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冒険姫リーベ 英雄の娘はみんなの希望になるため冒険者活動をがんばります!  作者: 森丘どんぐり
削除予定のため、 ep.101 「000 断罪のエルガー」からご覧ください

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049 辞令

 冒険者ギルドの中に踏み込んだ瞬間、リーベは受付上のサリーと目が合った。

 彼女のきれいな碧眼はしかし、今日に限っては陰りが指しており、その様子に不安にさせられたリーベは反射的に師匠であるヴァールの表情を窺ってしまう。


「…………」


 大きな頭部に収まる小さな瞳は全てを察したかのような、複雑な色をしていた。


「おじさん……?」

「リーベ。覚悟はしておけ」

「覚悟って……まさか!」


(そんな……こんな早くに来るなんて……)


 感情の奔流に揉まれ呆然としていると、ヴァールの大きな手が彼女の背中を押した。


「いくぞ」

「……うん」


 4人で足並みを揃えてサリーの元へ向かうと、彼女はチラチラとリーベを気にしながらも「お待ちしておりました」と口上を述べる。


「俺たちに用ってのはなんだ?」

「ええと、その……」


 声を上擦らせながら1枚の封筒を取り出した。それはすでに開封済みであり、朱い封蝋(ふうろう)は剥がれていた。封蝋には冒険者ギルドのシンボルが浮いており、それがギルドのからの通達であることを物語っていた。


「ギルド……」


 やっぱりと思った時、リーベの脳裏には両親の顔が浮かび上がった。


「…………」


 呆然と見つめていると、サリーは丁重な手つきで手紙を取り出し、「ご確認ください」と一行のリーダーに差し出した。


「おう」


 ヴァールは大きな手で用紙を掴むと、小さな目を左右に走らせて黙読し、読み終わると相方であるフェアにではなく、リーベに寄越す。


「ほら」

「あ、うん……」


 彼女は目を閉じ、深呼吸をすると隣にいたフロイデ共々、紙面を覗き込んだ。白い紙面には活字の如く端正な文字が並んでいるが、文字の始点となる部分インクだまりが出来ているあたり、これは手書きの文書であることが察せられる。


 1番上には王都本部のギルドマスター――つまり冒険者ギルドという組織の長の名が記されており、目線を下ろしていくと辞令が記されていた。


『ヴァール・プフリヒト殿 貴殿並びに、同クランに所属するメンバー各位を、魔法暦315年4月30日付けで王都本部への帰任を命じる。貴殿らの平和への貢献に深く感謝すると共に、帰任後も変わらぬ活躍を期待する。』


