078 努力の仕方
リーベはベッドを愛おしむ思いを振り切り身支度を整え、重たいリュックを背負い、貸屋を出た。外は日が登り始めたばかりということもあり、村は薄闇に覆われていた。しかしセロン村の人々は朝が早く、狩りや林業の支度をしている姿が散見された。
「おはよー!」
近所の青年が手を上げ、陽気な挨拶をしてくれた。だからリーベも手を上げ、挨拶を返す。
「おはようございま――ふぁああ……」
途中、欠伸に呑まれてしまったが、彼は気付かなかったようで、自分の仕事に戻っていった。
「ふふ。早起きはまだまだ苦手のようですね」
フェアがくすりと笑うその傍らでフロイデが勝ち誇ったように言う。
「まだまだ、だね……!」
彼の言葉を裏付けるように再び欠伸がこみ上げてきて、リーベは自分の体が如何に睡眠を欲しているかを思い知らされた。だがその要求を呑むわけにはいかない。なぜなら今から、その対極にあるようなことをしなければならないのだから。
「まったく、歩きながら寝たりすんなよ?」
「しないよ――ふぁあ……」
3度目のあくびを噛み殺す脇で、ヴァールはやってきた村長に挨拶をしていた。
「おはようさん」
「ああ、おはよう。相変わらず早いんだな」
村長はくすりと笑うと自宅を示した。
「朝飯の用意ができたから呼びに来たんだ。どうせ今日もさっさと帰っちまうんだろ?」
「まあな」
「だったら今のうち腹を満たしておくべきだ」
そういった経緯で冒険者一行は朝食をいただくことになった。
セロン村は狩りで生計を立てているということもあり、朝食には肉が多く使われていた。
今朝はスープの具として干し肉が使われていたが、それは冒険者たちが携行しているものとは違い、しっかりと『食べる為』の調味が施されており、スープに濃厚な旨みを与えていた。
やはり調理法次第なのだなと、リーベがしみじみしている間に朝食は終わった。
「ごちそうさまでした」
食事が終わると、直ぐさま出立する雰囲気になった。
リーベはせめて食休みは取りたいと思ったが、この空気の中、そんなことは口が裂けても言えなかった。
そんな怠惰な彼女に村長が話しかける。
「エルガーくんにもよろしく伝えておいてくれ」
「わかりました――あ! お父さんにも『村長によろしく言え』って言われたんだった!」
「そういうのはさっさと言うもんだろ?」
ヴァールが苦笑する一方、村長は上機嫌に笑っていた。
「ヴァール、そろそろ」
フェアが声を潜めて言うと、リーダーは「ああ」と応え、弟子の肩を叩いた。
「俺たちゃ、コイツのお守りをしながら帰んなきゃなんねえから、さっさと出るわ」
「そうか。ケガとかはせんようにな」
「お気を付けて」
村長の妻が言い添えると、ヴァールはドアの取っ手を握った。
「ああ、そんじゃ、長生きしろよ」
「お元気で」
「バイバイ」
「さようなら!」
口々に別れの言葉を述べると、冒険者一行は村長宅を後にした。
そこから村の入り口に至るまでにリーベは「また頼むよ!」「嬢ちゃんには期待してるよ!」と、多くの声援を受けた。彼女は自身を激励する言葉の数々に胸が熱くなるが、ふと悟った。
これら全てはリーベ・エーアステという冒険者に向けられたものではない。
【断罪】こと、エルガー・ミットライトの娘に向けられたものなのだ。
この違いを鑑みれば、安易に喜んでなんかいられない。
(体を巡るこの血に賭けて、わたしはみんなの希望にならなければならないんだから)
……決意を新たにしたはいいものの、現実は厳しく、リーベは早々に歩き疲れてしまった。
「ぜえ……ぜえ…………」
息も絶え絶えになりながらも、彼女は懸命に歩き続けた。
(みんなの希望になるため……お父さんのようになるため…………そのためには、このくらいでへこたれてちゃいけないんだ……!)
「う、ふう……」
彼女が呼吸を整えていると、先頭を歩いていたヴァールが立ち止まり、振り返る。
「休憩だ」
「も、もうちょっと……」
「休憩だ」
今度は少し強めに言った。
怒られているわけではないが、怒られているような気がして、リーベは我を貫くことを諦めた。そうして腰を下ろすと、今まで後方に置いてけぼりにしていた熱が追いついてきたかのように全身が熱くなる。心臓はバクバクとなり、その拍動にあわせて汗が噴き出す。
リーベは早鐘を打つ心臓を宥めようと水筒を傾けるも、既に空っぽだった。
「あ……」
補給のためにスタッフに手を伸ばそうとすると、脇からフェアの白く長い指が差し伸べられる。そうしていつも通り魔法で水を生み出したのだ。
「あ、ありがとうございます」
「いえいえ」
ちょろちょろと水が溜まっていくのを見守っていると、彼は言う。
「気持ちはわかりますが、あなたにはあなたのペースというものがあります。それを破って得られるものもあるでしょうが、長くは保ちません。怠けない程度に気長に構える方が良いと、私は思いますよ?」
「フェアさん……」
彼の瞳へ視線を移すと、反対側でフロイデが言う。
「リーベちゃんは十分、頑張ってると思う、よ?」
「フロイデさん……」
その隣でヴァールが大きな頭で首肯した。
「ちょっと前まで食堂で働いてた娘がハイベックスを倒せるまでになったんだ。その実績があるのに、生き急ぐことはねえだろ?」
「……でもわたし、セロン村の……テルドルのみんなのために、少しでも速く強くなりたいの」
思いの丈を打つけると、彼は実感の籠もった言葉を発した。
「上を向いて歩くヤツなんていねえだろ? 人はいつも、前を見て歩くもんだ」
「おじさん……そうだね。わたしはわたしなんだし、自分の出来ることを精一杯やる方がいいよね」
「そういうこった。だから今は休め。いいな?」
小さな瞳には穏やかな煌めきが宿っていた。それは彼女の両親の瞳に見られるそれと全く同じもので、リーベは実家に帰ってきたかのような安心を抱いた。
「……うん。そうするよ」
その優しさに包まれ、リーベはしばし、穏やかな時を過ごした。




