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冒険姫リーベ ~英雄の娘はみんなの希望になるため冒険者活動をがんばります!~  作者: 森丘どんぐり
第2章 旅立ちの時

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051 家族の一時

挨拶回りを終えて帰宅すると、両親がホールでリーベの帰りを待っていた。


「ただいまー」


 帰宅を告げたとき、2人が囲む食卓の上にはバスケットと魔法瓶が置いてあるのに気がつく。不思議に思い、問い掛けようと口を形作るが、母シェーンに先を越された。


「あら、おかえりなさい。ちゃんとみんなにご挨拶できた?」

「もちろんだよ」


 母の問い掛けにリーベは胸を張って答える。


(まったく、子供扱いして!)


「爺さんのとこにも行ったんだよな?」

「うん。2人とも『がんばれ』って言ってくれたよ」


 娘の答えに父エルガーは「そうか」と微笑んだ。


 その笑みに温かいものがこみ上げてきて、気付けばリーベも微笑んでいた。


 そうして和やかな空気が場を満たす中、シェーンが立ち上がる。


「さ、ピクニックに行くわよ」

「ピクニック?」


 唐突に出てきた単語に娘が首を傾げル一方、シェーン卓上に置かれたバスケットを見やる。


「もうずっとやってないでしょ? だからこの機会に行きたいなって」


 エーアステ一家は数年前まで春が来るたびにピクニックをしていたのだが、いつの間にかやらなくなってしまった。だからリーベはとても懐かしい気持ちになった。


「たしかにね……」


 リーベが冒険者になってしまった以上、ピクニックをする機会は早々訪れないだろう。一生なんてこともあり得る。そう実感すると、リーベはこのピクニックがとても重大なイベントに思えてきた。


「うん、行こう! ――あ、ちょっと待ってて」


 言うやわたしは2階に駆け上がり、ダンクを連れてきた。


「ねえ、ダンクも連れてっていい?」


 すると彼をこのお家に連れてきてくれた当人が上機嫌に笑う。


「ははは! もちろんいいぞ。だけど落とすなよ?」

「うん。ダンクに痛い思いなんてさせないよ」

「ふふ、大切にしてるのね」

「1番の友達だからね。それより、早く行かないと日が暮れちゃうよ」

「おっと、そうだな」


 エルガーがバスケットと魔法瓶を抱える中、リーベは一足早く外に出た。


「ダンク、久々のお外だね~」

「…………」


 リーベが愛犬と(たわむ)れる中、両親が外に出てきた。


 几帳面なシェーンはドアを施錠するとちゃんとしまってるかどうか、ノブをガチャガチャと捻る。そうしてようやく安心できたのか、「よし」と小さく呟く。


「さ、行きましょうか」

「そうだな」

「うん!」


 一家がピクニックをするべくに向かった先は街の外――ではなく、北の展望台だ。


 あの忌まわしい一件以来、特別敬遠していたわけではないが、なんとなく来ないでいた場所だ。それだけにリーベは胸がざわついたが、腕の中のダンクと、何より父の存在が彼女を安心させてくれた。


「心配するな。またアイツが来ても俺がやっつけてやる」 

「お父さん……うん。わたしもお父さんとお母さんを護るよ」

「まあ!」

「はは。リーベ、お前も言うようになったな」

「えへへ」


 そんなやりとりをしながら一家は丘を登った。頂上までは1分も要さず、3人と1匹はその眺望に容易くありつけた。


「わあ! 良い眺め!」


眼下には昼下がりの街並みが広がり、灰白色のそれらの向こうには青々と高原が広がる。その周囲には濃淡の陰影を湛えた山々が連なっている。そして視界の中心、そして最奥にはグラ・ジオール山が佇み、その東方には大きな影を落としていた。


「この景色はテルドルの宝よ?」

「あ、わたしもフロイデさんに同じこと言った」

「あら、そうなの?」

「誰も思うことは一緒だな」


 笑いながらもエルガーは腰を下ろした。それに合わせて妻子は腰を下ろし、車座になった。真ん中に置かれたバスケットをエルガーがバスケットを開けると、中にはサンドイッチがあった。パンの白にトマトの赤、レタスの緑と彩りが豊かで、リーベの欲求を刺激する。


