081 テルドルの街並み その①
食堂エーアステはテルドルの中央区の端の方に存在する。
この好立地はなにも集客の面だけに優れているワケではない。近所に商店や風呂屋が揃っているため、その利便性を感じない日は1日としてなかった。
だが、今この時だけはこの立地が彼女に迷いを生じさせていた。
テルドルを巡るのにおいて、街の中心部からでは無数にルートが生み出せてしまうからだ。
さて、どうしたものかと鼻息を吐き出したとき、右手方向から低い声が響く。
「あ、リーベちゃん」
振り返るとそこにはロイドがいた。
海賊船長のような貫禄がある彼はエプロンを纏い、右手にはトングを、左手には大容量の麻袋を握っていた。
何ともチグハグな印象を受けるが、これが彼にとって、そしてテルドルの人々にとっては平常なのだ。
「ロイドさん。またゴミ拾いですか?」
「うん。でも、最近はゴミが少ないせいでやりがいに欠けるんだよね」
彼が苦笑すると、リーベも釣られて笑った。
「ふふ! それはロイドさんたちが拾っちゃうからですよ」
ロイドの趣味は清掃活動であり、街の美化委員にも名を連ねている程に熱心なのだ。
「それじゃ少しばかり手を抜いた方がいいのかな? なんてね、ははは!」
笑い合う中、リーベは妙案を思いつく。
「そうだ。あの、わたしもお手伝いしていいですか?」
「リーベちゃんも? ……いいけど、まだ疲れてるんじゃないの?」
「疲れない程度にしておきますから」
食い下がると彼は人の良い笑みを浮かべ、これを快諾した。それから腰に吊るした予備のマイトングを貸し出した。
「ありがとうございます」
「礼なんて良いよ。それよりも、どうしてゴミ拾いに協力してくれるの? 退屈だと思うよ?」
「ああ、それは――」
事情を告げると、彼は深い共感を示した。
「なるほどねえ……俺も覚えがあるよ。帰ろうと思えば帰れる場所だけど、あの景色を今すぐに見れないっていうのは結構つらいものだからね」
「やっぱりそうなんですね」
「うん――ああでも、悪いことばかりじゃないよ。俺はテルドルが好きだし」
「ふふ、知ってます」
彼女が笑うとロイドもまた陽気に笑い「ゴミ拾いは良いものだよ。街をもっと好きになれるからね」と言った。
「じゃあわたしはラッキーだったんですね」
「そうだね。さ、立ち話もほどほどにして、ゴミ拾いを始めようか」
「はい!」
こうして2人は昼下がりの街へ繰り出した。
最初に訪れたのは西側の広場だった。
円形の広場には露店が立ち並んでいて、パンや野菜や雑貨、それにちょっとしたおやつが売っている。
リーベの目前では少年がお母さんに焼き菓子をねだっているところだった。
「ねーねー、アレ食べたいよ」
「だーめ、晩ご飯入らなくなるでしょ?」
そんなありふれた会話を耳にすると、リーベはとても穏やかな気持ちになれた。
「ふふ、なんだか昔の自分を見てる気分です」
「奇遇だね。俺もだよ」
笑い合うとゴミ拾いを開始した。
人が集まる場所なだけあって、種々様々、沢山のゴミが落ちていた。紙くずに串、踏まれてズタズタになったハンカチなどなど。時には小銭を拾うこともあった。
「これどうしますか?」
小銭を見せて言うとロイドさんは辺りを見回した。
「落とし主っぽい人もいないし貰っちゃえば?」
落ちていたのは丸パンが一個買えるくらいの金額であった。このくらいの少額を失ったところで、持ち主は困らないだろうし、何より持ち主の探しようがなかった。
「うーん……」
逡巡の末、リーベは自らの手でこれを経済の流れに戻してあげることに決めた。
(ラッキー♪)
リーベはちょっと得をした気分で広場を出て、そのまま西区に至る。
テルドルの西区には南北に川が流れているため、それを活用する形で産業施設が軒を連ねている。一般に産業区と呼ばれる一帯は、リーベとしては日頃関わりがないため、これも良い機会だと思った。
粉挽き所や各種工房などを眺めながらゴミを収集していく。
既にゴミ拾いを始めてから1時間ほどが経過しているが、ゴミ袋が半分も満たされていない辺り、テルドルの治安の良さが表れている。リーベはその事実に嬉しくなった。それはロイドも同様で、額に浮いた汗を清々しい仕草で拭っていた。
「ふう、ここら辺はもう大丈夫そうだし、南区に行こうか」
「はい」
頷いたリーベの耳に甲高い音が響いてくる。
カーン! カーン! カーン!
その音に振り返ると、そこには鍛冶屋があった。
石造りの背が低い建物で、開け放たれた窓からは熱気と共に鍛造する音が断続的に聞こえてくる。
(確かここは……)
「ダルさん……」
亭主の名を呟くと、隣でロイドが心配そうな目つきをした。
妻のスーザンがなくなって以来、ダルはどうにか日常に戻れたが、その心が穏やかでないのは想像に容易い。だからリーベは心配するが、スーザンが亡くなる切っ掛けを作ったのは他ならぬ彼女であり、故にどんな顔をして会えば良いかわからないでいた。
悶々としていると、ロイドが優しく呼び掛ける。
「行こう、リーベちゃん」
「……はい」
リーベは心の中で謝罪を述べるとその場を後にした。