「……帰任って、王都に帰ってこいってことだよね」


 紙面を見つめたままリーベは誰にともなく言った。するとヴァールが「そうだ」と肯定した。


「お前もわかってるだろうが、俺たちは本部の冒険者なんだ。今回はたまたまテルドルにいるが、基本は向こうなんだよ」

「…………うん」


 絶望感に頭がクラクラしてくる中、フェアの声が彼女を慰めるように優しく響く。


「私たちが顔を見せない年はなかったでしょう? それと同じで、テルドルが恋しくなったら、休暇を取って帰ってくればいいのです」

「帰ってくれば……」


 納得しかけたリーベをさらに励ますようべく、フロイデが言葉を継ぐ。


「冒険者は自由」

「自由はちと言い過ぎだが、そうだな。時期を選べばいつでも休みを取れる。それで帰ってくればいいんだよ」


 ヴァールは姪っ子同然の少女の肩に手を置いて微笑みかける。


「それに、向こうにはお前に会いたがってるヤツが大勢いるんだ。出会いを楽しんでるうちに、その時期が来るだろうよ。だから心配すんな」

「おじさん……うん、そうだね。すぐに帰ってこれるもんね」


 小さな希望が胸に宿るのを感じた時、サリーと目が合った。垂れ目には涙が溜まっていて、痛ましいことこの上ない。リーベも釣られて泣いてしまいそうだ。


「リーベちゃん……王都に行っても元気でね?」

「サリーさん……はい。必ず無事に帰ってきますから」


 2人手を取り合った。


 リーベはその手の繊細な感触と温もりにほっこりとしたものが広がっていくのを感じた。


「ところで、昨今の情勢は如何でしょう?」


 しばらくしてからフェアが尋ねる。するとサリーは気持ちを切り替え、熟練の受付嬢であるかのように凜とした応対を始める。


「はい。お陰さまで魔物による被害は減少しています」

「では反動期は終わったのですね」

「はんどーき?」


 リーベが首を傾げるとヴァールが「越冬して腹を空かした魔物が暴れる時期だ」と解説した。


 その説明に納得していると、今度はフロイデが訥々と尋ねる。


「じゃあ、もう帰っちゃって大丈夫、なの?」

「そうですね。辞令も出ていますから。あとは皆さんのご都合のよろしい時に出立いただければと」

「そういうこった」


 ヴァールが結ぶ。


「明日にでも――といきたいとこだが、リーベは準備がいるだろうし、明後日にでも出るか」

「……うん」


 その言葉に悲しくならずにはいられないが、寂しくなったら帰ってくればいいのだ。


 リーベは自分にそう言い聞かせると、これからやるべきことを頭に起こしていった。








「…………あのね、大事な話があるの」


 魔法ランプが照らし出す夕食の席で、リーベは両親がいただきますを言い掛けたところに待ったを掛けた。すると2人はピクリと手を止め、薄闇を背に娘を見つめる。


「……だ、大事な話って?」


 シャーンは白々しく尋ねてくるが、切れ長の目元は深刻そうに歪んでいて、不安を隠せていなかった。それは隣で沈黙している夫も同様である。


「うん。あのね、今日、辞令が来たの。王都に戻ってきなさいって」

「…………」


 シェーンが瞠目する一方、お父さんは目を瞑っていて、娘の言葉を咀嚼しているのが伝わってくる。


「……いつまでいてくれるんだ?」


 エルガーが沈黙を破るがしかし、悲観的な響きを宿していた。


「明後日には出るって」

「そんな……それじゃあほとんど明日だけじゃない!」

「シェーン」


 妻に呼びかける。


「リーベはヴァールの弟子なんだ。あいつがそう決めた以上、それに従うのが義務ってもんだろう?」

「だって! ……むう…………」


 シェーンが閉口する一方、エルガーはリーベを見る。


「準備はしたのか?」

「う、うん。お父さんたちが食堂やってる間にね」

「そうか。じゃあ明日はゆっくり出来そうだな」

「あ、でも挨拶回りとかしないと」

「そうだな……色々付き合いがあるしな……」

「じゃ、じゃあお店に立ってみるのはどうかしら?」


 それまで口を噤んでいたシェーンが突如声を上げる。その瞳には先ほどまでの悲哀の代わりに喜びのような感情が浮かんでいる。


「お店に?」

「日頃お世話になってる人はみんなお店にやって来るわ。だから挨拶回りをするより、ずっと効率的よ?」


 確かにその通りかも知れないが、リーベは母が挨拶に効率を求めるとは思わなかった。

 つまりこの提案は彼女の願望によって生じたものなのだ。


 リーベは若干の不義を感じつつも、その提案のやはり魅力的で、すぐに心を奪われた。


「そうだね! その方が良いよ!」


 すると場の空気が一転、明るいものになり、とエルガーは眉間を弛緩(しかん)させて提案する。


「明日が最後になるのなら、ディナーはなしにして、家族で過ごさないか」

「そうね。その方が素敵だわ」

「決まりだな――リーベ。明日はみんなに元気なところを見せてやりな」

「うん!」


 話がまとまると、シェーンが手を打ち鳴らし「さあ、冷めちゃう前にいただいちゃいましょう」と言った。それから「いただきます」を言って食事が開始される。


 リーベは当初、こんな愉快な気分で夕食を迎えられるとは思っていなかったが、わからないものだ。

 人生の不思議を感じつつも、シチューの美味を堪能することにした。







 夕食を終えた後、リーベは真っ暗な私室でベッドに横たわり、親友ダンクとお話をしていた。「この部屋とももうすぐお別れだね」


「…………」


 ダンクも複雑な感情を抱いており、硬く口を(つぐ)んでいる。


「ダンクはいつもお部屋にいたもんね」


 そう呼びかけながらふわふわの背中を撫でてあげると悲しそうに飼い主に身を寄せる。なんともいじらしいその仕草にリーベは胸が痛むが、それは彼女も同じことだった。


 だからこの悲しみにどう向き合うべきか、彼女は教えてあげることにした。


「悲しいことばかり考えちゃダメだよ? もっと楽しいことを想像しないと」

「…………」


 不安そうな瞳が暗闇の中で微かに煌めく。リーベはその輝きを絶やすまいと念を送りながら見つめ返した。


「王都に行くまでは一緒に馬車に揺られてさ、いろんなものを見るんだよ。テルドルと違って緑がたくさんあって、きっとダンクは駆けっこがしたくなっちゃうよ」


 大きな頭がこくりと頷く。


「でもだーめ。ピクニックしにいくんじゃないんだからね」

「…………」


 ダンクは不服そうな目をした。


「ふふ、そんなに怒らないで。かけっこは出来ないけれども景色は楽しめるんだから。それに王都についたら美味しいものがダンクを待ってるんだよ? 蒸し鶏なんかも山ほどあるよ、きっと」


 大好物の名前を聞き、ダンクはフロイデみたく無邪気に目を輝かせた。2人は案外、似たもの同士なのかもしれない。


「ね? 楽しみになってきたでしょ?」

「…………」

「わたしも楽しみだよ。でも今は明日のお仕事を楽しまないといけないから、今日はもう寝るね。お休み、ダンク」

「…………」


 愛犬をギュッと抱きしめると大きな頭に鼻を埋め、目を瞑った。


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