083 リーベ、ギルドマスターに会う
食事を終えた4人は早速ギルド本部にやって来た。
いつもであればこの広いホールを冒険者たちが埋め尽くしているのだが、今がお昼時ということもあり、その姿はまばらにしか見えない。
そのため4箇所ある受付の内、開かれているのはフィーリアともう1人の2箇所のみだった。
リーベはもちろん、友人であるフィーリアの方へと向かっていく。
「お疲れ様」
「あ、リーベちゃん。お疲れ様です」
笑みを交わすと、リーベは早速切り出す。
「あの、ギルドマスターさんに会いに来たんだけど、今って会えるかな?」
「今はちょうど会議とかも無い時間ですし、会えると思いますよ」
彼女がそう口にしたとき、「お疲れ」と親しげに挨拶をしながら他の受付嬢さんがやって来る。
「交代の時間だよ?」
「あ、は~い――それじゃ、じゃあお父さんのとこまで案内しますね」
「ありがとう」
フィーリアに案内されて向かったのは建物の3階、その最奥に位置する部屋だった。ドアは他の部屋と同じものであったが、深部にあると言うだけで他とは違う、格調高い印象リーベはを受けた。
そんなドアをフィーリアの小さな拳が叩く。
「どうぞ」
中から返事があると、彼女は「失礼しま~す」と緊張感ゼロで入っていった。
室内は広く、南側と東側に窓があるため明るく開放感があった。北側に本棚があるほか、観葉植物や絵画などの調度品も散見された。そんな上品な空間の中、入って正面にあるデスクの向こうには執務中の男性の姿があった。
彼に気付くとリーベは緊張し、思わず唾を飲み込んだ。
一方でフィーリアは物怖じせず、持ち前ののんびりとした性格をありのままに発揮していた。
「お父さん。リーベちゃんが来てくれましたよ」
「おお、そうか」
書類か何かに目を通していた彼は顔を上げ、立ち上がった。
背はさほど高くないが、ポマードで固めた髪と、整然たる煌めきを湛えた瞳とが威厳を放っていた。しかし娘の顔を一瞥すると、途端に柔和な顔つきになった。外見は全く似ていないものの、その穏やかな気象は娘に通じるものがあった。
彼はリーベに目を向けると、まるで友達に会ったかのような親しげな笑みを浮かべる。
「やあリーベちゃん。よく来てくれたね。私のことは覚えているかい?」
「ええとごめんなさい。大分昔のことですので……」
「はは。もう10年以上経つからね」
彼はそう言うと部屋の右脇に据えられたテーブルとソファを示す。
「どうぞ、掛けておくれ」
父がそう言うと、娘は「あ、わたしお茶入れてきますね」と気を利かせて言う。
「ああ、休憩中にすまないね」
「いえいえ~」
そうして彼女が出て行く中、客人たちは腰を下ろす。するとギルドマスターはテーブルの短辺に面する席に腰を下ろした。
「ふう。ところでリーベちゃん。私は君に謝らなければならないよ」
「どういうしてですか?」
不思議に思って問い掛けると、彼は中空を見上げていった。
「君のお父さんは結婚するからとテルドルに移籍したんだが……今から10年前ごろか。私は彼を王都へ引き戻してしまった。本当に申し訳ない」
彼はギルドマスター……即ちリーベらのボスであるにも関わらず頭を下げた。
その行為が如何に恐れ多いことか、わからないほどリーベはバカではない。
「そ、そんな! 頭を上げてください! もう済んだことなんですから」
そう訴えると彼は数秒の間を開けて頭を上げた。その様子にホッとしたのも束の間。リーベは何故父が王都に戻らねばならなかったのかが気になりだした。
「あの、ギルドマスターさん」
「なにかな?」
「どうしてお父さんを王都へ呼び戻したんですか?」
「それはだね――」
言い掛けた時、ドアがコンコンと鳴りお盆を手にしたフィーリアが現れる。
「お茶をお持ちしました~」
彼女は茶と菓子をテーブルに並べていく。
するとフロイデとヴァールが焼菓子に飛びついた。
「あ、それぼくの……!」
「へへ、早いもん勝ちだぜ」
そうして2人が争う様をギルドマスターとフィーリアはくすりと笑った。
一方、フェアは身内の恥に頭を抱えながら詫びる。
「まったく……品がなくてどうもすみません」
「ははは! 食欲旺盛で良いではないか!」
マスターが鷹揚に許し、フェアが黙礼する中、フィーリアが微笑んだ。
「ふふふ。わたし、お昼食べないといけないので、失礼しますね?」
「ああ。ありがとう」
親であり、上司である人の言葉に送られ、彼女は執務室を出ていった。
「さて」
茶を啜るとギルドマスターは言う。
「どうしてエルガー君を王都に呼び戻したか、だったよね?」
「は、はい」
「あの時はね、彼の師匠であるランツェさんが引退されたばかりだったんだ。そんな時期に、王都近郊では強力な魔物が確認されるようになった」
「強力な魔物?」
「ああ。例えば、『ソードワイバーン』とかね」
「――ッ⁉」
ガチャ!
