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冒険姫リーベ 英雄の娘はみんなの希望になるため冒険者活動をがんばります!  作者: 森丘どんぐり
削除予定のため、 ep.101 「000 断罪のエルガー」からご覧ください

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066 ジョブチェンジ!

「ところでリーベ。お前、決めたのか?」


 朝食をいち早く完食したヴァールが爪楊枝片手に問う。


「決めたのかって?」

「剣士になるかどうかだ……まあその様子だと考えてねえんだろうけどさ」

「あー……はは。ちょっと疲れてたからね」

「どーだか」


 彼が苦笑する中、リーベはチラリと隣に座るフロイデを見る。それまで彼はじーっと彼女を見ていたが、視線を返すとぷいっと目を背けられてしまう。


 まるで嫌われてしまったかのようで悲しくなるが、ほんとうに嫌われた訳ではないのだと自分に言い聞かせていると、フェアが話題を変える。


「今日は休日ですけれども、皆さん予定はありますか?」

「筋トレ」

「鍛錬」


フロイデの言葉に、一瞬、沈黙が訪れた。


「熱心なのは結構ですが、体を(いたわ)ってくださいね?」

「……うん」


 そして視線はリーベへ。


「わたしは……そうですね。手紙を出しに行きたいです」

「そうですか。では私がお供させていただきます」

「いいんですか? おねがいします」

 

 そんなこんなで食事を終えた4人の休日が始まる。

 ヴァールとフロイデがそそくさと外出していく一方、残る2人は家事を終えてから街へと繰り出す。


「ふう……今日も良い天気ですね」


 ちぎれた雲が青空を漂い、水玉模様を描いている。そんな可愛いらしい空模様にリーベの胸は自然と高鳴った。


「ええ。こんな日が続いてくれれば良いのですが」


 そんなことを喋りながらクランハウス街を抜け、メインストリート沿いにある郵便屋に手紙を預ける。それでリーベ予定は済んだ。


「ふう、付き合ってもらっちゃってすみません」

「いえいえ。他に行きたい場所は?」

「特にありません」

「そうですか。では少しばかし私の用事に付き合っていただいても良いですか?」

「もちろん! お買い物ですか?」

「いえ。リーベさんにぜひ会っていただきたい方がいるんです」

「へー冒険者の人ですか?」

「それは前職で、今は作家をされているんです」

「作家さん⁉ すごい、そんな人とお知り合いなんですね!」

「ふふ、冒険者つながりですからね。それでは参りましょうか」





 

 2人が向かった先は高級住宅地と言われる北東区(あのぬいぐるみ屋より、もっと踏み込んだ場所)だった。


 王都は洒落た建物が建ち並んでいるが、ここら一帯に来て数件分の用地を用いた大きな庭のある邸宅が散見されるようになりリーベは驚かされる。その一軒一軒がまるで絵本の中に出てくるような煌びやかさを放っており、それがリーベの乙女心をバクバクと拍動させ、今にも破裂してしまいそうなほどの高揚をもたらした。


「わあ……!」

「ふふ、フロイデも初めてこの景色を見た時はそんな反応をしていましたよ」

「それはそうですよ! だってこんなに綺麗なんですから!」


 リーベの言葉をフェアは木漏れ日のような優しい微笑みで受け止める。


「と、着きましたよ」


 彼の視線を追うと、そこには豪奢な屋敷――ではなく、比較的おとなしめな外見をした大きめの家屋があった。


「ご在宅なら良いのですが」


 そう口にしながらもフェアはノッカーを鳴らす。


 程なくしてドアが開き、「はーい」という穏やかな声と共に品の良い中年女性が姿を見せる。


「あら、フェアさんですか。主人にご用ですか?」

「突然の訪問、失礼致します。ご主人はご在宅でしょうか? 差し支えなければ紹介したい方がいるので、少しお話できればと」

「あら、そちらのお嬢さんですか?」

「はい。彼女は――」

「おや、フェアくんじゃないか」


 低く、(しゃが)れた声が親しげに彼を呼ぶ。それと同時に婦人は脇へ退き、主人に場所を空ける。


 そうして表れたのは恰幅の良く、立派な髭を蓄えた貫禄のある男性だった。彼はキョロキョロと辺りを見渡して「ヴァールくんは一緒じゃないのかい?」と不思議そうに目を丸める。


