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冒険姫リーベ 英雄の娘はみんなの希望になるため冒険者活動をがんばります!  作者: 森丘どんぐり
削除予定のため、 ep.101 「000 断罪のエルガー」からご覧ください

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052 希望の花と、希望の剣

 太陽が顔を覗かせ初めたころ。リーベは住み慣れた我が家に別れを告げると、寂しさと不安と冒険心とに胸をうずかせながら母が施錠する様子を眺めていた。


「まだ眠いか?」


 父エルガーが優しい声で言うが、眠いわけではない。だが自分の不安に父を巻き込んではいけないと思い、彼女は嘘をつく。


「うん。ダンクを抱いてるからかな? なんか眠くて。ふぁ……」


 嘘のつもりが、本当に欠伸が出てしまった。


「ふふ、リーベは相変わらずね」


 母シェーンが施錠できているか確認しながら笑う。


「はは、馬車の中でたっぷり寝られるんだ。もう少し我慢しろよ?」


 そう言うとエルガーは娘の荷物を握り直し、中央広場の方へ足を向ける。

 その背中を追いかけようとした時、視界の隅に色鮮やかな花々が映り、思わず足を止めた。


「リーベ? どうした」

「ねえ見て。いつの間にかお花が咲いてるよ」


 向かい建物の軒下に置かれたプランター。そこに植わってる花々は冠毛(かんもう)を中心に、赤・白・黄色・オレンジ・ピンクの色とりどりの花弁が放射状に広がっている。それが僅かな朝露(あさつゆ)を湛えて煌めいているのだ。


 母子がその美しさにうっとりとしてると、父が眉間をつまんで唸る。


「ええと……あ、デイジーってやつか」

「ガーベラよ」

「ガーベラか~……」


 不正解だったことが悔しくて彼はため息をついた。


 その様子をおかしく思いつつも、リーベは父にさらなる問題を与える。


「ねえお父さん。ガーベラの花言葉って知ってる?」

「知ってると思うか?」

「思わないね、ははは!」


 リーベはひとしきり笑うと花々に目を戻し、教えて上げる。


「『希望』だよ」

「希望、か……」

「うん」


 リーベは父のように、街の人々の希望になるために冒険者になった。それだけに彼女は、旅立ちの日に出会ったこのガーベラたちに運命的な物を感じずにはいられなかった。


「…………」


 プランターという小さな世界の中で、空を(たた)えるかのように花弁を広げる彼女たちを見つめていると、リーベは妙に内省的な気持ちになった。


「……わたしは、みんなの希望になれたのかな……?」


 1人呟くと彼女は不安な気持ちになった。胸を冒す不安から逃れるべくダンクを抱きしめ、その頭に鼻先を埋める。そうして自分の世界に閉じこもろうとすると、エルガーがつま先を心のドアに挟み込んできた。


