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比翼連理の翼を得て  作者: 石田空
羽化する想い

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14/25

束の間の日常

 ホットレモネードを飲んでひと息。

 あれだけ眠れないと思っていたのに、それでも寝落ちてしまったのは、いろんなことが起こり過ぎてキャパシティオーバーになってしまい、体が強制終了を求めていたからだろう。

 目が覚めたら、チチチとスズメの鳴き声が響き、私はやっと目を覚ました。

 こんなにギチギチとスプリンクが嫌な音を立てないベッドも、ふかふかの布団も初めてだった。体がどこもかしこも軽いのは、寝たら健康になってしまうベッドだったからじゃないだろうか。

 私が起き上がると、個室に備え付けの洗面所で顔を洗わせてもらい、制服に着替えて一階に降りた。


「おはようございます」


 そう挨拶をしてくれたのは、たしかに座敷牢に来てくれた魔法修繕師さんの爺やさんだった。私はぺこりと頭を下げる。


「おはようございます。いきなり押しかけたのにありがとうございます。あの、座敷牢の修繕作業といい、一泊といい、本当にすみません……」

「いえいえ。坊ちゃまが番った方ですから。坊ちゃまは姑獲の坊ちゃま以外とはなかなかご学友もできず、なにかにつけて妬まれたりトラブルに巻き込まれたりしておりましたから、あなた様がなにかに付けて巻き込まれるのは他人事と思えなかったのでしょう」

「それは……柘榴は、あんなにいい奴……なのに?」

「ありがとうございます」


 爺やさんはそりゃもう、好々爺のいい笑みを浮かべた。


「坊ちゃまをそう見てくれる人がいて、本当に嬉しいです。どうか、これからも仲良くやってくださいませ」

「はい……」


 その言葉の中、爺やさんは「それでは朝食をつくりますので、お待ちくださいね」と調理台に戻っていった。

 私はひとまず柘榴を起こしに行こうかと、柘榴の部屋に出かけた。一緒にホットレモネードを飲みに行ったときに戻った部屋はここだと思うけど、ここで起こしていいのかな。なんかローテーションとかあるのかな。

 私はそう思いながら彼の部屋の扉を叩くかどうかを迷っていたら。扉が薄く開いた。


「うん……? ああ、澄子もう起きてたか、おはよう」

「……おはよう。あんたは結構寝汚いのね。意外というか」

「昨日は寝ていたところを飛んでいったんだから、あんまり言うな」

「ああ……私のせいか。ごめん」

「まあ、いい」


 柘榴はきちんと白ランに着替え、くわりとあくびを噛みしめると、私の頬に手を伸ばすと、そのまま唇を奪ってきた……なんでこんなにナチュラルにできるんだよ。


「なんでいきなりキスするの!?」

「あんまり照れるな。守りの魔法を使うのは番として当然だろう?」


 そう言って目を細めて笑う。まあ……彼が私に使った防御魔法がなかったら、私はなにもわからないまま番契約を書き換えられていたんだから、今は感謝するしかないんだ。


「ありがとう。でも、私ばっかりあんたに頼るのはなにか違うと思う。私があんたにできることはない?」

「うん?」

「なんていうかね、こう。あんたにだけ守ってもらうっていうのは、なんか違うというか。してほしいこととか、やってみたいことがあったら言って。私のできる範囲でなんとかするから」


 そう言ってみることにした。そもそも、昨日起こったことなんて、私ひとりだったらまず対処できなかったし、渡真利くんの言い方を考えれば、まだこれからもやってくる可能性が高い。これからもずっと、柘榴におんぶに抱っこは絶対になんか違うから、私のできる範囲で支えたいと思った。

