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比翼連理の翼を得て  作者: 石田空
飛べない鳥はニワトリだ

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3/25

幻想種の言い分

 鳳くんの言い分に、私は額に手を当てた。


「……ええっとね。あんたの申し出はありがたい。それは事実。私も番にパートナー解消されたし、新学期になったら間違いなく詰む」

「だろうな。一般庶民は特に」

「というより、私、さっき真智ちゃ……ルームメイトに教えてもらうまで知らなかったんだけど。幻想種と番契約するのって、イコール求婚だって。私たち初対面だよね? なんでそんな大事になっている訳?」


 それなんだよなあ。

 私からしてみれば、これ以上嫌がらせされても困る。放逐されずにお情けで学校に置いてもらっている以上は、連理学園を退学せずに卒業したい。座敷牢に行こうがと組送りだろうが、卒業の前では些末なことだ。誰も資格を裏切れない。

 私の言い分に鳳くんは顎を撫でて、私をちょいちょいと指で呼んだ。私は犬じゃないぞ。むっとして無視していたら「だあ、もう。そこ座れ」と言い出す。

 私は渋々、彼の斜め向かいに座った。


「なんで距離を取る」

「たくさん寮生見てる前でおかしなことされたら困るからですけど!?」

「警戒心の塊か……それだが。調べた限り、お前結構難儀な生き方してるな?」


 そう言われ、私はギョッとする。

 ……鳳くんと別れてから、そこまで時間経ってない。どこまで調べた?


「……なんの話よ」

「お前の出身施設に問い合わせた。ずいぶんな嫌がらせを受けて受験を成功させたようじゃないか。これじゃあお前が人間不信気味になっても、俺様たちみたいな幻想種と距離を置こうとするのも頷ける」


 おい、結構調べてるじゃないか。

 私はちらっと台所を見た。皆カウンター越しに心配そうに見ているものの、幸いにも薪のかまどのおかげでこちらまで近付けないらしく、話の内容も聞こえてないようだった。

 私は腕を組んで鳳くんを睨んだ。

 ここで脅迫を受けたって、ちょっとやそっとじゃ番契約なんてしないぞ。


「なによ。それを全部学校生徒にばらすから言うこと聞けっていうの? 冗談はやめて。私はここを卒業しないと後がないの」

「失礼な。自分の生き様を恥じてない人間をむやみやたらと同情してどうずる。憐憫は自己満足だ。俺様はそのお前の根性を気に入ったと言っているんだ」

「……うん?」


 鳳くんは行儀悪く肘を突いて、私のほうを見てきた。派手派手カラーリングは、ひと昔前の古めかしいを通り越してボロい食堂にはずいぶんとミスマッチなものの、基本的に薄暗い座敷牢では彼のカラーリングは発光して見えるから、不思議と不快感はない。


「俺様たち幻想種がむやみやたらと番を取らないし学園でも免除の対象になっているのは、俺様たちを狙おうとする輩が問題を起こすからというのもある。そもそも、今でこそ番になるというのは魔力の制御のための練習だが、本来神話では互いの魂の半分を差し出すというものだ。貴族になれば贅沢ができる、貴族になれば楽になれるみたいな輩に迫られても困る。だからよほどのことがない限りは、俺様たちも番を持とうなんて思わない」


 もっと馬鹿とか行き当たりばったりかと思っていたら、意外とまともなことを言い出すのに、私は口をあんぐりと開けていた。

 台所からはだんだんいい匂いが漂ってきた。多分これ、酢豚だ。おいしそう。

 お腹が空いたなと思いながらも、食事がはじまるんだから鳳くんにはさっさと帰ってもらわないと困る。


「……あんたの言い分はわかった。なんか知らないけど私を気に入ったというのもわかった」

「そうか、わかってくれたか。なら契約……」

「でも私。残念ながら本気であんたのこと知らないから、番契約申し込まれて、ましてやそれが求婚だと言われても、困るんですけど」

「なぜ? 授業受けるとき、いつでも俺の力を借りれるんだぞ?」

「だからね、そういうの。そういうのがすっごく困ると言っているの」


 鳳くん、人間が欲に取り憑かれたら面倒臭いというのはわかっている割に、嫉妬に狂った女子の面倒臭さは理解足りてないな。


「私はここをなんとか穏便に卒業したいの。揉め事増やしたくない。あんたみたいな有名人と番になってみなさい。私、明日から靴には画鋲入れられるし、体操服はゴミ箱行きだし、頑張ってまとめたノートは焼き芋パーティの燃料よ」

「具体的だな」

「陰険な人間は、自分をみじめな気分にさせた相手にはなにをしてもいいってスイッチが入るの。あんたは陰険な人間のこと、なにもわかってない。だから私はあんたと番になるのは困る。お断り」


 私がきっぱりと手をバツにして言い切るものの。


「あのう……」


 食事当番だったつばめちゃんが、おずおずと声をかけてきた。


「そろそろ夕飯の時間で……」

「ああ、すまんな。俺様もそろそろ立ち去る」

「鳳くんもよかったら食べてく?」


 なんでつばめちゃん鳳くんを食事に誘うのかな!?