「リーベ……お前が昨日見てきた街並みは、そんな鬱屈したものだったのか?」

「それは……違うけど」

「ならそう言うことだ。お前が街に希望をもたらしたから、みんなは元の生活に戻れたんだ」

「お父さんの言う通りよ? それにみんな、あなたに負けてられないって、自分も頑張らないとって、言っていたわ」


 両親の言葉に、リーベの心に(わだかま)っていた不安が溶けていった。しかし、それでも僅かに残る不安の残滓(ざんし)をエルガーは見逃さなかった。


「俺が与えられたのは安心だけだ。でもお前はどうだ? 安心だけじゃなくて、張り合いを与えてやれたんだ。それはお前の言う希望とは違うのか?」

「……違わないよ」


 リーベは両足に力を込めて立ち上がった。そうして両親の顔を見ると、2人は微笑みを浮かべていた。

 彼女はテルドルの人々に希望を与えたかった。その中には無論、両親の事も含まれているわけで、彼女は1番大切な人たちが希望を湛えているその事実に深い感慨を抱いた。


「行こうぜ? きっとヴァールたちが待ってるだろうよ」

「うん……!」


 リーベは両親の間に立つと、街の中央広場を目指して歩き始めた。


 澄んだ心を通して見る景色は美しく、石造りの街並みが朝日によって銀色に煌めいていて、石の都のはずが、まるで銀の都であるかのようだ。


「テルドルって、こんなきれいだったっけ?」

「そうよ。朝のこの時間は特にね」 


 母が得意げに言う傍ら、父は疑わしげに言う。


「今まで冒険に出るときは気付かなかったのか?」

「う、うん……眠かったから」


 素直なところを言うと両親は笑った。


「はは! そんな朝が弱くて大丈夫か?」

「心配だわ」

「だ、大丈夫だよ! おじさんが起こしてくれるから」

「余計不安になったぞ」


 そんな他愛もないやりとりをするうち、一家は中央広場にたどり着いた。


 広々とした用地には露天の建物があるが、人影はない。そんな閑静な空気の中、低く這うような声がリーベの耳朶(じだ)を打った。


「リーベのヤツ、また寝坊したんじゃねえよな」

「シェーンさんもいますし、その心配は不要でしょう」

「じゃあ、何で……?」


 フロイデの声がか細く聞こえてくると、エルガーがそれに答えながら歩み寄る。


「話し込んでたからだ」


 父に続いて姿を見せると、馬車の踏み段に座っていたフロイデがギョッと目を剥く。


「お待たせしました」


 駆け寄るとおじさんが振り向く。


「遅いぞリーベ――て、なんだ。その人形も持ってくんか?」

「違うよ。連れて行くんだよ!」

「はあそうか。別にかまわねえが、途中でなくしたりすんなよ?」


 そうして許可を得るや、わたしはダンクに呼びかける。


「一緒に行っていいって」

「…………」


 ダンクと一緒に喜んでいると、フェアさんが微笑を湛えて言う。


「ダンクと言いましたか。大事にされてるのですね」

「はい、1番の友達なんです!」


 そう聞かせていると、フロイデさんが羨ましげにダンクを見つめているのに気付く。


「抱いてみますか?」

「いいの?」

「どうぞ。すごいもふもふですよ」


 手渡しながら言うと、彼はダンクがモフリティが高いことに気付き、頬を綻ばせた。


「もふもふ……!」


 童顔な彼がダンクを抱く様は非常に愛らしいもので、リーベは微笑ましい思いで眺めているた。その傍らではヴァールエルガーから荷物を受け取りながら言う。


「それよか、もうそろそろ出発しねえと、ラルバの町に入れなくなるぞ」

「あ……うん。そうだね」


 暗に別れを促されると、リーベは振り返る。


 そこには努めて笑顔を浮かべる両親の姿があった。


 リーベは冒険者になったのだ。それは命を賭けて魔物と戦う職業であり、命の保証はない。いくら仲間が強くとも、両親と再会できるという保証はないのだ。それを思うと彼女の胸が痛切に痛む。


(でも……それでもわたしは行かなきゃならないのだ。テルドルの希望になれるくらい強くなって帰ってくるんだ)


 そう自分に言い聞かせると、リーベは両親の頬にキスをした。すると2人は優しく抱擁してくれた。その温もりに、愛情に、涙が滲んでくる。だけどそれは悲しいものだからと、リーベは努めて笑みを作る。


「お父さん……お母さん…………」

「リーベ……無茶だけはしないでくれよ」

「ちゃんと帰ってくるのよ!」


 両親の顔を目に焼き付けると、リーベは1歩下がり、宣誓するように言う。


「うん……それじゃ、行ってきます!」

「……それじゃ、行くぞ」


 冒険者一行のリーダーであるヴァールに促され、彼女は馬車に乗り込むべく、踏み段に足を掛けた――その時だった。


「おおい!」


 西の方から小さく声が聞こえた。(しゃが)れた男性のものだが、聞いたこのない響きをしている。


 その必死な声にリーベは魔物が出たんじゃないかと危惧し、振り向く。


 そこには作業着を纏った男性の姿がある。彼は何かを手に、全速力で駆け寄ってくる。遠目には誰だかわからなかったが、彼が近づいてくるにつれ、容貌が鮮明になっていく。日に焼けた肌。落ちくぼんだ目。汗で張り付いた長袖。この特徴は――


