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冒険姫リーベ 〜とある少女が英雄になるまで〜  作者: 森丘どんぐり
第1章 英雄の娘、冒険に出る

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054 ラソラナを追って

 ライル村を出てから2時間ほどが経った。


辺りはテルドルからライル村までの道程と同様、森に囲まれていて距離感は掴みづらいが、リーベは体感にして10キロくらいは歩いたつもりでいた。


 彼女は生まれてこの方、ずっとテルドルで暮らしてきた。だから長距離を歩く機会などなく、この道程に体力を根こそぎ持って行かれてしまった。途中休憩を挟んだものの、全回復には至らず、彼女は喘ぎながら歩いていた。


「ぜえ……ぜえ…………」


 高まった体温によって曇るように霞んだ視界は絶えず地面を映していて、ザッザッと地面を擦りながら繰り出されるつま先には汗が弾ける。森中であるのに、まるで砂漠を彷徨っているような心地だ。


(ああ……ラクダに乗りたい…………)


「ね、ねえ……ちょっと休もうよ」


 リーベは頑張って声を発し、前方を歩くヴァールに呼び掛ける。しかしイガグリ頭は微動だにせず、彼の視線は正面に向けられたままだった。無視か、聞こえていないのか、リーベが不満を胸に膨らませたその時、呆れたような声が返って来る。


「さっき休んだばっかだろ? あと10分は歩け」

「そんなあ~」


 体から力が抜けそうになったその時、隣を歩いていたフェアが手を差し出す。


「これも体力を付けるためですから。頑張りましょう」

「は、はい……ありがとう、ございます。ぜえ……」


 彼の手を取ると幾分か楽になった。お陰で10分間を凌ぐことが出来た。


 苦悶の末、見事に休息を勝ち取ったリーベは手頃な倒木に腰を下ろして水を呷る。火照りに火照った体が水の冷たさに驚き、喜んでいるのがわかる。体がそうであるように、彼女の心もまた、水を喜んでいた。


「ふう……生き返る…………」

「たく、この程度で音をあげてんじゃねえぞ?」


 ヴァールは冗談交じりにそう言った。

 しかし己の体力の無さを痛感した今、その言葉は深刻な響きを持っているように感じられた。


「ご、ごめんなさい……」

「リーベさんは冒険者になったばかりなんですから体力がなくて当然です。焦らず、あなたのペースで頑張ってくださいね」

「あ、ありがとう、ございます」

「おいフェア。あんまりコイツを甘やかすなよ」

「ふふ、心得ています」


 2人の会話を耳にしつつ、リーベはフロイデを見ていた。


 彼女と同じくらい小柄なのに、体力は雲泥の差だ。いったい彼の何処にそんな力が眠っているのだろうかと、リーベは不思議でならなかった。


「じー……」


 彼は両手で水筒を保持し、飲み口を唇に押しつけてグビグビと水を飲んでいる。

 リーベは失礼だと承知しながらも、その様子が哺乳瓶を使う赤ちゃんみたいで可愛いと思っていた。


「ぷは……フェア、水ちょうだい」


 そう言って水筒を差し出した時、彼女と目があった。


「……なに?」


 フロイデは目を背け、首に巻いた真っ赤なスカーフを握り込む。


「ああ、いえ。フロイデさんは体力あるなーって」

「……冒険者学校、出てるから」

「あー、そうでしたね。……冒険者学校ってやっぱり怖い教官がいて、延々走らされるんですか?」


 彼は水筒を満たしてもらうと一口飲んで、それから答える。


「そう、だよ? 吐くまで走らされるの」

「ひええ……」


 ビクビクしていると、ヴァールが笑ってこう言った。


「良かったな? お前は優しい師匠につけて」

「うう……不束者(ふつつかもの)ですが、今後ともよろしくお願いします……」


 (うやうや)しく頭を下げると上機嫌に笑った。


「ははは! いつもこんくらい可愛げがあれば良いんだがな」

「ふふ、さあ休憩もほどほどにして、移動を再開しませんか?」


 フェアが言うとヴァールは「ああ」と短く了解する。


「んじゃ、ぼちぼち行くか」

「う、うん……!」


 リーベは水を口に含むと立ち上がった。相変わらず脚は痛いし、体は疲れているが、歩けないと言うほどではない。だが体力は心許ない。そんな切実な問題を前に、リーベはラソラナが早く見つかることを祈った。


