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比翼連理の翼を得て  作者: 石田空
番の催促

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18/25

ダンスを踊る

 やがて馬車が停まった場所に、私は「わあ……」と声を上げた。

 白亜の白に大きなバルコニー。遊歩道には季節から考えたらまだ早い白バラ。光の玉がポワポワと浮いているのは、どこかで専門の装飾魔道士がいるんだろう。

 貴族たちは、それぞれドレスアップして、馬車から降りては会場に吸い込まれていくのがわかる。


「澄子、行くぞ」

「うん」

「キョロキョロとしたい気持ちはわかるし、俺様も初めて来たときは、ここをずっと物珍しげに見て窘められた。見たいならば、挨拶回りが終わってから俺様が案内するから、今は俺様の傍にいてくれ」

「うっ、うん」


 柘榴は思っている以上に場数を踏んでいるし、失敗もしてたんだ。

 そのことになんとなく親近感が湧き、私は柘榴に差し出された腕になんとか捕まって馬車を降りると、そのまま会場へと向かっていった。

 ところで。私のほうを談笑していた人たち人たちが振り返って驚いているのはなんでだろう。

 あれかな、柘榴が番を連れてきたことに驚いているのかな。鳳家は帝に使えている家系だって知られているから、そこの嫡男の柘榴が親戚以外の女連れてきたら大騒ぎになるのかも。

 なんて思ったけれど、なんか柘榴を見るよりも私のほうをジロジロ見てくるんだよなあ……なんだろう。

 私はわからないまま、ちらっと柘榴を見た。

 やがて、「鳳様」と声をかけてきた人がいた。何歳かわからないけれど、ロマンスグレーという奴だろうか。壮年が白いスーツを着ても着せられている感覚になりかねないのに、スタイルがしっかりしているせいか、着こなしている感がする。その上にローブをかけているから、帝付きの魔道士のひとりだろうかと、社交界の階級について詳しくない私は頭にいろいろ浮かべてみても、いまいち理解が足りなかった。


「あのさあ、柘榴にドレスを見繕ってもらったのに、私そんなに似合わないかな?」

「いや? むしろ俺様が番を選んだから、それでお前の美貌に惚れ惚れとしているだけだろうさ」

「そんな……化粧は小百合さんに綺麗にしてもらったからだし、髪だって佐代里さんに丁寧に巻いてもらったから見違えているだけだよ。すっぴんだったら普通だよ、普通」

「そんなことを言うな。そろそろ着く。しゃべってもいいが、あまり口を大きく開かないように」


 それに私は思わず口元を抑えた。

 着いた先は、魔道士が待機して、踊るシャンデリア。そのシャンデリアの下ではオーケストラが演奏し、さらに中央のダンスフロアでは、ドレスを身に纏った人たちが踊っている。

 その中、その光景を特等席で見守っている人がいた。

 ……玉座。どう考えても帝だ。

 たしか帝は代替わりしたばかりで、年齢は私たちと同世代だったはずだ。髪は真っ黒な濡れ場のような艶を帯びた髪。着ているドレスコートは特注品なのか、銀色の刺繍が施されていて綺麗だ。

 柘榴が小さく私に伝える。


「あれが帝だ。挨拶に向かうぞ」

「私、なにか言ったほうがいい?」

「特にないが……おそらく帝からはひと言ふた言、言葉を賜ることになる。それに返せばいい」


 そんな頑張ってアドリブしろみたいなこと言われても。私はそう思いながらも、なんとか今までされて一番嫌だったことを思い返し、それに比べればただ緊張するだけって楽だよなと自分を励ましながら進んだ。

 帝の前に着いたら、柘榴は丁寧な礼をして挨拶をした。私は慌てて一緒に頭を下げるものの、ドレスの裾を持って挨拶をすればいいかがわからず、とりあえず手を前にして裾を抑えながらの挨拶になった。