「ダルさんっ⁉」


 元来寡黙(かもく)であるダルが大声を上げながら駆け付けてきた。その事実にリーベはもとより、彼を知らないフロイデ以外の面々が驚愕の声を上げる。


「おいダル。そんなに慌ててどうしたんだ?」


 肩で息をする彼にエルガーが問い掛ける。リーベも彼の下へ駆け付けると事情を問う。


「魔物が出たんですか?」

「ぜえ……ち、ちがう…………り、リーベ……!」


 彼は落ちくぼんだ目で彼女を睨むなり、手にしていた物を押しつける。


「おっと……なんですか?」


 驚きつつも、ずっしりと重たいそれを確認する。

 それは大きな鞘であり、その鯉口からは持ち手が――柄が伸びている。そして柄頭には妙に見覚えのある深い色合いをした珠が収まっていた。


「これは……剣? いやロッド、ですか?」

「両方だ」


 エルガーに腕を借りながらダルが言う。


「抜いてみろ」


 言われるままに引き抜いてみると、宵闇を打ち払う日の出のように美しい白銀をした剣身が露わになる。


「両方……」


 抜いてみて初めて、これがロッドであり剣でもある……謂わばソードロッドであることをリーベ理解した。


「きれい……」


 ダルが優れた武器鍛冶であることは知っていたが、この剣は一層美しかった。その優美なフォルムに見蕩れていると、ダルがいつも通りの無愛想な口調で言う。


「餞別だ。受け取れ」

「受け取れって……こんな逸品。とても受け取れませんよ」


 素直に言うと彼はリーベの目を見て続ける。


「これはお前の為に作ったんだ」

「どういうことですか?」


 するとダルは項垂れ、泣き言を発するかのような震えた声で、事情を語った。


「お前が生き残って、スーザンが死んだ。俺はそれが納得いかなかった。逆だったら良かったとさえ思った」

「ダルさん……」


 酷いとは思わなかった。


 一見して冷淡な彼だが、妻であるスーザンを深く愛していたことをリーベは知っている。その上で彼を批難するなど、そんな非情なことはとても出来ない。


「だが、お前がスーザンのために……テルドルのために冒険者になったと知って、俺は自分がどれだけ身勝手か思い知らされた……。俺もアイツの死に報いるために、出来ることをやろうって思ったんだ」

