049 ターゲットは
一夜明けた今日。リーベはヴァールたちに連れられて冒険者ギルドを訪れていた。
ここには今日も多くの冒険者が屯しており、瀟洒な室内に熱気と喧噪をもたらしていた。
しかし彼女が踏み込んだ途端に静まりかえり、視線が集まる。
「あ、エルガーさんとこの」
「依頼受けに来たんか?」
そんな会話がひそひそと漏れ聞こえてくると、ヴァールが手を払う仕草をした。
「おらおら、見世物じゃねえんだぞ」
その声に視線が散っていくが、彼らの関心が未だに彼女に向いているのは明白であり、当人は甚だしく緊張させられる。
「うう……」
「ほら、そんなとこ突っ立ってねえでこっち来い」
その声に振り向くと、仲間たちは既に掲示板の前にいた。
「あ、うん!」
4人は肩を並べて掲示板を見上げる。
ドアを横倒しにしたくらいの大きさの掲示板にはびっしりと依頼書が張り出されていて、まるで鱗のようだ。
「沢山あるね……」
思わず出た言葉にフェアが反応する。
「それだけ魔物によって苦しめられている人がいると言うことです」
(この紙の1枚1枚がわたしたちに助けを求める声なんだ)
師匠であるヴァールは昨日、自分たちが仕事をしないと余計な被害を生むと言っていた。あれは誇張などではなく、ありのままを言っていたのだ。それを思えば、昨日、さらなる訓練をせがんだ自分が如何に身勝手だったことか。リーベは考えさせられた。
「……いつもこれくらいあるんですか」
「私はテルドル支部の冒険者じゃないので比較はできませんが、この時期はどこも魔物の被害が多くなるんですよ」
「へえ……春先は獣害が増えるって聞いたことがあるんですけど、それと同じなんですか?」
「そうですね。特別視されがちですが、魔物も動物ですから」
フェアは微笑みを解いて、真剣な顔で付け加える。
「先の一件で警戒圏が広がりましたので、それの影響もあるんでしょう」
「あ……」
(そういえば、サイラスさんと会った時、そんなお話をしていたっけ)
「そういうこった」
ヴァールは会話を断ち切ると1番弟子に命じる。
「フロイデ。俺たちは依頼を選ぶから、お前はこいつに依頼書の見方を教えてやれ」
「わかった」
フロイデは掲示板の隅っこの方へ移動すると、手招き代わりの目線を送ってきた。それに応じると、彼は掲示板の隅っこにあった依頼書を指差しながら講義を始めた。
「これ、件名」
「ええと、『サンチク村近郊に現われたラウドブロイラーの撃退』?」
「そう。その下が大体の場所と、その時の状況……見つけた人の勘違いとか、見逃しとかがあるかもしれないから、参考程度に、ね?」
長台詞が疲れた彼はふうっと一息ついた。
「わかりました」
「その下が報酬の額。危険なほど高い」
「じゃあ、この依頼は危険な方なんですか?」
「ううん。比較的、安全。だから、安い」
「へえ……」
依頼書に提示された額は、並の労働者が10日働いて得られる金額と同程度であった。
リーベの目には十分に高価に映ったが――
「高いと思った……?」
「ああ、はい。ちょっとだけ」
「冒険者は1人じゃない、から」
「あ、そっか……人数で割るなら、確かに安いですね」
「ん」
肯定すると、彼は指を依頼書の1番下の欄に滑らせる。そこは備考欄のようで、たっぷりの余白の中、
『五級以上必須』の文字が目を引いた。
「この依頼を受ける冒険者の等級の平均が、五級以上じゃなきゃいけない、てこと。ふう……」
「等級か……あ、それって」
リーベは冒険者カードを取出す。
表の上の方に『第六級冒険者』と記されていた。
「リーベちゃん1人じゃ、受けられない」
彼女のカードを覗き込みながらフロイデが言う。
「なるほど……ちなみに、フロイデさんの等級は幾つなんですか?」
すると彼は得意満面に冒険者カードを掲げた。
「第四級……」
リーベは父に聞いたことがある。
冒険者の等級は、最上位が『特級』で、その下が『一級』。そこから段々と下がっていって、最下位が『六級』だ。
つまり7つの階級があるわけで、相対的に第四級が下から3番目ということで低級に思えてしまうのは人間的思考だろう。
だがフロイデが小鼻を膨らませていることから、彼の年齢(あるいは経験年数)で四級は相当に凄いのだろうと、リーベは推察した。
彼女は若干の後ろめたさを感じつつも、先輩の新鋭っぷりを讃える。
「わー、すごい! もう四級なんですね!」
「むふーっ!」
フロイデが有頂天になる様子を微笑ましく思いながら見ていると、視界の隅でヴァールが依頼書を剥がした。
「ほら、これがお前の初仕事だぞ」
そう言って依頼書を差し出してくる。
リーベは強張った指で依頼書を摘まむと、内心ひやひやしながらその内容を確認した。
「『ライル村の北東に出没したラソラナの討伐』……ラソラナ?」
「馬鹿でかいカエルだ」
その一言に背筋が寒くなる。
「うげ……っ!」
思わず身震いすると、フロイデが不思議そうな顔を向けてくる。
「カエル、嫌い、なの?」
「は、はい……」
「……可愛いのに」
(あの薄気味悪い生き物が可愛いって……)
さすが男の子だと感嘆する一方、自分はとても受け入れられないとため息をつくのだった。
「しかしカエル嫌いとは困りましたね。もしや虫も苦手ですか?」
フェアの問い掛けにリーベはブンブンと頭を縦に振って答える。
するとヴァールがボリボリと頭を搔き回しながら溜め息をついた。
「たく。虫けらに怯えてるようじゃ、話になんねえぞ?」
「そ、それは……」
「まあいいさ。苦手なら克服させてやる。覚悟しておけ」
(覚悟って……いったい何するつもりなの……)
「ひ、ひえ~……」
初任務を目前に控えながらも、リーベは新たな脅威に苛まれるのだった。そんな彼女を余所にヴァールは話しを進める。
「俺たちは受注を済ませてくるから、お前らはここで待ってろ」
フェアとフロイデは頷くと、冒険者カードをリーダーに預ける。
呆然とその様子を見つめていると、彼女は背中を叩かれる。
「ほら、ぼさっとしてねえで行くぞ」
「……はあい…………」




