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冒険姫リーベ 英雄の娘はみんなの希望になるため冒険者活動をがんばります!  作者: 森丘どんぐり
第2章 旅立ちの時

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075 天に立つ者 その③

「終わった……」


 ハイベックスの絶命を確認して、リーベの胸に沸き起こったのは達成感ではなく途方もない安堵だった。自分よりも圧倒的に強い存在と戦い、勝利を収め、無事に生き残った。その事実が胸にじんわりと、清水に一滴の色水を落としたかのように広がっていく。


 深々と溜め息をついたその時、フロイデが忠告する。


「まだ、終わってない」

「え?」

「上を見ろ」


 ヴァールの声に従って上方を見やると、崖上でハイベックスの群れがジッと彼女らを睨んでいた。


「あれ? ボスを倒したのに、どうしていなくならないの?」

「彼らは結束の強い魔物ですから。ボスが勝つと信じているんですよ」

「へえ……じゃあどうやって撃退するんですか?」

「我々がここを退いて亡骸を確認させるというのも手ですが、警戒心の強い彼らのことです。それでは時間が掛かってしまいます。なのでもっと簡単に、大きな音を立てます」

「音?」

「ええ、このように――」 


 彼はロッドを天に掲げ、叫ぶ。


「ダイマ!」


 珠からは光の滴のようなものが放たれ、天に落ちるように垂直に真っ直ぐ飛んで行く。キラキラ光るそれを呆然と見送っていると、冒険者一行とハイベックスたちの間で不意に炸裂する。


 バゴオオオオオオオオンッッッッッ!


爆発音が轟いた後、今度は魔物たちの悲鳴が無数に上がる。


「ヴェエエエエエエエエエエエエエエエ!」


 その大音量は次第に遠のいていき、ついには山の向こうから微かに聞こえてくるだけとなった。


「い、今のは……?」

「爆破魔法『ダイマ』です。主に大きな音を立てて魔物を撃退したり、障害物を破壊するのに用いられますね」

「へえ……」


(あんな魔法があるなんて知らなかった。いつか教えてもらえるかな?)


 そんなことを考えていると、ヴァールが友呼びの笛を取り出しながら言う。


「目的も済んだことだし、さっさと村に帰ろうぜ」


分厚い唇で笛口を咥えようとしたとき、リーベとフロイデが先を争うように言う。


「わたしが吹く!」

「ぼくが吹く……!」


 声が重なると2人は睨み合う。


「むう……」

「ぬう……」

「……たく、ガキじゃねえんだから、しょうもない事で争ってんじゃねえよ」


 ヴァールが頭を掻き回す脇で、フェアは穏やかに笑んでいた。


「……フロイデさんが吹いていいですよ」


 リーベは渋々ながら引き下がった。


「いいの?」 


彼はどんぐり眼を爛々と輝かせて問うて。その様子に譲って良かったと思ってしまうのは避けがたい事象だった。


「はい。前はわたしが吹いたんで」

「ありがと……!」


 礼を述べながらも笛を受け取ると、小さな唇で笛口を咥え「プイ――――!」と鳴らした。


「んじゃ、帰るか」


 笛をしまい込んだ次の瞬間、ヴァールは驚きの行動に出た。


「よっこいしょっと」


 なんと100キロはありそうなハイベックスの死骸を軽々と担ぎ上げたのだ。


「な、何やってんの⁉」

「なにって、ここで待ってても仕方ねえから運ぶんだよ」

「運ぶって……重くないの?」

「こんくらいなら何ともねえな。それよか、お前とフロイデはコイツの角を運べ」

「う、うん……わかった」


 リーベは小さい方を持たせてもらったのだが、それでも10キロ程はあり、少女の細腕には実際以上に重く感じられた。


「重っ……!」

「大丈夫ですか?」


 ロッドを手にしたフェアが尋ねてくる。


「は、はい……なんとか」

「そうですか。すみませんね、私は辺りの警戒をしなければならないので」

「いえ……お構い、なく…………」


 と、その時、フロイデがこれ見よがしに小鼻を膨らませているのに気付いた。


「ふ、フロイデさんは、力持ち、なんですね……!」

「むふーっ!」

「ふふ。では、リーベさんの腕力が限界を迎えぬ内に参りましょうか」

「そうだな。いくぞ」


 ヴァールとフロイデが先を行き、わたしは隊列の三番目を歩く。太く長くうねりを描いた角は重たく、リーベはよたよたと、脚を伸ばしたまま歩くような滑稽を演じる羽目になった。


 その中で彼女は足裏にぐにょっとした生理的に不快な感触を覚え、直後、脚を滑らせた。


「きゃっ――ごふっ!」


 リュックのお陰で背中を打ち付けずに済んだが、角のうねった部分が下腹を殴った。


「おおう……」


 悶絶していると、ヴァールが「大丈夫か?」と心配してきた――かと思えば、急にケタケタと笑い始める。


「な、なんで笑うの……!」


 恨みがましく睨みあげる中で、自分が何故笑われているかに気付いた。


 彼女の足下にはハイベックスの便があったからだ。


「うわっ最悪……」

「だはは! やーい、うんこ踏んでやがんの~!」

「ヴァール、そんな子供みたいなことを言うものではありませんよ」


 フェアが相棒を(たしな)める一方、フロイデが心配そうに尋ねてくる。


「だいじょう、ぶ?」

「は、はい……大丈夫で――」


 言いかけた時、リーベはヴァールに担がれていたハイベックスがしたり顔をしているように感じた。


「むう……」


 今回の戦いはどうやら快勝とはいかなかったようだ。


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