090 ウネルハガネ その①
歩き続けてどこまで行くの?
風に尋ねられずとも疑問を抱き始めた時、リーベたちは異変を捉えた。
西を目指して延びる街道。その脇にぽっかりと、直径1メートルほどの穴が現れたのだ。
「なにこれ?」
リーベはヴァールの前に歩み出てその中をのぞき込もうとした。チラリと、それが底が見えないほどに深い大穴であると知れた時、襟首を引っ張られた。
「おげっ――げほげほっ! い、いきなり何するの!」
噎せながらヴァールを睨むも、睨み返されてしまう。
「それはこっちの台詞だ! 何の用心もしないで魔物の掘った穴を覗くヤツがあるか!」
(……確かに、今の不用心だったな)
「……ご、ごめんなさい」
「たく、怪我してからじゃ遅いんだからな」
「はい……」
項垂れているとフェアが「失敗は誰にでもありますよ」と励ましてくれた。その傍らでフロイデが首を傾げる。
「カナバミの巣?」
「ううむ。巣穴ではないな」
ヴァールはチラリと、解説を求めるようにフェアを見る。すると彼はこほんと喉を鳴らし、大好きなスライムの生態を滔々と語り始めた。
「カナバミスライムは地中深くに生息し、金属を食しながら潜行していると考えられています。まあ、それは目撃例が山の麓など、高地との境に集中している事実からの推測でしかありませんがね」
「へえ……」
リーベとフロイデの声が重なった。
「じゃあじゃあ、山を掘ってたらたまたま外に出ちゃったってことですか?」
「その可能性が高いでしょう」
「でも、また潜った。どうする、の?」
「そうですね……。――当座の危機は去りましたし、如何いたしましょうか」
問われたヴァールは深く唸る。
「ぬう……ギルドに報告するのが妥当だろうな――」
「倒そうよ!」
言葉を遮って進言すると「どうしてだ?」と視線を向けられる。
「ロイドさんたちを傷つけた魔物を放置するなんて、絶対にしたくない! それに、強い魔物が倒されずにいるなんて、サンチク村の人が知ったら怖がっちゃうよ!」
するとヴァールは逡巡するように瞑目し、それから相棒と弟子に目配せする。
「倒そう……!」
フロイデが賛同すると、フェアは「2人がこう言っていることですし」と言葉を添えてた。それを受けてヴァールは決心し、弟子たちに呼び掛ける。
「うし、やるぞ!」
「やった!」
喜びを感じたのも一瞬、リーベは根本的な問題に思い至った。
「あ……でも、カナバミは潜っちゃったよ?」
するとフロイデが短い声を上げ、ヴァールの方を見た。しかし答えたのはフェアだった。
「報告によると、カナバミが潜ったら、穴の中に氷を落とすと良いそうです」
「こおり?」
年少者2人が揃って首を傾げると、フェアは楽しそうに続ける。
「硬くて冷たいものが体に触れると、それを金属だと勘違いするようで。だからその性質を利用するんです」
「なるほど……」
「つーことだから、ちょっと離れるぞ」
ヴァールの指示に従って穴から20メートルほど離れると、フェアがロッドを構えながら言う。
「今からカナバミを誘い出します。準備はよろしいですか?」
「おう」
「うん」
「は、はい……!」
3人の了解を得た彼は「では、参ります!」とロッドを掲げた。
するとロッドの先端で珠が仄白くきらめき、その上空に一抱えほどの大きさの氷を生み出す。そして「アイス!」の掛け声と共に穴の中に放り込んだ。
穴は相当に深いようで、氷が砕ける音はなかなか聞こえてこない。穴の途中で支えてたりしないだろうかと疑ってい始めたその時、フェアが第2陣を投入する。
「アイス!」
…………………………………………パキン……
「あ、いま砕けた音が」
「穴が浅くなっている証拠ですね」
「つまり奴さんが上がってきてるってことだ」
ヴァールの言葉に緊張が走る。リーベは鼓動が早まり、喉が渇くのを感じた。それをどうにかしようにも、余計に焦ってしまう。
「う、うう……」
するとツンツンと、肩をつつかれた。振り返った先にはフロイデが頷く。
「ぼくたちも、一緒」
「フロイデさん……」
「そうだ。さっきも言ったとおり、これはお前1人の戦いじゃねえんだ。だからお前1人で緊張を背負うのは道理じゃねえ。……そうだろ?」
ヴァールがいつになく優しい笑みを浮かべたその時、穴の中からギラリときらめく物体が頭を覗かせた。
「来ます!」
フェアが警告した途端、それは吹きこぼれるように穴から這い出てきた。
溶けかけたアイスクリームのような形状のそれは、小屋ほどの大きさがあり、全身を白銀に染めていた。比喩ではなく液状の金属であるがしかし、熱くはなく、むしろ光沢のせいで冷たい印象を受けた。
「これが、カナバミスライム……」
(この魔物がロイドさんたちを……許せない!)
怒りを募らせていたリーベだが、カナバミがびくんと体を波打たせ、迫ってきた途端、気勢を削がれてしまった。しかしフロイデが「いくよ、リーベちゃん……!」と発破をかけてくれたおかげで気力を取り戻した。
(こんな魔物に負けてたまるか!)
リーベは腹の底に力を込め、声を張り上げる。
「はいっ!」