「ええ。ヴァールは今頃、体を鍛えているでしょう」

「はは! 相変わらずだな。ところでそちらのお嬢さんは?」

「実は今日は彼女を紹介したくてお尋ねしたのです」


 挨拶を、と言う代わりにリーベに視線を送る。


「初めまして。リーベ・エーアステと言います。よろしくお願いします」

「リーベ? なるほど、そう言うことか。私はマトー・グルトンだ。よろしく」


 そう言って左手を差し出す。


「悪いね。右手は怪我のせいで握力が無いんだ」

「い、いえ。じゃあ左手で……」


 握手を交わすと、彼の手に剣士特有のタコがあることにリーベは気付く。


「立ち話もなんだから、ぜひ上がっていってくれ。ちょうど行き詰まってたところなんだ」


 すまんが茶を、と妻に小声で伝えた。


「畏まりました」


 そうして2人が通されたのは公共施設ばりの立派な応接間だったが、マトーが作家であることを裏付けるように壁面には書架が置かれており、そこには書籍がぎっしりと詰まっていた。


「わあ……」

「ふふ。客人は皆、目を丸くしていくよ」

「あ、すみません。じろじろと……」


 リーベが恥じらっていると彼は鷹揚に笑う。


 それから3人は月並みな挨拶を交わし、婦人が茶を出して去っていくとフェアが要件を告げる。


「不躾なお願いですが、リーベさんにもあのお話をしていただきたいのです」

「ほう?」

「彼女は魔法使いとして育成していたのですが、この前、剣の才能があると知れまして。彼女がどちらを選ぶべきか、参考になると思って今日こうしてお尋ねさせていただきました」

「なるほどな。よろしい」


 マトーは頷くと、リーベを見る。


「すまんが少しばかり、年寄りの話に付き合ってはもらえないか?」

「ぜ、ぜひ……!」


 リーベは人の話を聞くのが好きだ。

 だがこの時は何より『聞かねばならない』という、ある種の使命感に駆られていた。膝の上で拳を握り込み、ジッと目を見据えると、マトーは喉を鳴らし、語り始める。


「十数年前まで私は冒険者だったんだ。自分で言うのも何だが、20年以上の経歴を持つベテラン魔法使いさ」

「魔法使い? 剣士じゃないんですか?」

「そうだよ。でもね、私は長年に及ぶ活動の中で、魔法使いという職に飽きていたんだ。だからあるとき、剣士に転向してみたんだ」

「剣士に、ですか……?」

「ああ。その結果がこれだよ」


 彼は握力が無くなったという右手を挙げた。すると袖がずるりと滑り落ち、痛ましい噛み痕が露わになる。


「アルミラージに腕を噛まれてね。まったく、あの瞬間は酷く後悔したものだよ」


 マトーは笑って言うが、その目は笑っておらず、むしろ後悔の念が濃密に宿っているように見える。それによってリーベは居た堪れない気持ちになるが、それを察した彼は手を下ろして一服する。


「ふふ、醜いものを見せて済まないね」

「い、いえ……むしろその、そんな大事なお話を聞いちゃっても良かったんですか?」

「ああ、むしろ私は若い冒険者を捕まえてはこの話をして回ってるくらいさ」

「え?」


 驚いて彼を見やるも、その目は真剣だった。


「私は自分の失敗を恥だとは思ってない。なぜなら、この失敗は君らの糧なるのだからね」

「…………」

「私の最大の失敗は自分の能力と適性を無視し、安易に進む道を変えたことだ。この過ちが、これからのあり方を決めようとする君の参考になればと思うよ」

「マトーさん……」





 