フロイデが派手な音を立てて立ち上がる。
「フロイデ、さん……?」
彼の顔はリーベが見たことないまでに酷く強ばっていて、まるで親の敵を目前にしているかのような、それほどまでに強い憎悪を湛えていた。
その様子にリーベは強い不安感を抱き、心配の声を掛けようとするが、それより早くフェアが言葉を発する。
「フロイデ」
「……………………うん……」
フェアの落ち着いた声に彼の興奮は次第に収まっていき、程なくして小さな腰が落とされる。
しかし、先の彼の振る舞いによって場には妙に張り詰めた空気が漂っていた。そんな中、ギルドマスターは話題を変えるべく結論を急ぐ。
「……ま、まあとにかく、私たちにはエルガー君の力が必要だったんだ。とは言え、君たちの家庭から父親を引っ張り出してしまったのは許される事ではないと思っている」
真摯な言葉に、リーベはスカートの裾を握りしめ、相手の目を見据えて答える。
「……わたしもお母さんも、お父さんが強い人だってわかっていますから。強い人はその分の活躍をしなきゃならないんですし、気にしないでください」
「そう言ってもらえるのなら、私もいくらか安らげるよ。ところでだ――」
ギルドマスターはしばし瞑目した後、リーベを見た。
「君が冒険者になったと聞いてから、私はずっと聞いてみたかったんだ。君がなんで冒険者になったのかを」
「……テルドルの市民が魔物にさらわれたのはご存じですか?」
「もちろん」
彼は責任感を表情を引き締め、真摯に答える。
「あの事件はお父さんが引退宣言をしたすぐ後に起こったんです。だから街中が不安になっちゃって……」
「彼は英雄だからね」
「はい。だから……お父さんの、英雄の娘であるわたしが冒険者になれば、みんなに希望を持ってもらうことが出来るんじゃないかって、そう思ったんです」
「そうか……立派な使命をもって冒険者になったんだね?」
「立派かはわかりませんが、まあ、そうです」
「なるほどね……」
彼は感慨深そうにため息をつくと笑った。
「あの、どうかしましたか?」
「ああいや、使命感が強いのはお父さんに似たんだなって」
「そんな。ただの思い込みですよ」
「謙遜することはない。実際、冒険者の多くは仕事として魔物を倒しているのだから。君のように使命感をもって活動してくれる人は貴重なんだよ」
彼は茶を啜ると続ける。
「それに、カルムやフィーリアからは聞いているけれども、君はめざましい成果をあげてくれているそうじゃないか。これはギルドマスターとして、大変頼もしく、心強いことなんだ」
「き、恐縮です……」
「ふふ。まあ要するに、これからも期待しているということだ」
コンコン。
突如響いてきたノックする音に一同はドアの方を注視した。
「申し訳ないが、お客様がいらしたようだ」
「了解」
ヴァールがそう答えて立ち上がると仲間3人が続いた。そんな中、リーベはギルドマスターに礼を述べる。
「お忙しい中、お話しする時間を作っていただいてありがとうございます」
「はは。それはこっちの台詞だよ」
彼は微笑み掛けると、ドアの方へ向けて呼び掛ける。
「どうぞ」
そうして入ってきたのは品の良い男性だった。彼は取り込み中だったかとあたふたしていたが、ギルドマスターに宥められて落ち着いた。
「んじゃ、俺たちはこれで」
ヴァールが言うとギルドマスターが続く。
「ああ。急な呼び出しに応じてもらったのに済まないね」
「んなみみっちいこと気にしねえよ。じゃあな」
そう言い残すとヴァールは出口の方へ向かい、仲間たちがそれに続く。
「ふう、緊張した……」
執務室を出たリーベは深いため息ついた。
「こんな機会滅多にねえからな」
「そうなの?」
「ああ。言うなら、ギルドマスターってのは騎士団長みたいなもんだからな。そんな人間が二、三口喋るために時間を作るなんて、普通じゃありえねえことだよ」
「ええ⁉」
「んま、そんな人間と親交を持てる師匠を敬うことだな」
「う、うん……」
(お父さんって、そんな凄い人だったんだ……)
そんなことを考えていると、フロイデが視界に入る。その表情には未だ陰りがあって、リーベは心配しないではいられなかった。
「あの……フロイデさん。大丈夫ですか?」
「……大丈夫だよ」
「そう、ですか。なら良いんですけど……」
リーベは心配であったが、彼が大丈夫だという以上、追求は出来なかった。
(今はそっとしておこ)
ともあれ、リーベは皆には午後の予定を問う。
「おじさんはまた筋トレ?」
「ああ。ここ最近、僧帽筋の調子が悪いからな」
「へ、へえ……」
(そーぼーきんってなに?)
「フェアさんは?」
「私は縫い物の続きです」
「フロイデさんは?」
問い掛けると、彼は数瞬の間を開けて答える。
「……カティアと遊ぶ。リーベちゃんは?」
「わたしはお父さんとお母さんに手紙を書こうと思います」
「そう……」
その言葉にフロイデは僅かに視線を下ろした。
その様子に一層心配が募るが、ぐっと堪える。
「んじゃ、とっととギルドを出るか」
「……そうだね」
ヴァールに促され、リーベは廊下を進み、日常へと帰って行くのだった。




