088 害敵は――
アルミンの問い掛けに答えたのは一行のリーダーであるロイドだった。
「はい。サンチク村の南西でミラージュフライを倒した時でした。情けない話ですが、俺たちは気が緩んでたんです。だから足音を立てないヤツの接近に気付けなかったんです」
本人にそのつもりはないのだろうが、もったいぶったその言い回しにリーベも、そして当初はめんどくさそうにしていたアルミンさえもが強く引き込まれた。
彼はバインダーを強く握りしめ、前屈みになって問い掛ける。
「足音を立てないとは。あなたたちは一体、何者に襲われたのですか?」
その問い掛けに対し、3人は揃って悔し気な顔を見せた。そうして数舜の間を経て、ロイドが告白する。
「……カナバミスライムです」
「かなばみ……すらいむ?」
リーベとアルミンは異口同音に零した。
どうやら若手の彼はその名を知らなかったようで、解説を求めるように冒険者一行に顔を向ける。
するとヴァールがごく太い腕を組み合わせながら教示する。
「名前の通り金属を食うスライムだ」
端的に言うとため息をついて、同情するような目で負傷者3人を見た。
「かなり希少な魔物で、スライムの癖に物理的に攻撃をしてくる厄介なヤツだ」
「それじゃ俺たち……」
「ツいてなかったのか」
バートとボリスは揃ってため息をつくが、透かさずヴァールが言う。
「逆だ。あんなワケわかんねえヤツから誰1人欠けずに逃げおおせたんだ。お前らは誰よりもツいてたし、誰よりも賢く動いた。その結果が今だ。それは誇っていいことだぞ」
「ヴァールさん……」
その言葉を聞いて3人は、まるで英雄譚を聞く子供のように目を輝かせた。
「……それで、そのカナバミスライムとやらはその後、追ってきたりしましたか?」
アルミンが尋ねると、ハッとしたロイドさんが答える。
「いいや。俺たちはアイツがカナバミだってわかったから剣も鎧も、逃げる方とは反対側に投げたんです」
その言葉にボリスが続く。
「だからたぶん、俺らを追って東には来てないと思う――」
「いや待て」
頭まで真っ青になったバート口を挟む。彼は震える手で口元を覆いながら、不安を述べる。
「……もしかしたら、サンチク村に向かってるかもしれません」
「サンチク村に?」
「でもカナバミは牛とかをねらわないんじゃ――」
リーベとアルミンさんが口々に疑問を呈すると、フェアがズバリ言う。
「農具です」
「農具?」
「人のいるところなら、金属、いっぱい。だから、危ない」
フロイデの言葉に2人は納得し、同時に恐怖を募らせた。
カナバミスライムがどうやって物を見ているのかは定かでないが、ロイドたちの証言によって金属を探知できることは確定している。だからサンチク村が危険に見舞われる情景が容易に想像できた。
「そんな……早くサンチク村に行かないと!」
そう訴えると、ヴァールは「そうだな」と頷き、アルミンの方を見る。
「この一件は俺らが預かって構わねえよな?」
「も、もちろん!」
彼の顔には『渡りに船とはこのことだ』と書いてあるようだった。
この件はヴァールたちが受け持つということで決まろうとしていたその時、ロイドが待ったを掛ける。
「待ってください! そいつは……カナバミは俺たちが倒します」
「悔しいのはわかるが、お前らの回復を待ってられないんだ。諦めろ」
「で、でも……!」
言い掛けたが、返す言葉がなく閉口した。
彼は――彼らは獲物が他者の手に委ねられようとしている現状を見まいとするように深く項垂れていた。そんな様子に胸を痛めつつも、リーベは大切な人を傷つけた不埒な魔物に激しい憤りを募らせていた。
夕食の席でリーベは両親に今日の出来事を語って聞かせた。
すると父エルガーが「カナバミか……」と、険しい顔でつぶやく。
「やっぱり強いの?」
「ああ。ヤツは個体と液体、両方の性質を持ってる。固まってる時には剣も魔法も通じないし、溶けてる時は金属を溶かしちまう」
「え、じゃあ剣士はどうやって戦うの?」
「ドロドロになってるうちに斬撃を飛ばすしかないな。だがヤツは不透明だ。核がどこにあるか見極めなきゃなんねえしで、これ以上ないくらい厄介な相手だ」
「そ、そうなんだ……」
(なんて恐ろしい魔物なんだ……)
畏怖と驚嘆とが綯い交ぜになった胸を宥めていると、それまで口を挟めないでいた母シェーンが心配そうな面持ちでわたしを見た。
「そんな魔物とリーベが戦うの?」
「どうだろう。まだそこまで話してなくて……」
「そう……心配だわ…………」
母が呟くように言うと、夫が励ますように陽気な声で言う。
「大丈夫さ。厄介なヤツだが、ヴァールとフェアがついてるんだから、なんてことないさ」
「……そうね」
シェーンが健気に笑んで見せると、張り詰めた空気が弛緩していった。
それはそうと、リーベは自分が冒険者になってからというもの、父は希望的な発言をすることが増えている気がした。以前であればもっと切実なことを言っていたはずなのだが。
娘が自分の手の及ばないところへ行ってしまうのだから、希望に縋ることでしか安心できないのだ。それは母も同様で、だから2人は今も笑っているんだ。
そんな優しい両親にリーベがしてあげられること、それは無事に帰ってくることだけだ。
「…………」
リーベは微笑みの仮面の下で決意した。
食事を終えると自室に引き上げ、ダンクと共に図鑑を読み込んでいた。
調べていたのはもちろんカナバミスライムのことであり、リーベはそのページを熟視し、読み上げる。
「『金属を糧とするスライムの変異種。発見例が非常に少なく、それに伴ってここに記せる情報が非常に限られてくる。現状わかっていることは金属を糧にしていること。固体と液体の状態を使い分けていること。防衛本能が強いこと。この3つだけだ。この特性から剣も魔法も効果が薄く、より柔軟な対応が求められる。……情報が少ない故、冒険者諸君の活躍がこの項を充実させることを期待している』か……」
リーベは情報の乏しさにため息をつきながらパタンと図鑑を閉じる。背もたれに寄りかかって深いため息をつくとともに、未知の存在との対決に不安を募らせていった。