 ぐうううう……


「――っ⁉」


 慌ててお腹を押さえるも、両親はクスクスと声を忍ばせて笑っていた。


「さ、リーベもお腹を空かせていることですし、いただきましょ」

「そうだな」


 エルガーはガサゴソとバスケットを漁り、シェーンは魔法瓶から木のカップへコポコポと茶を注ぎ始めた。一方、手持ち無沙汰になったリーベはダンクを撫でながら2人を見守っていると、エルガーが「ほらよ」と蒸し鶏を模したクッションを手渡してきた。


「あ」

「ダンクは鶏が好きなんだったよな?」

「うん」


 昔ダンクとおままごとをしていた時にシェーンが縫ってあげたものだ。


リーベは懐かしく思いつつもそれを受けとり、「お食べ」と、ダンクの口元に当てがう。するとエルガーが陽気に笑った。


「はは。こりゃ、王都から連れてきた甲斐があるな」

「ほんとうね」


 両親が微笑んで言うが、リーベは若干気恥ずかしい思いをした。


(15歳にもなって……大人にもなってごっこ遊びだなんて……それでも、わたしの中ではダンクは立派なトイプードルだし、彼が食べている蒸し鶏も本物なのだ。それをわかってくれる両親を持てて……つくづくわたしは恵まれているよ)


 それを実感した途端、リーベは両親と別れることが悲しくなっていった。


「……うう」


 視界に涙が滲む中、父が「泣くなリーベ」と言う。


「これが最後じゃねえんだから」

「でも……寂しいよ」

「リーベ……」


 エルガーは娘の名前を呟いたきり口を噤んでしまった。楽しいピクニックのはずが、父を悲しませてしまったことにリーベは悔恨を抱いた。そんな時、ヴァールの言葉が脳裏に過る。


『お前は悲しい思い出を最後にこの街を出ていきたいか?』


(……そうだ。こんな悲しい思い出を残しちゃだめだ。わたしたちがお互いを思い浮かべたとき、真っ先に切なさが胸に起こるなんて、そんな残酷なこと、あっちゃいけない)


「…………」


 リーベはこみ上げてくる感情を抑え込み、どうにか笑みを繕う。


「あー、わたしお腹空いちゃったよ」

「お、お昼まだだったものね……はい、お茶よ」

「ありがと」


 シェーンが茶の入ったカップを娘に渡す傍ら、エルガーが言う。


「晩飯が近いからな。食べ過ぎるなよ?」

「どうだろう? 最近すごい運動してるから、お腹の虫が我慢してくれないかも」

「ふふ、ならたくさんお食べ」


 母がバスケットを差し出す。


「うん!」


 リーベがサンドイッチに手を伸ばし掛けたとき、温かい風がそよぎ、一家の間を吹き抜けていく。その心地良さに先ほどまでの悲しさは薄れ、穏やかな気持ちになれた。


「温かいね」


 腰を下ろしながら言うと「春だからな」とお父さんが言う。


「わたし、春が1番好きだよ」

「私もよ。お父さんは?」

「俺は夏が1番だな」

「はは! お父さんらしい!」

「そうか?」

「そうだよ! お母さんもそう思うでしょ?」

「ええ。お父さんは夏っぽいわ」

「はは、そうか。俺は夏の男なんだな」


 言葉を交わすことでリーベの胸に暖かいものが込み上げてくる。 


 これが愛情でであることを彼女はよく知っていた。








 この夜、エーアステ家の食卓にはご馳走が並んでいた。

 名物のトマト煮はもちろん、ポークソテーにエルガー作のゴロッとしたポテトサラダ。おまけに野菜スープが付いてくるんだ。こんな贅沢、滅多に有るまい。


「わあ! 今日はご馳走だね!」

「リーベの門出を祝うんですもの、豪勢にいかないとね」

「そう言うこった。ほら、食え食え」

「うん。いただきます」


 父の期待に応える為に、リーベはまずポテトサラダに手をつけた。ジャガイモ、にんじん、キュウリ、ベーコンといったオーソドックスな具材に加え、粒マスタードが入っていた。そのピリリとした辛みが全体を引き締める粋な働きをしている。 


