080 別れが迫る
「それでは、報酬金のお支払いとなります」
サリーが差し出した報酬金の額は、ラソラナ討伐の時よりも少なかった。
ラソラナが積極的に人を襲う第三級に分類される魔物であるのに対し、ハイベックスはテリトリーに侵入するなど、こちらから刺激しない限りは襲ってこない第四級の魔物である。
魔物の等級が下がれば報酬金も下がる。実に明快なことだ。
しかし一所懸命戦ったリーベにとっては少々複雑なことであった。
「むう……」
「なんだ? 不満か?」
ヴァールが口角を吊り上げ、揶揄う。
「不満じゃないよ。でもラソラナより少ないんだなーって」
正直なところを言うと、ヴァールは極太い腕をカウンターに乗せ、空いた手の親指でリーベを差し、受付嬢であるサリーに言う。
「おいサリー、ウチのお嬢が足りないだとよ。もっと持ってこい」
すると案の定、彼女は困ってしまった。
垂れ目を大きく見開き、あわあわと両手をあげ「こ、困ります!」と悲鳴交じりに言う。
彼女は優秀な受付嬢だが、こうしたアクシデントに弱いと評判だった。それは隣のカウンターから先輩受付嬢のアウラーが助けに飛んでくる様からもよくわかる。
「どうかなさいましたか?」
「あ、いや……」
ヴァールも、まさかこんな大事になるとは思っていなかったのだ。イガグリ頭をボリボリと掻く姿の滑稽なこと。リーベは確と目に焼き付けながらも、助け船を出す。
「すみません。おじさんが冗談を言っただけですから」
「リーベちゃんがそういうなら……」
アウラーは「大丈夫?」とサリーに小声で尋ね、彼女が頷くのを見ると自分の持ち場に戻っていった。
「す、すみません。私、鈍くて……」
「いや、悪いクセが出ただけだ。気にしないでくれ」
2人の間には気まずい空気が流れている。見かねてリーベは言う。
「ほんと、日頃からそんなことしてるからだよ」
「ああ。揶揄うのはリーベだけで我慢しとくよ」
「違う、そうじゃない!」
リーベが叫ぶとサリーはくすくすと口下を押さえて笑った。
「2人は本当に仲が良いんですね。ここまでフランクな師弟は中々いませんよ?」
「まあ、おしめを変えてやったこともあるくらいだかんな」
「おじさん!」
(まったく、おじさんったら~!)
リーベが恥ずかしい思いをする一方、サリーは楽しげに笑っている。
「可愛い弟子がハイベックスを倒してどうですか?」
「……どうもなにも、これで増長しなけりゃ、それでいいさ」
そう言うとヴァールは報酬金を受け取り、そそくさと退散しようとした。しかし「領収書!」と呼び止められ、慌てて引き返してきた。
彼が照れていることを珍しく思う一方、愛されてると感じられて、リーベの胸は温かくなった。
「おや、終わったようですね」
掲示板を眺めていたフェアが振り向く。端正な顔は今も微笑を湛えていて、今日も世界は平和だと思わされる。しかしその背後には人々の助けを求める声が形となって張り出されており、リーベは胸が疼くのを覚えた。
「あの、依頼はどうですか?」
相棒から報酬金の入った袋を受け取っていたフェアに尋ねる。
思いが先走るあまり言葉足らずになってしまったが、彼はリーベの言わんとする事を察した。
「そうですね、当初よりかは目に見えて減ってきていますよ。この分ならもう直、辞令が下ることでしょう」
「じれい?」
聞き慣れぬ言葉に首を傾げていると、フロイデがぼそりと教える。
「ギルド本部から、帰って来いって、言われる」
「本部って……」
「王都だな」
ヴァールの言葉に頭が揺さぶられる。
(王都……テルドルの外……おじさんたちは王都の冒険者だ。その弟子になったわたしもそれに着いていくことになるとお父さんは言っていたけれども、こんなに早くだなんて……)
煩悶としていると、肩に大きな手を置かれた。
「そう深く考えるな。冒険で街の外に出る。その延長なんだからよ」
「……うん」
ヴァールはリーベの肩を叩くと「んじゃ、ぼちぼち解散すっか」と気持ち大きな声で言った。それにフェアが続く。
「そうですね。体が疲れていると気持ちも沈んじゃいますから」
その言葉に覚えのあったリーベは素直に従う事にした。
もうすぐテルドルを出て行かなければならない。
その事実に苛まれたリーベは食べる手を止め、しばしば悲嘆に暮れていた。そんなことをしていれば食卓を共にしている両親を心配させてしまうのは当然だが、彼女はそれに気づけなかった。
「リーベ? 何処か具合でも悪いの?」
母シェーンが眉尻を下げて心配してくれる。
「あ……ごめん、ボーッとしてた」
「疲れが溜まってるのね。午後はゆっくりすると良いわ」
「……うん。そうするね」
微笑み掛けて昼食を再開しようとスープを掬うが、父エルガーと目が合う。日に焼けたまぶたの間に覗く鳶色の瞳は妻と同様の心配に加え、同情するような深い共感の念が表れていた。
その様子からリーベは、父には全て見透かされているのだと悟った。
「……あのね。もうすぐ辞令が出るだろうってフェアさんが……」
「辞令って……王都に戻って来なさいってこと?」
母の上擦った声にリーベは頷く。
「そんな……」
「仕方ないことだ」
妻の悲嘆とは対象的に、エルガーは割り切ったことを言う。
「あなた!」
妻の非難を受けてなお、その表情は崩れなかった。
「冒険者になった以上、仕方ない事だ。……そうだろう?」
テルドルを出なきゃならないという事実を知ったのはもう半月も前のことで、当時も父と同様のやりとりを交わしていた。そして時間が経過した今も、その意思に変わりはなかった。
「……うん…………」
頷くつもりが、そのまま項垂れてしまう。
目の前にはエーアステ家では定番のラタトゥイユが湯気を立てている。
(……王都に行ったら、お母さんの料理も食べれなくなるんだよね……)
悲しい事実が胸に澱のように降り積もり、心が重くなる。
「故郷を離れる時ってのは誰だって憂鬱になるもんだ。だが、鬱ぎ込んでちゃ見えなくなるものもある。冒険者活動を頑張るのは偉いことだが、自分の心とも向き合うことだ」
「お父さん……」
エルガーの故郷は遙か北東にある都市、オズソルトである。
そこを旅立つ時、彼がリーベと同様の憂慮を抱いていたのは言葉の節々に現れている。
今この会話をしながらもエルガーは若干の郷愁を抱いていた。
それを悟ったリーベは少しでも多く、テルドルの思い出を持ち込みたいと切実に思った。
「……わかったよ。ねえ、お父さん、お母さん」
リーベは両親の目を交互に見ながら続ける。
「午後、お散歩に出てもいい?」
「え、ええ。気を付けるのよ?」
「疲れない程度にな?」
2人の了承を得ると、彼女は細やかな計画を立てた。
自分の故郷、テルドルを回るのだ。当てもなく、気の赴くままに。そうする中で街の景色を、匂いを、音を、あらゆる情景をこの胸に刻みつけるのだ。
そう決めるや、リーベは午後の活力を求めて昼食を再開した。もちろん、その美味を堪能することも忘れなかった。




