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比翼連理の翼を得て  作者: 石田空
秘密と謎は毒の味

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友情と試験

 始業式は可も無く不可もなく終わり、と組の教室に来たものの。

 他のクラスは比較的広い教室に、オーソドックスな机と椅子という教室なのに対して。と組の教室はあからさまに座敷牢のボロッボロな惨状に近い教室だった。

 昭和の頃から使っているような、既に何度拭いてもチョークの粉が拭いきれなくなってどこか白くくすんでしまっている黒板。椅子も机もガタガタで、教壇は気のせいか先生がひとり乗っただけでミチミチと音がして危ない。

 そんなどこか危機感に満ちた始業式を終えて、私は「ああ」とあからさまに言った。


「ちょっと番のことを職員室にまで言いに行かないと駄目だから」

「そう? 昼ご飯どうするの? 食堂で食べてく? 座敷牢で食べる?」

「食べてから考える!」


 つばめちゃんも真智ちゃんも困惑していただろうに、私は「ごめんねえ!」と言って、慌てて職員室の方に走り、と組が見えなくなったのを確認してから、い組の教室へと向かう。

 い組は幻想種のせいか、彼等だけ教室どころか校舎が違う。

 と組の教室は迷家の雰囲気のある昔懐かしい風情。

 それ以外の教室は赤絨毯に清潔感のある近代的な教室。

 そしてい組の校舎だけれど。ここはもう神話のような建築物であった。

 真っ白な柱、真っ白な床。そしてそこにいる人たちはごくごく普通に魔法を使って生活をしていた。

 連理学園は魔法の使い方と魔力の制御を学ぶ学校だというのに、い組はもう魔力制御ができるのは当たり前、魔法をより快適に使えるようにしているという、頭がおかしくなりそうな環境だった。

 魔力の羽を出して飛び回っている子に、廊下で普通に家具を浮かせてその上に座ってお茶をしている子。彼等の寮がひとりひとつなことといい、ここまで頭のおかしいことになっているんだと唖然としてしまう。


「ああ、来たんやね、澄子ちゃん」


 頭がおかしくなりそうな光景に唖然としている中、普通に羽を使って飛んできた渡真利くんに、私は少なからずほっとした。


「うん、来たよ。柘榴は?」

「柘榴くんなあ、今職員室。番申請出したら、い組の校舎から出入りもせなあかんからな」

「そうだよね……柘榴には悪いことした」


 私がそうポツリと言うと、渡真利くんは「まあ中庭行こか」と呼び、ひとまず私たちはい組の校舎の中庭へと行くことにした。

 真っ白なベンチに、桜の花びらがあちこちから舞っている。でも不思議と花びらが積もっていないのは、なにかそういう花びらを見せる幻術なのか、花びらを即時回収する魔法を使っているのか、私では判別着かなかった。

 ベンチに座ると、渡真利くんは「ほい、飲みぃ」とお茶のペットボトルを差し出してきた。それに私は一瞬「あれ?」となる。お茶のペットボトルは温かい上に、その蓋が開いているように見えたのだ。

 私はひとまずそのお茶で手を温めつつ、「それで」と口を開いた。


「私にいったいなんの用? 柘榴のこと……というのはわかるんだけど」

「せやね。自分、どうも柘榴くんのこと誤解しているみたいやし、今の自分の立場ようわかっとらんようやったから、声かけた」

「どういう立場って……ニワトリが幻想種と番契約するなんておこがわましいって、そういう話?」

「そんな一般庶民やっておるやろうけど、そんな幻想種はおらんと思うよ? まあ、自分のことがどうでもええやっちゃなら、ニワトリの自分が目の前をうろうろしているんは気に食わんやろうけどなあ」

「……一応聞くけど、渡真利くんはそうじゃないってこと?」

「だって自分、柘榴くんの番やし。なら嫌う理由あらへんやろう?」


 なんというか。渡真利くんはかなり柘榴が好きということだけはわかったけど。ならわざわざ私を呼び出した理由はなんだ?


「まどろっこしいな。結局、私を気に食わないの? どっちでもいいの? 柘榴に近付くなっていうんだったら、実践授業以外近付く予定もいないし、私から柘榴には会いに行かないけど」

「はあ……やっぱりわかっとらんなあ。番契約……特に、幻想種がわざわざニワトリを番にするなんていう意味は」

「なに? 一般庶民が求婚されたらまずいって話?」

「せやね。自分、柘榴くん。特に鳳家の嫡男に求婚されたって意味わかっとらんみたいやったから」

「……ごめん、私。貴族の家のこととか全然わからなくって……」

「まあ、一般庶民やったらそんなもんやね。鳳家は代々この国の守護職に立っとる。帝を守る魔法守護職なんて言ったら、いくら幻想種でもそう簡単に近付けへん。せやから、小さい頃からあっちこっちから狙われとった」