「あ、マスタード入ってる! お父さんが入れたの?」

「ああいや、俺は唐辛子を入れようとしたんだがな、シェーンがそっちにしてくれって」

「そ、そうなんだ……」


 苦笑しつつもシェーンを見やると、彼女は幸せそうに微笑んでいた。


「お父さんったら、変にオリジナリティを出そうとするんですもの」

「はは、誰が作っても同じじゃ、つまんねえだろ?」

「もう、お父さんったら」


 リーベが笑うと両親も釣られて笑い、食卓には笑顔が満ちた。







 幸せな一時を過ごした後、3人で食器を片して、それから入浴を済ませてきた。


「ふう……」


 火照った体を夜気に晒しながら帰宅すると、リーベは入り口脇に置いていた魔法のランプを手に取った。カチッとつまみを捻ると、ガラス板の向こうでルーンが煌めいた。この青白い光を見ると1日の終わりを実感させられる。今日という日が終わってしまうのは悲しいが、それは素敵な明日を迎えるのに必要なことなのだ。


 リーベはランプに照らし出された両親の顔を目に焼き付けながら挨拶をする。


「お父さん、お母さん、おやすみなさい」

「ええ。おやすみなさい」

「ちゃんと寝るんだぞ」


 2人は明日の営業のため、これから仕込みをするのだ。娘として手伝いたい思いに駆られるが、リーベは明日のために英気を養わねばならないのだ


(……明日か…………)


「……うん。おやすみなさい」


 リーベはホールを出て、2階の居住区へ至る階段を上り始める。1段上るたびに階段が僅かに軋み、その物悲しい響きに胸が切なくなるが、全ては自分の定めた道を行くためなのだ。


 リーベは心の帯を締めると自室に入り、パジャマに着替えてベッドに潜った。そして愛犬を両手で掴み、「おいで」と抱き寄せる。


 ダンクを抱きしめると大きな頭に鼻先を埋め、その日だまりのような匂いを胸いっぱいに取り込んだ。


「ダンク。このお部屋とも今日でお別れだよ? 寂しくない?」

「…………」


 飼い主の問い掛けに対し、彼はむっつりと口を噤んだまま答えようとしなかった。彼も男の子である故、泣きの混じった声を聞かれたくはないのだとリーベは悟った。


「わたしは寂しいよ。……でも、ダンクが一緒にいてくれるんだから……だから、ダンクも寂しさを抱え込まないでね?」

「…………」


 問い掛けを最後に、寝室には沈黙が流れた。それは彼女の心を悲しみで包むようで、とても堪えがたいものだった。


 リーベはすぐにジッとしてられなくなってベッドから身を起こし、スリッパに足を通した。それから暗闇の中ペタペタと床を踏み鳴らし、ダンクと共に隣室を目指す。


「お邪魔しま~す」


 そーっと踏み入ったのは両親の寝室だった。しかし2人は今、明日の仕込みをしているからここにはおらず、彼女を出迎えてくれたのは両親の優しい匂いだけだった。だがリーベの孤独感を拭うにはそれでも十分であり、彼女は穏やかな気持ちで両親のベッドの縁に腰掛けた。そうしてダンクを胸に抱くと両親が来てくれるのを待つことにした。


「今日はみんなで寝ようね?」

「…………」


 ダンクは相変わらず無口だが、その表情は先ほどにくらべ和らいでいた。


 時間が流れ、リーベの意識が朦朧としていく中、両親のしゃべり声と足音が聞こえてきた。


「――リーベは今頃グースカ寝てるだろうさ」

「そうかしら? 不安で眠れてないんじゃ」

「アイツの睡眠欲の強さは知ってるだろ? 今頃ダンクと2人で夢の中だろう――てうおっ⁉」

「きゃ! ……リーベったら、脅かさないで頂戴」


 重たくなった頭には母の声が一拍遅れて響いた。

 そのつもりはなかったが、彼女は両親をおどろかせてしまった。


「えへへ、ごめんなさ――ふぁああ……」


 欠伸に言葉を遮られると両親は顔を見合わせ、くすくすと笑った。


「ふふ、リーベ? もしかして眠れなかったの?」

「あ、うん……寂しくって……」

「そう……」


 シェーンは微笑むと娘の隣に腰掛け、我が子をそっと抱きしめた。一方でエルガーは娘の前に立って頭をゴシゴシと撫でてくれる。そうして分け与えられた温もりが、リーベの不安定な心を宥めてくれる。


「お父さん……お母さん…………今日は一緒に寝てもいい?」


(こんなお願いをするのは何年ぶりかな?)


