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比翼連理の翼を得て  作者: 石田空
花嫁の選ぶもの

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24/25

覚悟の決闘

 私の叫びに、グラリと視界が歪む。


「……どうして、幻覚だとわかったんですか。あれに防御魔法をかけられていたとしても、打ち破られるものでは」

「私、あなたが思っている以上に悪意に慣れてるから。人って羨ましいのをすぐズルいって思うようにできてるから」


 視界が崩れたところで、元の座敷牢に戻った。

 廊下の外は騒然とし、ずっと私の部屋の戸をガンガン叩かれているのがわかる。


「澄子ちゃん、澄子ちゃん、大丈夫!?」

「ごめん! 寝てた! これどういう状況!?」

「わからない……澄子ちゃんが部屋に戻った途端、澄子ちゃんの部屋の周りに結界が張り巡らされて……部屋に戻っていた子たちも廊下に出られなくなって閉じ込められてるんだよ!?」

「なるほど……」


 あれか。私の寮室の周り一体に結界が張られたせいで、寮が真っ二つに分断されている状態なんだ。

 私は外に出られない。つばめちゃんはかろうじて廊下に出ていたけれど、寮どころか廊下を通り抜けて食堂にも浴場にも出られなくなって立ち往生している状態か。

 なんてことしてくれたんだ、高藤くん。そもそもこれ、いったいどういう魔法の原理!?

 私が頭を掻きむしっている中、窓の外から怒声が響いた。


「澄子、しゃがめ!!」

「なんか来る! 廊下から離れて!!」


 怒声と同時に私が叫び、つばめちゃんたち廊下に結界で閉じ込められた子たちも慌てて私の部屋を離れる。

 途端に窓から火の矢が飛んできて、廊下と私の部屋ごと焼き払いはじめた。

 またか! また私の部屋燃えてるのか! これ爺やさんの修繕魔法で直る奴なんだよな!? 私は鞄に立てかけていた荷物をまとめて鞄に突っ込むと、やっと割れた結界から廊下に飛び出した。


「澄子ちゃん、無事!?」

「なんとか……柘榴!! 助けてとは言ったけど、無茶し過ぎ!」

「すまん。座敷牢の澄子の部屋周りだけ光の結界を張り巡らされていたから、それを全部取っ払うには建物ごと焼き切るのが一番手っ取り早かった」


 そう言いながら寮の窓縁に足をかけかけた柘榴だけれど、次の瞬間、手を大きく掲げて薄い炎の膜を張った。途端になにか光がチカッチカッとほとばしる。


「な、なに……?」

「高藤、いい加減にしろ。俺様の番に、呪いだけでなく魔眼まで使ったな? 俺様が澄子の防御魔法をかけてない訳ないだろう」

「高藤くん……?」


 やがて、光のチカチカする瞬きが集まり、白ランの高藤くんの姿を取った。バサリバサリと大きな羽をはためかせる。その羽は気のせいか光で発光していて、眩しくて目でずっと見ていられない。


「……鳳くんとは相性が悪いですからね、私の魔法は」

「当たり前だ。我が家は代々守護役だ、何事も守るのには強い。お前と一緒にするな」

「澄子さんを傷付けず、安全に番の解消を選んでほしかっただけですが」

「人の番の心を弄ぶな、不愉快だ」


 普段だったらここまで敵意を剥き出しにしない柘榴が、羽から火花を撒き散らしながら怒っている。そして。

 あまりにも眩しくて見ることすらできない高藤くんが、私の人生を歪めて、私からなにもかもを奪い取って、あまりにも悪びれることなく私を番にしようとしていた……そのことが信じられなくって茫然とする。

 普通に人の心がない。


「……どうして、高藤くんは私からなにもかもを奪ったの……」

「八咫烏を花嫁にすることは、一族に強い繁栄を招きます。高藤一族としてみれば、八咫烏をぜひともわが一族の花嫁に迎え入れたかった……本当にそれだけなのですよ」

「それって、私じゃなくって、他の八咫烏でもよかったのでは……?」


 あまりにも身勝手極まりない物言いに、私は思わず反発するものの、彼はあまりに綺麗な目でなにもわかっていない顔をした。


「八咫烏は稀少です。探せば見つかるものではありません。あなたは本当に偶然に見つけた羽化する前の八咫烏でした。保護しようとするのは、当然では? その男のように、情に絆されて回りくどく外堀を埋めて花嫁として迎え入れようとするのとでは訳が違う」

「いやいやおかしい! おかしいよ高藤くん! 多分柘榴のあれこれは正攻法だったよ! 多分! 私が幻想種の常識知らないから好き勝手言ってるけど!」


 思わず私が窓縁から顔を上げるものの、私が身を乗り出そうとするのを、慌てて廊下にいたつばめちゃんが私を引っ張る。


「澄子ちゃん澄子ちゃん、危ないから! 図書館に避難しよう!」

「でも! 柘榴がまた決闘って……!」

「鳳くんは澄子ちゃんを守りに来たんでしょうが、結界が生きてる図書館のほうが安全だから、ねっ!?」

「……わかった。柘榴!!」


 柘榴は普段だったら絶対に振り向くのに、全く振り向かない。

 ……あれだ、真智ちゃんのときは、真智ちゃんが幻想種に羽化したてだったから、私を連れ出してもまだ余裕があったし、むしろ風から私を守るためにも一緒にいたほうがよかったんだ。

