第五話 生霊飛ばすと腹が減る
生霊飛ばし一日目。
見た感じ、あいつは元気だ。
本当に生霊なんて飛ばせるのか?
目に見えないから、いまいち信用ならない。
「おい、生霊飛ばしてんのか?」
「はい、飛ばしています」
「にしては、元気だな」
「はい、まだ一日目なので」
「ふーん」
◇ ◇ ◇
「……なるほど、夜になると和室からうめき声のようなものが聞こえると」
『グーッ』
「今のが!?」
「すみません。私のお腹が鳴った音です」
「は!? ……申し訳ありません。このマネージャーの腹の音だったようで。気を取り直して……和室からうめき声が?」
「そうなのよ。仏壇あたりからね。なんか、聞こえてきたのよ。もう怖くて怖くて。死んだ爺さんが化けて出てきたのかと思ったのよ。でも、なんか女の子みたいな声なのよ」
「なるほど。では、お仏壇のまわりを確認させてください」
『グーッ』
「すみません」
「あんた、朝ごはん食べてないの? さっきからお腹が鳴ってるけど。ちょっと待ってなさい。たしか、お土産に頂いたお菓子があったわ」
「いえ、お気になさらずに」
「なによ、いいのよ。婆さんの一人暮らしで、お土産にお菓子をもらっても食べきれないの。ちょっと待ってなさい」
「はい」
ドタバタと音を立てて、和室から出ていく依頼主。
「お前、そんなに腹減ってんのか? あ、生霊のせいか!?」
「はい、そうです」
「ウケる。まじで腹減んだ!!! はぁ、おもしれぇ」
「何が面白いのか、さっぱりわかりませんが」
「持ってきたわよ! お菓子! ほら、これ。ポケットに入れておきなさい。ほらほら、これもこれも」
「……ありがとうございます」
スーツのポケットがお菓子でパンパンになった菅原を見て、笑いをこらえる。
「ちょっとあんた、暗いわねぇ。こんなにカッコいいお兄さんと働けるんだから、もっと明るく元気にしなさいよ~。もう、私が代わりにお兄さんのマネージャーになっちゃおうかしら。あははは!」
笑う依頼者に、バシバシと肩を叩かれる菅原を見て、吹き出す俺。
ちょっと揶揄ってやろうと思って、菅原に耳打ちする。
「(よかったな。お菓子もらえて。ガキみてぇに……)」
「チッ」
「(おぉ、怒ってる怒ってる。マジでガキだな)」
「……」
「(無視してやんの。やっぱりガキだな)」
「(紫門さん)」
突然、菅原に名前を呼ばれて、ドキッとした。
「(な、なんだよ……)」
「(あの、ここ霊がいません)」
「(は? どういうことだよ)」
「(おそらく、霊ではなく別の原因があるかと)」
そう言って、少し考えるような顔をしたあと、依頼者に声をかける菅原。
「すみません、お仏壇、少し動かしてもよろしいでしょうか」
「え? いいけど、重いわよ~」
「紫門さん、手伝ってください」
また名前で呼びやがった……。
「紫門さん、そっちです。そっちを持って」
「は? あ? こっち? って、おも!!! 重すぎる……全っ然動かねぇ」
「あらやだ! お兄さん、あんた、この筋肉は飾りなの?」
笑いながら俺の肩をバシバシ叩く依頼者。
「いて、いててて。奥さん、ちょっと、あの、いててて」
菅原の顔を見ると、勝ち誇ったような顔で、肩を叩かれる俺を見ている。
あいつ……クソが……。
「……奥様、あの、何か長い棒とかはありますか?」
突然、依頼者に尋ねる菅原。
長い棒? 本当にこいつの考えてることはわからない。
「長い棒……? あ! あるわ! ちょっと待っててちょうだい!」
そう言って、ドタバタと和室を出ていく依頼者。
「長い棒って、お前何する気なんだよ。まさか霊を突くのか!?」
「はぁ……さっきも言いましたが、霊はいませんよ」
「わ、わかってんだよ! 仕方ねぇだろ! 見えねぇんだから! それで、棒で何すんだよ!」
「はぁ……仏壇の後ろにあるうめき声の原因を、棒で取ろうと思って。その、飾りの筋肉では仏壇が動かせなかったので」
「うめき声の原因……? やっぱり霊がいんのか!? いや、待て、お前今、俺のことバカにしたよな!? お前、俺のこの肉体美を!」
「霊はいませんよ。何度も言わせないでください。紫門さん、もう少し察する努力をしましょうか。きっと、これから役に立ちますよ」
「お前、いつから名前呼びになったんだよ!!!」
「すみません。御影さんに戻します」
「い、いや、別に紫門でいい。御影さんだと、俺を呼んでんのか、父親のことを呼んでんのかわかんねぇからな!!!」
何を言ってんだ俺は。
「わかりました。紫門さんと呼びます」
「おう……てか、察する努力ってなんだよ!!!」
「……はぁ」
「ため息ついてんじゃねぇよ!!! 俺をバカにしてんのか!?」
「……」
「また無視しやがっ」
『グーッ』
「失礼しました」
なんなんだ。なんなんだよ!!!
生霊飛ばして腹を減らして、俺を煽り散らすこの女は!!!
依頼主が息を切らして和室に入って来た。
「はい、長い棒。持ってきたわよ。お掃除のやつだけど。ほら、床とか拭くやつ」
「……ありがとうございます。では、さっそく」
仏壇の後ろに棒を突っ込み、ガサゴソと何かをする菅原を、依頼主と見つめる。
陰陽師というより、便利屋だ。
「……あ、ありました」
そう言って立ち上がり、手を差し出す菅原。
その手の中を覗き込む。
そこにあったのは、小さなおもちゃの時計。
「多分、時間になると音が鳴るやつですね。聞こえていたのは、その音だと思います」
「イヤだわぁ! 孫がやったのね。申し訳ないわぁ。死んだ爺さんのせいにしちゃって」
「イヤだわぁ!」と言いながら、菅原の肩をバシバシ叩く依頼主。
ニヤニヤと笑う俺を、睨みつける菅原。
◇ ◇ ◇
「は~、もはや便利屋だな」
「そうですね。ですが、依頼されたからには、やらなければなりません」
『グーッ』
「お前、そんなに腹減ってんのかよ。次の依頼でまた腹が鳴ってたら恥ずかしいから、飯食いに行くぞ」
「いえ、大丈夫です。手持ちがないので」
「親父にカード渡されてんだろ? 飯くらいあれで払えんだろ」
「あれは法人用なので、接待以外の食事には使えません」
「は~めんどくせぇ。じゃあ、奢ってやるよ」
「結構です。恩着せがましく言われるのが目に見えているので」
「は!? だから、お前のためじゃねぇんだよ。俺が恥ずかしいの。わかる? 依頼者の前でマネージャーの腹がグーグー鳴ってんのがさぁ」
「……わかりました」
「はぁ。そのへんのファミレスとかでいいだろ。時間もねぇしな」
「承知しました」
まったく。
何でこんなヤツと飯を食わないとなんねぇんだよ。
別に、いいけど。
いや、よくない。




