008 おじさんからの手紙
ドンドン!
「んん……」
ドンドンドンドン!
「う~さい……」
「リーベ! とっとと起きねえと朝飯抜きになるぞ!」
「ごはん!」
こうして目覚めたリーベは慌ただしく身支度を調え、1階のホールへと向かった。
この日の朝食は弱ってきた野菜を片っ端から入れたラタトゥイユだ。
エーアステ家では頻繁に出てくるメニューの1つだが、毎度具材が変化しているため、リーベが飽きることはなかった。むしろ『今日はなんの野菜が入ってるのかな』と、楽しみでさえある。
ちなみにこの日は、ナスやズッキーニといったオーソドックスなものに加え、セロリとカボチャが入っていた。
リーベにとってセロリは苦手な部類に入るが、シェーンは料理人として、嫌いな野菜も美味しく食べられるように調理していた。そこにリーベは尊敬を抱きつつも、食事を楽しんだ。
「ふふ、おいし♪」
その時ふと、父の食べっぷりに目がいく。
「はぐ……うぐっ…………!」
その勢いたるや、3日3晩なにも食べてこなかったかのようだ。
「……お父さん、ちゃんと噛んでる?」
「ごくり……ああ。栄養を無駄にはできねえからな」
「とてもそうには見えないけど……」
「お父さんは噛むのが早いのよ」
シェーンは困り顔で言った。視線を戻すと、エルガーは「見てろ」とラタトゥイユを頬張る。
その様子を目をこらして見ると、今まで気にしてこなかったのが不思議なくらい。顎が素速く上下していた
「ごくり……どうだ、凄いだろ!」
「う、うん……リスみたい…………」
驚愕していると、コンコンとノッカーが鳴った。シェーンが腰を浮かせるが、「俺が行く」とエルガーが出て行った。
ドアを開けると、そこには郵便屋の制服を着た男性がいた。
「エルガーさんにお手紙です」
「おう、ご苦労さん」
サインをして郵便屋を見送ると差出人を確かめながら食卓に戻る。
「誰から?」
「んー……おっ、ヴァールからだ!」
ヴァールという人物はエルガーの1番弟子であり、弟子からの手紙に師匠は頬を綻ばせた。
一方、リーベは小さい頃からよく遊んで貰っていた為にヴァールに懐いていた。
「おじさん? ってことはこっちに来るの!」
彼女は嬉しくなってつい立ち上がった。
「さあな。開けてみないことにはわかんねえよ」
そう言いつつも、エルガーは手紙を開封することなくカウンターの上に置いた。
「えー! 開けないの?」
「飯が先だ」
妙なところででしっかりしていると、リーベは不満に頬を膨らませた。
「むう……」
「ふふ! さ、リーベもお父さんを見習って食事に戻りなさい」
「はーい……もぐもぐ」
早く手紙の内容が知りたくて、彼女は一心不乱に咀嚼した。
彼女は食べ終わってようやく気付いた。自分が早く完食したとしても仕方ないことに。
顎の痛みに虚しさを感じつつも、父の背後から手紙を覗き込む。
「こら! 人の手紙を覗くものじゃありません!」
シェーンはそう言うが、エルガーは笑って許した。
「良いじゃねえか。どうせヴァールからなんだしよ」
「……あなたがそういうなら」
「やった! ――どれどれ」
紙面には筆圧が濃く、角張った文字が並んでいる。一画の初めには決まってインクが滲んでいて、リーベは昔ディアンに見せてもらった東国の文化『ショドウ』を彷彿とした。
『師匠へ
察しているとは思うが、今度――多分この手紙が届いた、1週間後にそっちに行く。
理由は2つだ。
1つは第三級以上の魔物が数を増やしている事。
もう1つは、俺も弟子を取ったからだ。無愛想なヤツだが、素質は確かだ。期待していてくれ。
シェーンとリーベによろしく。
以上』
事前に手紙を出してくるくせに、拝啓や敬具という語を用いない辺り、おじさんはおじさんだとリーベは思った。
「ほお……弟子か」
エルガーは愉快そうに口角を吊り上げる。
「ヴァールのヤツがここまで太鼓判を押すって事は、相当な逸材なんだろうな」
「では、やはりいらっしゃるのですね?」
シェーンもまた楽しそうな声を発する。
「ああ。1週間後だとよ」
「そうですか。じゃあ、お料理もたくさん用意しておかないといけませんね」
母が立ち上がる一方、リーベは未だ『弟子』という単語から目が離せないでいた。
(……おじさんに弟子が?)
一体どんな人なのか気になって仕方ない。やっぱり男の人で、背が高くてがっしりとしてるのだろうかなどと考察を巡らせていると、ちょっと楽しくなってきた。
「リーベ?」
シェーンに呼ばれてハッとする。
「……あ、なに?」
「食べ終わったんだから、ホールのお掃除をしておいてちょうだい」
「はーい」
道具を取りに行こうとした時、父は言う。
「悪いが、俺は屋根裏の続きがあるから」
彼は冒険者を引退した勢いで、コレクションを処分しようとしていた。それはここで妥協すれば意思が揺らいでしまうという懸念があったからだ。
一方、それを説明せずとも妻であるシェーンは理解していた。
「ええ。わかっていますよ」
そんなこんなで彼らの日常が始まるのだった。