 でも。高藤くんは私を無理矢理羽化させた張本人であり、生まれながらの幻想種。光と魔眼を使うってところまでは私もわかっていても、彼がなんの幻想種なのかわからないし、柘榴から余裕が消え失せるほどの相手なんだ。

 ……私のせいで起こった決闘とはいえど、邪魔はできない。


「私の番は、柘榴。あんたただひとり! 私の番を勝手に解消しないでよ!」

「わかっている。危ないから、早く図書館に行け」

「うん!!」


 それだけ言うと、私はつばめちゃんに連れられ、他の廊下に閉じ込められていた子たち、無理矢理寮を真っ二つにされて動けなくなっていた子たちと一緒に、一斉に図書館まで走って行った。

 普段だったら「廊下を走らない!」と言っている寮長すら「急いで図書館に!!」と叫んでいる。

 私たちは急いで結界の生きている図書館に閉じこもって、身を潜めることになったのだ。


****


 空にはふたりの幻想種。

 ひとり。燃えるような赤い髪を靡かせ、白ランで怒りに打ち震えた翠の瞳を光らせる青年。赤い羽からは火の粉がポロリポロリと溢れている。

 ひとり。煌びやかな金糸の髪を靡かせ、白ランを纏って赤い瞳で宿敵を見据える青年。羽は本来ならば白いものの、彼の魔法の特製でずっと光を放ち続け、幻想種でなければ見つめることができない。


「もう澄子は結界の向こう側に行った。待たせたな」

「別にこのままでかまわなかったのですが」

「抜かせ。そもそもあそこは連理学園の旧校舎だ。それをむざむざ焼き払う訳がないだろう


「私からしてみれば、それが不思議なのですがね。新しいもののために、古きものが消え去るのは当然では?」

「その考えは好かん」


 命は手をかざすと、光の玉をつくった。それが一気に柘榴を襲いはじめた。柘榴はそれを羽を千切って火の粉を撒き散らして相殺させる。

 光。炎。光。炎。

 本来、光速で飛ぶ命を追うのは不可能なのだが、柘榴はそもそも炎の魔法をもっとも得意とする。光の速さは光を維持できなければ使えない。彼がわざわざ空気中の酸素を燃やし続けることで、光をわずかに曇らせ、彼の光速移動を阻み続けていた。

 ふたりは先読みのチェスのように、互いの手札を推測し続け、それを相殺して戦うことで、なにが起こっているのかわからない戦いを繰り広げていた。


「澄子さんはあなたの元にいなければ、従順な素晴らしい花嫁になったでしょうに。私の幻術を破ったあれは素晴らしいものでした。自分で幻術を解けないと判断したときの、自分の手札を読み切る様。本当に伴侶としてふさわしい」

「いい加減にしろ。澄子の根性を侮るな。お前はあれを不愉快にするだけ。さっさと退散しろ。そもそも、お前は澄子がなにが好きでなにが嫌いで、なにを諦めきってなにを諦めないか、なにも知らない癖に勝手なことばかり抜かすな」

「あなただって、彼女のことを知ってからそこまで日は経ってないでしょうが。彼女が番解消した途端に番の申し込みをしたあなたにだけは言われたくありません」

「ふざけるなよ。俺様は、澄子がニワトリだろうが一般庶民だろうが、施設出身だろうがそうじゃなかろうが、番の申し込みをして手元に置く気があった。あれの性根を曲げないようにしたかった。俺様は嫌われてもかまわん。あれが俺様のことを見放してもそれは仕方なかったと思う。だが、あの女が自分を諦めることだけは認めない」

「……理解ができませんね。澄子さんの八咫烏以外の部分に惹かれているというのですか? 鳳一族の嫡男が?」


 高藤一族は共命鳥《ぐみちょう》の一族だ。鳳一族が帝の守護役の一族ならば、高藤一族は帝の墓の守人の一族であり、帝の命で簡単に人の命も己の命も捨てるという一族。

 そしてその命の軽さは一族自身にもおよび、彼等は血で血を争う戦いの果てに当主を決める。命が当主になったのも、同年代の者たちを根こそぎ社会的に抹殺した末だった……社会的な意味で殺されなかった九郎は、そもそも運がよかっただけだ。

 だからこそ、高藤一族の人間では、鳳一族の強さも弱さも、伴侶を選ぶ価値観も理解が足りない。理解ができない。

 柘榴は命を見据えた。


「あれには根性がある。根性とはな……生きることだけは絶対に諦めないということだ。お前の一族のことは知っている。その生き方にも価値があるだろう……だがな、澄子を巻き込むことだけは絶対に俺様が認めない」

「……あなたは、あなただけは……絶対に認めません……!!」


 本来ならば、空気中がこれだけうっすらと曇っていたら使えないが、それでも命は指先に光を集めた。

 光線は森を割き、柘榴を殺そうと鋭利な刃と化すが、それでも柘榴は炎を膜をつくり、当たりの大気を燃やしながら笑った。


「好きな女が壮健でいるのを見るのは、ベッドでまどろんでいるのを見るのは、案外いいものだぞ?」

「……っ、あなた、まさかもう手を出したのですか!?」

「出すかあ! 惚れた女と一緒に寝て、なにが悪い!?」


 光と炎が纏う戦いではあるが、やっていることは惚れた女を巡っての対峙であり、一族のあり方の違う幻想種同士の闘争であり、いくら結界の修繕機能で直るとは言えども寮が真っ二つに割れての怪獣戦争である。

 だが、十代の青年たちの吐露であることは、間違いないことだった。

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