「……柘榴、そんな風に」


 私は今までの柘榴の言動について考えた。

 貴族や幻想種っていうのは連理学園に入学するまで会ったことはなかったけれど、彼等の家がどんなところかまでは考えたことがなかった。

 あいつは、名字で呼ばれるのを嫌がっていた。それは彼が生まれたときから鳳家の跡取りだから、それ以外の扱いを受けなかったからかもしれない。

 その息苦しさはなんとなくわかる。私が施設にいたとき、施設の職員は私のことを滅多に名前で呼ばなかった。管理するための番号で呼ぶから、学校に通っていたときに、先生から名字で呼ばれ、友達から名前で呼ばれ、それでやっと私は私だと認識できていた。

 私が黙り込んでいたら「せやからな」と渡真利くんが続ける。


「そんな柘榴くんが欲しいって思うんはよっぽどのことや。柘榴くんに近付く女の子は鳳家の金目当てか、帝に近付くための大義名分かで、家の命令でやってくる子ばっかりやったから。そんな柘榴くんが自分から手を伸ばすのは、ほんまに珍しいんや。せやから、そこだけはわかってほしいんや」

「……それ、私じゃなくってもよくない? 私は貴族のことわからない。幻想種のこともよく知らない。渡真利くんが思うほど、私は大した人間では……」

「ううん? 自意識過剰なんよりはだいぶマシやね。せやから、自分のことを試したいんやけど。せやからそのお茶、飲んで?」


 そう促され、私は黙り込む。

 開いてるお茶……。なにかしているの?

 私はおそるおそるそのお茶を飲む……味自体は普通だけれど、お茶には苦みがあるから、なにか入っていてもわからない……。

 私が飲み終わったのを確認し、「ああ、せや」と渡真利くんが言う。


「僕、実は姑獲鳥《うぶめ》の両翼やねん」

「……っ!!」


 その言葉で、私は思わず口に指を突っ込んで、必死で飲んだお茶を吐き出そうとする。

 姑獲鳥。幻想種の一種であり、羽に毒がある……その猛毒は簡単に人を死に至らしめると知られている。

 その場で一気に戻したものの、それでも毒が全部吐き出せたのかはわからない……。

 私がその場で吐き出したのを、渡真利くんはブラックホールのような目を開けて、じぃーっと見つめていた。


「判断力、学習力は満点やね。危機管理能力は少々低いみたいやけど……」

「ど、うして……! 毒盛るほど嫌ってるなら、どうして私に番を解消するように言わなかったの!?」

「僕言うたと思うけど。これは試験やねん。君が柘榴くんにふさわしいかどうかを。僕のこと対処できんかったら、これから起こるやろうことに、自分対処できんから、なにもわかっとらん内にこの学校退学したほうがマシや」

「退学なんて、できる訳ないでしょう!? 魔力がなくっても、しがみついてでも、この学校卒業しないと意味がないの!」

「うん、その根性はたしかに柘榴くん好きやろうなあ。でもまだ足りん。せいぜい、僕を満足させて合格やって言わせてえや」

「……っっ!!」


 ……落ち着け。私は今聞いた渡真利くんの言葉を頭の中でリピートさせる。

 毒の強弱はこの時点ではわかってないけれど、少なくともこのままだとまずいことだけはわかる。私は脈を抑えて確認する。脈は正常、体温も上昇してない。体には負担がかかってない。

 だとしたら……この毒の本質は呪い。

 呪いについては、多分座敷牢の図書館で調べれば、解呪方法がわかるはず。解呪の薬自体は、魔力がなくっても、薬草学と呪学の知識でなんとかなるはず。

 私はそこまで考えると、立ち上がって走りはじめた。

 それを渡真利くんは満足して見送った。


「うん、せいぜい気張りや」

「ひどい! そういう体使った試し行動とか、絶対によくないと思う!」

「せやね。僕だったらそんなことする奴嫌うわ。でもなあ」


 彼は糸目に戻って、人懐っこい笑みを浮かべた。


「友達が好きになった子がろくでなしで、友達の人生無茶苦茶にされたら嫌やろう?」


 本当に。友達思いがいき過ぎて絶対に間違えてるやつ……!!

 普段はもっと時間がかかるはずの座敷牢まで駆け上る足も、今は命かなにかがかかっている以上は自分の披露にかまけている訳にはいかなかった。

 私が座敷牢に戻ると、私が必死で走って帰ってきたのを驚いてつばめちゃんと真智ちゃんが見ていた。


「お帰り澄子ちゃん……どうしたの?」

「うちの図書館って、呪い関連の本どこにあるの!?」

「呪い? 図書館に入った右の棚が呪術コーナーだけど……」

「ありがとう!」

「ちょ……澄子ちゃん昼ご飯どうするの!?」

「全部終わってから食べる!!」


 多分これ、私の呪い内容を周りに言っても駄目なやつだ。渡真利くんがどうやって確認するかまでは知らないけど。

 でも、図書館で出会った人に呪い関連のことを聞くまではセーフだと思う。

 図書館では案の定鶴丸くんが本を読んで勉強していたけれど、私が大きな音を立てて転がり込んできたのにはさすがに驚いたみたいだった。


「澄子さん? どうかしましたか?」

「鶴丸くんごめん! 呪い関連の本、ありったけ出して!」

「はい?」


 解呪、してやろうじゃないか。

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