「陛下、今宵は我が番の同行を許可してくださり、誠にありがとうございます」

「うん柘榴。顔を上げて。鳳家にはずっと面倒を見てもらっているからね。それにしても」


 私が顔を上げればいいのかわからず頭を下げたままにしていたら、柘榴から「もう顔を上げてもいい」と言われて、ほっとして頭を上げる。

 帝を見て驚いたのは、声を聞いても、ただ正面に座っているだけでも、手を合わせたくなるほどありがたい雰囲気を纏っているということだ。

 これが神話の頃合いから残っている帝の血筋の成すものなのか、妙な懐かしさが込み上げるからなのか、私にはわからず、ただ胸元で手を押さえてキュッと握り込むことしかできなかった。

 顔つきはあっさりとしているせいなのか、威厳というよりも妙な慈悲深いオーラをそこかしこに出しているように見えた。


「まさか形式張った番を見繕ってきたのかと思っていたのに、わざわざ青いドレスを選ぶなんて……よっぽど気に入ったんだね」

「ええ。自分にはもったいないほどの伴侶です」


 そううっすらと笑みを浮かべながら、日頃妙に偉そうな柘榴が丁寧な口調でしゃべっているのを、私はなんとなく鳥肌を立てながら眺めていた。

 それにしても。青いドレスを選ぶと本気って、どういうこと?

 幻想種については、私はあまり勉強していない。そもそも幻獣は今の時代だとほとんど見ないし、せいぜいここまで連れてきてくれた天馬くらいしか人間と共存の道を選んで保護されているのはいなく、残りはいなくなったのか絶滅したのかわからないけれど、少なくとも現代では見なくなってしまった。今だと幻想種イコール貴族って称号だから、魔道士になる授業でもはしょられることが多いし、鶴丸くんみたいに調査研究をしている方が少ないんだ。

 だから柘榴の実家の鳳家が関している幻獣のことも、私はよく知らない。

 私が考え込んでいる間も、帝は丁寧に柘榴に話しかけていた。


「それにしても……わざわざここに連れてきたということは、彼女を守る気があるということだね?」

「もちろんです。そのためにあなたに会わせたいと思ったのですから」

「そうだね……君の名前を教えてもらってもいいかな?」


 突然話を振られ、私は少しびっくりしてしまった。喉が知らないうちに緊張したのか、声帯が震えて上手く声が出ない。


「……高海澄子です」

「なるほど、澄子か。君はこれから、たくさん出会いがあり、その都度衝撃を覚えることがあるかもしれない。でもどうかくじけないでほしい。君は選ばれ認められてここにいるのだから、決して自分を卑下しないでほしい。どうか君に祝福がありますように」


 私はその言葉の意味がちっともわからなかった。

 既に私の周りにはすごい勢いで幻想種が集まり、これ以上まだ衝撃を覚えることがあるのかとさえ思うものの。

 帝の言葉は、別に魔法でもなければ、暗示、幻術の類いですらないのに、ただただありがたく、思わず手を合わせそうになるのを手を組んで堪え、私は「ありがとうございます」と絞り出すように伝えて自分を騙し通したのだ。

 柘榴はニコリと微笑み、「ありがとうございます」と言って私の腕を取った。

 帝は微笑む。


「それじゃあ、ダンスフロアで踊ってらっしゃい」

「はい、ごきげんよう」

「ご、ごきげんよう」


 私は柘榴に着いて帝と離れると、途端に体中がふにゃふにゃになった錯覚を覚える。いったいどれだけ緊張していたんだ。


「い、今の……あの……本当になに?」

「うん? 澄子はなんのことが聞きたいんだ?」

「全部だよ、全部! 今日はそもそもなんで帝に挨拶に行ったの? そもそもドレスの色からして本命ってなに? 私、そのまま柘榴と結婚することになるの? それってもう騙し討ちじゃない? ねえっ!」