 同時に、ターゲットのことを思い出して緊張させられた。


「……リーベちゃん?」


 フロイデに呼ばれてハッとする。


「あ、すみません。さ、早く行かないと日が暮れちゃいますよ!」

「どの口がいうんだか」


 ヴァールは小さく笑うと号令を発する。


「まあいい。んじゃ、行くぞ!」








 行軍を再開してから半時間ほど経過した時、フロイデが異物を発見した。


「アレ……!」

「ん、どうし――あ」

「え、なになに?」


 リーベはヴァールの大きな背中ごしに前方を覗き込む。フロイデの短い指が示す先には、ギラリと陽光を閃かせる異物が横たわっていた。


「お前ら、ヤツがここらに潜んでるかも知んねえ。気ぃ付けてけよ」


 ヴァールが警告すると、リーベに杖代わりに手を貸していたフェアは彼女の手を離した。


 それから男3人は歩幅を狭め、ゆっくりと異物に歩み寄る。リーベまた、痛む脚に鞭を打ちながらそれに(なら)った。


 1歩近づくごとにその全容が露わになっていく。


 頭の潰れた円錐形の鉄くず……あちこちが腐蝕していて、内部が空洞になっているのが見える。まるで何年も放置されたかのようだが、ここは道のど真ん中だ。それはあり得ない。加えて、同じ物体がなんと四4つまとまって転がっており、それが一層、不気味な雰囲気を放っている。


「なに、これ?」

「ミルク缶……でしょうか?」


 フェアが繁々と観察しながら言う。


「ミルク缶って、牛乳を溜めておくアレですか?」

「他に何がある」


 ピシャリと言うと、ヴァールは確認する。


「ラソラナから逃げる時、牛乳が持ってかれたって言ってたが、これのことか」

「でもあの魔物は獲物を丸呑みにするんでしょ? それがどうしてここにあるの?」

「……吐き出した」

フロイデがぼそりと呟くと、それにフェアが頷く。

「ラソラナは獲物を生きたまま呑み込むため、時に体内で反撃される事があります。そうした場合、即座に胃液で溶かすか、それができなければ吐き出します。今回は後者だったのでしょう」

「なるほど……」


 観察に知識を絡めて当時の状況を推察する様はまるで探偵のようだ。

 これを実現するには観察力と魔物に対する広範な知識、その両方がないといけない。リーベは冒険者にとって体と技術が全てだと思っていたが、その認識は誤りだったと気付かされる。


(これからは暇な時間に魔物の勉強をしよう)


 そう心に決めた時には既に話が進んでいた。


「足跡もここで引き返してるな」


 ヴァールの言葉を受け、リーベはミルク缶の先を見やる。


 そこには重量物が落ちたようなくぼみが点々と続いていた。時間が経過したせいか鮮明に見て取れるワケではないが、こんな跡を付けられるのは魔物以外にはいないだろう。


「お腹、痛かったのかな?」


フロイデの言葉にフェアが頷く。


「そうですね。ミルク缶が体内を傷つけたのを攻撃と勘違いして、ラソラナ引き返したのでしょう。パウロさんはご立腹でしたが、これは不幸中の幸いというものですね」

「ああ」


 ヴァールは短く答えながら辺りを見回していた。


「木が倒れてねえあたり、街道を逸れてはいないみたいだな。ひとまずこのまま進んでみようぜ」


 その言葉は提案ではなく指示だった。

 彼らはミルク缶を道の脇に避けると街道をさらに北東へと進んでいった。

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