 柘榴はそれを聞いて、目を瞬かせた。


「ふうん……難しいな。俺様、できることが多い。澄子になにかしてほしいというのが……うん、まああれくらいだな」


 柘榴が腕を組んで、そう言い出した。


「俺様の社交パーティに番として参列してほしい」

「うん? そんなことでいいの? というか、社交パーティってなにするの?」

「貴族間の挨拶回りだ。俺様も一応は鳳家の嫡男だし、帝の側近たちに顔と名前を覚えてもらう必要があるからな」

「はあ……大変じゃない。でも、そんなところに私が一緒に行って大丈夫なの?」

「問題ない。澄子は俺様の番だからな」


 そうニカリ、と笑った。

 私は腕を組んで考え込む。帝の側近ってことは、相手は皆貴族ばかりだろうし、そんなところに私みたいな天涯孤独の人間が混ざってしまって、柘榴は悪く言われないだろうか。

 私がもじもじと手遊びをしていたら、柘榴が私の手を取った。


「案ずるな。俺様の番を悪くは言わせない」

「うん……それであんたがかまわないなら」


 私は柘榴の手を握り返したとき。


「お話の最中失礼します。朝食が出来上がりましたので、冷めないうちに召し上がってくださいませ」


 下の階から爺やさんの声が響くのに、私たちは思わず顔を見合わせた。


「朝食だ。爺やの食事は美味いぞ」

「うん。楽しみにしている」


 私たちは急いで下の階へと駆け下りた。


****


 普段貴族や幻想種は、なんか知らないけれどすごいご飯を食べていると思っていたけれど、出されたものを見て思わず不思議な顔をしてしまった。


「てっきり修学旅行で食べるようなすごいご飯って思ってたけど……」

「どういうたとえだ、それは」

「私はごちそうなんて、修学旅行くらいでしか食べたことないんですっ」


 出されたのは白粥に、たくさんの具材だったのだ。多分漬物とか、海老煎餅とかだと思うけど……これが朝ご飯って、お腹午前中いっぱい持つのと半信半疑になってしまう。

 私が困った顔でれんげを手にしていたら、爺やさんは言う。


「朝からがっつりという方もおられますが、朝はまずは胃を起こす作業からはじめておりますので」

「胃を起こす……?」

「はい。一日の健康は朝食にありますから、いきなりたくさん物を詰めたら、体がびっくりしてまともに作用しないおそれがございますから。ただ、もしも澄子様が食事足りないという場合は、海老煎餅もたくさん焼いておりますから、間食にどうぞ」

「海老煎餅って家で焼くものだったの……?」

「俺様は爺やの焼いた海老煎餅しか食べたことがないが、一般庶民は違うのか?」

「一般庶民はまず、家で海老煎餅を焼く習慣なんかないよ!? でも……いただきます」


 出された白粥は意外なことにうっすらと出汁の味がする。匂いを嗅いでみたら、多分貝の出汁のような気がする。それを食べながら、添えられているおかずを食べる。漬物も海老煎餅も全部がおいしい。

