076 もふもふリターンズ
太陽が天頂を過ぎた頃、冒険者一行は無事にセロン村に帰り着いた。
出迎えてくれた村人たちは皆、ヴァールの担いでいたハイベックスの大きさに、あるいはそんな大物を担ぎあげている事に驚嘆し、継いで歓喜した。
わいわいガヤガヤと一帯が騒がしくなると、村長が杖を突きながらやって来た。
「相変わらず仕事が早いな。さすがエルガーくんの弟子だ」
「そりゃどうも。だが生憎と、俺はなんもしてねえよ。礼ならコイツらに言ってくれ」
親指で弟子たちを指し示し、弛んだまぶたをカッと見開き瞠目した。
「なに? まさか、リーベちゃんが⁉」
その驚きように恥ずかしくなったリーベは頬をポリポリと掻きながら「ま、まあ」と乾いた笑いを発しながら答える。
「おお! 冒険者になったばかりでハイベックスを倒すとは、さすがエルガーくんの娘だ」
村長が満足げに笑う中、フロイデが不服そうに告げる。
「ぼくも戦った……!」
「おや、これは失敬。お前も若いのにやるみたいだな?」
「むふーっ!」
彼が鼻息と共に小さな胸を這ったその時、村の北側の方がにわかに騒がしくなった。
「おや、到着したようですね」
フェアの言葉にリーベは期待を膨らませ、振り向く。南北を結ぶ通りの左右に家屋が並んでおり、通りの上には衆目を一身に集める純白のもふもふがいた。凛と澄んだ瞳、上品に尖った顔立ち、三角の耳、その脇から連なる雪花の如き長毛……あれはソキウスであり、愛しのアデライドだった。
「アデライド~っ!」
大角を持っているため、腕を振る代わりにピョンピョン跳ぶと、彼は気付いた。
「ウォン!」
とことこと、大柄でありながら無邪気な仕草で歩み寄ってくると、その大きな顔を寄せてきた。
「ヴォフ……」
しかし、残念な事に今、リーベは両手が塞がってる。そんなワケで頬ずりするだけに留めた。
「おすわり!」
相棒の指示にハッとしたアデライドは、短く鳴いてその大きな尻を下ろした。程なくしてアデライドの背後から騎手であるスヴェンが表われる。彼はややぽっちゃりとした顔をにっこりと歪めて冗談めかして言う。
「いやはや、リーベちゃんにすっかり懐いちゃったみたいで。リーベちゃん、君はきっと加工場も向いてるよ。だから加工場に転職してみない?」
その提案は大変魅力的だった。なぜなら堂々と、毎日ソキウスをもふもふ出来るのだから。
でもリーベは冒険者。父のように街のみんなの希望になるため邁進し続けるのが使命なのだ。
「はは、素敵なご提案ですけど、遠慮しておきます」
「そうかい? いつでも歓迎するよ」
カラカラ笑うと彼はヴァールの肩に担がれたそれに気付いた。
「や! ここまで運んできたんですか⁉」
「あんなとこで待ってても仕方ねえからな」
「まったく、型破りな人ですね。そういう事なら是非、荷車まで運んでいただきましょうか」
「おう。いくぞ、チビ共」
「チビじゃない……!」
反論しつつもフロイデはヴァールの後をアヒルの子のようについていった。だからリーベはアデライドを名残惜しく思いつつ、それに続いた。
「お願いします」
大角を差し出すとスヴェンは受け取りつつ尋ねてくる。
「これもヴァールさんたちが倒したの?」
「いえ、フロイデさんとわたしで――」
「そうなの⁉ 俺は冒険者じゃないけど、ハイベックスは中々厄介な魔物って聞くよ。それを冒険者になったばかりの君が倒したなんて知ったら、きっとみんなビックリするよ!」
「そ、そうでしょうか?」
照れくさくなって目線を背けると「ああ」と彼は言う。
「俺は黙ってるから、帰ったらみんなを驚かせてあげてね? ――さ、お別れの前にアデライドと遊んであげて」
「え、いいんですか?」
「もちろん。これを縛ってる間、コイツは暇だからね」
「やった! ありがとうございます!」
リーベは意気揚々とアデライドの前に回り込んだ。
「おいでー」
グローブを外した両手を差し伸べると、その大きな顔を寄せてきた。
(ああ……これだよこれ)
滑らかな手触りとその温もりは何にも代えがたい。もちろんダンクも高いモフリティをもつが、彼のそれとはまた違った趣があった。
抱きしめながらもふもふしていると、フロイデが羨ましそうに見つめているのに気付く。
「フロイデさんも一緒にもふもふしましょうよ!」
「で、でも……」
彼はアデライドを――ソキウスを恐れる素振りをした。
「ねえアデライド、フロイデさんもいいでしょ?」
そう尋ねると彼は鼻先をフロイデの方に向け、逡巡する。それからしばらくの後――
「ガルルル……!」
歯をむき出しにして威嚇をし始めた。
するとフロイデはしょんぼりと項垂れ、負け惜しみするようにぼそりと呟く。
「ぼくは猫派だから……」
「それがいけなかったのかもしれませんね」
傍らにいたフェアが苦笑交じりにそう言った。
「もお、アデライドったら。威嚇しちゃダメでしょ?」
……叱りつつも、リーベは独占欲を満たされて安堵したのだった。
心の中でフロイデに詫びていると、ハイベックスを荷車に固定し終えたヴァールとスヴェンさんが話しながらやって来る。
「今回はスペースも空いてることですし、どうです? 乗っていきますか?」
「乗るって、アデライドの後ろにですか⁉」
思わず口を挟むとスヴェンは「そうだよ」と微笑んだ。
(荷車に乗って、アデライドが一生懸命走る姿を堪能できるなんて……こんなに素敵な事はない!)
「ジ~……」
リーベは期待を込めて師匠を見やるも、彼はは大きな手を腰に当ててこれを断った。
「え~、なんで~?」
「お前の体力を付けるためだ――そういうことだから、お前らは先に帰っててくれ」
「わかりました」
スヴェンは冒険者一行を見回す。
「それじゃ、お先に失礼します――アデライド。リーベちゃんに挨拶しな」
「ウォン!」
「またね、アデライド」
2人は大小の鼻先をちょんと突き合わせ、別れの挨拶とした。
その大きな尻尾が風に靡くのを見送ると、村長が溜め息と共に言う。
「あのソキウスとは長いのか?」
「いえ。前回の冒険で初めて会いました」
「そうか……あの気難しいソキウスと打ち解けるなんてな。やはり器かもしれんな」
「そんな! 犬派だからですよ!」
謙遜ではなく、これこそが真理だとリーベは思っていた。人間でも言えることだけれども、好意というのは対面しただけでも伝わるものなのだ。
「なるほどな……そういえばエルガーくんは『リーベは犬が好きなんだ』って話してたっけな」
村長さん細長い顎を扱きながら微笑むと「立ち話はなんだ。うちへいらっしゃい」と招待した。冒険者たちはお招きに預かることとなり、村長が杖を突くのに合せ、ゆっくりと自宅を目指した。




