腰を落とし、そのまま俯いた。
「ようやく折り返しか……」
彼女は窓の外へ視線を逃がし、ぼそりと呟いた。ゴンドラはゆっくりと下降し始めていた。
「観覧車って、乗ってると意外と長く感じるねー……」
「……」
「いや、本当に」
「……」
「あの……」
「君を……」
男が俯いたまま低く呟いた。
「え?」
「君を……殺す」
「は?」
「君を殺して……僕も死ぬ」
「いや、いやいやいや、え?」
男はぬらりと顔を上げた。
「フラれてからも、ずっと君のことばかり考えていた。この苦しみがこの先もずっと続くんだと思うと――」
「いや、早いって」
「君を殺して……僕も死ぬしかない」
「だから早いってば!」
男はゆっくりと立ち上がり、彼女に向かって両手を伸ばした。その瞬間、彼女は「いやっ!」と反射的に足を突き出し、男の腹を思い切り押し返した。
男は後ろへよろめき、背もたれに叩きつけられて小さく呻き声を漏らした。
彼女は足を引っ込め、ぐっと身構えた。だが、この狭いゴンドラの中では逃げ場などどこにもない。その事実に半ば絶望しかけていた。
「うう……ごめん」
男は再び俯き、消え入りそうな声でそう言った。
「え……?」
「すごく反省してる。あのときは、どうかしていたとしか思えない」
「早くない……?」
「今なら君の幸せを心から願えそうだ……」
「そう……それはどうも」
「許してくれる……?」
「まあ、はい」
男はそっと手を差し出した。彼女は眉をひそめたまま、その指先にほんのわずかに触れ、軽く握るとすぐに手を引っ込めた。
ちょうどそのとき、ゴンドラが地上に到着した。
係員が扉を開け、二人は外へ出た。
「じゃあ……このあと、どうしよっか――」
どう切り上げたらいいものかと思いながら、彼女はそう言って男のほうを振り向いた。
すると男は無言でポケットからスマートフォンを取り出し、耳に当てた。
「ああ、おれおれ。今週また合コン開いてよ。頼むわ。え? おおん、おう、はははは!」
そのまま足早に去っていく男。その背中を呆然と見送りながら、彼女はぽつりと呟いた。
「いや、早っ」