 いつも食べている朝ご飯と比べると量が少ないと思っていたのに、食べたときにはちょうど腹八分目だった。


「おいしかった……ごちそうさまでした。本当においしかったです」

「それはようございました」

「うん、いい食べっぷりだ」

「うん、爺やさんのご飯おいしかったよ」


 私は爺やさんからお土産に海老煎餅をもらい、これは昼休みにつばめちゃんたちと食べようと思った。

 最後に私の教科書一式を柘榴が召喚魔法で呼び出してくれた。

 長テーブルの上に魔方陣を書いたシートを置くと、そこに柘榴は魔力を流し込んでいく。

 途端に私の授業に使うもの一式が鞄と一緒に転送されてきた。


「わあ……! ありがとう」」

「とりあえず、今日から授業だ。澄子もあまり無理するなよ」

「しないよ。私もできることとできないことはわかっているから」

「そうか、なら。飛ぶぞ」

「ふへっ」


 柘榴に抱えられ、本当に飛んでいった。飛んでいたら、登校中の生徒たちが見えてくる。


「ちょっと……昨日座敷牢のある森が嵐があったって……」

「また? あのニワトリのいるところでしょう? あの女また鳳様に迷惑をかけて!」

「そもそもなんであの女の周りにばかり幻想種が現れるのよ。どんなフェロモン垂れ流してるのよ」

「むしろ貧乏神でしょうが、あの女は!」


 ……びっくりするほど悪口を言われている。

 まあ、いくらなんでもてんこ盛り過ぎるから、こんなのあの子たちじゃなくっても疑ってもしょうがない。

 私がしょげていたら、私を抱えて飛んでいる柘榴が言った。


「気にするな。貞操の危機を狙われても同じことなんて言えないだろ」

「うん……単純に私はあの子たちの気持ちがわかるから、なんか申し訳なく思うだけ」

「そうか?」

「うん。人間嫉妬なんてしたくてするもんじゃないけどね。でも持っている人を見たら羨ましく思っちゃうんだよ。それがもう、自分と世界が違う人だったら諦めもつくよ。それこそ幻想種とか貴族とかだったらね。でも……私はニワトリだし、あの子たちからしてみればこの学校に入れたのすらなんでだと思われてもしゃあない貧乏人だし。それがいい思いしているって思ったら、そりゃ嫉妬だってしたくなる。それはまあ……仕方ないことなんだよ」


 施設で、私が魔法使えるとわかり、連理学園に入って魔道士になる道が見えた途端、そりゃもう今まで仲良かった子すら掌返しで悪意をぶつけてくるようになった。


「ずるい」

「ひとりだけ一抜けなんて許さない」

「ひとりだけ幸せになろうとするなんて許さない」


「どうせ貧乏人で施設出身の癖に、思い上がるだなんておこがましい」


 そんな悪意をずっとぶつけられ続けると、そこで諦めもついてしまう。

 人は自分より不幸なのは憐れむことができても、人は自分より下だと思っていた人が幸せになることには耐えられない。

 運がよかった悪かったとかの出目の問題を、受け入れることができないんだと。

 私の話を、柘榴が「ふん」と鼻息を立てた。


「くだらんな」

「そんなことないでしょ。嫉妬はしたくなくたってするもんなんだから」

「俺様はお前の人を赦す様は好きだが、自分を下げる様は好きではない」

「……なによ。生まれなんて変えようもないのに」


 やっぱり柘榴は幻想種で貴族だ。一般庶民の醜い足の引っ張り合いが馬鹿馬鹿しく見えるのかもしれない。

 わかってもらえなかった。そうほんのりと薄暗いものが胸に湧き出す中、柘榴は続けた。


「そこでお前まで諦めてどうする。人に認めてもらうことを」

「……うん?」

「お前は自分自身の強さや美しさを全く理解してない。根性があるというのは美しいことだ。それを運? 棚からぼた餅? そんな妬み嫉みで穿った目で見て、お前の美徳すら愚弄するのか? くだらん。そんな嫉妬なんて、叩き潰せばいい」

「む、無茶言わないでよ……」

「だがお前はそもそも特待生で奨学金で学園に通えている。成績をキープする条件があるが、未だにそれで支払い停止の通達は来ていない。人間、意外と見ている者は見ているものだ」

「……あ」


 私はお情けで学校に置いてもらっているとばかり思っていた。魔力を失ってしまった以上、実践授業は番におんぶに抱っこになる以上は、座学だけで頑張るしかなかった。齧り付いてでも学校に居座らないと、私は魔道士になることすらできない。

 思わずボロッと涙を溢すと、柘榴は溜息をついて私の目尻を拭った。


「お前の感情豊かな部分は認めるが、あんまり泣くな……ああ、俺様はお前に泣かれると困る」

「う……え……私もどうして……涙出るのかわからなくって」

「あーあーあーあー、朝からおさかんやんなあ」


 その声に、思わず我に返った。


「渡真利」

「おはようさん。朝から一緒? 仲ええね」


 渡真利くんがにこにこ笑いながら飛んできたのだった。

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