096 偽りの功績と羨望
受付を離れた2人はフェアとフロイデと合流した。
「よう、待たせたな」
「遅い……!」
お腹をぐうぐう言わせながらフロイデが言う。
「ご、ごめんなさい……」
「ふふ、どんなお話をされていたんですか」
「ああ、明日カナバミの解体をやるから手伝えってな」
「ヴァールだけですか?」
「いや。体力作りのためにコイツも駆り出すことにしたよ」
そう言ってリーベの頭に手を置いた。グローブをつけたまま。
「ああ⁉」
彼女が頭に付いた砂を払っているとフェアはくすりと笑う。
「そういうことなら、私たちもお手伝いしなければなりませんね」
「お駄賃、出るの?」
「ああ」
「じゃあぼくも手伝う……!」
ほくほく顔でそう言った。駄賃の使い道について、何かプランがあるのかもしれない。それがなんなのか、リーベはちょっぴり気になったが、問い掛ける前に話題は別のものへ移ってしまった。
「ほらよ」
ヴァールは大金の入った袋をフェアさんに預けた。ここは人目があるからして、彼がその内容を確認することこそなかったものの、その重みに気付いたのか「おや」と短い声を上げた。
「どうした、の?」
「今晩はご馳走ですね」
「ご馳走……!」
食いしん坊なフロイデさんはに目を輝かせると、おじさんが腰に手を当てながら提案する。
「んじゃ、晩飯はみんなで食うか」
その提案は大変愉快なものだった。
「いいね、どこで食べるの?」
するとリーベに視線が集まる。
「んなの、お前んちに決まってるだろ?」
「でも、今日は営業日だよ?」
「鈍いなあ」
ヴァールが苦笑する傍ら、フェアがくすりと笑って言う。
「お客としてお邪魔するということですよ」
自分の家であり、以前の職場でもあるエーアステに客として踏み込むなんて、リーベは考えもしなかった。それだけにこの提案は新鮮で魅力的であり、彼女の好奇心に火をつける種火となったのだった。
「いいね、面白そう!」
「んじゃ、決まりだな」
「フロイデさんには聞かなくていいの?」
問い掛けると、「ほら」と顎で示される。
「トマト煮……クリームシチュー……チキンソテー……!」
彼は今晩何を食べるか、今から思案しているようだった。
「ふふ、なら決まりだね――それで、これからどうするの?」
「解散と言いたいとこだが、その前にロイドたちの見舞いに行くぞ」
「そうだね。きっとカナバミのこと気にしてるもんね」
「そういうこった。んじゃ、いくぞ」
ヴァールの後を追って歩き出すと、フロイデがぶつぶつ言って佇んでいるのに気付いた。リーベが言う前に、フェアが呼び掛ける。
「フロイデ、次にいきますよ」
「あ、うん……」
そう答えて歩き出したものの、心ここにあらずといった具合だった。
「ほお、よく来たの。お見舞いかい?」
ランドルフ先生は細長い顎を扱きながら目を細めた。
「はい。ロイドさんたちはまだいますよね?」
「ああ。退屈してっから顔を見せてあげなさい」
「はーい」
そんなやりとりを経て、一行は病室に踏み込んだ。天井の低いこの部屋には病床が3つ並んで置かれていて、うち2台は強面の男性が利用していた。
利用者の1人は海賊風の人物で、その手には『ゴミ拾いに生きる・下』という本がある。
もう1人はスキンヘッドで、窓際に置かれた植木鉢に咲くパンジーをうっとりと鑑賞していた。
その混沌さにフロイデが「変な夢みたい……」と困惑する中、リーベは2人に呼びかける。
「ロイドさん、バートさん。ただいまです」
すると2人は振り向き、頬を綻ばせた。
「あ、リーベちゃん」
「おかえり。早かったね」
「すぐそこだったんで。それより、具合はどうですか?」
「ああ。治癒師の先生は明日には完治させられるって言ってたよ」
「そうなんですね」
リーベがほっと胸をなで下ろしていると、ヴァールが笑いながらに言う。
「まったく、仲間が病室に寝そべってるってのに、ボリスは薄情だな」
「ああ。アイツのことだし、今頃一人で美味いもん食ってるんだろうな」
バートがため息交じりに言うとフェアが苦笑する。
「先ほどエーアステでお会いしましたよ?」
「なにぃっ!」
2人が目の色を変えて言うが、傷に障り、すぐに痛がり始めた。
「あたたた……」
「だ、大丈夫ですか?」
「暴れちゃ、ダメ」
フロイデの言葉に2人は粛々と頷いた。
ちょっとした事件があったものの、場はすぐに鎮まり、変わって神妙な空気が流れる。
ロイドはごほんと咳払いをすると、「それで、アイツはどうなったんですか」とヴァールに問うた。彼の言う『アイツ』とはボリスのことではない。彼らに手傷を負わせた忌まわしきカナバミスライムのことである。
「リーベが倒したぞ」
ヴァールが誇張して言うと2人はぎょっと目を見開き彼女を見た。
「……みんなにフォローしてもらって、ですよ」
強い希望を持ってもらいたいからとは言え、嘘をつくのはやはり辛かった。それになにより、肩を並べて戦ったフロイデに対して申し訳が立たない。
素直な性格であるからして、彼は賞賛を浴びたがっているはずだ。
そう思って盗み見ると案の定、瞳に不服の意が見て取れた。
「…………」
罪悪感に苛まれていると、ロイドが「凄いね」と素直な感想を寄せてきた。
「冒険者になったばかりなのにカナバミを倒しちゃうなんて。国中探してもそんなヤツいないよ。多分」
「俺たちも負けてられないな」
ロイドとバートは笑って言うが、そこには悔しさが滲んでいた。
その表情に居た堪れなくなるがしかし、リーベは毅然としていなければならないのだ。そうでなくては、見るものに希望を与えることなど出来ないからだ。




