074 多頭飼い、始めました
先の尋問により、ダンクが飼い主のいない間に外出していたことが明らかになった。
そして彼は今回、ボニーをデートに誘っていたのだ。
外には危険が多く、飼い主と同行しなければならないのだが、彼はそれを承知の上で外出していたのである。故にリーベは制裁として、彼を『もふもふタイムの刑』に処すこととなった。
そうして刑は執行され、最後に注意をする。
『いい? お外はダンクが思っている以上に危険がいっぱいなんだから。わたしと一緒じゃなきゃだめだよ?』
『きゅうん……』
彼は大きな頭を項垂れる――楽しみが禁じられて残念に思っているのだ。
その仕草には反省の意思が表れており、リーベはむしろ、自分が彼をいじめている様な気がしてきて堪らなくなった。
『ぐ、うう……と、とにかく! 勝手に外出しちゃダメだからね?』
『きゃうん……』
「――ベちゃん……!」
『ん? 今何か聞こえたような……』
「リーベちゃん……! 起きて……!」
切羽詰まったその声にいつの間にか眠ってしまっていたリーベが目を覚ますと、そこには青い顔をしたフロイデがいた。
「あ、フロイデさん。どうしたんですか? 顔が真っ青ですよ?」
目を擦りながら尋ねると彼は嘔吐きながら答える。
「お昼、リーベちゃん、寝てるから、フェアが料理、したの……それで、夕飯もフェアが作る、て……」
「うへえ……それはちょっと…………」
「『ウジ虫入りチーズのカルボナーラ』を作るって……」
「うひゃあ! そんなの、堪りませんよ!」
彼女は飛び起きると一階に駆け下りる。
「フェアさん!」
厨房にはフェアさんがいて、まさにこの時、恐るべきゲテモノが生成されようとしていたのだ。
「おや、お目覚めですか?」
彼の微笑はとても恐ろしいものに思えた。
「は、はい! あの、夕食はわたしが作りますので……」
「いえ。リーベさんもお疲れなのですから、私が作るべきかと」
「か、勘が鈍っちゃうので! わ、わたしが作らせていただきます!」
必死に訴えると彼は渋々と言った様子で調理場を退いた。そのことにフロイデ共々ほっとため息をついた。
「ふう……ところで、おじさんは?」
「裏庭で空気、吸ってる」
「そう、ですか……」
リーベは寝過ごしてしまったことを申し訳なく思いつつ、夕食の支度に取り掛かる。
フェアが具材を用意していた為、今日はこのまま、カルボナーラを作ることにした。
無論、チーズは普通の物を使ってだ。
(平打ち麺にソースを絡めて完成っと)
「出来ましたよ~!」
上階に呼び掛けるとヴァールとフロイデがそれぞれ飛び出してくる。一方、食卓で縫い物をしていたフェアさんは道具を付近の棚へ避け、ふきんでテーブルを拭き始める。
「ふふ。今日のは自信作なんだ」
配膳しながら言うとフロイデが満面の笑みを浮かべて言う。
「カルボナーラ……!」
卵とチーズ、そして牛乳をベースに据えたこのメニューは彼の琴線に触れたようで、着席した彼はフォークを両手に、指定席に腰を据える。
「ふふ、はい。どうぞ」
配膳するや否や、「いただきます……!」とパスタに食らいつく。そんな様子を微笑ましく思いつつ、リーベは自分の分の配膳を終え、食事を始める。
「いただきます」
そうして一口頬張る。
カルボナーラといえば、卵とチーズと牛乳とが織りなす濃厚な風味が最大の武器であり、その特徴を損なうことなく取り入れた本品は非情に美味だった。
「ふふ、美味し♪」
自分の料理に満足しながら面々の様子を盗み見ると、当初調理しようとしていたフェアを含め、皆が頬を綻ばせていた。
(口に合って良かった)
食堂の娘として、皆にに料理を楽しんでもらえるのは幸福なものだった。
夕食を終えると、フェアとフロイデが食器洗いを申した。リーベはそれに甘えつつ、楊枝で歯を掃除していたヴァールに感想を問う。
「美味しかった?」
「ああ。シェーンにも負けて無かったぞ」
「ふふ、ありがと♪」
そんなやり取りをしていると、両親がどんな暮らしをしているか気になった。
「……お父さんとお母さん、心配してないかな?」
(手紙には安心したって書いてあったけど、ほんとうかな……?)