 マトー宅を後にしたリーベ来るときに感動を受けたあの光景を逆方向から見ることとなった。

 つまり、非日常から日常へ戻るということで、彼女は一抹の寂しさを感じずにはいられなかった。


 そんな中、フェアは彼女に問う。


「参考になればと思ってお連れしたのですが、如何でしょう」

「何というか……『適性』って言葉の重みが増したような気がします」

「そうでしょう。特に私たち冒険者は命を賭けて仕事に臨んでいるのです。なので個人の能力を十全に活かそうとすることは、他のどの職業よりも重要なことなんですよ」


 そこまで言うと彼は脚を止め、リーベの目を見据える。


「ヴァールは無理強いはしないと行っていましたが、魔法使いでなければならないという確固たる意思がないのであれば、あなたは剣士にならなければなりません」

「それは……」


 彼女にフェアさんの言う『強い意志』なかった。


 だが彼女は魔法が好きだった。

 火を出したり水を出したり……そんな奇跡とも言える不思議な事象を起こせることを素敵に感じていた。だから、それがもうできないと思うと寂しかった。


「わたしは剣士になった方がいいんでしょうけれども、魔法もやっぱり学びたいです……」

「それなら心配はいりませんよ」

「……え?」

「剣士になった上で、あなたは魔法を学ばなければならないのですから」

「どういうことですか?」

「あなたの武器は剣でありながらロッドでもあります。その能力を最大限活かすのであれば、魔法を扱えなければなりませんからね」

「ん。え、でも剣士になるんですよね?」


 リーベが混乱していると、彼はくすりと笑んで言う。


「はい。戦場においては剣士として戦っていただくことになりますが、時折魔法が必要となることがあるでしょう。そういった場合に備え、魔法を学んでいただくと、そういうことです」

「なるほど……じゃあ、これからも魔法が使えるんですね!」

「そうです。あなたは謂わば『魔法剣士』になるのです」

「魔法剣士……それってなんだか素敵かも! ふふ! そう言うことならわたし、もっともっと頑張っちゃいますから!」







「おじさん! わたし、魔法剣士になるよ!」


 晩の食卓でリーベが宣言するとヴァールは首を傾げた。


「魔法剣士だ?」

「うん。魔法を使える剣士だよ」


 すると彼はは天井を見上げながら唸る。


「んまあ……確かに。そう言うことになるな」

「でしょでしょ!」


 ヴァール相手に燥いでると、隣から棒のように太い視線を感じる。


「じー……」


 振り返ると、メラメラと聞こえてきそうなほどに激しい敵愾心を燃やすフロイデと目が合う。その圧に押されながらも、リーベは視線を返す。すると彼はぷいっと顔を背け、パンを口元へ運ぶ。


「……ぼくの方が、つよい――もっもっ……」


彼のプライドがそう言わせたのは承知しているが、リーベには少々冷たく響いた。


「まあ何であれ、そうと決めたのなら明日からは本格的に仕込んでやっからな。覚悟しとけよ?」


 その言葉に振り返ると彼女は力強く頷く。


「うん。わたし、本気で頑張るから……!」

「その意気だ――それで、魔法の方はどうすんだよ?」


 ヴァールは隣席に掛ける相棒に目を向ける。グラスを持ち上げかけたフェアは手を止め、整然と答える。


「そうですね。最低でもあと『ウィンディ』を修得していただきたいですね――リーベさんは風を出す魔法は使えますか?」

「はい。洗濯物を乾かしたりするのに使うんで」

「そうですか。それならばヴァイザー法も合わせればすぐに修得できるでしょう」


 彼は微笑むと相棒に視線を戻す。


「そういうわけなので、明日の始めは私に預けてもらっても?」

「ああ。構わねえよ――リーベ、明日から忙しくなるからな。ちゃんと飯食って早く寝るんだぞ」

「うん! 寝るのは大得意だからまかせて!」

「そりゃ頼もしいな」


 ヴァールは穏やかに笑うと食事を再開した。リーベも明日に向けてエネルギーを充填すべく、スプーンをせわしく動かし、できるだけ大量に詰めし込んだ。


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