「それがこの……」

「そうだ。俺に出来る事はそれしかないからな」


 ダルはエルガーの腕を解くと一歩一歩、力ない足取りでやって来て。そしてリーベの両肩を掴み、目線を合わせてくる。


「リーベ。死ぬなよ。生きて、生き続けてくれ。それが俺に残された希望なんだ……!」

「ダルさん……」


 涙に視界が霞む中、彼はとぼとぼと、来た道を引き返していった。涙を拭い、その哀愁漂う背中を目に焼き付けていると、今度はヴァールが肩を掴んできた。


「行くぞ」

「……うん」


 リーベはソードロッドを鞘に収めると両親に目配せし、車内に戻った。すると馬車に乗り込んだ。


 景色が流れ、両親が……見慣れた光景が徐々に遠のいていく。


 これがテルドル……自分が生まれ育った街。英雄が護った街。そして彼女が励ます街。


「希望……」


 呟いた時、馬車は北門を告げ、山林に突入する。視界に緑が映った途端、それは瞬く間に隔壁の灰色を侵していった。


 テルドルの街はもう、見えない。その事実が胸に重くのし掛かるも、わたしが抱いたのは悲しみではない。絶望に対する、強い敵愾心(てきがいしん)だった。








 馬車がテルドル北方に広がる山林を抜けた。樹冠が途切れたことで陽光は幌を照らし、象牙色の布を透かす。そうして車内が明るくなると、ソードロッドの刃がギラリと煌めく。


「…………」


 街を出て以来、リーベはずっとソードロッドを見つめていた。


『リーベ。死ぬなよ。生きて、生き続けてくれ。それが俺に残された希望なんだ……!』


 これを見つめていると、ダルさんの言葉が脳裏に蘇る。これからも彼女はこの剣を引き抜くたびに彼の言葉を思い出すことだろう。


「生き続ける……」

「まさかダルがリーベに剣を造るだなんてな」


 ヴァールが感慨深そうに呟くと、膝にダンクを座らせていたフロイデが不思議そうに言う。


「でもリーベちゃん、魔法使い」


 その通りだ。

 

 リーベは後衛を担う魔法使いであり、こんな立派な剣は不要である。だが、それは当然ダルさんも理解しているはずだ。にも関わらずこれを彼女に託したのはなぜか?


「……お父さんの剣はダルさんが造ってくれたんです。わたしに剣を造ってくれたのも、きっとそこに理由があると思います」

「要するにエゴだな」

「えご……?」


リーベとフロイデが首を傾げると、斜向かいに座っていたフェアが説明してくれる。


「ロッドが剣の形を成しているということは、ダルさんはきっと、エルガーさんのように強くなってほしいのでしょう」

「それは剣士になってほしいてことですか?」

「断言は出来ませんが、少なからずそう言う思いが籠められてるのかもしれませんね」


 そこまで言うとフェアさんはヴァールへ視線を移した。


「ヴァール。今後の指導についてはどうしましょうか?」

「そうだな……せっかくの剣を無用の長物にはしたくないもんな」

「リーベちゃん、剣士になる、の?」


 フロイデが心配そうに彼女を見る。


 一方、同じ不安を感じていたリーベは師匠2人を交互に見る。


「どうするの?」

「リーベさんはこのまま魔法使いとして育成する方が良いでしょう」

「そうだな」


(せっかく剣を頂いたというのにもったいない……)


 もったいないかどうかの話でないのは理解しているが、そう思わずにはいられなかった。


「だが、せっかくの剣だ。最低限使えるようにならねえとダルに面目が立たないだろうし、これからは剣術も教えてやるよ」

「ほんと? やったあ!」


 リーベは当初、父と同じ剣士になりたいと思っていた。それが叶ったのだから喜ばずにはいられなかった。


 喜んでいるとふと、フロイデと目が合う。


「負けない……!」

「ふふ、わたしだって負けませんよ!」


 弟子2人が視線をバチバチさせていると、ヴァールが口を開く。


「決まりだな。リーベ、その剣、少し見せてもらっていいか?」

「いいよ」


 ヴァールに手渡した途端、ソードロッドが途端に小さくなったように錯覚した。


「さすがダルだな……こんな業物、なかなかねえぞ」

「そうなの?」


(さすがおじさん。長年剣士をやってるだけあって目が肥えている)


「ああ。それにこりゃ全部カナバミを使ってるな」

「えっ⁉」


 リーベはとっさにフェアの方を見た。


「ぜ、全部カナバミで出来たロッドは高いんですよね?」

「そうですね。1年は過ごせるだけの金額がします」

「そんな……」


 金額が全てではないが、ダルはそれだけ彼女を応援しているのだ。


「ダルさん……」


 彼のことを思っていると、フロイデが羨ましそうに見ているのに気付く。


「いいな~……」


(……これほどの逸品、わたしのような素人未満の人間にはもったいないにも程がある。おじさんみたいな歴戦の剣士、あるいはフロイデさんのような新鋭の剣士に使ってもらう方がソードロッドも幸せだろうな……

 でも、これはわたしがダルさんに託された物……わたしが使わなきゃならない。そのためにも、この剣にふさわしいだけの力を付けないと!)


 気概に燃えているとヴァールが剣を返した。


「俺がお前に剣術を仕込んでやる。師匠に教わったことを、そのままお前に返してやるからな。覚悟しておけよ」

「うん……!」


 師匠の頼もしい言葉に、リーベは力強く頷いた。


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