 彼女は成人している故に恥じらいがあった。


 だがしかし、今の彼女には2人の温もりが必要だったのだ。


「ああ、いいぞ」

「ふふ。3人で寝るのも久しぶりね」


 未熟な自分を、両親は微笑んで受け入れてくれた。それが嬉しくて嬉しくて、リーベは涙腺が刺激され、大粒の涙が滲んでくる。母はその繊細な指先でこれを拭うと「さ、横になりなさい」と促す。


「……うん」


こうして2人の寝床に潜り込むと彼女は身も心も温かくなった。それはダンクも同じで、飼い主の腕の中で嬉しそうにしている。


「ふふ! なんかちょっと、恥ずかしいや」

「お前ももう大人だもんな」


 そう言いながらエルガーはパジャマに着替えることなく娘の隣にやって来る。


「あれ? お父さんは着替えないの?」

「ん? ああ、俺は私服の方がよく寝れるんだ」


 彼ははそう答えながらも、背後でパジャマに着替えている妻の姿をチラチラと見ていた。


「もーっ、お父さんったら!」

「はは! 旦那の特権だぞ?」

「あら? 何の話をしているの?」

「お父さんったらね、お母さんが着替えてるのをチラチラ見てるの!」

「まあ! ……もう、仕方ない人」


 批難しつつも、シェーンはまんざらでもなかった。その様子に娘は、仕方ないのは母も同じだと思った。


 そんな出来事を経て、一家はようやく3人で横になった。


ダブルサイズのベッドは大人3人で眠るには手狭で、エルガーは横臥(おうが)する羽目になった。


「苦しくない?」

「ああ。俺はいつもこの向きで寝てるからな?」

「へえ、そうなんだ」


 そんなやりとりをしていると、エルガーは娘の腕の中で眠るダンクを撫でた。


「ダンクも連れて行くのか?」

「うん! ダンクも行きたいって」

「ははは、そうか」


 エルガーは愉快そうに笑うと穏やかな顔をしてダンクをもう1度撫でた。


「大事にしてくれてるんだな」


 するとシェーンがくすりと笑って続く。


「ほんと、初めて会ったときは『本物じゃなきゃやだー!』って投げ捨ててたのにね」

「うっ! それは……」


 思い出すのは5歳の頃。リーベは友人の飼い犬に心を奪われ、自分も犬を飼いたいと駄々をこねたのだ。しかし、彼女の生家は食堂を営んでいるため、動物など飼ってはならないのだ。


 そんな中、エルガーがわざわざ王都へ向かって連れてきたのがダンクだ。


 母の言うように、当時の幼いリーベはダンクを部屋の隅へ投げ捨ててしまった。

 その事実が、自分の罪が彼女の胸を押しつぶしていく。


「うう、ごめんね、ダンク……」


 リーベは無言で不服を表す彼をギュッと抱きしめ、許しを請うた。


「ふふ。でも、今じゃこんなに大切にしてるんだもの。ダンクも許してくれるわよ。ねえ?」

「…………」


 お母さんに撫でられた途端、ダンクは上機嫌になった。その様子にリーベは申し訳ないやら愛おしいやら、酷く混沌とした気持ちになった。それを整理しようとした時、リーベは1人でに語り出していた。


「……わたしがこの子を受け入れたのは妥協したからじゃないよ。この子が本物のワンちゃんだからだよ。ボール遊びとかけっこが大好きで、もふもふされるのが好きで……そんな子だから、わたしはダンクが好きになれたの。お父さん……ダンクを連れてきてくれて、ありがとうね」

「リーベ……くう!」


 その言葉にエルガーは感動させられ、反射的に娘を抱きしめていた。それからこめかみに口をブチュッと押しつける。


 その感触がぞわりと背筋を這い回り、リーベはこそばゆくて仕方なくなった。


「ひゃ! もお、気持ち悪いよ~!」


 そう訴えると、左隣からいたずらな笑い声が聞こえてきた。


「ふふ、私も混ぜて頂戴」


 すると母までもがキスしてきた。父みたいなぞわっとする感じではないものの、こそばゆいことには変わりない。


「もお、やめてよ~!」


 リーベが悶えながらも必死に訴える最中、腕の中でダンクが笑っている気がした。

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