 私が口を開けている中、つばめちゃんは困った顔をしながらも愛想笑いを浮かべる。


「その……貴族と一般庶民は違うから、お口に合わないと思うけど……」


 ああ、そういうことか。私はつばめちゃんの意図に気付いた。

 貴族と庶民の差を思い知らせて、価値観が違うと諦めてもらうつもりなんだ。私はつばめちゃんに手を合わせると、つばめちゃんは小さく手を振った。

 今日の夕飯は酢豚に大根の漬物に、わかめの味噌汁、麦ご飯。酢豚はパイナップルが入っている。私は好きだけどこれって好き嫌い大きいよね。

 鳳くんは見た目からして、もっと豪快にがっつくかと思いきや、綺麗な箸使いで食べはじめた……うん?

 綺麗な箸使いで、酢豚も味噌汁もご飯も、漬物だって全部食べ終えてしまった。


「ごちそうさま」


 きちんと手を合わせて食べはじめ、きちんと手を合わせて食べ終えた。

 ……育ちがいい! 私は思わずびっくりしてしまった。施設では油断していたらクソガキに「ちょうだいちょうだいちょうだい」攻撃を受けるから、自然と食べるのが早くなったし、施設の先生たちに「意地悪しないで小皿ひとつくらいあげたら」とか言われるから、がっつくことで聞こえませんアピールをしないといけなかった。

 そうか、育ちがいいと普通に「いただきます」も「ごちそうさま」もするものなんだと、カルチャーショックを受けてしまう。


「これをつくったのは?」


 鳳くんが言い出すと、今日の食事当番たちが出てきた。鳳くんは皿を全部片付けて流しに置くと「ありがとう、美味かった」と言ってから、私のほうに振り返った。


「それじゃあ、また来るぞ……あーたしか、高海だったな?」

「……高海は名字。名前は澄子だよ」

「そうか、じゃあまた来るぞ、澄子」

「いや、もう来ないでよ、鳳くん」

「柘榴《ざくろ》」

「はい?」


 鳳くんは振り返った。


「その鳳くんというのは、なんというか嫌だ。柘榴だ。身内からもそう呼ばれている。柘榴と呼べ。くんはいらん」

「……柘榴? う、うん……」

「じゃあな」


 そう言って普通に帰っていった。途端、バサリという音が響いたから、私は窓の外に寄った。


「……あ」


 そこで私は彼の翼を初めて見た。

 夜にもかかわらず、柘榴の翼は赤く爛々と輝いて見えた。

 そういえば、幻想種は別名両翼……本当に番なしで魔力をあれだけ制御して使えるんだと、さらりとした使い方で、しばらく見守ってしまった。

 ……絆されてどうするの。ただでさえ、既に座敷牢の皆に迷惑かけちゃったのに。


「いやあ……鳳の幻想種って、本当に光るんですねえ」


 そう言いながら私の隣で窓を見上げている子がいた。

 真っ白な髪に分厚い黒縁メガネ。トレーナーにデニムと、かなり文学青年風の出で立ちだった。


「ええっと、あんたは?」

「ああ、申し遅れました。僕は星影鶴丸《ほしかげつるまる》と言います。魔法考古学を勉強してるんです」

「はあ……」

「いかんせん幻想種は秘密主義過ぎて、貴族に取り入って資料を見せてもらうか、なんとか公式文を確保して読まないとわからないことが多くって……鳳くんは鳳一族の御曹司なんで、知り合いになれば、なにかと調査も進むと思いますけど……」

「ちょっと鶴丸くん鶴丸くんっ、初対面なのに澄子ちゃん困っちゃうからその辺でっ!」


 鶴丸くんの長い演説を、私は半分もわかってない顔で聴いていたら、慌ててつばめちゃんが飛んできた。


「ごめんね、鶴丸くん。思いついたことは全部口にしちゃうから話が長くって……私の番なの」

「あれ? そうだったんだ……でもそんな考古学専攻していても、座敷牢に?」

「あっはっはっ! 理論は完璧なんですけどね! 実践はもう、全然からっきしで! でも幸いにもここには連理学園の迷家時代の資料をあらかた見られるんで、寝る間も惜しんで図書館に通い詰められます! ここは天国!」

「本当に一年のときは、出席日数ギリギリで留年しかけたからやめてね。私、鶴丸くんとはちゃんと一緒に卒業したいからね」

「あっはっはっ! つばめさんありがとう!」


 どうもこのふたり、なんだか会話がポンコツだけれど、奇跡的に噛み合った番なのかもしれない。

 一方真智ちゃんは慌てて飛んできた。


「澄子ちゃん澄子ちゃん、鳳くんに気を持たせるようなこと言っちゃ駄目だったら」

「ええ? そんなつもりは……」

「名前呼びなんて、仲良しっぽいじゃない」


 そう真智ちゃんに言われたものの、私からしてみるとピンと来ない。


「別に仲良しになりたいから名前呼びにしたつもりはないんだけど」

「ええ……」


 あからさまに真智ちゃんに嫌な顔をされてしまったけれど。

 私はもう見えなくなってしまった窓の向こうで、炎のような翼を広げて去って行った柘榴について思った。


「……鳳くんって呼んでほしくなさそうだったから。本当にそれだけだったんだけど」

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