「安心しろ。俺たちがついてるんだから」
「……うん。そうだね」
ヴァールの言葉に納得すると、一応の不安を飲み込んだ。
それからしばらく、会話が一段落すると彼は「あ、そうだ」と切り出す。
「もうあの人形で遊んだのか?」
そう尋ねられると、リーベは先の出来事を話したく堪らなくなった。
「そうそう聞いてよ! ダンクったらわたしたちがいない間、こっそりお家から抜け出してたんだよ?」
「はは! そりゃ悪いやつだな!」
「でしょ? それにね、ダンクってば、今度はボニーを連れて二人だけで遊びに行こうとしてたの!」
「罰はやったんか?」
「もちろん。もふもふタイムの刑に処したよ!」
そんなやり取りを交わしていると、洗い物を終えたフェアがやって来る。
「ふふ。素敵な時間をお過ごしのようで何よりです」
「はい! フェアさん、ボニーを買ってくれてありがとうございます」
礼を述べると彼は微笑で受け止めた。
一方、フロイデさんが羨ましそうに呟く。
「ぬいぐるみ……」
「フロイデさんはペットを飼ったりしないんですか?」
「だ、だって……ぬいぐるみって、女の子のもの、だから」
少年らしい恥じらいに満ちたその回答にリーベはほっこりさせられた。
「ふふ、そんなことありませんよ。ねえ?」
呼び掛けるとヴァールは苦笑し、フェアさんは微笑んだ。
「まあ、アリなんじゃねえの?」
「ええ。嗜好は性別で縛れない営みですから」
2人が言うとフロイデさんは「そっか……!」と目を輝かせる。
「なんだ? 欲しいヤツでもいんのか?」
「白猫……!」
「猫ですか……フロイデさんらしいですね」
「ふふ。すぐに買って差し上げられる訳ではありませんが、金銭に余裕が出来たらお迎えしましょうか」
「いいの?」
フロイデが希望を満面に浮かべて問い掛けるとフェアは「ええ」と頷く。その傍らではヴァールが「こりゃ、出費がかさむな」と笑っていた。
「それよか、風呂入りにいこうぜ」
ヴァールの言葉を受け、リーベとフェアはすくと立ち上がるが、フロイデは渋々と言った様子だった。しかし、ぬいぐるみの話の直後だった為に、いつもよりかはご機嫌だった。
日課を終えるとリーベ自室に下がり、ダンクとボニーを胸に、眠りに就く。
悠々と広がる草原には温かな風が吹き渡り、それが彼女の髪と愛犬の体毛を微かに揺らした。その心地よさに伸びをしつつ、愛犬たちに呼び掛ける。
『んーっ! 今日も良い天気だね!』
『きゃん!』
ボニーが元気になく一方、ダンクは緊張リーベの脚の陰に隠れようとする。
『ダンクったら、まだ緊張してるの?』
『きゅうん……』
(こうなったら飼い主として、2人を打ち解けさせてあげなきゃ!)
そう決めるや彼女はこぶし大のボールを取り出す。
すると先ほどまで恥じらっていたダンクが嬉しそうに尻尾を振り出す。
『ふふ、行くよ? それ!』
ボールは放物線を描き十数メートル先に飛んでいく。
ダンクは身を翻すとそれを追いかけ、地面に着くより先に咥えてキャッチした。
『すごいすごい! ――見てたよねボニー? ボールはこうやって遊ぶんだ』
『きゃん!』
理解を得られたところでボールを受け取り、第二投!
『いくよ、それ!』
ボールが彼女の手を離れた瞬間、2人は同時に駆けだした。その俊足っぷりは猟犬さながらであった。
(さあ、どちらが勝つか……ダンクが勝った!)
『きゃんきゃーん!』
『はは! 2人とも凄いよ!』
『きゃん!』
ダンクが得意げにボールを差し出す一方、ボニーは少し悔しげだった。
『ふふ、まだまだこれからだよ。それ!』
三投目もダンクが取った。四回目も、五回目も、ダンクが取った。すると……
『きゅうん……』
ボニーがつまらなそうに野花を鼻先で突く。そんな様子を見て、リーベはダンクに注意した。
『いい? ダンクは駆けっこが得意なんだから。少しは加減してあげなきゃだめだよ?』
『きゃうん?』
理解できないとばかりに首を傾げる。
今までダンクは何事にも全力だった。それを思えば加減というものを理解できないのに合点がいく。しかし、今やリーベは多頭飼いする身であって、犬同士の協調性というのも養わねばならないのだ。
リーベはダンクの顔を両手で挟んで自らの方へ向ける。そしてくりくりの目を見据えて言う。
『いい? みんなで遊ぶためには、みんなが楽しめるようにしなきゃいけないの。だからダンクは少し遅れて駆け出すの。いいね?』
『きゅうん?』
ダンクは不思議そうにするが、しかし根が素直な彼はとりあえず受け入れてくれた。
『ふふ。それじゃ、次はみんなで楽しく行こう! それ!』
リーベが第六投を投げると同時にボニーが駆け出す。
一方でダンクは数秒の間を置いて駆け出す。その結果、両者は鼻先を並べる接戦を演じたが、ギリギリのところでボニーがボールに食らいついた。
『きゃいいんっ!』
釣り上げられた池の主の如き壮大な跳び上がりは、リーベの目に印象強く焼き付いた。
『きゃん!』
ボールを持ち帰ってくるとボニーは得意げに、ダンクは楽しげに鳴いた。
リーベはそんな2人が愛おしくて、思わず両腕を広げた。すると2人が胸に飛び込んでくる。
『わはは! くすぐったいよ!』
二人にチロチロと頬をなめられてリーベは悶えるのだった。
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