 そう言っていたら、柘榴に手を取られて腰にも手を回される。音楽が流れると、そのまま踊りはじめた。私は踊りなんて全然わからないのに、柘榴が小さく「腕を伸ばせ」「そこで回る」「そのままもたれる」「俺様にもたれていればそれらしく見える。足を踏む踏まないは気にしなくていい」と言われ、そのまま私はされるがままになる。

 私がダンスに慣れた頃、やっと柘榴が口を開いた。


「帝に挨拶に行ったのは、お前の保護のためだ。ドレスの色は鳳凰から取っているから、それで鳳家の番だというのがひと目でわかるしな。結婚するかどうかは、お前に判断を委ねる。そもそもお前が自分で自分を守る手段を確立できないことには、俺様の保護下に置かないと危ない」

「……それってなに? 私の周りに幻想種が集まるのと、なにか関係があるの?」

「……それにはお前が酷で答えられない」


 まただ。私はなんとも言えなくなってしまった。

 柘榴は明らかになにかを知っている……それこそ、番契約を交わした際に、なにか言いたそうにしていたものの、そのまま黙り込んでしまってからずっと怪しい。

 でも。渡真利くんみたいにわざわざ警告くれた人もいたし……私のことを調べている鶴丸くんやつばめちゃんは、間違いなく私の味方だ。座敷牢の皆も……多分味方。

 私が施設にいた頃、私が魔法の素質があると知られた途端、今まで仲良かった子たちも、可愛がっていた年下の子たちも、突然豹変してしまった。


「お前だけいい思いして!」

「ひとりだけ幸せになろうとして!」

「ずるい! ひどい!」


「どうして一緒にみじめったらしく生きてくれないの……!!」


 それは私にとって、言ってくれるだけまだマシなようなものだった。

 人は自分と同じだと思っていた人が自分の上に立つことに耐えきれない。

 学校では施設出身の私は腫れ物に触るような扱いをしてくれたし、時にはやけに親切な子が私にあれこれと教えてくれたけれど、皆が皆、つばめちゃんのように心底優しい子ではなかったし、私に「好き」と言ってくれた真智ちゃんのような一途な子でもなかった。


「だって可哀想な子に優しくすれば、内申点が上がるでしょう?」


 現実において、そういうのが一番多いんだ。

 だから言ってくれるほうがマシだし、影であることないこと言われるよりもまあいっかと諦めるしかなかった。

 仕方ない。しょうがない。人間は綺麗じゃない。

 連理学園に入学できた時点で、私のラッキーはもう潰えたと思っていたから、魔道士の資格を取れるまでは、私の猶予であって、残りの人生は余生だろうと諦めることができた。

 私に番契約申し込んでくれた九郎だって、未だに気にかけてくれているのに。九郎のファンには私はさんざん嫌われたし、魔力がなくなって以降、九郎を取られたと思った子たちからはこぞって攻撃された。

 人間なんてそんなもんだと諦めたかったけれど、柘榴が私に向けてくれた優しさを、私は嘘やハリボテだなんて思いたくなかった。

 幸せになると、また失われるんじゃないかと思え、それが怖い。

 親切だと思った人は私を下に見ていることも、仲いいと思った人が豹変して攻撃してくることも、パートナーに選んだ人にさよならを言われることも、そんなもんだと諦めがついた。

 諦められない未練が募るのは、本当に怖いんだ。

 私がなにも言えなくなって俯いた中、柘榴はふいに私の髪を撫でた。そして少し巻いて垂らした髪を指先にくるくると絡める。


「恐れるな。怖がるな。俺様を信じろ」

「……あんたはいっつも簡単にそういうこと言うよね」

「番を悲しませたくないだけだ。俺様もそういうことには慣れてない」


 そう言われた。

 ……そういえば。柘榴もずっと、利用しようとしてくる人しか寄ってこなかった、それこそ渡真利くんくらいしか友達がいないと言っていた。

 案外似た者同士なのかもしれないと、今更気が付いた。

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